第2話 BOOK·Cellar 〜紫薔薇城へ〜

「あら、ジョル君はいいの ? 」


 つぐみんに言われてギクッとする。


「……うーん…俺もどうなんだとは思ったんだけど、あいつルシファーの眼だろ ? どこまでが許容範囲なのかなって。

 特にこーゆーのって他人の過去だし」


「でも、ジョル君って見たものそのままルシファーに伝えてない気がしない ?

 そもそもユーマもメンバーの事もプライバシー的なものは除外される契約よね ? 」


「契約……か。ああ。そうだな」


 だがルシファーは俺たちが氷像の一体についてあれこれ模索していることは知っている……。

 隠居してるとはいえ、悪魔は悪魔だ。

 今は出方を伺っているだけとか。

 あの時、みかんやアフラ・マズダーの介入が無かったら、俺はどうなっていたか。


 しかし、ジョルに対してはつぐみんの言う通り。

 俺達が視えなきゃならないモノに関しては力が強い。

 仕事にも真面目に貢献してるし、何より根が素直で人間の世界に馴染むことにかなり努力をしたと思う。


「俺は構わないぜ ? なんならルシファーに直接訴えてやりたいくらいだもん。

 ジョルも連れて来いよ」


 セル本人がそう言うなら……。


「そうか ? なら、遠慮なく同席させるぜ」


 俺はスマホでメッセージを送ると、ジョルは一分と待たずにすぐ昇って来た。


「あ、つぐみんもイル ! 」


「ジョル君、おはよう。これからセルの過去を観に行くのよ 」


 つぐみんの一言に、ジョルは真顔になり俺に視線を向けて来た。


「あの双子のコト、ついに解決するノカ ? 」


「解決……まで行けばいいけど、取っ掛りにはなる。解決に近付いてると思うぜ」


「ソカ。あの女の子の方。急いだ方がイイ」


 ジョルの言葉にセルが顔を上げる。


「あれ ? ジョルはどこまで知ってるんだ ? 」


 えーと、こないだの紫薔薇と黄薔薇のいざこざとかは後から、「セルが紫薔薇だってよ ! 」 とは言ったけど。

 そう言えばルナちゃんの家に言ったこととかは知らねぇんだった。アカツキにあるセイズの事とかもだな。


「あー……。かいつまんで言うと……。

 お前が、ロリコンを拗らせてアカツキの自室にミイラを置いてる事だけ言ってない……かな」


「ピエっ !!? 」


「変な言い方するなよ。ロリコンはお前だろ ? 」


「お、俺はロリコンじゃねぇよ ! 」


 俺は大人のトーカが好きなだけで。


「今の、あの、あれだ。あの姿でアレコレとか無いし ! 」


「あら、アレコレあってもいいのよ ? 公認してあげるわ」


 法が定めてねぇだろ。


「いくら呪いだって言っても、今の状態のトーカと一緒にいてそう思うんだから……やっぱり少しロリコンだよな」


「そ、そんな話、今必要ねぇだろ !

