第15話 揺れる

「はぁ……中断するなよ。全く。

 取り敢えず着替えようぜ」


 俺とセルは車まで戻ってきた。

 セルは不機嫌だが、あのままじゃ何時間かかるか。


「俺、アカツキに行ってみる」


「ここからか ? 」


「ああ。バレない方がいいだろ ? 」


「……。相手が分からないうちは危険だ。今回はな」


「なんでだよ ? オブセッションの時、必ずコージさんの本体から悪魔はアカツキに押し出される。

 さっきも一旦、コージさんが出てきたろ !? あの一瞬を狙うんだよ ! 」


 コージさんが出てきてる瞬間、悪魔はアカツキに押し出されてるはずなんだ !


 セルは新しいシャツに着替える前にタオルで髪を拭きながら、ダッシュボードから煙草を一本取り出す。

 参った様子で火をつけ、煙を深く深く肺に入れる。


「……。一瞬、出てきたコージさんの言葉。

『怪物が子供を殺すのを見た』……。

『怪物』……?

『子供を奪う怪物』だ」


「…… ? 」


「もしも俺の予感が当たっていれば、そいつはTheENDじゃあ倒せないだろう」


「心当たりか ! 」


 俺がカルテに書こうとする手をセルが止める。


「書くのもおぞましい」


「倒せないって事は、悪魔じゃないのか」


「旧暦聖書にもその姿を現す悪しき者。

 モレク。異教の古神だ。そいつはどうも一家の『長子』を喰らう」


「神様が…… ? 神なのに生贄とか欲しいのか ? 」


「古来の話だ。

 日本にも生贄の文化はあったろ。雨乞いや、建造物の人柱……あれと似たようなものだ」


「……人柱って、生贄かぁ ? 」


「外国人の俺にはそう見えるけど ? 違うのか ? 事実、人を殺さなくても崩れたりしないさ。

 だから現代はやらない。人柱の有無では変化はないからだ。人権問題だろ。哲学まで発展する話だ」


 確かにそうだけど。


「あの古神はな……何故か他の教徒、他の国では神として祀られてるところもあった。

 その姿は大抵巨体な牛頭の男で記録されてる」


 だから怪物か。

 子供は赤ん坊ではなく、上の子を襲った……それは必然的に選んだ…… ?


「あのピースに見えた二本の棒状のモノ。角かもな」


 神……古い神か。キリスト教の前にも色んな宗教や民族がいたもんな。

 ゾロアスター教も古い宗教な方だ、確か。猫屋敷でつぐみんがそう説明してた。

 そういえば、俺って何も知らなすぎか ? このくらいの情報なら検索すればネットで見れるもんだよな。


 なんて言うか……戦うことばかりで、興味があった世界じゃないからな。


「式場の悪魔の時、俺は悪神 ジェーをTheENDしてる。それとは違うのか ? 」


「確かにゾロアスター教の悪神も『神』とは呼んではいるが、アンラマンユという悪神に仕える天使という方が早いだろうな。

 モレクは天使時代も荒くれ者、堕天後もやりたい放題。昔から恐れられている。堕天する時、決め手になった攻撃がガブリエルの攻撃さ。

 だから、今回もし祓うとしたら、ガブリエルに願い、信仰する守護の力が必要なのさ」


「『聖ガブリエルと、父と子と精霊のみなによって……』ってなるわけかぁ。

 モレクって、祓ったことある ? 」


「全く無い。アレを祓った話も、昔は聴いたけど……。まさか現代の日本で耳にするとはな。

 俺達がさっきまで話していたのも、他の悪魔だ。数体同時憑依してる」


「えっ !? じゃあまずは、それらを祓って……」


「そしてどうする ? 今の俺達にはモレクに手も足も出ないさ。通常の悪魔祓いで祓えるかどうか……。本部に要請を出すしかない」


「……ちょっと待てよ 」


 本部にって事は、俺たちじゃ無理だって申告するってことだよな ?


「RESETも効かないのか ? 」


「…………」


「RESETは、『何者をも救う癒しと許しの力』なんだよな ? 」


「神を人間が、どう、何を許すというんだ ? 」


 本当にそうか ?


「お前……RESETが使えねぇとかじゃねぇよな ? 」


「…………」


 セルが一瞬、俺を斬る様な視線で見下ろす。


 言っちまった。

 当然、どうして俺がそう思うのか……とも考えるはず。


 だから苦手だよ ! 隠し事は !!


「なるほどな。俺って、そんな風に思われてたのか……はは」


「いや、RESETすれば……早ぇじゃん……的な」


 もう駄目だ。言い逃れできねぇ !


