第26話 蝕み

『私も小さな頃から母親に虐待されて生きてきました。

 自分だけはまともな人生を送ろうと、安定した収入と人聞きの良い仕事、愛想の良い夫、寿退社に専業主婦……人並みのマイホームに上品な子供。

 子供は突出させ過ぎず、大人し過ぎず、問題は起こさず、保育園では先生受けの良い子供に……。

 けれど、子供だけがどうしても思い通りに育たなかった。

 いつも問題ばかり起こす。

 最高潮の人生が子供の出来によって、一変したかの様だった。

 頭では分かっているつもりだったけれど、私の意思にそぐわない行動をする度イライラして、手が出ることも次第に多くなっていった。

 薬漬けの凜々が叔母と言うのも気に入らなくて、何とかやめるように説得を……コウジさんにも協力してもらって、何とか凜々を薬から切り離そうって……。同じ目的の為に行動していたら、自然と……深い仲に……。

 別に離婚するとまでは……。

 でも、子供が……知らないはずなのに子供が 旦那に言いそうになって、それで…… !! 慌てて、炊事中に握っていた包丁で……。

 気が付いたら呼吸が無く……。

 コウジさんを呼ぼうって……。私と、夫で脅して。ナイフマジックをさせました……』



「以上が、母親の供述らしいわ」


 神村署長に個室で報告を受ける。

 時刻は昼の十二時までかかっていた。あれから寝てない……。

 俺もフラフラだし、セルはペタっとした髪をシュシュで纏めて溜め息も多め。


「意外とすぐ喋るんですね」


「そうねぇ……。今回は証拠は揃ってるけど、方法が分からない……みたいな感じだったじゃない ? 」


「結局、子供の死因は虐待ですか」


「ええ。そして隠蔽工作に被疑者も関わったけど、夫婦に脅されてた。不倫以外に何か弱みがあったのか……それも調査中だけど」


 調査中って言いながら、この人にはもう視えてるんだろうな。


「脅してナイフ芸をさせたってのは大きな収穫だわ。ホームパーティ中の一発芸で、ナイフが飛んで事故で刺さりました……なんて言われたら。否定するにも、ちょっと証拠不十分よね。被疑者が裁判でマジックを見せてくれる訳でもないでしょうし、仮に見ても殺人事件に関しての証拠にならないわ」


「コウジさんの方は自供しました ? 」


「ええ。母親の事を伝えたらすぐに。今は拘束着を着て貰ってるわ」


「あの怪力じゃ……当然ですね。あれは契約していた悪魔の力です。人の力じゃない」


「本当に悪魔は野蛮よねぇ〜。

 ま、封印は私の十八番だから。拘束着を着てればもう安心よ」


 強っ…… !


「留置所の担当さん、かなり参ってましたよ……」


「寿吉くんも言ってくれればいいのに〜」


 ケラケラと笑ってるけど……。

 悪魔憑きかもって言い、俺たちを署内に誘い込むのには、あれが一番手っ取り早かったんだろう。事実、悪魔の力だし。魔力はタトゥーでカモフラージュされていただけ。


「それなんですけど、俺も本部にまで話が行っちゃってますから……どんな罪人でも悪魔祓いせずに帰るとはいかないんですよ……」


 セルが言いにくそうに神村署長に忠告をするが、彼女は微笑んだままその笑みを崩さない。


「うふふふ。本当に大変よねぇ、本部のエクソシストって、祓魔専門の警察って感じねぇ。バチカンには私の方から、依頼はスムーズに完了しました、と口添えしておくから。もういいわよ」


 悪魔祓いをしないつもりか…… ?


「……いや……。っ……」


 セルは一瞬何かを言いかけたが、ふと俺を見下ろした。


「……ええ。分かりました」


 了解了解。俺が後でアカツキに行けばいいんだな。


「でも、本当に子供が不倫の事なんて喋ろうとしたんですかね ? それこそ怪しいですよ。隠れてやってたんでしょ ? 虐待は常にしてたんなら、不倫どころの話じゃないっすよね」


 神村署長は何か苦虫を噛み潰したような顔で頭を抱える。


「うん。それがねぇ。

 ……これが一番いたたまれないんだけれど。

 亡くなった女の子が母親の思い通りにいかなかったことって言うのがね、サイキック能力だったみたいなのよ」


「サイキック…… ? それって、つまり」


「亡くなった子は生まれつき霊感があったみたいね」


 そんな……好きで生まれ持った能力でも無いってのに…… !


