第25話 Buona strege

 この一輪の黒薔薇は空間を切り裂く。壁だろうがドアだろうが、思いのままに。


 俺は土手を滑り落ちると、コンテナの後ろにへばりつく。

 既に照明はついていて、対象を確認している状態だ。

 どうやら奇襲は上手くいかなかったらしい。当然だ。警戒心MAXの守備魔法使いが警察の包囲に気付かないはずがない。


 俺の方は時間の問題だ !


 コンテナの鉄の壁に向かって、黒薔薇を振り下ろす。


 ザンッ !!


 急げ !!


 中はランタンが一つ灯してあった。


「来るな !! 」


 凜々の声か !


 コンテナのドアが数センチ開いている。ボブヘアーに細い身体。白いトップスにデニム。透視で視た昔の彼女より清潔感がある。


「持っているものを置きなさい」


 警察官の忠告。

『武器を捨てなさい』ってニュアンスではあるが、はっきりしないようだ。

 つまり、魔術具だ。

 セル、怪我人出すなよ !


 俺はランタンを手に取ると中を見渡す。


 まず目に付いたのは床の魔法陣だ。

 炭で描かれているそれを、そばにあったタオルで適当に拭き消す。

 マジックの道具は無い。ここは凜々だけが使っているようだ。杯が置かれ、乾燥セージも吊るしてある。魔術専用に別棟をレンタルしたのか、コージさんの荷物を追い出したのか……。いずれにしても、トーカの部屋のミニチュア版って感じがする。


 何を探せば……。


 ……これは ? 魔力を感じる。

 拳サイズの水晶のクラスターが棚に並んでいる。ファイリングされたB4くらいの紙に描かれた魔法陣もだ。

 でも、なんでだ…… ? 攻撃魔法ってのは今回の騒動で色々見てきたけど、ここにはそう感じるものが無い。

 当然……か ? ミラーは凜々の望んだ魔法は全て護身や防御魔法と言っていた……。


 でも、俺が同じ立場だったら……護身なんかしない。


 だって、実行犯は子供の親か、コージさんなんだから。


 俺たちはこの人を刺激せず、ただ話を聴ければいいんじゃないのか ?


 このファイリングされた魔法陣も……一体何の魔法なんだ…… ?


 ドアの外ではやたら時間がかかっている。


 凜々もここに立て篭ればいいのに……。ここから離れられない……理由がある ?


 考えろ。

 まだ戦闘状態になってない。彼女が攻撃魔法も使える前提で俺たちは動いたが、実際本当に防衛だけの魔術だとしたら…… ?

 ここに立て篭れば警察もなだれ込んでくる。ここにある物も洗いざらい調べられるかもしれない。


 薬物…… ?

 いや、違う気がする。


 焦る……。

 けど、視るしかねぇ。

 この部屋で起きた土地の記憶。


「近寄らないで !! 」


「…… !! ……………っ ! 」


 スゥッ…………………


 息を大きく吸って、目を閉じる。聴覚を遮断するように、ゆっくりゆっくり瞼の中の暗闇に意識を落とす……。


 体感温度がムッと変わる。

 目を開けて見回す。暗く、うだる様な暑さ……夏か ?


 ガコン !


 凜々がコンテナの扉を開き入ってきた。背後で微かに蝉の鳴き声が聴こえる。


 俺はそれを案山子のように見守る。


『はぁ、はぁ。

 さぁ、急がなくちゃ……』


 凜々はまず魔法陣の描かれた紙の上に丸い水晶を置いて、呪文を唱えた。時折、声がつっかえる、たどたどしい詠唱。

 うっすらと発光した水晶は、鏡のように凜々の顔を写す。


『えと……。久しぶりね。今、どうしてる ? そこは何年の何月なのかな ? 分からないけど……。幸せになってくれることだけ祈ってる』


 水晶に向けて話しかける。

 これ、映像記憶魔法か !?


