第12話 大晦日の憂鬱

「あ ! お出かけ ! お出かけ ? 」


 次の日。

 ジョルが朝イチで、目敏く俺の着替えを見つけた。こっちが風呂上がりだっつーのに構わず寄ってくる。これ……つぐみんやトーカにもやってんのか…… ?


「お前、昨日ひっくり返ったけど大丈夫だったか ? 」


「アレ、なんだ ? 」


「ちょっとした移動魔法らしい」


 そういうことにしておこう。『黒薔薇』というワードを出すのは不味い。こいつは割とセルと仲がいい。ジョルが言わなくても、透視だけでも不安なくらいだ。


「お前クリスマスの夜、里帰りしたって ?

 ムッチさん、元気だったか ? 」


 クリスマスイブ、俺がセルに捕まったことで、ジョルは光希のオモチャにされた挙句みかんの家へ消えていった……らしい。つぐみんに聞いた。


「美香さんの家に行ったンだ。あと、雲雀さんと機材、朝まで積んでた ! 初めてライブ観た ! 」


 パシられてんなぁ〜。


「俺はこれから仕事。セルと。正月中も空けるかもしれねぇから。

 大晦日だってのに……。初売りは二日だっけ ? 」


「やったコケコー !! テレビのチャンネル権ゲット〜 !! 」


 楽しそうで何よりだよ……。


「なんの仕事だ ? どこ行くンだ ? 夜は帰るのか ? 」


「それがさぁ。どうも警察んとこにいるらしいんだよ、悪魔に憑かれてんのが」


「クエェ……」


 ジョルが構える。

 分かる。なんもしてないけど、ケーサツって聞くだけでドキッとするよな。


「俺も詳しく聞いてないんだけど。警察にも関係者が居るんだろうな。

 お前が来る前、心霊スポットで仏さんを見つけたんだけど、新聞にも載らなかったんだよなぁ」


「普通は載るノカ ? 」


「まぁ、載るんじゃね ? 犯人見つかってない訳だし、不審死だしさ。でも、その犯人ってのが祓魔対象だったから……。俺たちは知ってるけど……大事件なはずだよなぁ」


「内緒で、身内で処理できたノカ……。よく分かんナイ。警察には魔術師居ないノカ ? 」


「いねーよ。なんだよそのファンタジー設定」


「アメリカのエビーフーライって捜査機関はサイコキネシス捜査するらしいンダ」


「エビーフーライじゃなくて、FBIな……。

 とにかく、日本の場合はしないな。聞いた事ねぇ。

 でも、実際俺らが呼ばれるってことは、こっそり潜んでるって事なのかな ? 」


 俺もその辺の仕組み分かって無いけどな。だいたいエクソシストの介入なんて、誰かしら騒ぐだろうし。誰かが術でもかけてるのかもな。


 しかし、そういう都合がいい魔術ってのが意外と多いのには驚きだぜ。

 歌魔法で人気を得たり、才能と引き換えに人ならざる者に献血したり。歪んだ世の中だ。


 そして、死んだ身内の遺体を側に置いたり……か……。


 セルと同行するの、気が進まねぇ。


「なぁ、ジョル」


「うん ? 」


「もしもの話、本当にもしもの話だけどさ。

 俺とセルが喧嘩したら……って話、していいか ? 」


「ケンカか ? ケンカは一番最初に尻にキック入れるといいんダゾ ? 」


 話す事に不安を感じる……。


「そうじゃなくて。俺、セルに雇われてるじゃん ? でも、その……仕事って合う合わないもあるしさ。もし、セルとはやって行けねぇなって日が来たら……お前はどうする ?

 この店にいるか ? それとも、俺と出ていくか ? 」


 俺の問いに、ジョルはポカンとした後、おずおずと口を開いた。


「…………俺、ソレ、決めれないジャン。

 俺はユーマの奴隷。だから勝手に離れられない」


「あ……そっか……」


「でも、アンタ、俺を相棒って大事にしてくレル。だから、俺はアンタについてく」


「ジョル……」


 それだけ言ってくれりゃ、ありがてぇよ。


「ありがとな」


「ハグするカ ? 」


「それは要らん。気持ち悪ぃな」


 こういう決断は、まだ時期尚早か ?

