第24話 霊能無双 警察署長 神村 美湖

 警察署の一階。

 俺とセルは、寿吉さんと合流すると聴取室に通れされた。


「カツ丼ってほんとに出るんです ? 」


 寿吉さんは苦笑いで「今は出ないよ」と返した。


 俺たち一般人が知らない決まりが沢山あるんだろうな。そもそもこれ取り調べでもなんでもないしな。


 寿吉さんには全てが終わったら、セルの部屋のセイズの話……知って欲しい。セルが許せばだけど、あの遺体は理由があってあそこにあるって事。


 少し暗い、閉塞感のある部屋だ。

 広い必要もないけど……。


 キョロキョロしてる俺と違い、セルは少し緊張した様子で座っていた。


 トントン……。


「神村です」


 女性の声。


 寿吉さんがドアを開ける。

 立っていたのは五十代くらいの柔和そうなおばさんだ。

 でも、この人……。


「署長の神村 美湖です」


 セルがガタッと音を立てて立ち上がる。


「夜も明けないうちから、申し訳ございません」


「ふふ。堅いわ〜堅い堅い。

 貴方にそういう態度をされると演技だって分かってるから違和感しかないわ。

 普通に話してくれていいのよ」


 そういう訳にはいかないだろってセルの顔に書いてあるな。


「この子が噂の新人さんね ? 廃墟の腐乱死体の時の」


「……えと…… ? 」


 ニッコリ笑顔のまま俺の耳元でセルが囁く。


(ジェー討伐の時の猫屋敷の遺体のこと)


「あ、あぁ。はい。

 えと、霧崎 悠真と申します」


「ふふ。宜しくね」


 あの腐乱死体……。そっか、警察が知らないわけ無いもんな。


 神村署長が机の上に何冊かのファイルを置く。


「早速だけれど、どこまで進んだのかしら ? 」


 俺とセルは顔を見合わせ頷く。


「では、順を追って説明させていただきます」


 神村署長の口角が下がる。

 口元だけじゃない。

 綺麗な弧を描いていたはずの眉は切れ長に延び、慈悲深い印象の目元はまるで猛禽類のように鈍く光る。


「まずコージさんと面会させていただきましたが、あれは悪魔憑きではありません。

 詳細もお聞きになられますか ? 」


「今は大まかにお願い」


「コージさんが悪魔憑きでなければ、不思議に思われるのが人間離れした怪力や、コージさん自身が引き起こしている悪魔憑きに酷似した現象です」


 ゲロ吐いたりな。


「俺たちは最初に疑ったのは魔術の存在でした。

 そこでコージさんが魔術に精通しているのでは ? と、遠隔透視を行いましたが……結論から言うと、コージさんの使う魔法は人に危害を与えられるものではありません。更に今は、魔力を隠しています。マジックでは何かしらの魔力を感じますが強大な魔力ではないんです。