「大丈夫だぜ。俺はRESETを使えるよ ? 」


「でも、みかんもRESETが使えるってことは、信仰とか神父であるかは関係ないんだろ ?

 本当に神父だって言えんのか ? 」


「論点がズレたぞ ?

 俺が神父じゃないと言いたいわけか」


「……」


「……はぁ〜〜〜……。こんな時に……。

 俺が双子の事に触れないから、痺れを切らしたってところか ? 」


「う……」


「だが、残念だ。俺が枢機卿だったことも本当で、RESETも使える。

 そして…………双子の一件でやましい事なんてひとつも無い」


「……っ」


 全部。

 喋ったも同然だ。

 俺、何やってんだ……。


 セルはいつも通りの穏やかな顔付きに戻る。

 本当にやましい事は無いのか。

 それとも、振りか。


「まぁ。一緒に暮らしてりゃ、そうなるよな。別に怒ったりしないさ。

 ただ、今は仕事に集中しろ。モレク相手に俺たちは今、打つ手無し。軽装備過ぎるし、手立ても無い」


「異教の神……。悪魔じゃねぇからTheENDは効き目ねぇってことか……」


「冷静になったか ?

 当然RESETも、人間が神様を癒すとか許すなんて出来ねぇのさ」


「本部から応援呼んで……すぐ来れるのかよ……」


「やるだけやるしかない。

 寿吉さんと担当さんに、一度店に戻って出直すって伝えてきてくれ」


 言えばいいのに。

 俺の部屋、見ただろって聞きゃいいのに。

 なんで言わねぇんだよ !


「……分かった」


「あと、お前さ……」


 戻ろうとした俺に、セルがもう一言投げかけて来た。


「今回の事件、『悪魔憑きなら仕方ない』って思ってるか ?

 コージさん本人に戻らない方が幸せなんじゃないかとさえ思ってる ? 」


「……そ、そんなわけないじゃん……悪魔はちゃんと祓う。

 ただ、まぁ。確かにコージさん本人は……少し可哀想とは思うけどさぁ……」


 セルは大きく煙を吐くと、真顔で俺を見つめる。


「思わないね。

 悪魔は突然現れたりしない。何かコージさんの脆弱性のある部分につけ込み、取り憑いたんだ……」


 脆弱性……。心の隙間。欲や邪な感情。

 でも、全くその感情を持たない人間なんていない。


「俺だって取り憑かれたけど、ただの逆恨みだったぜ ? 」


「ああ〜。そういう例外もあるな。

 じゃあ、言い方を変えるよ。


 お前、自分の家庭の事件の時も、今と同じ様に考えられたか ? 」


「…………え…………」


 脳裏に浮かぶ、担当さんのあの怪訝な顔。

 事件には被害者がいる。

 そうだ。俺は被害者の犠牲を考えずに、被疑者に同情した…… ?

 悪魔に憑かれて犯罪を犯した人間を、可哀想だと………。


「コージさんが可哀想と思うなら、お前は今すぐ自分の復讐を考え直すべきだな」


「それは……」


 いや、違う。

 悪魔を呼び込むやつも、呼ばれた悪魔もwin-winだよな ?

 だって、そのせいで俺やゴンの家族は被害を受けて……。あの霊能者は莫大な金を持ってった。


 でも、どうだ ? 悪魔に憑かれた奴らを見て……実際自分も憑かれて……。

 それでも悪魔に憑かれてwin-winでいいね、って思えるか…… ?


 俺の家庭を離散させたあの霊媒師は『可哀想』か ?


