第9話 死者に一番近い者

「お疲れ様〜……って、あんた達大丈夫 !? 」


 トーカが事前にサンディに渡された鍵で部屋を施錠し、俺たちはフラフラと店側へ戻ってきた。フルーツバスケットの乗っているカウンターまで来ると、全員グッタリと椅子に座りカウンターに頭を乗せる。厨房のサンディから見ると、生首勢揃いだろう。


「び……びっくりした……」


「あ……すげぇ体力使ったな……」


「そうですわね。

 サンディ、霊視中に記憶遡行した事ってございます ? 」


 問われたサンディは俺達の様子を察したように、お茶を入れながら微笑む。


「あぁ ! それでクタクタなのね !

 そうねぇ……滅多に無いわ。災難だったわね。

 最もアタシは自分から入る事は多いけどね ! 」


「……自分からですか ? なんの為に ? 」


「ヴードゥーは死者蘇生とかネクロマンスのイメージが強いみたいでね。自然と依頼が死者との口利きだったりするんだわ、コレが ! 」


「え ? でも、遺体を操るだけで、その人の魂を戻せる訳じゃないでしょう ? 」


「まぁ術者によるけどね。

 蘇生した時に記憶の断片を霊視して欲しい、とかも言われるわね〜。新鮮な死体ほど脳が働くから、記憶を視れるって訳」


「へぇ……でもなんか、怖いっすね。火葬される前にって事はタイミング次第では危なそうだし」


「私もサンディと出会った頃は、そっちの魔術の意義は分かりませんでしたわね。私の霊視とも違うし、道徳的にも蘇生なんて……やらないわ……」


 確かに、トーカは元がカトリック教徒だからな。今回のようなケースでは死者の魔術関係なくトーカは過去を視れる。遺体を蘇生させる意味があるのか不明だな。


「ふふ〜。確かに人間として、道徳心って大事だと思うけどさぁ〜 ? それでも足を踏み外すような事しちゃうのも人間だと思うのよねぇ〜ん」


「まぁ確かに興味あります。具体的にどんな仕事してるか、聞いてもいいっすか ? 」


「ユーマ……機密情報もあるから ……」


「あぁ、大昔の話で良ければ、構わないわよ ? 」


 トーカが一歩踏み込んだ俺を止めようとしたが、サンディは臭い物でも見る様な顔でトーカに手をシッシッと向ける。


「hmm……。さっき言った復讐の依頼だけどね。

 殺された姉自身に生き返って貰って、犯人に奇襲をかけて恐怖を味あわせたい ! ……って人、居たわね ! 」


「ヒェェェ !! ジョ……ジョセイ恐い ! 」


 ジョルがすっかり怯えてる。怖ぇ〜。ホラー映画じゃん。

 でも、殺人犯か。それはなんか……許す。復讐しておけ。犯人が悪い。


「未解決事件でも、蘇生で真犯人が霊視で視れるのですわね ? 」


「そゆこと〜。なんなら音声を録音する事も出来るから、証言記録作りにもなるのよ。ケーサツに協力なんてごめんだけど……まぁ、アタシが解決に導いた事例もあるのよ」


「へぇ〜」


 でも黒いな。魔術の質というか、ジャンルが。生き返らせるって事は、見つかったら誘拐とか墓荒らしとか遺体損壊……何らかの法に触れそうな気がする。


「ミア。これが今回の荷物ね」


 サンディがクーラーボックスを三つ、トーカの足元に積んだ。

 何が入っているのか……聞けねぇ。でもサンディが使うようなヘビーな呪物より、トーカの魔術の方がライトな気がするな。

 クーラーボックスを見て、ジョルの眉がグニョーンと眉間に寄っていく。

 ゴクリ。なにか話題を変えよう……。


「サンディは震災の時、ここにいたんですか ? 」


 俺の問いにサンディはハァ〜っと溜息をついて頷く。


「居たわよ〜。本当に災難だったわ。この辺りにも津波が来たしね」


「ここもですか !? 」


「ええ勿論。最もこの家は少し高い位置にあるからとっぷり浸からなかったけどねぇ……。周りに比べたら……マシな方よ」


「そうですか……」


「そうねぇ。特別困ったことと言えば……。

 この店、小物が多いじゃない ? 物の置き方一つで、何かの封印が解けたりするのよねぇ……あは」


「 ?

