第16話 理想と理解

 華菜さんを説得するのは無理なのか…… ?


 慰める気で来たつもりが、事はそう単純じゃないことに気付く。

 だが戸惑う俺とはよそに、トーカは華菜さんに深く同意した。


「分かりますわ。私も最愛の妹が側に居ると思うと……心強くなる事もありますの。

 あ、私の双子の妹の事ですわ。生き別れたまま会えずに……やっと会えたのは、お互いに歳をとってから……」


 メグか !

 トーカのそばに来てるのか ! 今まで見かけることは無かったけど、親族なら普通のことだ。


「亡くなった妹の方から時折、顔を見せに来ますのよ」


「リーダーは呪いで歳を取れないんですよ〜。本当はあたしより年上で〜」


 みかんが補足を加える。


「そんな……ことがあるのですか…… ! ?」


 泉さんが少しワクワクとした顔で身を乗り出す。


「リーダーは見た目は子供 ! ですけど、中身はババア ! なんですよ〜 ! ウケる ! 」


「し、失礼ですわよ ! 」


「え〜 ? そんなことがあるなんてねぇ……うん……。へぇ〜……そうか」


 ペラ屋のみかんを睨むトーカに気付いた泉さんは、それ以上何も言わず固まってしまった。

 だがみかんは平常運転だ。


「や〜、だってお客さんもさぁー、「こんな子供まで雇ってんのかい ! 」って思〜じゃん ?

 だから説明しようと思ってぇ」


 まぁ、それはなぁ。確かに泉さん達は、そう思うかもしれないよな。

 けど紹介は有難いが、は不味かった !

 トーカは忌々しそうに顔を歪め、そっと襟元のベルベットのリボンに触れた。


「ええ。まさになのですわ。不老不死に憧れる人は多いけれど、一人だけ何年も生き続けるのは……苦行ですわね。

 私は親も妹も、その子供も孫も……看取りました。

 この姿になってからは家庭の事情もありますし、教会へ身を寄せました。児童施設にいた事も」


「まぁ……。それじゃ、何かと不便でしたでしょう ? 」


 華菜さんも、疑う素振りもなく、聞いたままを受け入れる。こういう素直な人が、実際霊障にあいやすいのも確かだ。


「そうですわね。

 でも幸いにも、私には魔術の存在がありましたし、霊感も。そこにいる赤髪の彼よりは弱いですけれど。

 だからこそ、自分の側に大切な故人が居ることは、とても大事な事だと理解出来るのですわ。

 お二人の、娘さんがこの家にいて嬉しいと言う気持ち、とても分かりますの」


 トーカは何を言い出すんだ……。そんなこと言ったらますます離れなくなるんじゃないのか ?


「では、このままでいいんでしょうか !

 私、毎日食事も作り続けます ! 部屋もそのままにしておきます !

 これからもずっと ! 」


 供養に力を入れる……その方向が間違ってる気がする……。

 華菜さん、もう止まらないんじゃないのか ?

 どうにかしなきゃ、とは思っていても……俺たちが勧めているレールから、はみ出た事を言ってる。不安だ。

 でも本当にそうか ?

 個人を思って食事や部屋で弔うことは、全部が全部……本当に悪いことか ?

 華菜さんは知らないだけだ。故人を弔う根性も愛情も、色褪せることの無い本物の愛だ。これが報われないのはおかしい。


 みかんは我関せずと言う呑気そうな顔でクッキーに再び食らいついているし、ジョルは心春ちゃんと、お馬さんごっこと称されたケツを叩かれる遊びに興じている。

 トーカはこれ以上無いほど落ちつ払った素振りで、ティーカップをソっと口元に寄せる。

 コクリと小さな音を立ててから、冷静……と言うか、少し冷めた視線を華菜さんに向けた。


「それは素晴らしい心掛けですが……。

 華菜様は今後、どうなさりたいですか ?

 心夏さんにずっと……いて欲しいですか ?

