第18話「夕暮れの帰り道で②」
【side冬華】
「どう? こんな服、私に似合うかな?」
ショッピングモールのファッションフロア。私は目についた服を自分の身体に当ててみる。水色の膝上丈ワンピース。季節はまもなく夏になる。これくらい薄手の服でもそろそろ出歩ける季節だ。
隼人は私を上から下までしげしげと眺めた後に言った。
「いいな。よく似合ってる」
私はワンピースの近くに展示されていた紺色のジャンパースカートを手に取って、尋ねた。
「これは?」
また、隼人は私をしげしげと見て言った。
「いいな。よく似合ってる」
今度は私は少し離れたところに置かれていた白黒チェックのダボTシャツを胸元にあてがってみる。
「これは?」
隼人はやっぱり私をじっくりと見てから言った。
「いいな。よく似合ってる」
「さっきから、『似合ってる』しか言わないじゃん!」
私は隼人に対して、抗議する。
「隼人は適当過ぎる! 何でも『似合ってる』って言えば、女の子が喜ぶと思ってるんでしょ!」
「いや、違うって……!」
隼人は両手をぶんぶんと振って、私の言葉を否定する。
「俺は本当に『似合ってる』って思ってるから、そう言っているだけだ」
「はあ……もういいよ」
隼人は昔から何でもかんでも私を褒めればいいと思っている節がある。私がリップを色付きに変えたときも褒めてきたし、私がシャンプーを変えたときもすぐに気が付いて褒めてきた。些細な変化に気が付くのは結構だけど、何でもかんでも褒めればいいってものではないということに気が付いてほしい。
「次、隼人の服を見よう」
私たちは店を移動した。
「これはどうだ?」
隼人はネイビーのオープンカラーシャツを手に取り、身体にあてがった。
至高の芸術家が造った彫刻かと見紛うほどの美しさがそこにはあった。いますぐ、今の彼をそのままルーブル美術館に移送したいと思えるくらいに、彼にこの服はよく似合っていた。
「いいわね。すごく似合っている」
隼人は今の服を元の場所に戻し、別の服を手に取る。ブラウンの7分丈スウェット。
「これは?」
究極の劇作家の創造した歌劇を思わせるほどの洗練された美がそこにはあった。いますぐ、彼をウィーン国立歌劇場のステージの上に立たせたいと思えるくらいに、彼にこの服はよく似合っていた。
「いいわね。すごく似合っている」
隼人は離れたところにあった、また別の服を手に取る。今度は、中央に「青空爆発」と書かれた変Tシャツ。
「これならどうだ?」
もはやそこにあったのは、数多の芸術を吹き飛ばす力を持った世界最高の美であった。もはや、彼の美を受け止めきれる舞台など、この地上には存在しえないだろう。まさに、至高の美、天上の光。
「いいわね。すごく似合っている」
「おまえも『似合ってる』しか言わねえじゃねえか!」
隼人にはどんな服だって似合ってしまうから、それ以上に言うことはないのであった。
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