 じゃあ、そういうのって……どうしたんですか ? 」


「いや〜。だから、つまりね。あはは。

 あの時は……ピタのゴラみたいに、陣に魔術具が落っこちて、マジカルパウダーがたっぷり降り掛かっちゃって……あはは、それが海水で流れてスイッチオン♪みたいな……うん ! 」


 すげぇバツの悪そうな顔してるけど……何かまずい術が発動した…… ?


「ど、どうなりました ? 」


「え、えーと。ははは」


 サンディのプライドなのか、チラリとトーカの様子を伺う。だが笑って軽い感じに片付けるつもりだ ! パカッと笑い、白い歯を見せる。


「流されてきた……ご近所さんがね ! あはは。生き返っちゃったのよ〜 ! あはは」


「クェェ……」


 ジョルが青い顔でドン引きしている。


「膨れた身体でノタノタ歩いてきたのよ !

 うえーん ! もう、アタシも心臓止まるかと思ったわよ〜っ !! 」


 ヴードゥーで生き返っても、なんて言うか……ゾンビに近いんだよな ?


「も、目撃者とか……大丈夫だったんですか ? 」


「動いてるからね。一応、その御遺体さぁ。いやー……病院も携帯の電波もパンクしてて……通報されなくて良かった……良くはない…けど。良かったわ ! あは」


「う、うん。その一言だけ聞くと、不謹慎ですね」


「でも、その時出会ったのがダーリンなの ! 」


「ダーリン ? 」


 普通に会話してて『ダーリン』って初めて聞いた !


「待って。

 ダーリ〜ン。来て〜」


 俺が不思議そうにしているのを見てサンディはカウンターの裏へ声をかけた。

 数秒して、ガタイのいいスキンヘッドの男が現れた。スーツなんか着てたら、絶対街で避けて歩かれるタイプの人だ。


「お客かい ? サンディ」


「あ〜ん。震災の時の話してたのぉ」


 しかし『ダーリン』は使い込まれた質感の和装姿の男性だった。手には汚れた雑巾を片手に……。どこか掃除中だったようだ。


「聞かせてあげて〜。アタシ達の馴れ初め♡」


 サンディ……普段カラッとしてるのに、急激に女になった。こっちが気まずいよ ! ジョルなんかポカンとしてんぜ。


「ah〜、あの時。一度、路上で見かけて拝んだ檀家さんの御遺体が生気の無い顔で彷徨いていて、僕もビックリだったよ〜」


「へぇ……んっ !? さんって事は、旦那さんは住職さんですか !? 」


「そうなのよね〜。もう、ここの呪物は流れちゃったし、打つ手無しかと思ったんだけど、ダーリンに拝んで戻して貰ったの」


 よくもそんな高レベルの住職が近所に居たものだよ。よかったよ本当に !!


「世界は広いね。僕はエキゾチックな彼女と魔術にすぐにメロメロになったのさ ! それにこんな美女に会ったことがないよ♡」


「やだぁ〜ん。好き♡」


 ワールドワイドだな、魔術業界……。


「あの……旦那さんは素ですか ? それともサンディに惚れ薬を盛られてたり……」


「あっはは ! 当時ミアにも同じこと言われたわ。やーねー、使ってないわよ ! 」


「そうそう。同じ宗教家同士。学ぶことは多いよ。現代に生きる神や仏に携わる者同士……いがみ合うことは無いものだよ」


 なんて言うか……キリスト教徒が他神に対して持つ嫌悪感みたいな物が微塵もねぇ。流石、他文化受け入れ体質の日本人 !!


