第5話「甘々の恋は嘘から始まる③」
(またライン来た……)
着信音を聞いて、俺はテーブルの上に置いてあったスマホを手に取った。そこに表示されていた名前は――
(また翔だ……)
「袖崎翔」。俺の中学以来の腐れ縁だ。なんとなく気があって、なんとなくつるむようになった相手。要はまったく気なんて使わなくていい関係の男友達ってやつだ。
メッセージの内容はというと――
『隼人ぉ! また、緑とケンカしちまったよぉ! 慰めてくれぇ!』
「緑」というのは翔の彼女の「星川緑」のことだ。翔と緑は幼なじみで、付き合っているらしい。はっきり言って、百回ぶっ飛ばしてやってもお釣りがくるくらいに腹立たしい。
『無視するなよぉ! 慰めてくれよぉ!』
俺が返信しないでいると追撃でメッセージを送ってくる。
翔と緑はほとんど四六時中ケンカしている。だが、いつもすぐに元の鞘に戻る。だから、大方、つまらない痴話ゲンカであることは想像がついた。だいたい、わざわざ「ぉ」などと語尾を小文字に変換しているあたり、余裕が見え見えである。
(こっちは間違えて冬華のジュースを飲んじまった動揺を抑えるのに精一杯なんだよ!)
冬華の前ではなんでもないふりを装っているが、身体は汗だくである。
よって、翔のことなど無視したいのだが――
『隼人ぉ』
『隼人ぉーん』
『おーん』
うざったいことこの上ないことにメッセージが連打される。グラサンをかけた謎のうさぎのスタンプまで連打される。めんどくせえ。
俺は無視を決め込もうとするものの、他の誰かからのメッセージだったらどうしようという考えが頭を過り、いちいちスマホを手に取ってしまう。通知を切ればよかったのだろうが、それはそれで手間だった。
俺が少しずつイライラを募らせていると――
「ねえ、さっきから誰とラインしてんの?」
ベッドの上にいる冬華(かわいい)が、スマホを覗き込んでくる。
「うぉぅ!」
俺は妙な悲鳴を上げながら思わずベッドから飛び退いた。
(顔、近すぎんだろ!)
冬華の端正で整った顔が俺の肩口、すぐ後ろにあったのだ。思わず反射的に飛び退いてしまった。心臓がバクバクいっている。
俺が必死に動揺を鎮めようとしていると、
「そんな必死にスマホ、隠さなくてもいいじゃん」
冬華は拗ねた声色でそう言って、唇を尖らせた。
別にスマホを見られたくなかったわけではなく、冬華のかわいさに焦っただけなのだが、勘違いしてくれているなら好都合。俺は話を合わせることにする。
「人に見られたくないメッセージとかもあるだろ」
「なにそれ、意味解んない」
冬華はじとりとした目で俺を見た。
「どうせ、翔くんなんでしょ。解ってるって。隠すことじゃないじゃん」
「………………」
図星だったので、俺は思わず口をつぐむ。まあ、確かに冬華を除けば、一番メッセージのやり取りをしているのは翔なのだから、予想されて当然と言えば当然なのだが。
だが、冬華は俺の沈黙を別の意味で捉えたようだった。
「あれ? 違うの?」
冬華はきょとんとした様子でこちらを見ている。
「ああ、いや……」
変にタイミングを外してしまったせいで妙な空気になってしまう。別に実際、翔からのメッセージなのだから、否定する必要などまったくないのだが。
だが、冬華は俺の煮え切らない態度を見て、小悪魔みたいににやりと微笑んで言った。
「もしかして、彼女?」
時が止まったかと思った。
「は、はあ?」
突然、冬華から飛び出した「彼女」という言葉に過剰に反応してしまったのだ。片思いの相手からの恋愛に関する指摘には、やはり敏感にならざるを得ない。
俺が動揺を抑えられずにいると、
「え……? マジで彼女なの……?」
冬華はベッドから身を起こして、目を丸くしていた。
まずい、何かあらぬ誤解を産んでいる。これは否定しなければ――
「い、いや――」
「まあ、そんなわけないか」
……は?
冬華はわざとらしく口元を手で覆いながらくすくすと笑う。
「隼人に彼女なんてできるはずないよねー」
なん……だと……?
こいつ、俺をモテない判定したのか……?
正直に言おう。俺自身がモテるかモテないかなんてことは本当にどうでもいい。なぜなら、俺が好きなのは世界で赤瀬冬華ただ一人だからだ。他の盆百の女にどれだけ好かれたところでものの数ではない。
だが、当人である冬華からモテない扱いを受けるのだけは看過できない。それはつまり、彼女が俺を男として見ていないという事実を示すことになるからだ。
「まあ、隼人は確かに顔はいいけど、モテるような感じじゃないし」
そう言って冬華はへらへら笑った(かわいい)。
ぐっ……。
「まあ、優しいし、気もきくけど、完璧ではないし」
この……!
「いい趣味してるとは思うけど、私以外の女の子には受けないだろうしねー」
言わせておけば……!
繰り返すが俺にとって冬華以外からの男としての評価などゾウリムシ以下だ。だが、冬華にここまで言われては黙っているわけにはいかなかった。
「まあでも、事実としてモテないわけだし」
冬華はまだそんなことを言うのだ。そのせいで俺の頭にはすっかり血が上っていた。
だからだろうか。俺がこんなことを言ってしまったのは。
「あんたの相手をしてくれる女の子なんて私くら――」
「――彼女居る」
「……え?」
「彼女くらい居るんだが……」
何を言っているんだ俺!
バカ野郎が! 今目の前に過去の自分が居たら顔面が腫れ上がるまで殴り倒してやる。だが、言ってしまった言葉は引っ込められない。もうここで引くわけにはいかなくなった。
「お、俺には彼女居るから……」
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