 成仏を妨げたいですか ? 」


「え……」


 華菜さんの表情が曇る。

 そう。霊障が起きてるということは、当然このままと言う訳にはいかないんだ。それは俺たちが阻止しないとならない。


「今は良いかも知れません。けれど、一度死後の世界へ行った魂は、浄化を受けなければどんどん不浄になるばかり。

 天国へ行ったり、次の人生を迎えたり、準備をしなければいけないのですわ」


「……そう……ですよね……」


「ですが、そう落ち込まないで頂きたいのですわ。

 先程私が言ったように、守護霊や指導霊のように側に居て貰うことも出来ますのよ ? それは心夏さんも未成仏霊では無く、とても神聖な存在になるのですわ」


「守護霊……。守護霊として心夏にいてもらうことが可能なのですか ? 」


「勿論です」


「是非 ! それなら是非、私に ! 主人でも心春でもいいです ! 」


「ただし。条件がありますわ」


「条件……。なんでしょうか ? 」


「今のままで守護霊になるのは無理ですの」


 ふと、トーカのトーンが下がる。


「当たり前の……節理ですわね。

 死んだら好きなように願った人に憑けるとしたら、それは憑き物の類いです。悪霊でなくても霊障が起きる……つまり、現在の状況ですわ。そんなものは神聖なモノとは程遠い。

 今は持ちこたえている心夏さんの霊体も、やがて人であった事も忘れ、家族も思い出せず、泉家の子孫が絶えても永遠に彷徨ってしまう。

 心夏さんを怨霊にしたいのなら別ですが、当然、望みませんでしょう ? 」


「そ、そんなこと !! 当たり前ですよ ! 」


 本来、こんな脅しのようなこと言いたくないんだけど、仕方ねぇんだろうな。

 でも、これが今回の秘策。守護霊にしてしまえば、そばにいて欲しいと言う願いはそのままに心夏ちゃんもwin-win。秘策と言うには在り来りだけど、今からそれをやるとなると……。

 心夏ちゃんは既に囚われている。

 一度アレから解放しないとならない。


「俺も。自分の娘を怨霊になんかしたくないですよ。勿論です。

 俺も妻も、そんなことは望んでません。

 えと……では心夏が守護霊になるには、どうしたらいいのですか ? 」


「はい。一度、成仏をして頂くことですわ」


「まぁ……結局、そうなりますよね。

 今からでも大丈夫ですか ? 心夏は無事なんでしょうか ? 」


 一喜一憂する華菜さんとは違い、泉さんは冷静なようだった。


「俺たちは素人なもんですから……何も分からなくて。

 でも成仏したら、みんながみんな守護霊になるわけじゃないですよね ?

 本当に心夏は戻って来ますか ?

 ただのぬか喜びじゃ、納得いかないです……」


 華菜さんの気持ちをキチンと整理してものを言う。最初は不釣り合いそうに見えたこの夫婦は、意外とお似合いのしっかりした家庭を持った人なんだな。


 トーカも最初こそ言葉を選んで話していたが、今はそんな悠長な感じじゃない。あるべきことを、淡々と説明するだけ。自信と、自然界の法則、そして世で言う「普通」を話すだけ。

 もし、依頼人が「悪霊になってもいいからそばにいて欲しい ! 自分が死んだあとなんてどうでもいい ! 」なんて言い出す依頼人も多いと漏らしていた。それが一番懸念していたのだが……。

 泉さんの様子からすると、そこまでエゴイストでは無いようだ。


「ある日突然、守護霊になるのは無理ですわね。

 まず、守護霊である霊体のそばで修行をしなければいけませんの。その修行中の存在が指導霊です。言わば見習いですわ。

 心夏さんの場合ですと、近親の先祖様に心夏さんの霊体を預けて、そこで修行して頂くのがいいかと。

 その師匠の霊にお迎えに来ていただいて、一度成仏させるんです。そして準備が整い次第、華菜様の指導霊として憑いて頂く。

 これで神聖な存在として側にいる、理想的な心夏さんの未来だと提案……いえ、保証しますわ。

 それなら全員が幸せになれる」


 華菜さんが少し落ち着いたように座り直す。視線は伏せたまま、なにか思い悩んでるようだ。


「その指導霊になるまでに……何年かかるのでしょうか ? 」


 この質問には、思わずみかんの手も止まる。

 どうにか押し切れ ! 時間がかかろうとも、幸せな道を !


