第14話 被疑者と悪魔
子供が被害者だと、罪もデカいだろうな。そんなことを平気でさせる悪魔って、相当タチが悪そうだ。
なんか嫌な予感がする。
「相当暴れてそうだよな。あの担当の人たちが怪我しねぇか不安だよ」
ソワソワする俺に対して、セルは流石に百戦錬磨ってやつかい。すげぇ落ち着いて時折、祈りの言葉をくちにする。なんかムカつく。
「俺も祈った方がいいのか? 」
半分、嫌味っぽく言った俺に、セルは真顔で頷く。
「祈る神がいればな。お前はお前なりに、存在するんだろう ? 」
「ぐ……」
それって「お前はゾロアスター教徒なんでしょ ? 」って遠回しに言ってるよな。
まぁ。ミスラの言う通りなら、俺もシンコーシンを強めれば召喚も上達するようだし ? 別にいいけどさ。
経典とか持ってないし、祈りの言葉も知らねぇぜ ?
「とにかく気付いたこと全部カルテに書きまくれ。散文でいいから、とにかく感じた事だ。意味わかるな ? 」
「ああ」
一見なんの意味もなさないようなタトゥーやセリフが専門用語だったりする。気が抜けねぇな。レコーダーを二本、見える場所とポケットにセットする。
「OK」
ガコッ !!
ガタガタンっ !!
「〜〜っ !! 〜〜〜っ !! 」
廊下から雄叫びと、何かを破壊する音が谺響する。
手こずってんなぁ。
「アレは人間の力じゃないからな」
「大丈夫か ? 不安すぎる……。
俺もそうだったよな。憑かれた時、お前のベルト、齧りちぎった」
「覚えてる。あれ高かったんだぜ……」
セルは何を思ったか、おもむろに脱ぎ始めた。
「なんだ ? 」
「このジャケット高いんだよな……」
「えぇ ? ここ寒くねぇ ? 最初から引っ掻かれてもいい様なモン着て来いよな」
「汚れたくないんだもん」
もん は、やめろ ! キモいんだもん !
「来るぜ」
バターーーンッ !!!!
「大人しくしろ ! 」
「十五番です ! 」
ノックどころじゃねぇや。
両手に手錠をかけられた男が、担当さん二人にロズウェル事件みたいな絵面で連れて来られた。
〈うべべっべべ !!!! 〉
引き摺らて連れてこられた男は、突然振りほどくようにもがく。
「くそ、抑えろ」
「うっ〜〜〜 !! 」
担当さんが必死で暴れるコージさんを抑えようとする。だが、コージさん……いや、その悪魔は俺たちを見ると一瞬で大人しくなった。
〈ほう ! 神父だ ! おいっ ! こいつ医者じゃない ! 神父だ、わははは〉
声色が……これは本人の声じゃない。何度見ても不気味だな。その人間の外観と全く違う声色に肌の色、瞳孔の色、手の皺まで……。どうしてこんな変貌してしまうのか……。
「残念。医療免許はありますよ、悪魔さん」
セルが虫を見るような目で、冷たく微笑む。
〈う〜ん。本当かなぁ〜 ? 〉
「コージさんはそこにいるのか ? 」
〈コージ ? あぁ、こいつか ? もうとっくに地獄に堕としてやったぜ。
なぁ、もっとこっちに近付いてくれよ。仲良くしようぜぇ〜〉
手枷と足枷が付いているけど。いつ外れてもおかしくない。
だがビビったら見抜かれる。
「じゃあ自己紹介だ。
お前は『誰』だ ? 」
セルが顔を近付け、一歩踏み込み静かに囁く。
その時だった !!
〈いひひひ !
ウボォェアアーーーッ !! 〉
「やべっ !! 」
出たーーーーーっ !! !!
緑のゲロぉぉぉっ !!!!!!
「うむっ……ぷっ…… !! 」
かかった !!
ヒェェェェッ !! くせぇぇぇぇぇっ !! しかも熱いっ !!
シュー…………。
床に広がったゲロから煙が立ち上る。
緑って言うか、黒い。
そうか !
タールだ !