 事情も説明してないのに……無理だよな。


 黒瀬は紫薔薇城への潜入経路と道具をチェック中だ。

 それまで俺はエクソシストとして行動するのみ……。

 普段通りだ。

 普段通り。



 ************


「はぁ〜〜〜……」


 よりによって、ツーシーター状態の乗用車の方で行くのかよ……。つぐみんが嫌がるわけだ。気まず過ぎる。今まで何とも思ってなかったけど、セルと隣同士でドライブなんて……。

 もう平常心で居られる気がしないもんな。


「よし、忘れ物無いな」


 運転席にセルが座る。

 今日はあの妙な匂いはしない。始終その事だけが頭を回る。


「ここから遠いのか ? 」


「いや、そうでも無いけど」


 セルは少し仕立てのいい背広って出で立ちで出てきた。

 サラリーマンというより、学者って感じの知的そうな薄いブラウンのジャケット。

 当然か。今日は神父では無く、医者としてここにいるんだから。


 俺はとりあえず何着か持ってるリクルートスーツの中で、一番カッチリしたデザインの物を選んで来た。

 リクルートスーツは安価でいいけど、やっぱり「俺の歳だと就活生っぽく見えてしまいがち」って言う大福の言葉を参考に買ってみた。ショッキングピンクのネクタイはセルに却下され、地味で無地なネイビーブルーのネクタイを選ばされた。こんな保護色の俺、誰にも見られたくない……。黒瀬じゃあるまいし。


「すげぇ厳しいんだな……エクソシストって」


 バチカン本部を通しての公式祓魔は、バチカン側が過剰に審問や書類が多くて、セルは夜通しビデオ通話やら書類の確認やらしていたらしい。


「本部からすぐに駆け付けられない時のために、ある一定の人数のエクソシストを世界中に送り込んでるんだ。俺がアメリカの教会に居たのも、バチカンから派遣されてアメリカになったんだ」


 で。本部で失態して、蓮司さんのコネで日本に来た……と。


「公式の依頼はいいんだけど……大抵、この後、バチカンから監査が来るんだよなぁ。店の売り物も移動しなきゃな……」


「監査 ? BLACK MOONの中なんて異教の巣窟じゃん」


「それな」


 車は市街地を抜けて郊外へと向かう。

 今日はセルは一本も煙草を吸っていない。こういうところはしっかりしてんだな。

 神父の顔はビジネスだとして、魔女のトーカや、ルシファーの目の監視が付いてる自分を差し置いて、俺はセルを責められるのか ?