「こればかりは。個人差がありますわ」


 トーカはキッパリと言い放つ。


「半年もかからない方も居れば、何十年とかかる場合も」


 華菜さんは肩を落としたように見えた。

 また別れなければならないというのは辛いんだろうな。

 けれど、それでも守護霊として来てくれるならそれだけでも有難いことなのに。

 俺も母親の霊が、アカツキに行ったら視えるんじゃないかとか、もっと霊感ある奴が視たらいるんじゃないかとか期待してた。けど、BLACK MOONの誰に聞いても答えはNOだった。

 人間の人生百年として見ても、泉さん夫婦はまだ若い。ほんの少しの別れなんだけどな。

 まして、本来子供である心夏ちゃんは徳を積む必要性が薄いのも事実。指導霊になっても、長くはここに留まらない。


「……二度も別れを経験するなんて……あんまりだわ……」


 これが華菜さんの本音だ。

 この気持ちが生霊を生んでいる。

 二度と離さない、という執着心。


 判れ ! と思う反面、強く言えない。それは華菜さんと心夏ちゃんの関係だからなのか、客だからなのか。

 多分、俺はからだ。

 あの日、華菜さんは高台にあるマンション住まいのママ友に会いに行った。地震が起き、自宅に戻らざるを得なかった、その時に津波の警報がなった。

 華菜さんは迷った。

 何百メートルも先の高台に心夏ちゃん一人を走らせるか、要介護の両親のいる実家に戻るか。

 俺はトーカの霊視で、華菜さんと同化した。

 あの背中の重みを忘れない。

 それが自分の子だとしたら……。

 ここにいるのが辛い 。


 だからこそ。せめて。

 心夏ちゃんにも、華菜さん一家にも幸せになって欲しい。

 さすがに生き返らせたりする事は出来ないけれど、幸せに満ちた供養をしたいんだ。


 全員が押し黙る中、トーカはまたもヒョイヒョイとフォローをしていく。


「そう思いつめないでください。

 では、一旦話題を変えますわね」


 慣れだ。

 別に俺と違った事を考えてる訳じゃない。多分、経験……。

 今までもこんな依頼を受けてきた。そんな経験から来る、上手い誘導だ。

 今、俺はトーカに感謝と関心はしているけど、何となくおぼつかない空気も感じている。


『うん。出来れば東北の人間か……坊主の俺がいいかと思って』


 大福のあの言葉をここに来て痛感した。

 これが同じ被災者なら。

 これがいかにも人の良さそうな若年じゃない坊主だとしたら。

 見た目にあれこれ言いたくねぇけど。大福か神父のセルが来るかで迷ってたのは、凄く納得がいく。見た目や雰囲気は大事だ。当たる占い師に有料で視て貰うとして、年配の占い師か女子中学生の占い師のどちらかを選べと言われたら、当然皆年配の占い師を選ぶ。女子中学生に、自分の人生の迷いを相談出来るとは思えないと感じるからだ。

 今ここにいる面子も、泉さん一家からはどう見られてるのか……みかんも気にしてたから、敢えて言ったんだろうな。


 だが、俺たちBLACK MOONは個人主義な能力者の集団でもある。

 聖職者じゃないからできない、なんてことはないのだ。


「それでは、華菜様の生霊のお話もさせて頂いてよろしいでしょうか ? 」


 来た。最も問題なのはこれだ。


「え、ええ。それなんですけれど、自分では自覚が無くて…」


「生霊はそういうものですわ。まぁ、意図的に飛ばせる方もいますが、大半は無意識に。

 華菜様、生霊は魂ではありません。念の塊なのです。

 故に、成仏とかそういう概念が無いのですわ。

 それが、どう言ったことか分かりますか ? 」


「えっと…… ? 」


「華菜様が天寿を全うしてお亡くなりになった後も、ソレはここに残り続けるのです。霊障を与える存在として。永遠に災厄を撒き散らす存在として。

 更に問題なのは、華菜様が生きてるうちでも、生霊は華菜様の身体や精神を蝕んで成長を続けます。

 つまり、華菜様の生霊を止めないと、華菜様自身の健康に被害があるのですわ」


「えぇ〜……それは…… ! そりゃやばいよ華菜〜 ! 」


 泉さんが血相を変えて華菜さんに向き直る。


「お前まで居なくなったら…… !

