第5話 最後の夜 1

「ガンド、セイズの荷物の確認を手伝ってきてくれ」


 セルに言われたガンドは「ん〜」と軽い返事をしながら二階へ向かう……振りをして、階段の途中で立ち止まる。


「セルシア。俺は賛成しかねる。ミアだけでも置いていって欲しいくらいだ 」


 声の主はマグヌスだ。現 スルガト。今考えると、マグヌスはミアの家の執事ではあったけれど、この人も魔法で人の倍以上の年を生きたって事だ。この二人はこの時、地獄の住人同士なわけだけど、若い頃のマグヌスについては元々カトリック教徒だったと後からトーカに聞いた。


「まぁね。かなり苦戦してるらしい。

 だからこそ、ミアのTheENDが必要になるかもしれない」


『これ……バチカンに行く直前ね』


『トーカって、ミアって言うノカ ? 』


『そうよ。日本に来てから名前を変えたのよ』


『日本に来たら、日本の名前にしなきゃならないノカ ? 』


『違うわ。ただの趣味よ。パスポートなんかもミア · ブラウンのままだもの。私たちに合わせて馴染みやすい名前にしたのよ。あだ名みたいにね』


『オレ、ミアでいいけどナ』


 恐らくは、ミア自身もこの一件を経験して、日本に移住する時に心機一転として新しい名前を考えたんだと思う。

 俺が透視で視た、痛々しいセルの姿でさえこれから起こる出来事な訳で……。

 ガンドとセイズはどう今までを生きてきたのか。彼らの魔術のルーツはブードゥーとフィンの一撃だけじゃない気がする。色々な魔術師や人外と関わることでガンドが術をものにしてきたんだ。魔力は巫女のセイズを媒介にして精霊から受け取る形で。


 ガンドは静かにそのまま階段に腰を下ろして聞き耳を立てていた。


「初めは別の神父が悪魔祓いしていたのだろう ? 手に負えなくなってバチカンに運ばれて来た者を、どうして今のお前が悪魔祓い出来ると思っているのか ? 」


 …………なんだ ?

 なんか、話が違う…… ?


「俺も素人じゃないさ。先月もここで祓っただろ ? 」


「そりゃ、中級クラスの悪魔はどうにかなるだろう。だが、お前のRESETも力が落ちてきている。俺の目は誤魔化せんぞ」


 セルのRESETが……。


「RESETは生まれつきの能力だし、そりゃあ不調な時もあるさ」


 素知らぬ顔で返すセルに、マグヌスがギロリと悪魔の顔を見せる。


「なんだと ? 笑わせる !

 ヴァンパイアに生まれたお前がどうしてRESETを使える ? それを考えれば、本部に近付くのは反対だと言っている」


 確かに……。


「飼われてる身だ。行かないとは言えないさ」


 マグヌス……ミアの契約者であるスルガトの爺さんはバチカン行きを止めた。


 そうだ。

 セルはヴァンパイアだってのに、何故聖なる能力が使える ?

 神父になったから ?

 まさか、そんな原理じゃないはずだ。


 何者をも浄化し、強制的に天に導く聖なる技。

 本来、悪魔側のセルには有り得ない能力なんだ。


『ガンド……』


 ガンドはそっと立ち上がると、二階のセイズの部屋へ足を運ぶ。


「ねぇ」


 開いていたドアから背中越しにセイズに声をかける。

 そばには五、六歳のミアが分厚い本を読んでいた。中身はしっかり成人の幼女だ。


「あ、ガンド ! 手伝ってよ。これじゃ空港で止められて不審者になるわ。不味いものはここに置いていって、現地で召喚出来るようにしておかなきゃ ! 」


 見れば、セイズの目の前にあるのは生々しい骨や薬瓶の数々。大量の魔法陣を描いた紙を束ねた塊。これだけでも怪しさ倍増だな。


「……行かなきゃいいのに」


「え ? 」


「バチカンに悪魔祓いに行くなんて……。俺たち呪術師がどうして……。

 セルは本部の人間だけど、ミアや俺たちは関係ないだろ ?