この世に出てくる悪魔は『地獄の門』を潜る。そこは一面タールに覆われた場所だと……。式場の悪魔祓いの時、教会から落ちた十字架に付着していたのがまさにソレだと、百合子先生は言ったんだ。
更に白薔薇城の管理下にある『地獄の門』を通る者は足は汚れない。
つまり不正行為で人間界に来た悪魔だ。
と、とりあえず、これ書いておこう。『口から黒い熱いゲロ……』と。いいのかこんな書き方で……。
「……」
ポタ……。ポタポタ……。
セルは少しも動じず、真っ向からそのゲロを浴びた。
何でもない顔をして、じっと男を……悪魔を見つめる。
流石だぜ。
「その身体はお前のモノじゃない。傷付けることも、他者を傷付けることも許されない」
〈ヒヒヒ。あ〜 ? もうやっちゃったかもなぁ〜 ? 〉
「……。そうか。なら、覚悟はいいな ? 」
前髪からボタリと流れ落ちるゲロにも、なんのリアクションもしない。
「……じゃあ、始めようか……」
よく見たらデコに青筋浮き出てたっ !
よく見たら、めっちゃキレてたっ !!
バッグから置型の十字架を取り出すと、悪魔の足元にドンと見せ付けるように立てた。
ギィィン…… !!
何も無い白い部屋。
金属音が谺する。
ドシャッ !!!!
〈グハァ !! 〉
悪魔は十字架と同じ目線に、視えない力で床に叩き付けられた。
その様子に、担当さん二人は後退りして、部屋の隅っこに身を寄せ合う。
〈く……神父 !! 本物の神父かぁっ !! 〉
本物の定義とは ?
悪魔にとって、エクソシストの少ない日本なら容易に楽しめると思っていたのかもな。
セルは床の十字架を手に取ると、今度は悪魔の頬に押し付けた。
肉の……しかも腐った肉の焼ける匂いだ。
「fu〇kは好きだろ ? 悪魔め」
ダメだ、口悪ぃ。相当怒ってんぞセルのやつ。
「俺の聖水で逝って、鳴いて見せろよクソ野郎」
バシャッ !
取り出した聖水を間髪入れずに男の顔面にかける。
聖水がかかった部分が、見る見る間に爛れていく。
〈ヒィ ! くっ…… ! 〉
セル……やったらやり返すみたいな子供みたいなのやめろよ恥ずかしいよ ……。
担当さんドン引きだ。
まぁ、この火傷は祓魔が終われば二日くらいで元に戻る不思議な傷だけどな。
〈 せ、聖水 ! この威力 …… うくっ ! 〉
「バチカン市国公認エクソシスト、元枢機卿 セルシア・ローレック。お前を祓魔する為に来た。
父と子と精霊のみなによって、アーメン」
申し訳ない悪魔さん。
あんた絶体絶命だぜ……。
〈そっちの坊やは !? こいつぁ〜医者でも神父でもねぇ !! ハハッ。美味そうだなァァァ〉
おっと、こっちに話振ってきたぞ ?
「……」
主軸で動いてるセル以外は、悪魔と会話しない。
これは鉄則だ。
俺の時も、意識が戻った瞬間ですら皆何も聞く耳持たなかった。
〈……なるほど。無能では無いようだ〉
それに俺はルシファーの加護もあるからな……大丈夫なのか ?
……悪魔、倒しちゃうけど……同士討ちみたいにならないのかなぁ ?
「名を言え。生贄の魂を起き、素直に地獄に帰ればお前は元の世界に戻してやる」
〈戻るものか ! 〉
「ならば選択肢は二つ。
全ての罪を強制的に許され、天の国へ迎え入れるRESET。
もしくは、お前の存在自体を無に返すTheENDだ」
〈RESETとTheENDだと !?
……はったりだな !! どちらもこの場に居るとは思えん。そっちの若い男は余計にな ! 神父でも何でもない ! 〉
これ、一度アカツキを見てきた方がいいかもな。
この悪魔が表面に出ている間、コージさん本人はアカツキにいる可能性がある。
迷子や新月に当たったら危険だ。
「なぁ……」
「なんだ ? 」
俺がセルに声をかけた時 !
突然男の顔が血色を取り戻していった !
あれっ !? この反応…… !!