 だいたい、あいつ中身は俺より上じゃん」


「必要よ ! もっと何かネタをちょうだい ! キュンキュンする話とか無いの ? 」


「つぐみんは黙っててっ。ややこしくなる。

 とにかく冷やかすのやめてくれ」


「じゃあ〜、最近あんたを意識して色気づいてんのは気づいてる ? 」


「勘弁してくれ ! 色気付くも何も、中身は成人だろうがって ! 別に気付いてるし ! ちゃんと知ってるし ! 」


「やーだー ! 知らん顔して、すっとぼけてんのね ! 今日からすっとぼけ野郎って呼ぶわ」


「呼ぶなよ ! セル、助けろ」


「まぁ、そうだな。ほら、俺としては子供のトーカしか知らないし、BOOKの記憶は共有したけど、自分の思い出の方が強いからさ」


「そうだヨナ。セルからすれば、兄妹って言うより、我が子に近いんダロ ? 寧ろ孫まであル」


「『老人と孫』ね……ネタとしては……二番煎じ感が……」


「『老人と海』みてぇに言うなよ……」


 俺らはネタじゃねぇ……。


「ま、話はそこまでにして。

 そうだな、トーカに手を出す時は、お前俺に娘モドキさんを下さいって会いに来いよ」


「ざけんな……モドキなら行かねぇよ」


 セルはバスタブに薄く水を張ると、その上に紫薔薇を浮かべる。


「さぁ、入って」


 入ってって言われても。


「薔薇風呂 ? 薄気味悪ぃな。何が悲しくて野郎の部屋で薔薇に浸からなきゃなんねぇんだよ」


「なにこれ。水面からバスタブに付かずに、下に突き抜けるって事 ? 怖っわっ」


「水以外の方法ないの ? 」


 文句たれる俺とつぐみんの横を、バサバサっと羽毛が舞う。


「ひゃっホい !! 」


「「あ…… 」」


 ジョルはニワトリに戻ると、羽をバサバサと延ばして水を浴びるが……。


「コケー !! 」


 ズブズブ沈んでいく。


「居なくなった……」


「鳥だもの……そうよね。仕方の無いことなのよね」


 つぐみんと俺、並んでバスタブの淵から覗く。


「ほら、お前らも行けよ」


 やだよ。こんな謎しかない移動方法。


「百合子先生は瞑想で、黒瀬は鏡で、なんで紫薔薇だけこんなホラー式移動なんだよ ! 怖ぇよこんな足元も見えねぇ所に体入れるの ! 」


「いいから早くしろ」


 うぅ。

 恐る恐る手を入れてみるけど、やっぱりバスタブの底が空洞になってる。

 空を探る俺の手を、何かが掴んで引き摺り込む。


「おわっ ! 」


 恐怖で思わずつぐみんの袖を掴む。


「きゃっ ! 」


 つぐみんは小さく悲鳴をあげると、近くにいたセルの髪をむんずと握る。


「あだっ !! 」


「うわぁぁぁっ ! 」


 ギュム……… !!


 重なった巨乳の重みと、今日に限って正装のクソ重い服を着たおっさんヴァンパイアに潰されて息ができない。


「ナニしてんだ ? あんたら」


 ツモられた俺たちを見て、人型に戻ったジョルはぽかんとしてる。


「お前が俺の手、掴んだからびっくりしたんだよ ! 」


「ヒラヒラしてて気にナッタんだヨ……」


 BOOK観る前からてんやわんやだ。

 大丈夫か ?

 この組み合わせ。

 あれ ? 俺以外ポンコツ揃ってねーか ?