『暗示、催眠術、思い込み』などのリーディングも巧みに使いますがプロ級だとしても、人は殺せません」


「いいわ。続けて ? 」


「透視を進める間、重要参考人として出てきたのがコージさんの助手です。

 彼女は助手でありながら、側でマジックを学び、更にはコージさんが使う簡単な催眠術までもマスターしてしまった」


「助手は高木 凜々たかぎ りりって女性よ。薬物の依存者の会に出ていた記録があるわね」


 依存者の会って……グループ治療みたいなやつだよな ? あれって、ノコノコ行ってもパクられないのか。


「ですから、彼女がよからぬ魔法を使い犯行に及んだのかとも考えました。更に彼女には悪魔のバックアップが付いていた。ヴァンパイアです。これは別件で判明しまして……。

 間違いなく彼女は魔女です。横流しされた魔導書も持っています」


「ふふ。捜査しないで透視だけでここまで来るとはねぇ。さすがプロ集団ねぇ〜BLACK MOON」


 実際は黄薔薇とのいざこざがあったから判明したようなものだけど。


「私も事情聴取の時には、そこまで霊視してたのよ〜。けれど、ほら。警察は証拠がないとパク……逮捕出来ないじゃない ? 」


「え !? 霊視で !? 」


 驚く俺に、セルが苦笑いを浮かべる。


「そうそう。もっと驚け。この方は野良のサイキッカーでありながら、バチカンから引き抜きの実績もある霊能者なのに警察官になった謎の経歴者だぜ」


 怖っわ !! 霊視できる警察官そんな居るの !? 寿吉さんもそうだし、うわぁ〜。


「引き抜き…… !? 」


「やぁだ〜昔の話よぉ〜。学生の頃なの。まだ進路も決まってなかったし。

 でも、結局どうせ人助けするならお巡りさんの方がかっこいいと思ってうふふ ! 断っちゃった ! 」


 何だか気さくそうな人って感じだけど。


「俺がお前をスカウトするのとは雲泥の差があるよ。

 彼女は仏教徒だが、それでも能力を買われるほどの信頼や実績もあった」


「大袈裟大袈裟〜。

 私の力は霊との対話、つまり霊視ね。数回ボランティアで徘徊したお婆さんを見つけたりしたくらいよ。

 それと張った結界の強さも売りなの」


「いやいや。ユーマ、真に受けるな。

 この人、警察官になってからも、未解決事件、行方不明者捜索、超能力捜査で噂はテレビに移行し、FBIからも目をつけられたとんでも警察官だよ」


 やばぁ……。


「私、そんなに目立つつもりはなかったんだけどねぇ。超能力なんて使って第一発見者になると面倒くさいのよ。だったら、警察官になっちゃえってね」


 そんなゲームの攻略みたいに…… ? そんで今署長 ?


「ジョルが言ってた、海沿いの大きな結界があるだろ ? あれはこの人のだよ」


「まじっすか !!? 」


 会えた !! 結界の主に !!

 警察官だったのか…… 。

 それにしても、とんでもねぇ霊力だ。

 一年間欠かさず結界を張りっぱなしなんて、かなり体力も精神力も消耗するはずなのに、こんなにシャキっとしてるなんて……。


「良かれと思ってやったんだけど、あの結界のおかげで更に話が膨らんじゃって〜。嫌だわもう〜」


「全てのスカウトを蹴ったのって、なんでですか ? 」


 人聞きとしては、かなりヒーロー的だと思うんだけどな。


「ん〜。人を助けるのはどこでも出来る事だもの 。私はここで最善を尽くすわ」


 懐、デケェ。


 寿吉さんにしても、母の久美子さんにしても……。霊能者ってこんな慎ましい人もいるのか……。


「それで……。彼女の魔法とは ? 」


 おっと、そうだった。


「それが……ほとんど防御系の魔法です。

 魔導書を流したヴァンパイアには『姪を救う』と言っていたそうです」


「『姪を救う』 !

 うふふ ! 繋がったわ ! 」


 え !? もう !?


「そう。そうなのね……。本当だったんだぁ〜。難しいと思うけど、それだけ凜々という女は人の魂を取り戻したのねぇ。

 うん。じゃあ、私たちは生き残った次女を保護しましょう。小児科にも連絡を」


 寿吉さんが扉の外で誰かを呼ぶ。待ってましたとばかりに怒号が飛び交い騒がしくなる。


「次女って……亡くなった子供の妹ですか ? 」


「ええ。彼女も危険よ。母親から引き剥がさないと」


 神村署長は俺の手首をギュッと握って来た。


『…… !! ……… !!!! ………… ! 』


 突如俺の脳裏に映像が流れる。

 強制的な霊視の共有 ! 頭が !! 焼ける !!


「……っぐ !! 」


「緊急性が伝わったかしら ? 行くわよ !? 」


 あ、頭が !! それになんだ !!? 知識玉でもない……。

 神村署長は今、自分の霊視したものを俺の身体に触れる事で、まるで電子機器のメモリのように流しこんだんだ !!


「……署長……。急にジャックしないで下さい。

 ユーマ、大丈夫か ? 」


 こんな人が、悪の道に走らず、金儲けもせず、国民のために……か。正直、警察なんて胡散臭いと思ってたけど、寿吉さんや神村署長のBLACK MOONの人間より有能な能力を法律に従って使う……。寿吉さんの言ってた『目指したい正義の形』。神村署長を見てるとまるでヒーローだ。


「わかって貰えたかしら ? 」


「……あいつ……あいつら……」


 赤ん坊が、殴られ、バスタブに頭を…… !!


「はぁ……はぁ……」


 なんだ ? 急に息が上がる。

 結構消耗する能力なのか ?


