第6話 最後の夜 2

 セイズの荷造りをぼんやり眺めていると、今度はセルが入ってきた。


「終わった ? ガンドに手伝うよう言ったんだけどな 」


「私が断ったの。もう終わるし……」


 一瞬ドキドキしたけど、ベッドの側にはミアがいる。よかったよ。あいつが乳くりあってんのなんか見たくねぇもんな。


 しかし……。セイズとセルかぁ。なんか……俺は夢で子供の姿のセイズの方が見慣れてるせいか、こう……二人並ばれると……生々しいというか。セルはヴァンパイアだから、その甘いマスクはなんの違和感もない美形だけど。

 セイズも負けず劣らず。

 艶のあるチョコレートのような肌に蜂蜜色の髪。細身で、なにか独特の柔らかい面持ちなのも愛嬌がある。ガンドもそうだが、時代が違うってのに現代の俺から見ても整ってる顔と認識する訳だから通ってくる信者にも人気があった訳だ。


「ニューヨークを経由するのよね……。観光できないのが残念だわ」


「仕事が済んだら、イタリア観光すればいいさ。荷物は孤児院に置くし、宿の心配は無いし。散歩くらい出来るさ」


「……あの現地の下見もしないで建てた孤児院 ? 本当に機能してるか怪しいわ。ならず者の不法占拠地になってなきゃ良いけれど」


「流石にそれは無いさ。管理人も教師もいるのに」


「ゆっくりできることに越したことはないけれど。

 問題は、祓魔対象の女性よね。簡単に祓えればいいけれど」


「ああ。それは勿論。問題ないだろ」


 どこかセルには油断を感じる。

 悪魔祓いは既にここで経験もあるし、バチカンにも短期間いたんだから勝手を知ってるんだろうけど。

 少し楽観的過ぎる。

 恋人の前だから ?

 それとも慢心か ?


「さてと。私も寝るわ。明日早いものね」


「おやすみなさいミア」


「ええ、おやすみセイズ」


 ミアが本を抱えて立ち上がる。気まずいと言うより、空気を読んだ感じだな。わざとらしい欠伸をして部屋を出て行った。


 セイズは鞄を閉め終わると、手をパンパンとして立ち上がる。


「よし。済んだわ」


 そしてセルの横にチョコんと座り、そのままするりと頭を下ろして膝枕にする。セルはセイズに様子を伺いながら、優しく頬の髪を撫で、纏め流す。


『エロいことしないかしら』


『やめてくれよ……』


 ドン引きだぜつぐみん。俺も4%くらいは期待してるけどよ。残りの96%は『セルのエロいのは見たくない』なんだよ。


「不安だわ」


 セイズは思い詰めた様に、旅行鞄を見ながら口を開く。


「何か分からないけれど。胸騒ぎがするの」


「キリスト教の本部だ。魔術師が普通は行かない場所だし……」


「違うわ。そういうんじゃない。

 ……多分、ガンドも感じてるのよ。だからピリついてる」


「行くのをやめる ? 」


「……いいえ。一緒に行くわ。でもきっと……良くないことが起きる……」


『こーゆうのって予言 ? 』


『どちらかと言うと予知かもね。はっきり具体的には分からないけれど、予兆や悪い運気を魔術師は感じ取りやすい傾向があるわ。巫女なら尚更ね』


『ふーん』


『……なぁなぁ。視線感じルぞ ? 』


『 ? 』


 ジョルが突然何も無い窓の方を視てオドオドしている。


『なんだ ? 』


『ジョル君、何か視えるの ? 』


『……イル』


 キョロキョロする俺とは違い、つぐみんは俺の袖を突くと、ソっと窓の外を指差す。


 大きなオリーブの木に、黒毛の猫がいた。


『ただの野良猫じゃねぇの ? 』


『違ウ。アレ、魔力感じる。中身は猫じゃない 』


『え…… ? 』


 覗き ?


『ジョル君、何者か分かる ? 』


『そこまでは分かんナイけど、人間じゃない。猫の目を通して遠隔で視てるんだ』


 それって……まさにルシファーの目じゃん……。


『有り得ないわ。窓の硝子にもマジックで描かれたルーン文字があるでしょう ? あれは邪視避け。この教会はこういうBOOKでもない限り覗けない魔術がかかってる。

 外の猫が何者であれ、中の様子がもし見えてるとしたら、かなり強いモノよ』


 普通に考えたら、これから悪魔祓いされる悪魔が偵察に来たってところだな。

 けれど、セルが呼ばれるくらい難航してるってことは、ポゼッションも相当進んでるはずだ。ここに来たのはオブゼッションの使い魔や下っ端かもしれない。そうなると、憑き物は一体じゃないってことだ。

 だが、どうなんだ ?

 元々、双子もミアも、ヴァンパイアのセルも……本性を隠した生活をしてる。日頃から誰かが覗いてても怪しくないんだよなぁ。


『つぐみんはどう思う ? 』


『かなり強い悪魔よ。だってここにはスルガトのマグヌスもヴァンパイアの王族もいるのよ ? しかも魔術師もフィンの一撃が使えるガンドと、TheENDのトーカも……。気付かれないのが不思議だわ』


 けれど、ジョルは気付いた。


 少なくとも、ルシファーよりは下の悪魔か……っても、ルシファーより上の悪魔なんか存在しないからな。なんとも言えないか。


『それに、絶対に悪魔とは言いきれないしね。神や天使の方が、ジョル君は反応しやすいんじゃないかしら』


 ルシファーの性質上ってやつか。


『なるほど。こりゃセイズが『嫌な予感』という訳だ』


『きっとガンドも乗り気じゃないのね。本能で気付いてるんだわ』


『この状況で余裕こいてるセルって……』


『色ボケよね……』


『あいつ、やっぱポンコツだな』


 俺が近寄っても猫は避けないし、俺とも目は合わない。

 BOOKってのは本当によく出来てる。もし俺が記憶遡行したら、こんな長時間視れないし、こいつも俺の思念体に気づくかもしれない。


『ユーマ、体が !』


 つぐみんが自分の足元を見て慌てている。

 見ると俺の足元もつぐみんと同様、透けて来ている。


『これ、俺タチ、紫薔薇城に戻るんじゃないノカ ? 』


『こんな途中で !? 』


 体はどんどん透明になっていく。そして下半身の感覚が、BOOKの中では立っていたのに対し、椅子に座った自分の本体の肉体と同化していく感覚がある。


「はっ !! 」


 胸まで来ると、後は一瞬だった。

 俺たちはセルと円になって座った、あの紫薔薇城のBOOKの空間に戻ってきた。


「はぁー。びっくりしたわ。最後まで観るんだと思ってたから……」


 BOOKを綴じたセルが、「ごめんごめん」と立ち上がる。


「実は今、青薔薇が挨拶に来たんだ。もてなしが無いのもあれだし、かと言って俺だけは気まずい」


「いや、外交なんだからしっかりやれよ……」


 一度解散となり、本棚が地響きをあげて元の位置に戻っていく。


「凄いカラクリよね。魔法にしても機械にしても」


「確かに」


 これだけの巨大な本棚がパズルゲームのようにひしめき合って、更に部屋まで造るんだからな。


「食堂に案内するよ」


「飯食ウのか ? 」


「ああ、好きな物言ってくれ」


「ヤッター」


 ジョルは単純に喜んでるけど、ヴァンパイア領土の中で、普通の飯って出てくんのか ?

 黒瀬だって、人間界でキュウリを調達してるし。


 ただ好奇心はある。


 俺たちはセルに促されるまま、蔵書の塔を後にした。

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