「子供は多いわよねぇ。子供のうちだけ強い子もいるし、放って置けば特にその力は磨かれることも無く消失していく子が殆どだけれどね。大人に過剰な反応をされると、どんどん消失が難しくなる子もいるのよ」


 子供の霊感か……。研鑽無ければ磨かれない能力か ? と、聞かれたら……。確かにYESだ。霊感は磨かないと一定以上の能力値まで上がらない。


「何かが視えたり、壁に向かって話したり……。人によっては、それは異常行動に見えることだからねぇ……。

 これから受験となると一応、面談と遊びの様子なんかが見られる訳だけれど……。

 当然、壁と話す女の子がその中にいたら……試験はパス出来ない可能性が高いのよ」


「そんなに厳しいもんですか ? たかだか保育園でしょう ? 」


「今はなんでもランクや数値で人を見る時代よ。良くも悪くもねぇ」


「でもだからって、母親が虐待なんて……。そんな……。そんなこと言ったら俺だって……」


 俺だって…… ?


 あれ ?

 俺は生まれつきだよな ?


 母さんは知ってたんだっけ ?


 アカツキに行ったのは母さんが死んでからだけど、現実世界で視えるものって……。


 いや、俺はジョルやみかん程なんでも視えるって体質ではない……。


 けれど……。

 母さんは俺の霊感を知っていたか…… ?


「そんな理由で虐待 ? って……思っちまう」


 確か、ゴンも似たような理由だったよな。


「お前の言う通り。

 霊感なんてどうしようもないのにな」


「あらら。神父の貴方の反応ってそうなのね ? 」


 神村署長は、からかうようにセルを見上げる。


「 ??? 何故です ? 」


「だって〜、聖書には『霊感ある奴とか、まじ魔女やろが』って書いてあるじゃない ? 」


「『〜やろが』とは無いですけど……。

 ですが、懺悔室で霊感を暴露する人はいましたね。「神の定めた運命によりて〜」とか、適当に言いますけど」


「適当だわ〜……。ほんっとうに貴方、責任感が無いんだからぁ」


 現場に俺たち置いてけぼりにした警察がなにか言っとる。

 悪魔が憑いてるのに、悪魔祓いしない警察が何か言っとるっ !!


「仕方ないんですよ。仮にその方に霊感があったとしても、神父がその人に制裁を与えるのはおかしいでしょう ? 」


 セルも絡みにくそうだな……。


「時々そんなニュース出るわよねぇ、淫猥な聖職者。もう〜世の中怖いわぁ〜」


「警察官だって、そういった事案はあるでしょう ? 結局のところ、人によります ! 」


 この二人……相性悪っ !!


「あ、そうそう。司法解剖の結果も出てるんだけれど〜」


 あ、話題変えた !!

 こりゃ本当に上手だな。

 セルは笑いながら眉間に皺を寄せてる。血管が浮き出るのは時間次第だな。


「失血死。凶器は台所の包丁と一致。致命傷になった傷……つまり母親が刺したのは二箇所。

 被疑者の刺したナイフはね……全部急所を外した裂傷だったそうよ」


「かすり傷ってことっ !!? 」


 おいおい……コージさんに憑いた悪魔は、そこまでしなかった…… ? いや、既に死んでるんじゃ、悪魔の手柄にはならないのか。

 現代の司法解剖を利用した保身…… ?

 知っていたかどうかによるが……そこはまだ先の捜査になるだろうし、ポゼッションしてしまったら永遠に聞き出せないだろう。


「コウジさんの中に居る悪魔は、子供が既に死亡していることに気付いていた…… 。だが、何故躊躇ったか……。

 これは……」


 セルは考え込んでしまったが、神村署長は気にとめない様子で……いや、俺たちにこれ以上深入りされたくないのか、話題を変えてきた。


「はぁ……。聞けば聞くほど滅入るわねぇ。

 悠真君、知ってまる ? 今、お正月なのよぉ」


「ハイ……。

 いやぁハードなお正月でした。

 犯罪に休日は無いですもんね。お疲れ様です署長」


「やだ〜。私は何もしてないわよ !