「逆にヴードゥー教の人って、異教徒には対抗心無いんですか ? 」


「気にならないわ。

 昔は移民として居住地を変えることもあったからね。変に突っかかるより、キリスト教徒ですって言う方が賢いってのが先代の教えなのよ」


「へぇ……」


 そういや、日本だってキリスト教が広まった時コソコソしてたな。それにBLACK MOONがそれを体現してるじゃねぇか。お互いいがみ合うことは無いってのはあるな。


「じゃあじゃあ、ヴードゥー教徒でありながら、他人にはキリスト教徒です、って……してたッスね ? 」


「そうなるわね ! 」


 魔術具も禍々しいものが多いもんな。それとなく人様の目から隠しているうちに、段々と家庭の中で継がれて行ったんだろうな。


「それで、その生き返った人の家族にはなんて説明を…… ? 」


「お別れを言いに来たのだと……誤魔化しましたよ」


 誤魔化せんのか…… ? 動いてたんだろ ?


「信じて貰えました ? 霊じゃなくて実体があるのに」


「あぁ〜 ! 霊も一緒ですよ ! 」


 ダーリン坊主は地味風な顔付きをヘラりと緩ませる。


「ほら。貞娘サダコも物理的じゃないですか。同じ感じですよ〜」


 あれは違うと思う。なんかそうじゃない感が凄い。


「仮にご遺族が、浄土から訪ねて来たって説明を受け入れるとして……その後、ご遺族にはなんて言いましたか ?

 えと……聞きたいのは、ご遺族の扱いと言うか……。今、そういうのに煮詰まってて……」


「煮詰まってる…… ? 」


 ええと……顧客の情報を全て言うのはまずいか。簡潔に……。


「えと、震災で家族を亡くした方が依頼人で……教えを請いたいです」


「そうなんだ……それは大変な仕事だね」


 ダーリン坊主は暫く、口を噤む。


「へぇ〜。なるほどねぇ」


 一方、サンディは見た事ない黒い煙草を取り出すとマッチで火をつけ口を開いた。


「うーん。震災に限らずよね ? 家族を失うって。私の知り合いにも震災で亡くなった方がいるし、アメリカにいた頃も火災や土砂崩れで家族を失う人は居たわ。

 けれど、結局のところ……周りがあれこれ言っても仕方が無いのよね」


「そう……ですよね……」


 考えてみりゃ、俺もそうじゃねーか。なんでこんな事に気付かなかったんだろ……。病死と災害って言うと……どうしても事故や災害の方が突発的な感じがして……。事実そうなんだけど。母さんの時は余命が分かってたし……。でも、家族を失うってのは……同じだな。


「正直に言うとさぁ〜。どんな言葉も、慰めにならないのよね〜」


「……やり切れない気持ちとか……どうして俺の母さんだけ……って……。でも、確かにそうですね」


 俺の口走った母親の話を知らなかったのだろう、サンディはチラリとトーカを伺った。


「そう……。あんたも家族、亡くしてるのね。アタシも十代の頃にね。父親が通り魔に刺されたの。犯人は人種差別主義者だったらしいわ。

 でも、その時心配してくれた人の気持ちって言うか、親身になってくれた人……その感謝はあるのよね。

『こんな気持ち人に理解出来るはずない』って言う絶望感と『気にかけてくれて有難いな』って気持ちは別なんだよね……。複雑な気持ち。

 だからかなぁ。立ち直ってからは、心配してくれた人に目一杯感謝して、そして明るい人生を送る想像をするのよ」


「想像 ? 」


「幸せはイメージしなけりゃ叶わないわよ。自分が幸せに、平和に生きていけるイメージをするの」


 前向きでいいな。その考え方。

 俺は母親の復讐をしようとしてる。復讐が終わったら、サンディが言うように周囲に感謝して明るい未来を夢見る事が出来るかな…… ? 別に今がそんなに不幸だとは思ってないけどな。


「そういや、BLACK MOONにも大福君がいるでしょう ?

 彼にも相談を ? 」


 ダーリン坊主の質問に思わず渋い顔をしてしまっている俺が居る……。


「あ〜……ちょっと、今日は連絡が付かなくて……」


「そうなんだ。まぁ、なんにせよ……お坊さんの彼が居るBLACK MOONの中で、その仕事を任されたってことはさ……大福君やローレック神父も『ユーマ君とジョル君なら、きっと大丈夫だ』って思ったから仕事を預けたんじゃないかな。うん。

