第6話「甘々の恋は嘘から始まる④」

「嘘でしょ……」


 私は思わず絶句する。

 隼人に彼女……? え? 私のことではなく?

 混乱する思考は定まらない。


(え……? ここは隼人には私が居ないと駄目なんだからっていう展開になる流れじゃないの……?)


 幼なじみの気安さでついつい強く出てしまうが、本当は隼人はすごくモテる。そりゃあそうだ。あれだけイケメンで、気遣いができる男だ。世の女性が放っておくはずがない。

 だが、隼人はド級の鈍感男だ。バレンタインデーにいくつも本命チョコをもらっているのに、すべて義理チョコだと勘違いしている。手作りの大きなハートチョコをもらい、そこに「I love you」とまで書いてあっても義理だとしか思わなかったときは、さすがに相手の子に同情した。

 そんな鈍感な彼だから、モテたとしても誰かと付き合うことなんて絶対ないって安心してたのに。

 まるで世界が終わってしまったような気分だった。足元ががらがらと崩れ落ちたみたいな、そんな感覚。私は思わず、がっくりと肩を落とす。


「な、なんだよ、そのリアクション」


 ショックを受けている私に隼人はなぜか動揺している(かっこいい)。

 もちろん、泣いてしまいたいくらい悲しいのだけど、そこは堪えた。これが最後に残った幼なじみとしての意地だ。

 私は目に力を込めて、涙をこぼさないようにしながら言った。


「別に……あんたに彼女が出来たって、私には関係ないし……」

「は……?」


 私の強がりに隼人は目を見開いた。


「別に私とあんたはただの幼なじみ、なんだから……」

「………………」


 私の言葉に隼人は黙り込んだ。

 いや、何を言っているんだ私。今はそんな憎まれ口をたたいている場合じゃないだろうに。

 ちゃんと言わなきゃ……。

 たとえ、隼人にどんな彼女が居たって関係ない。

 私も隼人のことが好きなんだって――


「ごめん、本当は私も――」

「まあ、そうだよなあー」


 ……は?

 隼人はわざとらしく首に手を当てながら、こちらを見下すように見る。


「冬華には恋人いないんだもんなー」


 なん……だと……?

 こいつ、私をモテない判定したっていうの……?

 正直に言おう。私自身がモテるかモテないかなんてことは本当にどうでもいい。なぜなら、私が好きなのは世界で加賀隼人ただ一人だからだ。他の盆百の男にどれだけ好かれたところでものの数ではない。

 だが、他ならぬ隼人からモテない扱いを受けるのだけは見過ごせない。それはつまり、彼が私を女として見ていないという事実を示すことになるからだ。

 

「まあ、冬華はかわいいけど、みんなにモテるって感じじゃないし」


 ぐっ……。


「まあ、優しいし、気もきくけど、ぬけてるところもあるし」


 この……!


「いい趣味してるとは思うけど、俺以外の男には通じないだろうしなあー」


 言わせておけば……!


 繰り返すが私にとって隼人以外からの男からの評価などワラジムシ以下だ。だが、隼人にここまで言われては黙っているわけにはいかなかった。


「……そこまで言わなくてもいいでしょ」

「まあでも、実際、彼氏いないんだろ?」


 隼人はまだそんなことを言うのだ。そのせいで私の頭にはすっかり血が上ってしまった。

 だからだろうか。私がこんなことを言ってしまったのは。


「おまえの相手をしてくれる男なんて俺以外に――」

「――彼氏居る」

「……え?」

「私も彼氏居るもん……」


 何を言っているんだ私!

 アホが! 今、目の前に過去の自分が居たら顔面が腫れ上がるまでひっぱたいてやる。だが、言ってしまった言葉は引っ込められない。もうここで引くわけにはいかなくなった。


「わ、私も彼氏居るもん……」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る