第11話「はじめては街を見下ろしながら④」

【side隼人】


 次に俺たちが訪れたアトラクションは『お化け屋敷』だった。

 外観は、ぼろぼろに朽ちた館。どうやら、かつて非業の死を遂げた富豪が住んでいた館という設定らしい。客は廃墟となった館を回り、富豪の一族の霊たちから逃げ回るというコンセプトらしい。

 わりと雰囲気が出ていて、この一角だけが遊園地の中で少し異質だった。


「なあ、冬華。おまえ、このアトラクション大丈夫なのかよ」


 俺は隣に立っている冬華に尋ねる。


「おまえ、ホラーとかわりと苦手じゃなかったか?」


 前に一緒にホラーゲームをやっていたときは、わりと顔面蒼白になっていたような記憶があるのだが。

 しかし、予想に反して、冬華はこう言った。


「ふん、余裕だもん。これくらい」


 本当か?

 さっきのジェットコースターしかり、冬華はわりと万事において強がるところがある。今回も本当は無理をしているのではなかろうか。

 俺の疑りが表情に出ていたのだろう。冬華は俺の方を横目でちらりと見て言った。


「確かに、私はそれほどホラーが得意じゃないわ。だけど、さすがに遊園地のお化け屋敷程度にビビるほどやわではないわ」

「そうかねえ……」


 いや、このお化け屋敷、わりと雰囲気出ているように思うけどな……。

 俺が考え込んでいると、冬華はくすりと口元を緩めた。


「もしかして、怖いの?」

「は?」


 こいつ、俺の方がビビっていると思っているのか……?

 冗談ではない。

 この程度のお化け屋敷で、俺がビビっていると思われたら、それは男の沽券に関わる。


「いいぜ、それなら行こうじゃねえか」


 俺は冬華を連れ立って、お化け屋敷の列に並んだ。


 お化け屋敷の行列は先程のジェットコースターほどではなく、比較的にすぐに俺たちの順番が回ってきた。


「では、この道を順路通りにお進みください」


 従業員の言葉に従い、俺たちは二人で入り口の前に立つ。入口には暖簾がかかっていて、この向こう側は最低限の照明しかない暗がりとなっていた。


「ねえ、隼人」


 入口に踏み入れる直前、冬華は甘くとろけるような声で、俺に言う。


「これは『デートの練習』なんだよね?」

「そうだな」


 俺たちは今日、あくまで「練習」でここに来ている。それは忘れてはならない大前提だ。


「なら、私は『かわいい彼女』に徹することにするね」

「どういうことだ?」

「それはね、こういうこと!」


 そう言って、冬華は俺の右手に組み付いた。


「な!」


 冬華が身体を俺の右半身に密着させている。冬華は低身長のわりに胸がある。故に、彼女の柔らかい胸が俺の腕の当たりに押し当てられることになる。俺の心拍数が一気に上がる。


「何すんだよ!」


 そんな、はしたない真似は許せないぞ!

 俺が動揺を隠せずに居ると、


「えー、でもこれ『デートの練習』なんでしょ?」


 冬華は時折見せる小悪魔チックな笑みを浮かべて言った。


「じゃあ、女の子は『きゃー、怖い』って言って、男の腕に縋りつかなきゃ。こういうのもモテる女のテクニックなんだから」


 そういうものなのだろうか?

 一般的なデートというものが解らないので、強く否定することもできない。でも、確かに、ラブコメだとこんな風に男女が身を寄せ合うという展開はよくある気がする。

 どう対応すべきか迷いに迷ったが――


「仕方ない、行くぞ」


 ずっと入り口で立ち止まっているのも他の人に迷惑だ。俺は彼女のぬくもりを感じたまま、ゆっくりと歩き出した。




実際に中に足を踏み入れると――


「きゃあ! なんか出た!」


「後ろに何か居るよ!」


「なになになに!? なんか当たった!」


 冬華は大パニックに陥っていた。

 確かに、アトラクションはよくできていた。暗い通路に突如として、半透明の幽霊が出現したり、鏡の中に一瞬、何かが映ったり、霊に見立てた白いスモークが肌に当たったり。雰囲気による怖さとびっくり要素による怖さがいい塩梅に混ざり合っていて、クオリティはかなり高かった。冬華がビビり散らすのもわかるというものである。

 だが、俺は正直、ビビっている余裕などなかった。

 なぜなら――


(冬華が俺に密着している……!)


 世界最高の美少女と腕を組んでいるのである。そちらに気を取られない男など、絶対に居はしまい。

 そういうわけで、俺はお化け屋敷にビビる余裕もないままに屋敷を抜けてしまったのだった。




 外に出て、日の光を浴びて、冬華は人心地ついたのか、俺の腕をようやく離してくれた。

 そして、俺の方を見て、言った。


「ど、どう? こ、怖がる女の子の演技はできてたかしら?」


 そんなことを震える声で言うので、俺は優しく微笑んで頷くことしかできなかった。

 やっぱり、冬華は世界一かわいいのであった。

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