 すぐに止めないと ! 」


「そうだけど……だって、自分の意思じゃないし……。

 あの、消してもまた出るんですよね ? 」


「華菜様の意識次第ですわ。

 心夏さんが指導霊になると聞いてどう思いになられましたか ?

 嬉しいですか ?

 納得しましたか ?

 華菜様がそれを望んで、承諾しなければいけません。なので、正直に仰ってください」


 華菜さんに動揺の素振りがある。

 多分、納得してないんだろうな。


「心行くまで、なんでも仰ってください。

 もっと私達に駄々をコネて下さい。

 なんでもぶつけてください。

 ぶちまけて下さい。

 私たちは貴女を責めに来たんじゃない。

 お金をボるわけでもない。


 泉家の全員の幸せと、心夏さんの魂を救いに来たのですわ」


 カッケェ !!


「……はい ! 有難うございます」


 華菜さんはこのトーカの気迫に押されてか、落ち着いた様だった。

 何も言い分も気持ちも聞かれず、突然「これじゃダメだから」と言う価値観で勝手に除霊されたら……。そんな不安もあったんだろう。


「そうね……まずは。ジョル ? 」


「ほい ? 」


「二階に行って心夏さんを連れてきてくださる」


 無理だろ。あいつ今、心春ちゃんとジェンガ選手権始めたばかりだし。


「トーカ、ジョルは心春ちゃんと遊んでるし、俺がアカツキから連れて来るよ。その方がいいだろ ? 」


 何より、生霊を見れる。今の話を聞いて、華菜さんの生霊にどんな変化があったか確認できる。

 先日みたいに追い出されたりしない限りは、話し合いに応じてくれるかもしれない。


「分かりましたわ。では、これを」


 トーカが真新しい青いリボンを取り出す。ルーンがビッチリ書いてある。


「前のは使ったんでしょ ? 持っていった方がいいわ」


「サンキュー」


 クロツキに閉じ込められても、これがあれば出れる。また貰えて良かった。あるのと無いのとでは安心感が違う。


「心夏を連れて来るんですか ? 」


 再び落ち着かない様子になった華菜さんを見て、トーカが微笑む。


「せっかくの機会ですから、お話したいでしょうし」


「出来るんですか !!?」


「ええ。ただし、降霊術なので私の身体に入って貰うので、お二人に姿形が見える訳では無いですが……」


「構いません ! 話をしたいです ! 是非 ! 」


 華菜さんの執着心は相当だぞ。

 時折、トーカが華菜さんに期待を持たせる様な言動をするのが気になる。大丈夫なのかなって。


「じゃあ……連れてくる」


「あ、ユーマさん。バスルームから行くんでしたっけ ? 」


「はい。お借りしていいですか ? 」


 トーカはポカンとした後、提灯を取り出した俺をトイレに押し込んだ。


「人様の家でお風呂貸して、は無いでしょ !

 要はドアがあればいいのですわ。トイレで十分よ」


「えぇ ? なんか気分的に。ヒーローが登場する場所じゃねぇだろ」


「トイレも十分水周りですわ」


「うう……掃除が行き渡ってていい匂いするぜ……」


「早く始めなさいな」


 ドアを閉められ、俺はとりあえず便座に座ってポケットからライターを取り出す。

 バスルームは防音も兼ねてだったんだけど……ちくしょー。この家のトイレ、防音どころか広くて爽やか感バッチリすぎんだろ ! !


 にしても、トーカに心夏ちゃんを宿したら……。

 華菜さんが落ち着いていられるのかどうか。別れ際に泣くよな絶対。

 気が重い……。


 いや、ダメだろ俺。

 俺はこの家の人を幸せにするために来た !!

 そうだよ。

 気持ちにデカい一本入ってねぇとな 。


 でも少しは考える。

 霊が守護霊や指導霊として子孫の元に来れるとしたら……母さんは何故、俺の側に来ないんだろう。それとも、時間がかかってるだけなのか ?


「はぁ〜……。辞めた辞めた」


 いや、今は泉さん夫婦のことに集中しないと。


「DIVE !! 」

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