『あなたが触れた時だけ、術が作動するようになってるわ。安心して。

 今、何歳なのか分からないけど、叔母として何もしてあげられなくてごめん』


 相手は生き残った赤ん坊の姪に向けてだ……。

 魔法のビデオレターってわけか。


 暫く、身の上話なんかが続く。


『それで……お詫びってわけじゃないんだけど……。私ね、悪い事やめたの。相方とは別行動でショーをしてるんだけど。商店街でやるような小さなステージ……リハビリも兼ねてアルバイトも。

 それで、今は小さく暮らしてる。真っ当に……』


 不意に声色が変わる。


『あ……貴女が……いなかったら ! あだし、変われながっだど思う……うっ……うぅ……。

 お母さんを止めてあげられなかった。ごめんね。ごめんねぇ。

 でもいつか、貴女が一人で人生をやり直したくなったり、好きな人ができた時、自分の子供が産まれた時……力になりたぐて ! 』


 横に置かれていた大型のキャリーケースを引き摺り、ガパッと開く。


 まじか……。


 その中には、普通の人間がまず一生目にすることは無いだろう量の金塊がびっしり入っていた。


『わだしは……もう、使えないし。でも、貴女のお母さん達に渡したら……』


 まぁ、速攻で使い込まれるだろうな。俺だってこんなん遺されたら使うかもだぜ !


 遺されたら ?


『私はもう使えない』って……なんでだ ?


 金の類いなんて、使おうと思えばいくらでも……。


『お母さん 達 』…… ? 御両親では無い ?

 この金塊は、コージさんに内緒で活動して貯めた稼ぎだ。


 使えないってのは……つまり。


 *********


「はっ ! 」


 気を抜いた瞬間。

 一瞬で現実世界に戻る。


「クソっ !! マジかよ」


 分かった !!


 外ではまだ押し問答している。

 俺はコンテナの隅のベニヤ板をずらす。


 これだ ! 今の映像の金塊 !!


 どうしよう……。


 凜々は警察に抵抗したら、一瞬で公防だ。穏便に済まさねぇと。

 少しでも抵抗して小突いたら……。魔術を使ったら、攻撃と判断されかねない。

 でもそれが俺みたいな一般人なら……。俺が不問にすれば警察に抵抗したことにはならない。

 そもそも魔術が使えなきゃ、ただのオバサンだ。

 しかし、警察の目の前で負傷者が出る事態が不味いわけで……。


 ……神村署長……。

 あの人ここまで読んでたか ?


 ここにある魔術具も水晶も、あの方法なら無効化出来るんだ。


 RESET。


 そう。セルがRESETをかければいい。


 あれだけの金があれば、遺産の相続なんて法を介せば、ちゃんと姪っ子さんに渡るだろうし、話せば分かる。




 この人は……寿命が無いんだ…… !




 俺が背後から話しかけたら、弾みで魔法をかけてくるかもしれない。

 けど、この人……多分そんなことしねぇんじゃねぇかな ?


 先にセルに連絡するか ?

 一旦、外に……。


 ギギッ !!


「あ !! 」


 後ろ向きに身を引いたところで、足元にあったベニヤ板とダンボール箱に引っかかる。


 ドンガラガラシャーン !!


「誰っ !! 」


 やっちまった !!


 カンッ !!


「うべっ !! 」


 頭にも……なんか落ちた……。


「くっ !! 中にも…… !? 近寄らないで !! 」


 凜々に気付かれた。


 ダメだこれ。あー……もうダメだ。ダメなやつだ。


「俺 !! 味方でーーーーーーーすっ !! 」


 俺はダッシュで出入口へ向かい、そのまま凜々の手を抑え込んで羽交い締めにする。


「きゃあ〜〜〜っ !! 」


 なんか絵面ヤバそうだけど、もう四の五の言ってられねぇ !!