 ここにみかんがいたらトドメだぞ。


「ゴホッゴホッ……やっぱり掃除婦も雇わないと埃っぽいな。

 さぁ、こっち」


 ここは玉座のあった塔じゃない。

 三つ並んだ筒型のデカい塔のうち、多分真ん中の塔の廊下だ。BOOKのある書庫は真ん中の塔だ。現にこの廊下も壁に本がミッチリ詰まってる。相変わらず変な造りだな。


「なんか、暗いしカビそうだな」


「ああ、それは問題ないんだ。BOOKを管理するこの塔は一切の書物、資料、傷まないようになってる」


「紫薔薇の魔法 ? 」


「いいや、天使の魔法だよ」


「意外と天使と悪魔って……ズブズブだよな」


「いい行いで交流があるのはいい事さ」


 つぐみんは全員から離れて一人、一歩一歩を惜しむように歩いてくる。


「へぇー。お城って言っても、黒薔薇城とは全然違うのね。バームクーヘンみたいな通路。

 もっと、メイドさんがいたり甲冑の騎士が歩いてたりはしないの ? 」


「白薔薇はそんな感じだけどな。俺は家に人を入れるの好きじゃないんだよな。寝室とか趣味部屋とかは尚更。だから側近もいらない。

 ズモナ王が人を入れないのとは少し理由が違うかな。単純に蔵書の管理に集中出来ないんだ」


「それ分かるかも。私も絵を書く時は一人で篭もるから」


 廊下の至る所に白熱灯が付いてるけど、こういうのは人間と深く関わってる感があるな。白薔薇は未だロウソクだったもんな。


「これ電力はどっから来てんの ? 」


「電気を放出する精霊の魔法がある。それを使って、一箇所に充電するんだよ」


 紫薔薇は案外天使や精霊と交流が盛んなのか。

 いや、白薔薇も地獄の門を管理してる以上、天使とも繋がりがある。黒瀬は国民、王族共にデリバリーアサシン状態だ。顧客があちこちにいるだろう。


「でも、精霊の充電 ? って、そんなのすぐ無くなんない ? 」


「ああ、結局懐中電灯だよ。ロウソクはなぁ。火事が怖くて。本が燃えないようには魔法がかかってるけど……本以外にも結構あるんだよな紙類」


 城の中身が書庫だもんな。火は大敵か。


「人間界に行けるんだから家電も王家が買い与えて、発電所作ればいいのに」


「それは安易な考えだな。そのライフラインを巡って土地の奪い合いが絶えなくなる。

 ちょっとお土産で持ってきた素敵アイテムってレベルで充分なのさ」


 そんなもんなのか。


「ここだ」


 セルが分厚い装飾扉を開ける。


「う……わぁ…………」


 つぐみんから声が溢れる。

 ここだ。

 トーカと来た、最初に元紫薔薇王に会った場所。


「これが『人の人生の記録』なのね……」


「そうだな。重要なものだ」


「ええ、ええ……そうね……。

 わぁ……。…………言葉が出ないわ……」


 塔の広さも、高さも、折り重なる本棚と分厚い書物の存在感も。

 つぐみんは埃とインクの匂いをスーッと吸い込み、目を閉じる。


「この光景、忘れないと思うわ。幻想的。

 あれは ? 上の方で本が浮いてあっちこっち飛び回ってる」


「あくまで魔術師の記録だからね。魔術の種類や国、信仰対象の変更なんかで棚を移動することがあるんだ」


「フルオートなのね」


「機械的な物じゃないよ。BOOKは生き物なんだ」


 俺たちは塔の中心に呼び込まれる。

 座り心地の良さそうな椅子が何脚か並んでいた。


「座って」


 俺とジョル、つぐみんは一列に。

 セルは向かい合うように一人で離れる。


「『BOOK・cellar』をここへ !! 」


 本棚達がゴリゴリと音を立てて動き出す。


「『セラー ? 』セルシアは偽名 ? 」


「偽名って程のものじゃないよ。人間界ではセルシアとして生きてるだけ。ビアンダもズモナもそうだろ ? 」


 風を切る音とともに、天井付近から真っ逆さまにBOOKが落ちてくる。


 シャー ! シャバババッ !!


