第14話「はじめては街を見下ろしながら⑦」

【side冬華】


「ねえ、隼人……もっと、くっついてよ……」

「いや、それは……」

「じゃないと、私ももう我慢できないよ……」


 私はそう言いながら隼人の厚い胸板に顔を押し当てる。彼の胸元から伝わる熱。彼の男らしい匂い。そんなものに当てられて、頭がくらくらしてしまう。


「ま、まずいって、冬華……」

「でも、きちんとやっておかないといけないでしょ……」


 私は彼に抱き着きながら、そう呟いた。


「これは『遭難したときに身を寄せ合う練習』なんだから」




 時は、私たちが「氷の館」の前にやってきたときにさかのぼる。


「『氷の館』……中はかなり低い気温に設定されているようだな」


 隼人はパンフレットを見ながらそう呟いた。

 『氷の館』とは、文字通り、中に氷が満載された館のことらしい。館という名前だが、要は巨大な冷凍庫に入るというコンセプトのアトラクションのようだ。中に濡れたタオルを持ち込むと、カチコチに凍ってしまうと入口の看板に書いてあった。

 中から出てきたカップルが「めちゃくちゃ寒かったね」と盛り上がっていた。

 私はそれを見て、考える。


(中は寒い→つらい→お互いに身を寄せ合う)


「これだ!」

「うお!」


 声を上げた私を見て、隼人は目を丸くしている。


「ど、どうかしたのか?」

「い、いや、何でもないわ」


 まずいまずい、隼人に変な奴だと思われちゃうよ……。

 私は平静を装って、言った。


「いいから、中に入るわよ!」


 こうして、冒頭に至る。




「言ったでしょ……これは『スキーデートで遭難したときに身を寄せ合う練習』だって」

「い、いや……言いたいことはわからんではないが……」


 隼人はなぜかたじたじになっている。


「……そんな練習する必要あるのか? 遭難することなんて現実にないだろ」

「あ、あるもん! 彼氏と雪山で遭難する可能性あるもん!」


 私は必死で声をあげる。

 隼人は困惑した顔で私を見下ろしている。そんな顔もくらくらきてしまうくらい素敵だ。

 というか、何か実際にくらくらしているような――


「出るぞ」

「え?」


 隼人は強引に私の肩を抱くと、私を出口へと連れていく。このアトラクション自体は非情に小さいので、すぐに出口にたどり着いた。

 薄暗い室内から外に出ると、陽の光が私の目を焼いた。暖かな気温にあてられて、身体のこわばりが取れていく。

 隼人は私を見て、言った。


「こら、駄目だろ。体調が悪くなるまで外に出ようとしないなんて」

「……ごめん」


 ちょっと意地になってしまっていたようだ。こんなことで体調が悪くなって、デートが終了なんてことになってしまったら、本末転倒である。


「ほら、こんなに手も冷たくなって――」

「あ……」


 隼人に直接手を握られて、私の心臓は爆発する。


(隼人に手を握られちゃった…………!)


「って、あれ? なんか急に体温上がったな」

「あわわわ」


 氷の館、最高……!

 私は氷の館を作ってくれたどこかの誰かに深く深く感謝するのだった。

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