第3話 サーミの教会
セル……いや、紫薔薇王子のセラーか。
恐らく、黄薔薇領土と紫薔薇領土の国境に赤薔薇の関所を建てる時に起きた、地獄 零層の戦争。そこで死んだと思わせ行方をくらませたセラーの直後の時間軸だ。
双子に連れられ、村とも言い難い本当に小規模な住み合いに連れて来られた。
『時代……西暦何年くらいだろうな ? 』
『うーん……まず場所が不明よね。植物を見た感じは南国では無いでしょうけど』
『雪も見えるし、厚着だよな』
セイズもガンドも、ゴワっとした白布を羽織っただけと言う出で立ちだが、防寒するための厚着だ。裕福では無いのか、布から出る双子の四肢はかなり痩せている。
観ているだけの俺たちは、セラーのインパクトに強く根深く残ったモノなら感じることが出来るかもしれないが、ミアのBOOKで豪雪地帯で行き倒れかけた所を問題なく観た経験上、気温や臭いは感じ取れそうもない。
「ここだよ」
ガンドが案内したのは教会……の裏口にある小さな小屋だ。
「神父様、旅のお医者が見てくださるそうです」
セイズがベッドに横たわった老人にそっと声をかける。
「お……おお……」
「どうぞそのままで」
起き上がろうとした神父をセラーは宥めるが、神父の方は様子がおかしい。
「二人とも離れなさい……ゴホッゴホッ。
か……神よ……お助け下さい……」
『完全に人外バレしてんな』
『人里に来て、初手神父とか……運がないわね』
セラーは両手を広げて見せ、敵意が無いと意思表明をしてみせる。
「神父よ。わたしは貴方を救いたい。その上で教えを請いたいのです。わたしの生きる道をお導きください。
わたしは争いの絶えない魔の地から逃げて来ました」
物は言いようだな。
『物は言いようね』
『あ、俺も今そう思ったわ』
「ほ、本当に……悪魔なんだな…… ? 」
「完全な悪魔ではありません。もっと人に近しい魔の存在です。
貴方の治療は悪魔契約などではありません。代償も必要ありません」
『まぁまぁ、悪魔って言ってル ? 言ってナイ ? 』
『言ってると思うぜ』
当然、躊躇う様子をみせる神父だが、ガンドが割って入った。
「大丈夫だよ。変な真似したら、俺が何とかするからさ」
「……ゴホッ……ヒュー……。
ただの風邪だ」
「手を握っても ? 」
セラーが手を出すと、神父は恐る恐る手を差し出す。
「風邪……か。少し肺に炎症があるのかな。
ハーブはある ? 薬草でもスパイスでも、あるだけ見たいんだけど。庭に植物は ? 」
老人の脈拍を確認しながら、セラーは部屋を見回す。
簡易的なベッドがあるだけの物置のような住まいだ。部屋の隅に少しの薪と釜がある程度で、暖炉も無い。
「庭に少し植えてあるわ。調味料なんかないわ。買えないもの」
セイズが裏口の戸をガコガコと開ける。
庭と言っても庭園のような華やかな空間では無かった。精々、五メートル四方の手狭な土地。陽当たりもいいとは言えない。その理由はこの大きな柵。庭をグルりと囲み、風景も見えやしない。
『セルはこの頃、医者じゃないよな ? 』
『ええ。学歴も医療免許も後からでしょうけど……。腐っても知恵の紫薔薇だから、藪医者くらいの知識はあるのかもね。今も免許なんかペーパーでしょ ? 』
『つぐみん、セル嫌いカ ? 』
『セルとジョル君ならジョル君が好きよ』
『ケケケ !! 』
それ、マシってだけの言い方じゃねぇのか ?
セラーは手を数えるように折りながら、必要なものを言い、セイズが側で籠に刈り取る。
その姿を横目に、しばらく庭を眺めたセラーが静かな声で呟いた。
「君たちは呪術師 ? 」
セイズの手がピタと止まり怪訝な顔を向けたが、すぐに平常心を取り戻したように薬草を摘み取る。
「……兄はそう。わたしは違うわ」
「君からも強い力を感じる。人並みのパワーじゃない」
「そうかもね」
「…… ? 」
そうかもね、とは ?