 それに、悪魔祓いは神父だけでやるものさ」


「そうだけど、なにか力になれるならそれでいいじゃない」


「今までも……ゴールデン・ドーンも断って、他の教団にも飲み込まれず二人で来たのに、なんでバチカンには行くのさ。山猫にいるのはセルだけだ。俺たちはただの孤児。そう説明したのに、実は魔法が使えますって今更出ていくとはね」


「確かに私たちの魔法は『公言すること無く。しかし後世に伝える』もの。伝える時の印象は大事よ。困ってる人を救えるならいいじゃない」


「相容れないね。それじゃ根幹が慈悲や自己犠牲だ。呪術がメインの俺たちが、正義を語る必要なんかない。

 教会はただの隠れ蓑。昔はそれで済んでたじゃん」


 ガンドは不服そうな顔をして、ベッドの縁に座った。

 が、その瞬間 !


「ちょっと、ベッドに乗らないでよっ ! 」


 セイズはガンドに嫌悪の眼差しを向けた。これにはガンドも少し驚いた素振りを見せたが、すぐに怒りを露骨に顔に出した。


「はぁ ? 少し座っただけじゃん」


「私が寝るところなんだから。窓際の椅子に座ってよ ! 」


「はぁ !? はっきり言えよっ ! 『私と、アイツが寝るところ』ってさ !! 」


『『『マジでか !!? 』』』


「もういい !! 出てってよっ !! 」


 セイズに背を押されガンドは廊下に締め出されてしまった。

 ガシャっと、鉄の冷たい鍵の音が響き渡る。


「……くそ…… ! 」


『おい、ヤベーよ』


『ええ。セイズは巫女なのよね ? それじゃ、ガンドも怒るわけよ。シャーマニズムにおいて、巫女が処女性を失ったら、ガンドは巫女の力で魔力が使えなくなるもの』


『セルのRESETってのは…… ? 』


『考えてみれば、悪魔やヴァンパイアが手に入る能力じゃないわ。

 RESETはセイズの力だったのかもしれないわね。

 二人でいるうちに、能力が逆流したか、悪魔契約でセイズが差し出したかは定かじゃないけれど…… 』


 生まれつきRESETが使えてバリバリ浄化しちまうみかんの能力値が100だとして、セイズから受け取って使えるセルのRESETの能力値は、おそらくみかんよりずっと低い。

 セル自身の天然の能力じゃないんだから。


『なるほど……。

 ……にしても……あいつ熟女専じゃなかったんだな』


『どうかしら。こういうのがトラウマで熟女しか受け付けなくなったとか…… ? 』


『神父と巫女の交尾はダメか ? 』


 ジョルはその辺、まだ鳥の感覚か。


『うーん。別に一般の教会ならどうぞ御自由にって感じだけど、コイツらは別じゃね ? バチカンに出入りするような神父様がやっていい事じゃねぇよ。相手は巫女って言っても他宗教の魔女だし。

 こんな状況で、苦戦してる悪魔祓いに出向くって、有り得んのか ? 』


『間違い無く、セルの責任よね。もちろん、セイズもだろうけれど……。

 セルは蓮司さんにも女性関係には口酸っぱく言われてたのに』


『セイズは今は影響無いんカナ ? 』


『他の魔術も齧ってるなら魔法が使えないってわけじゃないんだと思うわ。でも、精霊に依存した魔法には影響が出るかもしれないわね』


 必然的にガンドに送られる魔力供給量も影響を受ける。

 バチカンでの祓いきれなかった悪魔祓い……。

 まさか、これが原因とはな。


『人と人が惹かれるのは、決して悪じゃないのにね……』


 感情論ではそうだろうけど、セル……生活が安泰して油断したな。

 分からなかった、知らなかったなんて訳でも無いだろうに。

 いや、もしかしたら、双子の魔術の原理までは深く考えなかったのかもしれない。そんなに深刻な問題なら、セイズの方が身体を許すわけが無い。


『いよいよだな。これがダンバース最後の夜か……』


 つぐみんもジョルも、あとは何も言わずその光景を眺めていた。


「全く。宗教は難儀ね」


 幼女ミアが呆れた様に言う。


「まぁ、でも覚悟のうえでしょ ? 」


「ええ」


 ミアの問いに、セイズは頭を抱えてしゃがみこむ。


「もう……終わらせたいのよ。隠れて暮らすのも、人を呪うのも」


「修道女になっても、カトリック教徒なのは変わらないのに ? 」


 そうだ。牧師ならともかく、神父であるセルにとっては結婚自体が問題なんじゃ…… ?


「わかってる……。分かってるわよ……」


「まぁ、私はキリスト信者と魔女どっちもやってるから人の事言えないけど。なんとかなるんじゃない ? 」


 ミアは本を抱えると、部屋を出て行った。

 セイズはそっと床に寝そべり、頬を冷たい床に押し当てぼんやりと壁の十字架を見つめた。

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