 僕だって他人ひとの悲しみなんて、分からないよ。でも、分かろうとしてくれる人間は決して悪じゃない。

 君たちが思い悩んでることを……視たものを話して、どう感じたのか……僕は依頼人に言ってもいいと思うんだ」


「マジすか……」


 取り乱しちゃったりしないか不安なんだよな……。


「問題は生霊ですのよ」


「生霊ねぇ。あれは厄介よねぇ……。

 なるほど、『家族を亡くした依頼人』と『生霊』……そういう事ね。あるある〜」


 そんな『魔女あるある』みたいな反応しなくても……。


「そりゃ執着を持つなって方が無理よねぇ」


 トーカもジョルもガックリと肩を落とす。


 俺が華菜さんの立場でも、確かにやりきれねぇもんな。でも、囚われの娘さんは……。どうにか説得してうえに上げてやらねぇと。そのためには、誰かが説得して『お迎え』について行くようにしなけりゃならない。

 誰か……間違いなく幼児を説得できる人物……。



 母親だ。

 そうだよ ! 母親の説得なら……。


「トーカ……降霊って出来るか ? 」


「え ? 出来ないことも無いですけれど……あまり得意では無いですわね。私も基本的には『TheEND』の能力者ですのよ ? 消すことは出来ても、降ろすとなると……準備もありますし」


 狼狽えて悩むトーカに、サンディは人の悪そうな笑みでニヤニヤとカウンターから見下ろす。


「降霊術ねぇ〜 ? 死者との会話ねぇ〜 ? ふーん。アタシの得意分野だわ〜」


「ぅくっ !! 」


 あ、これ。トーカが素になる瞬間だ。


「だぁ〜〜〜っ !! しゃーないわね !

 アイテム買うわよ ! ほんっとにぼったくりなんだから ! 」


「や〜ね〜。それだけ価値がある物だからお金を取るのよー」


 死者と話すアイテム……。それって…… !

 ふと、トーカと目が合う。だが、トーカはフルフルと首を横に振った。


「あぁ、ユーマ。貴方の考えてる事は分かるけれど……残念ながら悪魔絡みとなると……無理ですの……」


 そっか……もしかしてと思ったけど、母さんと話すのは無理か……。


「トーカ、俺が払うよ。サンディ、よろしく頼む」


「あら、別にいいじゃない ! 上司にたかりなさいよぉ〜」


「いや、俺が巻き込んだ仕事なんで……」


「あんた、いい男ね。そっちのジョル君も、気に入ったわ !

 じゃあ、今回はちょっと値引きしてあげる。準備するから、待ってて ! 」


「あ、有難うございます」


 少し前進出来たな。

 トーカも勿論だけど、このサンディの旦那さん ? の言うことには説得力があった。感謝だな。


「えっと……旦那さんは名前というか……戒名… ? なんてお呼びすれば ? 」


「ああ、僕は『海久かいきゅう』って言うんです。

 でもね、僕の友人はそれを聞くと皆んな『ミク』って弄るんですよ ! 全く、あはは。まぁ、好きなんですけどね。初根はつね ミク。今丁度、フィギュア棚の拭き掃除しててねぇ〜」


 その雑巾……。ただの趣味の手入れ中かよ……。


「フィギュアですか」


「そうそう。地震の前はもっと数あったんだけど、いや〜流されるわ、落ちて腕が折れるわ……災難だったよ〜。箱もぶよぶよでさぁ。レア物でも価値が下がるんだよねぇ」


「へぇ〜……」


 あれだな。こう。喋らない方が良いタイプっているよな……。最も、大福も御堂にいる時以外は煩悩に塗れてるしな……僧侶も時代の流れに乗ってるんだな。多分、俺のイメージが偏ってるんだな。


「多趣味でいいですね〜」


「大福君も人形好きって聞いてるけど ? 」


「いや、アレは……」


 フィギュアっつーか、呪いの日本人形が送り付けられて来るだけで……収集とは別なんだけどな。

 あ、つぐみん。同人誌描いてるつぐみんだったら、海久さんと話が合うんじゃねぇか ?

 あとは……みかんの趣味は音楽系統だし、『ゾンビ見たーい』とか言いかねないから危険だ。

 セルは…………ちょっとアレだな。うん。熟女好きの酒好きヘビィスモーカー……。

 あいつァ、駄目だ。駄目だわ。

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