「ご、ごめんごめん貴方の部下なら大丈夫かと思って……」


「うちの店もピンキリですよ。これがリーダーならプリプリ怒ります」


「リーダーってあの美少女よね ? やだぁ〜可愛い〜」


「……ハイハイ」


 セルは苦笑いのまま。やりにくそうだな。神村署長は笑顔こそ崩さないが、霊力だけならセル以上だ。この人は魔法使いでは無いから、危害を与える事はしないが……。

 何もかも見抜かれてると分かると、セルのような秘密主義には合わないのかもな。


 しかし……こんな朝方に家に行って子供って保護できるのか ?


「子供って……簡単に親から離せますか ? 」


「このままいけば ……出来るかもね。周辺の住人の証言では夜が一番『地獄』らしいから」


「……虐待……ですね ? 」


「事件が起きてから見張り番はいるんだけど、ほとぼり冷めるのを待ってるのかしら……尻尾出さないのよ。

 でも、貴方たちの話で確信に変わりました。間違ってたら私が責任取ればいいわ」


 簡単に言う。

 自信の現れか。


「……何かしらね。ああいう親って鼻が効くのよねえぇ。嫌になるわ。

 保健師や学校にはバレないように、巧みに上手く隠すのよ。でも、私たちは騙されないわ。

 癖みたいなものでね、子供を見る度に『虐待』って文字が必ず頭をよぎるのよ。……嫌な職業病だわ」


 この人は一体、何手先まで霊視してるんだ ?


「現場押さえて、両親を重要参考人として任意かけましょう。

 凜々の方の身柄は……」


 セルがスマホのMAPを見せる。


「ここです。名取のMEGAと言うレンタル倉庫にいるはずです。コージさんの事務所にピンクのカードが付いたスペアキーがかかってました」


 だが、セルの話は聞いてないかのように、天井を見上げたまま神村署長の顔色が曇っていく。


「こっちの方が……あぁ……良くないわァ〜。駄目よ〜。この人は、駄目……」


 視てる。

 遠隔霊視や予知も出来るのか。

 バチカンや他の捜査局が目を付けるくらいだ。オールラウンダーであることは大前提の上で、得意なのは霊視ってだけ。


「あぁ〜ん、どうしたらいいのぉ〜 ?

 怖いわねぇ〜」


 この人……。どうして俺たちを雇ったりしたんだ ? コージさんが悪魔憑きじゃないことも見抜いていたのに。


「魔法攻撃って、怖いわねぇ〜」


 頬に手を当て、微笑みながら苦笑いする。


「署長、どうされますか ? 」


 寿吉さんは外と何度かやり取りをしながら部屋へ戻ってを繰り返す。焦っているようだ。


「うちで魔法なんか信じるの私と寿吉君くらいだしねぇ〜。かと言って、寿吉君が魔法をどうにかできる訳じゃないし ?

 やっぱりこの二人も同行させて、レンタル倉庫の方に向かってください」


「はい。では行きましょう」


「あ、はい」


「ごめんごめんねぇ〜。魔法は強力なのに……。魔法使い相手じゃ、武装とは言えないから、私達も簡単に銃を抜けないのよぉ」


「俺たちは慣れてるんで」


 セルは簡単に答えるが、俺は慣れてねぇ〜よ。


 寿吉さんが俺たち二人を連れ、聴取室から足早に出る。


 一気に署内が騒々しくなる。


「車に乗って」


 行動が早い !

 流れ込むように俺とセルは警察車両に乗せられた。


 **********


「『姪を救う』ってのは…… ? 虐待だったんすね。寿吉さん気付いてました ? 」


「どうもその可能性があるようだ。

 依存者の会で話したことは絶対的に守られる。決して、警察だからと言って聞き出せるような場所ではない。

 だが、個人的に話を尋ねれば、事件性があると判断した者が応じてくれることもある」


 聴き込みってやつか。


「ああ言う薬物の治療って、警察にバレないんすね」


「薬物の種類にもよる。医者にも守秘義務があるから、本気で治療に来た患者を警察に突き出したりはしない。

 最も反省の色が無ければ別だろうが」


 お医者様様だな。


「でも……。凜々が薬をやめようとグループ治療に通ったのは親権を得る為…… ? でも、経歴がある以上難しくないですか…… ? 元ジャンキーに親権って来ますかね ? 」


「それは警察が決めることではない。祖父母も健在だしな」


 そっか。祖父母か……。少し安心した。


「それにしても……」


 でもおかしくないか ?