「はい。これで合ってる ? 乾燥させて使うには時間がないでしょう ? どうするの ? 」
「生気を吸えば枯れるよ。ほら」
セラーの手に取られた薬草が、一瞬にして枯れ果て、カラカラに乾燥する。
「一瞬で……」
「ヴァンパイアにもタイプがあってね。俺の一族は生気を吸うんだ。血は飲まない」
「そんなの、聞いたことない……」
「地獄にないモノをいくら求めても満たされない。生物として環境に適応してないって事だろ ? 」
「そう考えると確かに。……ヴァンパイアが地獄にいるのは、不完全な身体だわ」
「そう。だから、今はヴァンパイア達は技術や身体も進化してる。人里に降りて血を啜るのは古参の連中さ」
『確か赤薔薇は未だに吸ってるって話だぜ』
『マジか ? コワイ』
『その為に、一番美形揃いらしいわよ』
黄薔薇のミラーやセルよりも ? 喋らなければ百合子先生だって整ってるのに。
「取り掛かろう。一緒に作るかい ? 見てた方が安心だろ ? 」
「……そうね。
あ、貴方に触ったら、わたしも生気を吸われるの ? 」
「あはは。それは無いよ。なんの了承も無しにそんな非道な事しないよ」
「なら、良かった」
セイズは少し気を許したようにホッとした顔に笑みをみせる。
『かわいい……うちの店に欲しいぃ……。何この初々しい感じ〜』
つぐみんがバグってる。
一度釜に火が入れば後は早かった。
物の数分で薬は出来、それを飲んだ老神父は病状が落ち着いたのか安眠を得た。
セイズとガンドは床板にある布を捲ると、そこに現れた小さな出入口から床下に入り込む。
「なんだ……最初からここの物を貸してくれればもっと早かったのに」
部屋に置かれた書物と乾燥ハーブを見たセラーが、驚いた様子で灯りを照らす。
「これは…… ! 地獄の花……こっちは天使の涙だ。どこでこれを…… !? 」
『珍しい物ナノカ ? 』
『ええ多分。地獄の花はショーケースにセルが入れたのを見たことがあるけれど、天使の涙 ? あの石は知らないわ。どっちもこの世の物じゃないわよね。貴重なはずよ』
セイズは一番奥から、これまたごわっごわの布をガンドとセラーに渡す。
ガンドはそれをひざ掛けにして、持ってきたランプを床に置きながらセラーの顔を伺う。
「神父様に、人に見せないよう言われてる。でもさぁ、あんたは見せない方が余計な詮索しそうだし」
『分かる。胡散臭さがあるよなぁ』
『自意識過剰な分、変に危険に首突っ込むンダよ』
「いや、本当に俺も隠れ家を探してるんだ。変な真似はしないよ。
それに出会いが呪術師なんてラッキーだよ」
「だろうね。人に知られたら殺されるよ、アンタ」
「この魔術具はいざと言う時、わたしたちが自分で使うための物なの。魔術には寛容な村だけど、行き過ぎた術は御法度。特にこの村の外部の魔術はね」
「君たちは色んな魔術をかじってる訳か。
神父は知った上で一緒に住んでるのか ? なぜこんな生活を ? 」
セイズとガンドは一度顔を見合わせ、小さくため息を着く。
「アンタ、本当に人間の世界を知らないんだね」
「この村の人間は元々、強力な力があるのよ」
三人は火を移した無数のキャンドルの灯りの中、輪になって座り、顔を付き合わせる。
「ああ、それは感じる。強い魔力だ。でも、神聖なものって感じじゃない」
「俺は魔術師のガンド。呪術が専門だけど、色々やるよ。
精霊との力の媒体に巫女を使う。巫女がいないと俺は魔術を使えないんだ」
「じゃあ、君が巫女 ? 」
セイズが頷き、手を差し出す。
「巫女のセイズよ。
わたしたちの母親はこの村の人じゃないし、元々奴隷身分の人だったから……村の人はいい顔をしないの。
両親が亡くなってからは、戦がある度に私達を戦地に送りたがるのよ……」
『北欧……フィンの一撃と言ったら……ノルウェー近辺のサーミ人が使う魔術だわ。
そうすると母親が黒人だったのね。完全なサーミ人じゃないのよ』
二人の金のようなブロンドも……父親も移住者だった可能性もある。複雑そうだな。
「それで教会に……か。確かに隠れ蓑としてはうってつけか」
「セルシア神父はとても知識人だし、差別もしない。いい人なんだ」
『セルシア !? あの老神父 ? 』
『じゃあ、元々セルシアって名前はあの老神父のものなのね』
「教会なら結婚を急かされる心配もないし、実の兄弟だからくっついてても怪しまれない。戦争に行かなくても許されるって訳」
「ここは酷い戦地には見えないが ? 」
「意外としょっちゅうさ。取ったり取られたり。そんなのばっかり」
「そうか……」
その時、突然フッと目の前が暗くなる。
『コケケ !!?』
『え !? 何 ? 』
『多分、記憶の時間軸が飛ぶ』
次にフェードインしてきたのは、またもベッドに横たわるセルシア神父の姿だった。