 けれど……セイズ。そして囚われたガンドも。

 トーカもセルも、俺がその二人の事でBOOK・Miaを観たのに……その後、なんの関わりも持とうとしないなんて。やっぱり何かおかしい……。


「どうした ? 今日はボーッとしてるな」


「え ? いや。緊張してるだけだぜ ? 」


 ほらぁ〜。俺、顔に出るんだよなぁ〜……。


「そうか ? 」


「何もしてないけど、警察って聞くと……なんかな」


「ははは。考えすぎ。

 あと、今から行くのは留置所な。すぐ隣に刑務所、拘置所もあるから紛らわしいけど、留置所にいる人間と刑務所にいる人間とでは法的に雲泥の差がある。

 つまり、まだ法的には犯人と決まったわけじゃないんだ。決め付けで話するなよ ? 」


「ほーん…… ? 」


「間違えても『容疑者』とか『犯人』とか言うなって事。その辺デリケートだからな。

 報道で『容疑者』呼ばわりされてても、起訴してない限りは『被疑者』だ」


「ごめん。小難しいと覚えらんないかも」


「じゃあ、俺たちは医者って名目だから、相手を呼ぶ時は『〇〇さん』でいい」


「俺は医者じゃないけど大丈夫か ? 」


「まぁ、助手ってことで。

 知り合いの警察官が一緒に立ち会いするけど、エクソシストである事は知ってるから」


「犯人……じゃなかった。そいつは一体何をしたんだ ? 」


「殺人、住居侵入とか、罪状はそうなるんじゃないかな ? 」


「うぇっ !!? まじかよ……」


「防犯カメラと子供部屋のホームビデオ、車庫の車のドラレコ。そいつが映ってるのは確実なんだよ。俺も見せて貰ったけど……」


 それで確証がないってことは……成程。なんか想像出来たかも。


「ってか……そんな重要な証拠品、警察がお前に見せんの ? 世も末だな」


「これが公式の派遣だからだよ。こっちも見たくて見てんじゃないもん。

 まぁさ。そんな証拠品があってもさ、俺が呼ばれるってのが問題なんだろうよ」


 もう確実に犯罪者じゃん。ってか、人殺した悪魔とか、話通じんのかよ……。怖ぇよ。あ、通じないから悪魔憑きなのか ? 嫌な仕事だな……。


「エクソシストに診てもらう殺人って……まるで物語の話だな。

 警察がエクソシストに連絡してくんのって、普通は無いよな ? 」


「無い無い。日本は余計にな。

 刑事課にさ。霊感強いのがいるんだけど、そいつの母親、BLACK MOONにいたんだ」


「……久美子って人か ? 」


「なんで知ってるんだ ? 」


「前回の依頼者の泉さん繋がり。

 泉さんの職場の先輩が、久美子さんの旦那さんだったんだってさ。それでうちを紹介してくれたらしいぜ。

 息子さんが警察ってのは知ってた。

 その人かぁ……」


「あ〜、そういう事だったのか。泉さん夫妻って、紹介状も無いのにカフェに直メール送ってきたんだよ。どうして知ってたのかなって、大福と話にはなってたんだよ。

 ……そうか……知ってたのか」


 セルの少しの動揺を見逃さない。

 少し弄ってやるか。


「何か問題でも ?

 その久美子さんをクビにしたとか、喧嘩別れで退職したとか ? 」


「いや、寿退社だったよ。東京にいた頃だから……。子供産むまでは迷ってたみたいなんだけど、結局辞める事になって。

 寿退社ってことで、出産祝いとか諸々お祝いして、円満退社でさ」


「ふーん。退職者っているもんなんだな……」


「まぁな。子供は憑かれやすいから、それを危惧してだ」


「ああ。確かに。

 退職かぁ。お前やトーカは別として、俺やつぐみんは歳も取るしな。特にみかんは、進路決まったみたいだし」


「俺の所にも来たよ、みかん。まぁ、教員免許あるに越したことないしさ。俺たちの仕事って、カフェ以外は突発で入るし定年も無いしさ」


「案外、世間を知ったら戻って来ないかも知れないぜ ? 」


「人の心配より、お前も早く彼女作れよな」


 話逸れたな。少し戻すか。


「そりゃあんたもだろ ? どうせ女遊びしてるんなら、この際牧師に転向して、一人の女に決めるとかさ。

 それに、あんたの不老って、魔法なのか ? 羨ましい限りだぜ」


 ほら、言えよ。

 自分の寿命は魔術だって言うだけだぜ ?

 魔術師疑惑の神父さんよぉ。


「俺の不老か。まぁこれは体質だな」


 んな体質あるかっ !!


「俺だって好きで不老じゃないんだぜ。

 でも、トーカが子供の状態で保護したからな……。

 そう考えると、あの雪の日……マグヌスが俺を頼ってきたのは運命だったのかもな。

 だとしたら、俺は全て受け入れるよ」


 運命を受け入れるような奴なら双子の復讐も、セイズの遺体に執着もしないだろう。


「着いたぜ、ここだ」


 本当にすぐだ。

 住宅地の目の前に、大規模な施設があった。

 車が敷地の前に停る。

 薄ピンク色の大きな建物の前だ。


「でけぇし古そうだな ! けど、思ったより団地っつーか、学校みたいな造り。

 ほら、自衛隊の駐屯地っぽいよな ? 」


「……お前、中ではそんなヘラヘラすんなよ」


 分かってるっつーの !

 なんか今日は妙に落ち着いてるなセルのやつ。


「そんな心配なら、俺抜きでも大丈夫なんじゃねぇのか ?

 RESET使えるんだし ? 」


 口を尖らせる俺を見て、セルは何か物憂げに笑みを浮かべる。


「俺はさ、お前に……俺のようになっては欲しくないんだよ」


「はぁ ??? どういう意味だ ? 」


 一瞬、陰りのある顔をしたセルが、今度は普通に笑いかけてくる。


「俺の仕事を覚えるのもいいぜ ? コネも出来るし、エクソシスト講習を受けたいなら、バチカンへ推薦状も書いてやるし。

 お前、神父になる気ないか ? 」


「はぁ ? 俺が神父 ? 」


 突然何を言い出すんだ……。

 話ははぐらかすわ、神父やれとか……。


「いやいや。俺、キリスト教徒じゃねぇし。それに俺、ゾロアスター教徒に片足突っ込んでるみたいなんだけど……。あと、ルシファーにゴリゴリにガン見されてるし」


「あぁ、そうだった ! 流石に無理あるよなぁ〜……。

 あ〜あ。でも、いつまでもウチに後継が居ないってのも……」


 全く。そういうところがポンコツなんだよ。


「不老なら急ぐ事ないんじゃないんすかね〜」


「若くて献身的なうちがいいのさ」


 荷台から大きな皮のバッグを取り出す。

 十字架、聖水、香、ペンタクル……簡易的な祓魔は出来る範囲の道具が入ってる。


 俺はもう片方、似たようなバッグを持たされる。

 こっちには記入予定のカルテ、血圧計、聴診器、血液検査用の注射器なんかがある。


「さ、門の前で待ち合わせだ。行くぞ」


「ほいー」

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