「凜々さん !! 話したいんです ! 」


「誰っ !!? いやっ !! 離して !! 」


 ダメだ完全に取り乱してる !!

 俺が !!

 俺がパニクってる !!

 やってること変質者と一緒だぞこれ !!

 責任取れよな !! ポンコツ上司 !!


「セル !! RESET !!!! 」


「何やってんだお前っ !! 」


「俺ももうわかんない !! わかんないの !! 」


 物陰からセルが走り込んでくる。

 見えはしないが、刑事さん達の冷たい視線と怒りのオーラも感じる。


「何の為に入ったんだよ !! 飼い主ってペットに似るのかっ !! 」


「そうかもしんナイ !! 」


 すぐそばにいた警察官が凜々の拘束を手際よく引き継ぐ。


「君、ちょっと退いてて ! 」


 すんまへん。


「……あまり手荒にしないでください……。

 この人、病気です」


「……っ !? 」


 拘束した警察官は思った以上に力任せでは無かった。作業的……早業というか……。凜々もあっさりと観念する。必死な抵抗はしなかった。

 いや、そんな体力がもう無いのかも……。

 握られた水晶に魔力を感じる。けれど、弱々しく、それを握る手も震えている 。

 多分この魔術は、使う気になったらすぐ発動する。

 刺激しないように……。


「石を渡して貰えますか ? それは攻撃魔法じゃないはず。それに今もあんた、俺に防御魔法を使わなかった」


「…………」


「黄薔薇のミラーと話をつけてきました。貴女の話も信じます」


 凜々は地面にヘタリと座り込むと、その剣山のように凸凹した水晶の原石を手放した。


「ありがとう」


 警察官がそっと手に取ると、俺に差し出す。


「おーい。セル、これもだぜ」


「くっ !!

 お前の !! そういう !! 無鉄砲に行動するとこ !! 俺 !! 理解出来ない !! 出来ないの !!

 ここにいるお巡りさんもさっ !! 」


「いいから早くRESETかけろよ。

 お巡りさん、下がって貰っていいっすか ? 」


 手持ち無沙汰になった警察官達の何人かは興味津々でセルを見ている。

 かく言う俺も、セルがRESETを使うところを初めて見ることになる。


 セルは渡された石を無造作にコンテナに放り込むと、磔刑の十字架を左手に巻き付ける。

 赤い石の付いたそれがジャラ……と音を立てる。

 セルはコンテナに手のひらをそっと触れ、自身の魔力を解放する。


 そう。

 セルの使うRESETは魔力が絡んでる。

 それはおかしい。

 ミスラの話では、TheENDとRESETは確実に異能力であって魔法ではないと断言していた。

 この一件が終わったら、一切合切……話して貰うからな、セル。


 シュワ…… !


 十字架が一瞬光り、コンテナの壁や周囲の地面まで一気に霜が纏わり付いた。

 紫薔薇の魔法属性は氷だ。


 そばにいた警察官が少しザワついた束の間。

 術は一瞬だった。


「Re - Set !! 」


 ピシシッ !!


 何かが、コンテナの中で壊れた音がした。

 棚にあった水晶か ?


 キンキンに冷えた鉄のコンテナの霜がぱちぱちと音を立てて解けて行く。


「OK。魔術は切れたよ。魔法陣もただの紙。石も戻った」


「おう。あと、この人ビョーキなんだけど……」


「……いや、それは悪魔契約で出来た病巣じゃないな」


「ダメか……」


 座り込んだ凜々に合わせて、セルがしゃがみこむ。


「状況を教えてください。その為に来ました。

 貴女の交わした、黄薔薇の悪魔契約は俺たちが解約しました。魔法の話をしたところで、もう悪魔からのペナルティは無いですよ」


 ペナルティ…… ?