「セル ! 」
「戻ったか ? 」
コージさんは顔を真っ赤にしながら、周囲の酸素を貪り吸う。
「ぶはっ!! はぁっはぁっ !!」
「ゆっくり、深呼吸して。過呼吸になっちゃうから」
セルがコージさんの背を擦る。
「うわぁぁっ !! 」
キョロキョロと床や天井、俺たちを見回してから取り乱し始めた。
「神父 !! 神父なのか !!? 頼む !!
俺は何もしてないんだ !! 助けてくれ ! 助けてくれぇ〜 !! 俺は何もしてないんだよ〜〜〜っ !! 」
これは元の人格。
この身体の持ち主。
「終わりだ ! 俺はもう……終わりだぁ…… !! あの怪物が子供を襲ったのを側で見た ! 」
やった……ではなく、見た……か。
「落ち着いて。
俺たちが聴きたいのは、この悪魔とどこで接点を持ったか。
それと悪魔の名前です」
なんか !! なんか臭い !! 俺、臭い !!?
大パニックだな……。
アカツキに行けば俺は悪魔が視えるから、TheENDしてすぐ終われるんだけど。
今回はセルの仕事も見てみたいしな。高みの見物と行こうか。
「何処かで悪魔に憑かれるきっかけがあったはずです。買ったもの、行った場所……」
〈何処でと言われても……〉
「分かりませんか ? 」
〈いえ、心当たりがありすぎて……。
オカルト研かな ? それとも廃墟巡りサークルか…… ? いや、ウィジャボードとコックリさん対決の時かな……。
ううう、こんなことになるなんて !! 〉
そんだけやったら、ナニカにしら憑かれて当然だコイツ。
「あんたアホなの ? 」
「間違いないな。アホなんだろう」
〈アホでいいですぅ〜助けてください"〜っ〉
目眩する……。
「あのさ、取り乱してる場合じゃないんだよ。さっきから、アンタ本気で反省してねぇだろ ?
何故一目で俺が神父だとわかった !?
俺の目は誤魔化せない」
〈 ……フヒヒ〉
マジかっ !?
「お見通しなんだよ。
今、一瞬コージさんが出たな。お前はまだ完全にその身体を手に入れていない」
〈別に話したいなら出してやってもいいけどな。それになんの意味がある ? ヒヒヒ !
お前は子供を殺ったんだって、宣告するのか ? そりゃ残酷なこったなぁ〜〉
多分、コージさんの自力では表面に出てこれないほど憑依段階は進んでる。
「子供が好きか ? 純新無垢な魂は、お前とは正反対だからさ」
セルはロザリオを手に巻き付け、悪魔の頭の中に力を入れる様に手をかざす。
「不信仰の者は罪に定さだめられる。信じる者には、しるしが伴なう。
すなわち、彼らはわたしの名で悪霊を追い出だし、新しい言葉を語り、へびをつかむであろう」
〈ウギギギ…… !! 〉
「また、毒を飲んでも、決して害を受けない。病人に手をおけば、癒される。
主イエスは彼らに語り終ってから、天にあげられ、神の右に座られた」
この人にとって、俺たちが最後の望みの綱のはずなのに。
いや、本当にそうなのか ?
「弟子たちは出て……」
聖書の文言を語りかけるセルに、一旦声をかける。
「セル、一旦出ようぜ」
「駄目だ。今度は聖油かけてやる ! 」
「お前も落ち着けよ」
「落ち着いてるよ。俺、COOLダヨ」
「ジョルみたいになってっから ! 」
〈はぁ、はぁ……〉
悪魔もかなり体力を消耗してる。
けれど、「お名前なんですか ? 作戦」じゃあ日が暮れちまう。
「一度、話そう」
セルは渋々了承した。
「すいません、一度着替えて来ますんで」
「彼はどうしたら…… ? 」
セルは聖油で何か床に印を描く。
〈クゥッ !! 〉
「これで一時的に大人しくなりますんで。
すぐ戻ります」
「わ、分かりました」
恨めしそうに悪魔が俺たちを見上げていた。
灰のようにくすんだ目。視線が合うと、凄い勢いで体力を削られる。
歯を食いしばり、泥を食べたように黒い口内を覗かせる。
〈また来いよ ! 腰抜けめ ! 〉
濡れたジャケットが異臭を放つ。クリーニング屋もびっくりだよ。多分落ちないだろうな。
これはセルじゃなくても、気落ちするわ……。
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