「コージさんの怪力とカメラに写った飛び回るナイフはなんだったんすか ? 」


 そこがまだ納得いかない。

 セルは考え込んだまま口を開く。


「コージさんが現場にいたのは間違いない。

 ナイフを操る魔術があったとして、果たして何故カメラに写るような立ち位置にいたのか謎だよな。

 前にも言ったが、魔法消しの条件は神の助けがいる。だが留置所にアイテムは持ち込めない」


「コージさんと契約してる悪魔もいるはずだろ…… ? 魔法使いなんだから」


「姿を現す気は無いだろう。悪魔契約の末路は皆これだ」


 最後は必ず地獄に落ちる……か。


「魔術消しの方法は…… 。寿吉さん、コージさんにはタトゥーなんかはありましたか ? 」


「ああ。魔法陣ではないが、エノク語だろう」


「まじか……それが天の助けになる。魔力消しはタトゥーか。

 映像に修正の跡はないが、刺された子供は布団を被って寝ている……つまり、断定的な事は何も写ってないんだ」


「 ??? 分かるように言えよ」


「ベビーベッドのカメラに映った犯行映像は、足側からしか見えていない。

 盛り上がった子供布団にナイフが突き立ったのは写っていたが、その膨らみが寝ていた幼児かどうかも、寝ているのか死んでいたかも分からない」


「じゃあ……」


 既に死んでいたかもしれない…… !?


「あの後、司法解剖や死亡時刻は ? もうでてるだろ ? 」


「バッチリズレてる。と言っても、数時間程。刃物以外の外傷はない」


「ああ。

 ……そうか……。刃物……」


 セルが何か思いついたかのように頭を抱える。


「そうか。浮遊していた刃物……。マジシャンなら自分の刃物を使う……。だが、台所の包丁だった」


「…… ??? ごめん。俺だけピンと来てない ? 」


 セルは眉間に皺を寄せ難しそうにしながら、俺の方に体を向ける。


「つまり、虐待の事実があるとする。死亡時刻はカメラに表示された時刻とズレている。

 つまり、その子はコージさんの刃物ではなく、虐待によって既に死んでいたんだ。

 コージさんには何か事情があって、虐待を庇ったってわけだ」


 カメラの時間が死亡時刻とズレているなんて聞いてないんだけど。


「助手の姉妹の家庭とコージさんが繋がるとしたら……色恋沙汰以外無いよなぁ」


「ゾッとするな」


「え !? 待て待て !!

 あの署長ってかなり霊視できるんだよな ?

 なんで俺たちを呼んだんだ ? 」


「恐らく、コージさんと違って、凜々の方には黄薔薇の魔法がかかっていた。

 黄薔薇と契約した者は、ある程度、他人からの霊視を遮断するくらいのガードは保証される。黄薔薇もバレちゃ不味いし、かの有名なアーティストが黄薔薇の恩恵とは知りたくないだろ ?