 あぁ、そうか。ヴァンパイアが血液を代償に何かを与えてるってのは公言禁止だったもんな。


「魔導書も俺から直接返しておきます」


「神父様が…… ? 」


「ツテがありますので」


 ツテっつーか、こいつもヴァンパイアなんだけどな。


「……分かりました……」


 任意が取れたところで、寿吉さんが車を移動するよう指示を出す。


「あ、あの。

 俺、たまたま視ちゃったんすけど……。

 姪っ子さんへの贈り物。ちゃんと相続出来るようにしましょうよ。魔法とかじゃなくて」


「はい……」


「贈り物 ? 」


 セルがコンテナを覗き込む。


「なんかあるのか ? 」


「セルシア、あとは我々が」


 寿吉さんが割り込む。


「安心してください。我々は貴女を守りに来ました。

 どうぞお身体に気を付けて、同行なさってください」


 警察がどの口で言ってんだよ、さっきまでバリバリ包囲してたじゃんって、思ってんの俺だけか ?


「……中に、黒いバッグの中に治療薬があるんです。それだけ取っていただけますか ? 」


 寿吉さんはコンテナの中に入ると、バッグごとすぐに持ってきてくれた。


「ここの鍵は一つだけですか ? 誰か合鍵を持っていたりは ? 」


「今は、無いです。私だけで」


「じゃあ、一旦施錠お願いします」


「え ? 中、見ないんすか ? 」


「それは任意でまた別に」


 そっか、別に逮捕されるわけじゃないもんなこの人。


 凜々はバッグからピンクのカードの付いたキーでコンテナをきっちり施錠した。


「では、御同行お願いします」


 凜々は大人しく、後部座席に乗せられて行った。


「これで情報出るだろ」


「だな。もうさぁ〜、魔術具なんて知らねぇし、何を壊したらいいのかも分かんねぇしでさぁ。

 キワキワで時間遡行してきたんだぜ」


「無計画過ぎる……。そもそも、そういうことがないようにトーカに習っておけ」


「そーいや、あんたRESETマジで使えたんだな」


「まだ疑ってたのかお前 ! 」


 疑う。普通に疑う。エセ神父。


「全く。まぁ怪我なく保護出来てよかった。これで何か情報出るだろうし、一件落着かな。コージの魔法契約もRESET出来ない事も無いけど……『全てが赦されるRESET』なんて、必要ないだろ」


「言えてる。結局、魔力を感じないだけで悪魔に人生狂わされたんだな」


「……悪魔は呼び込まないと、余程精錬無垢な者でもなければ勝手に入ったりしない。マジック業で魔法欲しさにイカサマすると……痛い目見るかもって事だな」


 魔法さえ使えなければ……母親の犯行に手を加える要員にならなかったかもな。旦那はいるんだし。

 人のせいにしようとした母親。黙って見ていた父親。そして、罪を被るのを……魂が汚れることを望む悪魔を連れたマジシャン。

 確かにトリックを考えつくのは簡単でも、取り押さえるのは視える者じゃないとキツいかもな。


「そういえば……あれ ? 寿吉さん行っちまったよな……」


「ああ……俺も思った。帰る足無くなったよな俺ら」


 その後、俺たちは全然面識のない警察官に胡散臭そうにされながら、警察署へ運ばれたのだった。


 ************


「やだぁ〜、良かったぁ〜」


 署に戻ると、既に高木 凜々の姉夫婦は取り調べを受けていた。


「自供しました ? 」


「うん〜ん。そんなにすぐ喋らないわよ。

 ん〜、でも虐待については少しね……」


「それ、疑問でした……。昨日透視した時、どちらかと言うと凜々さんの方が子供嫌いで、姉の方が親バカなのかな ? って思ったんですけど」


「親バカ、故になのかしらね ? あの辺の住宅に住んでると、だいたい保育園からお受験戦争もあるしね」


「早っ……俺、保育園の時なんて鼻垂らしてトンボ採ってたわ」


「うふふ。私もそうよ〜」


 高木 凜々の姉、旧姓 高木 英里の供述……。

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