 答えられない俺を見て、セルは小さく溜息をつく。


「……悪かったよ。言い過ぎた。

 門の前まで車移動しておく」


 セルが車の灰皿にフィルターを捨て、運転席に乗り込む。


「……行ってくる」


 俺は、セルに視線を合わせられなかった。


 ***********


 留置所に戻ると、寿吉さんが廊下に立っていた。


「戻ったか」


「ええ。あの……少し準備が必要で……。一旦、出直そうかと……。

 お手数ですが、コージさんも一度、面会所から部屋に戻して貰ってもいいすか ? 」


「そうか。分かった」


 案外、あっさり聞き入れるな。


「相当、酷い状態だからな。想定内だ」


 あぁ、そっか。この人も元同業だもんな。


「あの、その。

 ……祓った方が……幸せだと思いますか ? 」


「……ああ」


 寿吉さんは、平然とした様子で俺の質問を受け入れる。


「ああ。思う。

『自分の身体は自分の魂が持つべき』だ。

 どんな理由があっても」


「はあ」


「最低限の、そっちの……オカルト側のルールだと俺は思う」


「ルール ? オカルト側のルール……ですか ? 」


「警察である俺のルールは『法律』だ。生きている人間側のルール」


「なるほど………。

 あ〜……オカルト側のルールは、そんな単純じゃなさそうっす。

 ……実際BLACK MOONに居ると」


 俺の呟きに、寿吉さんは意外な一言を返して来た。


「黒魔術に使う動物の臓器売買や、アカツキに故人を埋葬したり……か ? 」


「えっ !!? 」


 寿吉さんはフッと少し笑い、また堅い面持ちに変わる。


「俺の母親は元々占い師でな。あの神父にスカウトされた口だ。

 占いってのは、退魔師なんかとは別の力を使う。

 俺が今やったことだ。

『霧崎 悠真が今、何を思い此処にいるのか ? 』。それを見抜き、生活を改善するのが占い師の仕事だ。

 エクソシストとは、同じオカルトでも基盤が違う」


「占い師か……あまりいいイメージないっす」


「君の事件を調べた。小さい記事だが、全国ニュースになった詐欺事件だな」


 そっか。警察なら過去の情報はいくらでも……。

 あれ ? でもセイズの事はどうして何も言わないんだ ?


「アカツキの遺体の事……今、俺を通して霊視したんですか ? 」


「……違う」


「え !? 」


「俺も母親も『アレ』を見た。アカツキに横たわる薔薇園の淑女。だが俺には祓魔師はどうにも出来んようだ。

 相談に来た、生きてる人間の『道標』になるのが俺と母の得意分野だ。

 だから、『触らぬ神に祟りなし』とはまさにこの事。見て見ぬふりだ。

 案外、オカルトから離れる方がいい時もある。俺はその方が性に合ってたのさ」


 久美子も、寿吉さんも、知ってたんだ……。

 そうだよな。

 同居しててビル内のアカツキになんて置いておいたら……そりゃ誰だって見るよな !

 でも、だとしたら。もっと見つからないような隠し方をしないのは何でなんだ ?


「担当には伝えておくから、大丈夫だ」


 寿吉さんは一貫してブレてないなぁ。考え方も、自分の発言も……この人ははっきり自分のレールを自分で設計して進める大人なんだな。

 なんか……俺なんて子供に見えるだろうな……。

 でも、俺はこういう人……好きだ。大福もそうだけど、自分の信念を持ってる奴……。


「あ……はい。お願いします。

 あの、個人的にLINEとかしてもいいっすか ? 」


「よく分からんSNSはやらん。

 電話番号なら」


 電話番号の方がやばくね ?

 いや、これがSNS脳か。


 頭を下げ、荷物を持って留置所を後にする。


 星野 久美子も薔薇園に来ていた。BLACK MOON東京支部時代の社員で、元々占い師。霊視か透視かは人によるけど、寿吉さんの母親だ。

 強かったはず。

 それが薔薇園の双子の空間にも来ていた。双子もクミコとブライアンの名は覚えていた。間違いなく、クミコは寿吉さんの母親だ。


 当然、探ったはずだ。

 そして見つけた。セイズの遺体。


 結果、出た答えは親子共々『触らぬ神に祟りなし』。

 関わらない、と言う選択肢。

 占い師なら、セルの事も視ていた可能性も高い。


 そんな人が、このままでって決断したってことだ。


 それが正しいんだろうか ?

 寿吉さんが何も言わないって事は犯罪じゃないから ? それともアカツキが証明出来ないオカルトのルール側の問題だから ?


 久美子は死ぬまでずっと薔薇園の夢を見たのか ? BLACK MOONを辞めてからは見なくなったのかな…… ?


 後者だとしたら……少し休暇でもとって、あのビルから離れれば夢は見なくなるのか…… ?