 優秀な部下のお陰 ! 今回は貴方たち二人もね」


 なんだろう。この人の言葉は一つ一つが丁寧で愛嬌があるのに、それでも本心ではなく聞こえてしまう。

 セルが毛嫌いしているせいで、俺も感情が引っ張られただけかな ?


「子供が死んだり、良い奴の方が寿命無かったり。こんな事件とか常に見てて、警察って……病みませんか ? 」


 俺の質問に、神村署長は微笑むだけだった。


 ********


 ツーシーター状態のうちの車に乗りこむ。

 この古くてごちゃごちゃしてる車が、今は酷く安心する。


「終わったな。真冬なのに日差しが目に刺さりそう……。

 なんか、意外と地味な仕事だったけど……事件は新聞にデカデカ載るんだろうな」


「お前新聞読まねぇだろ ? これ、一応全国ニュースだぜ。

 それに、ナイフが飛んだとか、魔女が居たなんて話は書かれない。署内でも限られた人間しか知らないし、魔術や悪魔については書類にも書かれない。

 俺達は、神村署長と寿吉さんの手伝いをした精神科医と助手ってだけ」


「コージさんには最初から封印の拘束着を着せればよかったのにな」


「それな。

 結局、巻き込むだけ巻き込んで……。俺たちを呼ぶ必要があったのは、凜々のコンテナの中身さ。アレが流出しないで済むことが最優先。魔術具……あれは、知る者が持てば『兵器』になりうる。

 俺がRESETするって、未来を読んでたんだよあの人」


「……警察って……」


「……だな……。回りくどいぜ。

 とは言え、俺達は腐ってもエクソシスト。悪魔がいると分かってて放ってはおけないのさ。ここからがボーナスチャンスだ。

 しっかり悪魔は祓う。どんな理由でも『悪魔がいてもいい』なんて事はこの世に存在しないんだ」


「おー。珍しくマトモ〜。神父っぽい」


「神父だもん ! 」


 セルは留置所に向けて車を走らせる。


「神村署長は何故悪魔祓いを拒んだんだ ? 」


「あのままおかしな状態で弁護士もなく裁判に出して、長い求刑を言い渡したいんだろ」


「なんっつーヒデェ事だよっ ! 」


「世間体ってものもあるだろ ? 悪魔が憑いてたって、言えないんだぜ ? 当然、『なんでちょっと罪が軽そうなの ? 』って意見は出るわな」


「納得いかねぇ。巻き込まれただけだし……。凜々もマトモになったのに、両親の方がピンピンしてるなんてよ ! 」


 最も法じゃ両親の方が罪が重いのかもしれねぇけど、子供の虐待っていつも実刑判決が短いと俺は思ってる。


「巻き込まれた方は割に合わねぇな。見逃せとは言えねぇけど、悪魔祓いを拒むなんて !! 」


 こっちはイライラしてるのに、ハンドルを握っていたセルの空気が少し和らぐ。

 信号待ちで煙草を咥えると、横断歩道を渡る人間をぼんやり眺める。


「そこは同感。良かったよ。お前が賛同してくれて。RESETで事足りればいいけど、TheENDのお前にも来て欲しいし」


「乗り掛かった船だよ。今更「ハイそうですかお疲れ様」って帰れっか ! 」


「ウンウン。大分プロ根性染み付いてきたな」


 それにしても……。


「署長からしなくていいって言われた悪魔祓い、しちまっていいのか ? 」


「アカツキから行けば証拠は残らないさ」


「でもあの人の予知能力みたいなの考えると、俺たちがここに来るのはお見通しなんじゃねぇの ? 」


「そこはまぁ。俺はボランティアだって言い張るぜ。コージさんの悪魔祓いをして欲しいっていうのは第一に本部に来た任務だったんだから」


 車からアカツキに行けば警察に止められることは無いけど、先読みした神村署長の差し金が職質しに来たらDIVE中、起こされるぜ。


「……どうすれば……」


「神村署長の警察としての欲を言ったまでだろ。警察全員がそう言う考えな訳じゃないさ。

 だから現に、ほら……」


 留置所の入口。

 寿吉さんが仁王立ちしていた。なんか、ポーズが様になってる…… !

 セルがウィンドウを開けると、その巨体で風を切りながら歩み寄ってきた。


「来ると思っていた。駐車場に停めて来てくれ」


「ああ」


 まじか。後で怒られないのか ?