 セルの前に十冊程のBOOKが滑り込んで浮かぶ。これがセルの魔術師の人生か。


「ちょっ……多い !! これ全部観るのっ !? 」


「いや、抜粋しながらだけど ? 」


「ならいいけれど」


 抜粋って言いつつ、嫌な予感する。


「じゃ、『祝、紫薔薇王子誕生日 !! 』から順に……」


「興味ねぇーよ !! 」


「ヴァンパイアって魔術師って扱いナノか ? 」


「流石ジョル。そうなんだ。普通は悪魔はBOOKの対象にはならない。けれど、ここの管理者が居なくなったらBOOKも行き場を失う。

 だから次の継承者が観れるように、紫薔薇王家だけ例外なんだ」


 にしても、興味ねぇよ……あ、こいつが赤ん坊の姿ってのは……それは想像つかないから冷やかしで観たいけども。


「ホント。大事な所だけでお願い」


 セルは若干、残念そうな顔をすると、三冊目のBOOKを手に取る。

 なんだったんだ、前の二冊……。


「じゃあここから。『双子の生い立ちについてと俺との出会いの記述』だ」


 つぐみんとジョルが円を描くように椅子を移動させる。全員の中心に浮かんだBOOKは、ひとりでに指定されたページへと向かう。


 パララララ…………


 紙の捲れる音と膨大な文字を見つめると、意識が吸い込まれていくのが分かる。目を逸らせず、一瞬だけクラッと目眩がする……次の瞬間。


 景色は既にBOOKの中だ。


 知らない土地の道端に、俺とつぐみん、ジョルの三人だけが立っていた。


『セルは来ないのね』


『トーカの時もそうだった 』


『これがセルの過去なのカ ? 』


 ドス黒い雲が頭上に広がる。

 今にも降り出しそうな天候で、足元は泥でぐにゃぐにゃ。

 でも草原の緑と雪の被った山々はまるで観光地の写真で見るような、整いすぎた美しさだ。


『日本じゃないのは知ってるけれど……どこかしらね。

 村があるわ。教会もある。行ってみましょう』


『いや、ここは記憶の世界だ。近くにこの時間軸のセルがいるはずだぜ ? 』


『でも』


 つぐみんが見渡すがセルはいない。


『誰か来たゾ』


 しばらくどうしようか悩んでるうちに、村の方から二人の少年少女がやってきた。

 ああ……あの二人は……。


「早く医者を呼ばなきゃ。あそこが無くなったら、僕らの正体もバレる」


「今のうちに村を出ましょう ? 神父様が亡くなったら、私達も教会にいられなくなる。あの部屋を見られたら……」


 ガンドとセイズだ。歳は小学生高学年ってところか。

 何やら病人がいるようだが……。


「ダメだ。あの人を見殺しに出来ないよ。匿ってくれた恩があるもん」


「……どの道、間に合わないわ……」


 その時、セイズの足元の小さな水溜まりから男が這いずり出てきた。

 セルだ。


「きゃぁぁぁぁぁっ何っ !? 」


「下がって ! 」


 ガンドはドロドロのセルに向かって指を差す。

 だが……。パリッと静電気の散るような音がしただけで何も無かった。


「こいつ……魔法が効かない……」


 たじろぐガンドを他所に、セルはやれやれとその場に胡座をかくと煙管に火を着ける。


「驚かせて済まないね。旅の者なんだけど、思った以上にこの水溜まり……底無しで。死ぬかと思ったよ」


 さすがに騙されねぇだろ。

 今この水溜りは移動用に使ったんだ。二人は魔力を感じたはずだ。

 ここは正直に……紫薔薇王子なんですが、戦争中死んだことにしてあるので、人間界で暮らす為になんか仕事下さいって言え。


「ガンド。この人ヴァンパイアよ。血の匂いもする」


『光の速さでバレたわね』


『この頃からポンコツだったんだナ』


「ふーん。ヴァンパイアね。手負いのヴァンパイア……村を襲いに来たの ?

 悪いけど、村が壊れるのは困るんだ。人を襲うなら、僕も容赦なく対応させて貰うけど ? 」


「待って。

 ねぇヴァンパイアさん。あなた治癒魔法は使える ? 」


「いや……使える一族もいるが、俺は違う。

 だが、医学は少しかじってる」


「どのくらい ? 」


「戦地から逃げてきたんだけど、負傷者の治療なんかは出来る。簡単な薬の調合や傷を縫い合わせる程度だけど」


「治して欲しい人がいるんだけど、代償を取る ? 」


「代償か……。

 人間界でしばらく身を隠して過ごしたいんだ。仕事の斡旋でもなんでもいい。生活できるよう口をきいてくれないか。

 俺は人として暮らせる。人を襲ってるヴァンパイアは俺の一族じゃない」


 セイズがガンドに何か耳打ちをする……が、当然、俺達には筒抜けで聞こえてる。


(かなり高位のヴァンパイアだけど訳ありね。でも魔法の勉強にはもってこいかも)


(うーん。神父様の命には変えられないし。治療はさせて、それから様子を見ようか)


 ガンドはセルに振り向くと、打って変わって無邪気そうな少年の顔を見せる。


「いいよ。とりあえず病人は神父なんだ。本当に助けてくれる ? 」


「ああ。二言はないよ。神だろうが悪魔だろうが手を尽くす。誓うよ」


 セルは立ち上がると、少しふらつく足取りで水溜まりから歩き出す。


「ヴァンパイアって教会に入っても大丈夫なんだね」


「ああ」


「ヴァンパイアって日に当たっても大丈夫なんだね」


「ああ。まあね」


「今日ニンニク料理に入れてもいい ? 」


「ああ。……いや、俺で遊ばないでくれ。俺の傷も結構シリアスなんだけど……」


「村にお医者がいないんだもん」


『こうしてあの村で人間界生活が始まったわけね』


『つまり、いいように使われたんダナ』


 俺たちはこの記憶を観て、感慨深いリアクションをすべきなんだろうけど……。


『俺さぁ……今歩いてるセルの靴が、水溜まりの泥でダブンダブンしてるの気になるわ〜。一回脱いで出せばいいのに』


『タイミング逃がしたんダナ』


 なんか嫌な予感すんぜ。

 最終的に悲惨な状況になるのかもしれないけど、セルの一挙一動がコントに見えて仕方がねぇ。

 一人ならモヤっとして終わりだけど、今回つぐみんとジョルもいるからな。


 思わず、何にでも突っ込んじまいそうだ。

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