 署長は凜々について、霊視出来なかったんだよ。

 もしも悪魔憑きだとしたら、周囲の人間を操る事もある。だから、最悪のケースとして、凜々が悪魔憑きであることも視野に入れていたんだろ。

 だが違った。その上、今回のクロツキでの俺たちと黄薔薇の一件で、凜々は黄薔薇からの保護を突然失った」


「……まさに運命だな。クロツキで黄薔薇といざこざ起こさねぇでここまで辿り着いたら、もっと強力な魔法で包囲網を突破されてたかも…… ? 」


「とはいえ、魔導は知恵と魔力次第。彼女は既に魔女であることには変わりないのさ」


 あぁ。そういう事。


 俺たちは悪魔祓いに呼ばれたんじゃない。


 警察官がオカルトパワーで負傷した……なんてミステリーを起こさないために。


 オカルトの盾が欲しかったんだ。

 身内の虐待をきっかけに始まった、魔術師二人の戦いだ。


 俺たちは、全てあの署長が霊視した手の内で、予知通りに駒になってる。


 これ、報告書はどう書くんだろうな ? 俺たち部外者を盾にするんだ、日本にXファイルがないのは確定だな。なんか残念。


「なるほどな……。

 お前が嫌な顔するわけだ……」


 俺の言葉に、セルはギクッと体を強ばらせる。


「え…… ? 顔に出てた ? 」


「出てた出てた。本人も言ってたじゃん ? 」


「え〜 ? 俺としてはいいビジネスパートナー的な位置にいるつもりなんだけどなぁ〜」


「そうは見えなかったぜ ? 神村署長、やり手だ。オカルトも警察官としても」


 猫屋敷の腐乱死体も、処理してやるから、こういう時心臓捧げろよみたいな……。そういう事だよな。


「警察って悪魔より怖ぇな」


「全くだ」


「二人とも、俺のいない所でやってくれその話題……」


 寿吉さんは気まずそうにハンドルを切る。


「しかし、あんな署長じゃ、職場で不正とか出来ませんね」


「不正は元々しない。

 ……が、嘘も気軽に口に出せん。知らずに初対面でゴマをする奴が多いから、見てるこっちは恐怖だ」


「心労ヤバそうッスね……」


 良かった。俺の上司はポンコツで。


「そろそろ準備してくれ」


 見えて来た…… !


 レンタル倉庫…… !!


「魔法攻撃か。どうする ? 」


 セルはウィンドウの縁に肘を付いて少し難しい顔をしたが、落ち着いて答える。


「警察におまかせかな。魔法攻撃だけは俺が対峙するしかない。

 だが魔女とはいえ、準備なくなんでも術を放てるわけじゃないと思う。

 お前は彼女の倉庫に忍び込んで、魔導書とその他を排除してくれ」


 倉庫は金庫のように厳重だし、出入口の逆側は窓もねぇ。


「アカツキから行っても、離れた場所に移動は出来ねぇよ。この世界に意識が戻ったら、身体のある場所に戻るだけだぜ ? 」


「ああ。だからこいつに頼むしかない」


 そう言ってセルが取り出したのは、漆黒の薔薇だった。


 そうか ! その一輪の黒薔薇は空間を切り裂く。

 出入口が一つでも、裏手から壁を裂いて中に入れる !


「……あと、これ有料だから。無駄使いすんなよ ? 」


「は ? 」


「使用毎にズモナに通知が届いて、一輪でキュウリ一箱って……そう、話ついてるから」


 キュウリを腰のツールバッグに入れ、ガリンゴリンと丸かじりしている黒瀬の顔が脳裏に浮かぶ。


「……でもキュウリだろ ? あいつの好物、キュウリで良かったじゃん……」


 ほかの物ならもっと高値だぜ ? 年中売ってる野菜だし。


「そうだけど。

 同じヴァンパイアとして、な〜んか複雑……」


 リーズナブルな薔薇だぜ。百合子先生も安売りに頭抱えてたな……。

 悪人にこの黒薔薇を売ったら、一生分のキュウリが届くぜ ?

 ……なんかそう考えると……。


「キュウリ農家ってもっと金とってもいいんじゃね ? って思えてきた」


「違うよ。ズモナの薔薇の価格設定がキュウリ支払いなのがオカシイだけだよ」


 確かに。

 確かに !!!!


「金とって、それでキュウリ買えばいいのにな ? 」


「ズモナっていうか、ズボラだよ。買うのも面倒なんだろ」


 あぁ。産廃のキュウリで満足な奴だもんな。あれ ? でも産廃のって畑で弾かれるわけだし、訳あり商品ってだけで鮮度はいいから舌が肥えてる…… ???


「ビアンダはズモナの何がいいんだか…… ? 」


「うっわぁ ! 男の嫉妬は見苦しいぜ、おっさん」


「そんなんじゃないさ。家電狂に興味は無いよ俺。それに一応、神父継続中だもん」


「それ辞めた方がいい。詐欺だろ。神父詐欺」


「俺の場合、不祥事起こさないし本部も許可してるしさ」


「仕方なくとか、異例でとかそういうニュアンスじゃねぇの ?

 神村署長みたいに、歓迎されてるわけじゃねぇだろ絶対」


「なんで神村署長と比べるんだよ……。

 ノーコメントだ」


 言い返せねぇだけだコイツ。


「漫談は終わったか ? 」


「漫談じゃねぇッスよ ! 」


「先陣した機動隊の後方に付いてくれ。

 悠真。君はここで先に降ろす」


 倉庫の裏手の土手だ。


「了解ッス」


「怪我すんなよ」


「おめーもな、詐欺神父」


 一輪の黒薔薇片手に。

 もう一方はライター。

 やるしかねぇ


 この現実世界でも武器を出せなきゃ……相手は何をしてくるか分からねぇ。


「頼む……出てくれよ……俺のエクトプラズム」

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