 寿吉さんと神村署長、ツーカーな仲っぽいし……大丈夫か ?


 車を降り、俺は提灯とロウソクを。セルはジャケットを脱ぎ、シャツの上にカソックって言うマントみてぇな黒いのを羽織り、首からロザリオを掛ける。


「近い方がいいだろう。中まで案内する」


 寿吉さんに連れられて留置所の中に入る……が、ここは正面玄関じゃない。


「署長は何故悪魔祓いを拒否するんですかね ? 」


「……想像の通りだ。

 悪魔祓いが済んだら被疑者は正気に戻る。すると真っ先に弁護士を呼ぶだろうし、そうなると減刑って可能性が出てくる。

 署長を差別する訳ではないが、女性の方がその辺、ドライな印象があるな。

 自分の母親を見ててもそう思う」


 通されたのは裏口の廊下だ。申し訳程度の丸椅子が用意されていた。

 寿吉さんは最後の扉もガッチリ施錠し、振り返る。


「ここから行けるか ? 」


「ああ」


「行けます ! 」


 俺とセルは各々、椅子に座り準備をする。

 蝋燭に火を灯しながら、セルの様子を伺う。

 聖書に挟まれた一輪の紫薔薇。それを小脇に抱え、深呼吸。


「一応、人は来ないが見張りをしておく」


「サンキュー。

 ユーマ、先に行くぜ」


「おう」


 さて……憑いてる悪魔は数体だったな……。

 セルがRESETすればそれで済むんだろうけど、何か嫌な気配を感じるな。


 では、俺も。


 視覚、聴覚、嗅覚、気心地の悪いスーツの感触、汗でへなへなの髪。それらの感覚全てを遮断し、三度目の深呼吸で無に堕ちる。


 DIVE !!


 ほんの少し耳鳴りがした後、無音に変わる。

 吸う息が冷たい。


 ゆっくりと目を開ける。

 側でセルが俺を待っていた。

 吐く息が白い。

 二人で廊下の先を見渡す。


「何か……おかしい……」


「ああ。気を抜くなよ」


 窓が無いせいか、提灯の明かりだけが頼りだ。

 廊下の奥に階段があるようだ。踊り場の辺りだろう、少し離れた場所の蛍光灯が、誘う様にチカチカと点いたり消えたりしている。


「あそこから登って来いとさ。

 RESETをかけて、取り逃した悪魔はTheENDしてくれ」


「了解」


 階段から二階へ進む。

 防火扉を開けて、更に広い廊下の奥へ進む。

 ここですと言わんばかりに、房に前の蛍光灯がジジッと音を立てて光り出した。


 セルが俺の胸板の前で手を広げ、そっと突き放すように「離れろ」の仕草。

 聖水の小瓶を開け、房の前に近づいて行く。


「……」


(居たか ? )


 セルは構えた手をだらりと下ろすと、深刻な面持ちで俺の方を一瞥する。


 なんだ ?


 房の中からカリカリと、何かを引っ掻くような音がする。何かはいるようだ。

 俺はゆっくりと房に近付き、中を伺う。


 コージさんだ。


 あれ ?

 アカツキにコージさんがいるってことは、現実世界では今、コージさんの身体に入ってるのは悪魔の方か ?


