第10話「はじめては街を見下ろしながら③」

【side冬華】


「………………」

「………………」


 ああ、なんでこんなことになっちゃたんだろ……。

 私たちは二人でジェットコースターの列に並んでいた。

 正直に言うと、私は絶叫マシンが苦手だ。ジェットコースターなんて絶対に乗りたくはない。そんな私がなぜ、ジェットコースターの列に並んでいるかと言えば――

 ここに至る経緯を思い返す。




「改めて、何のアトラクションから行くかだが……」


 隼人は遊園地の地図を見ながら、うなっている。

 そんな風に悩まし気な表情も素敵で、胸がきゅんとしてしまう。


「冬華は何か乗りたいものあるか?」


 隼人が私に話を振る。


「乗りたいもの?」


 正直に言って、遊園地に来て、何か体験したいアトラクションがあるわけではなかった。遊園地に来たのだって、「デートと言えば遊園地」というラブコメマンガから得た知識で場所を選んだだけだ。だから、具体的に何かしたいものがあるわけではなかったのだ。


(隼人と一緒だったら、何でも楽しいよ!)


 そう言えたら、どんなによかったか……。

 そんなことを考えながら、私も一緒に地図を見て、アトラクションを確認する。

 ジェットコースター、観覧車、急流すべり、巨大迷路、氷の館、お化け屋敷、メリーゴーランド。よくあるアトラクションは一通りそろっている。


「うーん」


 どれも面白そうと言えば、面白そうだし、つまらなさそうと言えば、つまらなそうだ。要するにピンとこない。実際、乗ってみたら感想は変わるのかもしれないが。

 ただ、とりあえず、ジェットコースターだけはやめてほしかった。絶叫マシンに乗ると考えただけで、私は鳥肌が立ってしまう。あの腹の底が落ちるような浮遊感。あれは想像しただけでも寒気がする。

 だから、ジェットコースター以外でと言いかけたのだが――


「そういや、冬華はジェットコースター苦手だったよな」


 隼人が先んじてそう言ってくれる。

 子供のときに、互いの家族と一緒に遊園地に来たときのことを覚えていてくれたのだ。私の胸はじんわりと温かくなる。私はそのときのことを思い出して、何気なく呟く。


「あれ……? 隼人こそジェットコースター苦手じゃなかった?」


 確か小さい時の隼人はジェットコースターで顔面を青くしていて、もう乗りたくないと言っていた気がする。彼の青くなった顔がかわいくて素敵だったからよく覚えている。

 すると、隼人は私から目を逸らした。


「別に……全然、苦手じゃないけど」


 私はすぐに悟る。これは強がりだ。彼にもプライドがあるのだろう。私に対して、「絶叫マシンが怖い」とは言えないのだろう。そういうところもかわいくて、大好きだ。


「えー、嘘。絶対苦手でしょ」


 はい、幼なじみの悪い面出た。こういうからかいの種を見つけると、ついつい、いじってしまう。これは幼なじみの業だ。

 私の言葉に隼人は――


「苦手なのはおまえの方だろ」


 私が震えちゃうくらいの美声でそう指摘してきた。

 いや、確かに苦手だけど、それを素直に認めるのは癪だった。

 私がどう答えるべきか迷っていると――


「まあ、俺は乗ってもいいけど、おまえが可愛そうだからな。なしにしといてやるよ」


(は……?)

 

 私の中の何かに火が付く。


「俺は全然いいんだけどな。冬華に付き合わせるのは可哀そうだからやめておこう。だから、メリーゴーランドあたりにでも――」

「——乗ろうよ」

「……え?」

「乗ろうよ、ジェットコースター……」


 こうして、私は地獄への片道切符を自ら手に取った。




(あほー! なんで素直になれないのよ!)


 素直に「怖い」って一言いえれば済む話なのに、私の中にある幼なじみのプライドが「折れるな、乗れ」と肩を押してくる。

 なめられてなるものか……!


「なあ、冬華。本当に大丈夫なのか……?」


 おそらく、私の様子を見て見かねたのだろう。隼人が助け舟を出してくれる。それを私は――


「平気だって言ってるでしょ……!」

 

 ドロップキックで遠くに蹴り飛ばしてやった。

 いい加減にしろ、私。

 そうこうしている内に私たちの順番は目の前まで迫っている。

 このコースターは木製で横揺れが激しいことが特徴らしい。高低差はそこまででもないようだが、私にとっては十分に脅威だ。


「搭乗の際にはバーを下ろしていただき――」


 従業員が私たちの一つ前の組に対して説明をしている。彼らが出発した後に、次のコースターが回ってきたら、私はそれに乗り込まなくちゃいけなくなる。

 もう駄目だ……。

 目の前がぐるぐると回る。

 私が恐怖で震えていたそのときだった。


「すいません、ここで降りてもいいですか」


 隼人は私の肩をそっと抱いて、従業員に向かって言った。


「え?」


 直前で乗るのをやめる客もそれなりに居るのだろう。従業員の人たちも特に困惑することなく、私たちを途中退場ゲートへと導いてくれた。

 隼人に手を引かれ、階段を降り、地面に両足をつけてようやく、私は一心地つくことができた。


「大丈夫か?」


 隼人は私を見て、そう尋ねた。

 彼は私の様子を見かねて、途中でジェットコースターに乗るのをやめてくれたのだろう。

 彼は優しい……。そんなところも、本当に、本当に大好きだった。

 私は思わず、ぽつりと呟く。


「……ありがとう」


 そのとき、頭の上を私が乗るはずだったジェットコースターが駆けて行った。私の声はその騒音にかき消される。


「——何か言ったか?」


 隼人は私を見て、そう言って、


「なんでもないよ!」


 私は笑って、そう答えた。


※   ※   ※   ※   ※   ※   ※  


(なんとかジェットコースターに乗らずに済んだな……)


 俺は子供のとき、ジェットコースターに乗って気分が悪くなってしまった。それ以来、ジェットコースターがトラウマになってしまっている。

 冬華も震えていたので、それにかこつけて「彼女を慮って直前で乗るのをやめた」みたいな顔をしてやった。


(びびってしまったことがばれなくてよかった……)


 俺は密かに胸を撫でおろすのだった。

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