だが、今回は小さな診療所のような場所だ。
白いシーツに白いパジャマ。骨と皮だけの細い腕。
そしてローマンカラーをつけたセラーがセイズとガンドと共にいた。
『この時期に、教会を継いだのね』
『みたいダナ』
『……なんか、双子も血色がいいっていうか……さっきの時より健康そう』
「セラー……」
老神父がセラーを枕元に呼ぶ。
「この双子は人間界の生きる魔導書。悪用されてはならん」
「存じております」
「わたしが死んだら、わたしの名義を使いなさい。村長にも話は通してある」
「光栄です」
「……はぁ……まさか、生涯最後の最後に……悪魔に希望を託すとはな……」
『双子は貴重な魔法使いってコトか ? 』
『恐らくだけど、魔女狩りなんかもあったでしょうし、魔術師の数も少なくなった可能性はあるわ。
ミアの記憶が1935年だったったってことは、これはそれ以前だし、母親が黒人なら余計に』
『母親も魔術師ってコトカ ? 』
『ええ。ブードゥー教の魔術なんかよ。あれは発祥こそアフリカだけれど、2000年を過ぎた今、白人だろうが日本人だろうが広まってる。
ブードゥーは教義や教典が無い上に布教活動もしない。完全に身内に継承させる魔術なのよ。
奴隷船や海賊に連れてこられたヨーロッパのブードゥーの使い手は、キリスト教と上手く信仰を交える事で凌いだと言われてるの。
まさにそうなんだわ。彼らも同じ。本来、偶像崇拝として極刑になる魔術師が、キリスト教信者としての顔を持つことで自分の魔術を守っているのよ ! 』
あ、なんか、つぐみんの知識熱に火がついてる……。
『なるほど。あー……上手く隠れてたって事だな ? 』
『ブードゥーは世界中に奴隷と共に広がり、奴隷が撤廃になっても根強く残り、他の人種をもその魔力を頼った。最も分かりやすく史実が残っている魔法だと思うわ』
『ほえ〜』
「セラー。バチカンに推薦状を書きました。神の道を知るのです。
最も、存在や信仰心などではなく、あなたの場合は知識と技術だ。
人間の味方をする悪魔でいること……それが悪魔が人間の世界で生きていくすべであると、思うのです」
人間の味方しないと知らないぞって釘を刺すと共に、枷としてバチカンにセラーの身柄を公開し、監視をさせるというわけか。
「本当に……何から何まで。お世話になりました」
セラーは深く頭を下げる。
老神父は今度はガンドを枕元に呼び、何か教えを説いている。
その側で、足元側に戻ってきたセラーは小声でセイズに呟く。
(……バチカンってどこだっけ ? )
(も〜……。キリスト教の総本山。イタリアの中の独立国です)
『うわぁ〜……無いわ〜。せめて帰ってから聞けよ』
『ポンコツ極まりナイ』
『……バチカン市国の独立は1920年代のはず。そうなると、1930年代のミアに会うのはそう先ではないわね』
次にセルシア神父はセイズを呼び、ニコニコと手を握る。
セイズは泣いていた。
『でも、これでセラーがセルシアになったわけだ。んじゃ バチカン行って、エクソシストになったってことだよな ? 』
『そうね』
『そのくだり、見なくてよくないか ? 公認のエクソシストになったのは知ってるしさ。
こんなのダラダラ見てたって仕方ねぇよ』
『確かに。
でも今からセルにどう伝えるの ? 私たちはBOOKから勝手に出れないでしょ ? 』
『俺 ! クロツキの中に身体はあるカラ、俺ならイッテ来れるカモ』
さすがルシファーの目。クロツキじゃ最強かよ。
『じゃあ、ジョル君言ってきてくれる ? 「オメェの私生活とかキョーミねぇよ、すっ飛ばせ」って。お願いね』
『わかったー !! 』
なんか。分かっちゃイケナイ感じの事を要求した気がする。
元々半透明のジョルの身体が、サラサラと消えていく。
大丈夫だろうか。
「セルシア神父 ! 」
「セルシア…… ! 」
三人がベッドに張り付くように、老神父の身体に顔を埋める。
医者が廊下からバタバタと駆け寄ってきたが、必要最低限の言葉をかけると、少し離れた場所で見守り、そっと退室して行った。
『ああん、間に合わなかった ! 』
つぐみんが嫌いな食べ物を齧ったように顔を歪ませた。
『はぁ……人の死は辛い。自分が知らない人でも、見たくなかった。ここは飛ばして欲しかった……』
それが記憶を知る重みだからな。仕方のない事だ。セルは自分のルーツと双子との出会いに合わせて、神父であるセルシアの仮面を明かした訳だし。俺は必要な情報だったとは思う。
だが問題は、バチカンで起きた悪魔祓いの一件だ。今一番知りたいのはそこなわけで。
『…………』
そうは言いつつ、つぐみんは俺のそばで静かに手を合わせていた。
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