 でも、それならあの霊体のコウジさんとは少し話が出来そうだ。


 格子に一歩踏み出した俺を、セルがパーカーのフードを引っ張って制止する。


「ぐぇっ。何すんだよ……」


「よく視ろ」


「 ??? 」


 床にあぐらをかいて座り込むコウジさん。その爪は雫型のピックのように硬く、尖っていて、床に擦り付けて何かを……。

 いや、何も描いてない。

 ただ、猫が爪を研ぐようにギリギリと擦っているだけ。


 俯いた顔からは大量の唾液がそのまま垂れ流しになり、心無しか肌が鬱血したように浅黒い。


「……あれは…… ! 」


「遅かったんだ」


 俺たちに気付いた悪魔が、コージさんの首がグリンっと回す。


 〈やぁ、いつかの神父か〉


 声色も悪魔だ。

 間に合わなかった。


 悪魔は完全に憑依レベルを上げ、完全に同一化……つまり、ポゼッションを完全に成し遂げ、身体を奪われてしまった。


「セル…… !! この場合、どうしたらいいんだ !? 」


「……コージさんの魂は堕ちた。

 もう救えない」


「はっ !? 」


「現実世界にもアカツキにもコージさんの魂はもう、存在しない。

 ここでTheENDしてもあの悪魔が消滅するだけ」


「……何かまずいのか ? 」


「こいつが死んだら、現実世界でもコウジさんの肉体も死ぬ」


 でも、どうせ悪魔に支配されてるなら……。


「狂犬の森の時みたいに、クロツキからコージさんに魂を連れ出せねぇのか ? 」


「あの時とは違う。

 ポゼッションによる闇堕ちは、悪魔に吸収される。つまり、もうコージさんの魂は存在しないんだ」


 え…………。


 〈そういうことだ……。俺の勝ちだ。この肉体はもう俺のもの〉


「じゃあ、RESETは !? こいつをRESETしたらどうなる !? 」


「……どの道、コージさんは戻らない」


 そんな……。


「殺すのは簡単だが……。獄中死もまずい。俺たちはここで手を引くしかない」


 〈ぐきききっ ! 〉


「貴様の魔力の匂いは覚えた。次に人を奪ってみろ。その時は簡単に死ねると思うなよ」


 セルはそう言い残すと来た道を戻る。


「まじか !? 本当に打つ手無し !? 」


 焦る俺に、セルは疲労とも怒りともつかない顔で頷いた。


「……お前の時もそうだったろ ?

 悪魔の憑依は時間と技術の戦いなんだ」


 もっと……。

 もっと何か出来たんじゃないのか ?


「ひとつ質問を」


 〈 …… ? 〉


「子供の魂は ? 」


 〈 ……。俺が取る前に死んだろ。

 こいつを手に入れたら、母親に憑くつもりだったが……。俺はこだわりがあってなぁ。汚れた魂は要らん。だが、止めもせん。愉快な流れになったな。あの母親は傑作だ ! 〉


「……。忌々しい……。

 帰るぞ」


「え…… ? あ……あぁ……」


 初日に、やっぱりアカツキに行くべきだったんだ !

 悔やみきれない。単純に悔しい。


 初めて……悪魔に他人を奪われた……。


 俺たちは寿吉さんに報告をすると、寿吉さんも生かして置いてくれた方がいい、と言うことだった。


 セルと二人。車へ戻る。

 神村署長は、既にポゼッションを見抜いていた可能性がある。だから必要ないと言ったんだ。

 確かに事件の解決としてみれば、被疑者の憑き物なんて非現実な物で、自殺と違って『逃げられた』ってメンツが傷付くわけじゃない。


 でも、これじゃ……野垂れ死にさせたのと同じだ。


「なんか……間違ったのか ? 俺たち。初めからアカツキに行けば……」


「いいや。仕方がなかった」


「あんた落ち着いてんな……」


「……見てきた……」


 見てきた ?


「散々、悪魔祓い中の時間切れの顛末を……」


「……」


「もし、これが留置所じゃなかったら、教会に監禁できた。これが警察の事件じゃなければ、トーカや大福も出入りさせられた。

 俺が非公式でエクソシストチームを立ち上げた理由が分かったろ ? 」


 聖域ならポゼッションのスピードも遅延させられた。トーカの魔術で何か出来たかも。大福の言霊があれば…… !!


「警察だって、非公式のよく分からない奴に資料は見せられない。だから本部を通す。

 でもバチカンって辺境から、なんやかんや連絡や封書、人員も……とにかく来るのは遅い。

 せめてキリスト圏の国なら、他にもエクソシストがいるだろうが、日本となると。

 だからあの人の依頼は嫌なんだ。作業的で……計算高い……」


「……」


「とにかく終わったことだ。帰ろう……」


 セルは溜息をつき、ぼんやりと煙草を咥える。


「そうだな……。帰ろう……」


「寿吉さんも神村さんも。警察なんか……よくやってられるよな」


 凜々さんも延命出来ないらしいし。

 何者も救われない事件だった。

 最悪の結末……。


「ん」


「あぁ…………」


 俺は咥えたままのセルの煙草に火をつけた。


 煙の充満する車内。


 俺たちはそのまま無言で帰宅した。


 とにかく今は眠りたい。

 全て忘れるように。

 この後味の悪さから逃げてしまおう。

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