 車に戻ってナビの時計を見たらもう昼だった。


「署長に連絡つけたよ」


「なんか言ってたか ? 」


 普通に話してはいるけど、セルとは視線を合わせないまま。

 俺が気まずい。セルは「別に気にしてませんよ」って余裕こいてんのが、それはそれで怪しいし、ムカつく……。


「頭抱えてる感じだったな。

 あと、押収物を見せてくれって頼んだから見てこよう。もしかしたらモレクに繋がる物があるかもしれない。そうなったら確定だ」


「なるほど」


「なんか食って帰るか ? 」


 俺はもう、アカツキでこいつの部屋に侵入したことはバレてるだろ。

 どうしてこいつが、何の焦りもなく、こんな態度で居られるのか……不気味というか……怪しいと思ったけど。


 もし、あのセイズの遺体を隠しもせず、手も触れず、ベッドにいるのだとしたら……。なにか理由があるのかもしれない。

 BLACK MOONは非公式のエクソシストチームだ。魔女もいて、僧侶も女子高生もいるし、何よりカフェには天使も悪魔も客で来る。


 場合によっては……星野 久美子の下した決断が正しいのかもしれない。

『この世には、そんなこともあるんだな』って。


 でも、ガンド……。あいつはまだ意識がある。

 あのまま囚われているのを見過ごすなんて、あんまりだ。


 だとしたら、俺の番なんだ。


 星野 久美子にも、息子の寿吉さんも、そのずっと前、ブライアンってエクソシストにもどうにも出来なかった薔薇園の双子。


 TheENDを持った俺なら。

 いや、俺こそが。

 セイズの遺体は事情による。

 だが、ガンドは絶対にだ。ケリをつけるべきなんだ。


「なぁ、昼飯。どっか入るかって聞いてんじゃん。すげぇ腹減ってんだよな」


 そんな気分じゃねぇ。

 けど、何も分からないまま、つっけんどんにセルを虐げるのは……なんかやっぱり違う気がする。


「あ……コージさんの事もあるし。店で食おうぜ。作戦とか、色々あんだろ ? 」


「そうだな。服は着替えたけど……これじゃなぁ……」


 セルがベトベトしている前髪をヘアピンで纏めてとめる。


 Prrrrrr Prrrrrr


「電話じゃないか ? 」


「ジョルかな ? あいつ最近、クズ崎先輩にスマホ貰ったみたいで」


「へぇ〜。ガサツそうに見えて親分肌なんだよなぁ。みかんも懐いてるしさ。なんか、あの二人、もしかするのかなぁ〜なんてさ」


 それは俺たちが口出すことじゃねぇだろ。

 いくら透視が得意でも。本人が気付いて無いうちに言ってしまうのは無粋だ。


 Prrrrrr Prrrrrr


 ポケットからスマホを取り出して液晶を見る。


『着信 ゴン』


 おっと、初めてだ電話で会話するの。いつもSNSばっかだし。


「出たら ? 女か ? 」


「ちげーよ。地元の友達だ」


「車停めるか ? 」


「いや、いい」


 俺は通話ボタンをスライドさせると、耳にあてる。


『よう ! 』


「久しぶり〜。どうした ? 声聞くの久しぶりだな」


『いや、ほら。就職決まったって言ってたろ ?

 俺も今仙台に来たんだよ』


「はぁっ !! 今 !? 」


『営業。

 まぁ、まだ休暇中なんだけど、会えるかな〜と思ってさ。空振りでも観光には飽きないからな。

 お前、まさか仕事中 ? 』


「あ、まぁ…」


 ゴンの馬鹿デカい声のせいでセルにも丸聞こえだ。


(今どこ ? )


 セルが小声で聞いてくる。


「あ、今どこいんの ? 」


『仙台駅 ! 』


(会ってこいよ。今向かうから)


 まじか !!


(いいのか ? 押収物見に行くって今言ったじゃん)


(いいから)


 んじゃ、お言葉に甘えるぜ。


「あ、行く ! 今行くから」


『お、やったぜ。着いたら連絡くれよ』


「おう」


 通話を切ってから、セルに向き直る。


「え……マジでいいのか ? 」


「地元って都内だろ ? わざわざ来た友達だ。大事にしろよ。

 要点だけ絞ろうぜ。

 古神の件は本部に掛け合っておく。

 俺は手掛かりが無いか押収物を透視してくる。

 ガブリエルの守護はトーカがアイテムを持っていればいいけど……。他にも何人か当たって見るよ。

 明日の朝イチ、またここに来るから……今日と同じ時間に準備してくれ。

 そんなところだな。

 深酒はやめてくれよ ? 」


「あ、ああ。サンキュー」


 こういう柔軟さは、出会った頃から変わらない……。


 はぁ……でも、ゴンがこっちに来るなんて。

 良い気分転換になりそうだな。


 ただ一つの心配を除いては……。俺は、オカルト詐欺事件にあった被害者同士のゴンに、未だ自分が現在、オカルトの世界で働いているとは言えていない。


 怖いんだ。


 俺もあの時の霊能者みたいに、ゴンに見られるのが……。


「あ……雪……」


「かなり冷えるぞ。風邪ひくなよ」


「あ、ああ。行ってくる」


 仙台駅の前、赤信号で車が停まった隙に外に出る。

 酷い風と粉雪だ。


 久々、俺の過去全てを知る友人に会う……足取りは軽かった。

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