第10話 薔薇園のパンケーキ
サンディの家にはつぐみんがワゴンで迎えに来た。トーカの荷物が多いからいつもそうしているらしい。
俺たちはその前に退散。そそくさとビルへ帰った。
「なんか……すげぇ疲れたな……」
店で食事をとったが、大福もセルも特に何も言ってこなかった。
自室に戻ると同時に、俺とジョルはソファにデロリと垂れた。文字通り同化するんじゃないかと言う程の脱力。
「オレも……疲れタ……。今日は風呂入らん」
ジョルは缶ビールを持ったまま、口も付けないまま天井を見上げて固まっている。生気が無いマネキンのようだ。
「トーカのお陰で何とかなりそうだな。サンディにも震災の事とか聴けたし……っつーか、結局、あの部屋なんだったんだ ? あれで金とってんのか ? 謎だよな」
「………魔術師にも色々いるもんなんだな……オレ、苦手。あの人、苦手」
確かに。サンディはここにいるメンバーとの誰とも違う。彼女の魔術は……少し闇が深い。
「そういえば、サンディの使い魔が視えてたって言ってたよな ? どんな感じだった ? 」
「……」
あれ。珍しく、能天気なこいつにしては参ったと言う顔をして俯く。
「トーカさんは……魔物もあまり視えないんだな。オレ、サンディの家で視たヤツ……。使い魔なんかじゃない。
アレは……なんだ…… ? 古い魂の声がした」
「使い魔が居たんじゃないのか ? 」
「……絶対に違う。部屋に並んだ壺の中に人間の魂が入ってるんだ。怨みが強くて、もう魔物化してるヤツもいた」
声が聞こえてたのか。
「敵意は無いってトーカは言ったけど……違ったのか ? 」
ジョルは顔を顰めたまま、首を捻る。
「敵意……じゃない。確かに。どっちかって言うと、助け…… ? 解放、浄化……そんなノ」
未成仏霊や怨霊か。
「何でそんなもの置いておくんだろうな ? 」
「分からない。そもそも、人間分からない。悪魔はダメ〜言うのに、魔物の見分けもついてない。
神社にだって変なの居るの、この間視た。
誰かが神様って言っちゃったら、マジで神様だと思い込む。怖い……」
確かにそういうもんかもなぁ。だから悪徳な連中が増えるんだろうし。
「でも、お前は視えるから大丈夫じゃん。そんなに怯えなくてもさ」
「『触らぬ神に祟りなし』。オレ、
今日の壺も、憑かれてたらって思うと……」
あぁ、確かに無関係って訳じゃないな。これからも色んな魑魅魍魎を目にするだろうし。
そういえば、うちのショーケースの中に『悪霊を封印したグラス』があったけれど、ジョルはそれを視ても、今日ほど取り乱したりしなかったな。
サンディの壺の話を聞いた限り、どちらも似たような事してるのに……何か違いがあるんだろうな。
「さて、もう寝る。
そうだ……お前、今着てるスーツ掛けとけよ。明日クリーニングに出すから。これからも必要になるだろうし、明日買いに行こうぜ」
取り敢えず布団に入る。俺のは洗濯機で洗えるようなスーツだから、床に脱ぎっぱなしでいいや。Tシャツにトランクスだけ着て毛布をかける。
「お前、寝る時照明消せよ」
シーン………。
「おい、聞いてんのか ? 」
返事なし。
まぁ、いいか。電気代はセル持ちだしな。俺、知〜らない。今日はどんなに電気が煌々と点いていても寝れる。
「すぅ……。
ん ? あ ? なんか布団にクッションみたいなのが…… ??? 」
〈コケ…クククク !! 〉
「ぎゃぁぁああ !!
なんで俺のベッドに来るんだよ ! 」
〈オレ、怖いからここで一緒に寝る……〉
「止めろよ ! そんな趣味ねぇよっ ! 」
〈オレ、オレ……ニワトリのままで居ますから〉
「当たり前だよ ! 人型で居られたら部屋にも二度と入れねぇよ !
これ……これもギリ、アウトなんだけど ! 」
〈フス…… ! 気にすんな。オレはただの鶏。家畜。食材です〉
「
〈分かった、分かった。もう喋らない。
コココっ ! 〉
訳わかんねぇ……。サンディの壺の中身……そんなやばい物だったのか…… ?
しょうがねぇなぁ。
俺はジョルに背を向けると、そのまま目を閉じた。身体が……スプリングに溶け落ちる様に沈む……。
背中……生暖けぇ……。
*************
〈コケコッコー !! 〉
「わははは !! 」
「ちょっと、可哀想よ」
〈コッコッコッ !! 〉
何かジョルが騒いでる。みかんでも起こしに来たのか ? 全然、疲れが取れた感じがしないけど……もう朝なのか……。
「ゆー兄ちゃん、起きて」
女の声。
女の子の声。
「これ、ゆー兄ちゃんのペットかな ? 」
「分からないわ。生贄用の鶏かもしれないし……」
男の声もする。
それにこの薔薇と芝生の匂い !!
思わず、反射的にガバッと身を起こす。
「お前らっ…… ! うっ……眩しい…… ! 」
「あ、起きた……」
俺のそばにしゃがみ込んだセイズと…………ガンドがちょっかいを出している生き物は、間違いなくジョルだった。
「おい、そいつ。俺のもんだ ! 」
「え、じゃあ本気でこのニワトリ飼ってるの ? こいつ、卵産まないよ ? オスだもん」
ガンドがつまらなそうにジョルをガっと抱き抱え、俺に突き出してきた。
「全然、懐いてないよ ? 」
「お、おう。逃げたら……帰れなくなったら……大変だしな……よいしょ」
ジョルは腕の中で首をグルッと回してガンドを警戒する。
(大丈夫か ? )
〈クックル……コッコッコッ……〉
喋らねぇ。
喋れねぇのか…… ?
そもそも今のジョルの様子から、人語を解しているように見えなかった。
なんでここについてきた…… ?
『ルシファーの目』のせい ? 俺を監視する為に…… ?
これ……今日チャンスなんじゃねぇのか ? ルシファーの契約は俺の観察であって妨害工作じゃない。契約によって視る力の強いジョルの目には、セイズとガンドのうち、どちらがルシファーの
喋れねぇって事は……今聞き出すことは不可能か。
とにかく、当たり障りのない話をして乗り切るしか……。けれどこのまま何も話さずにいてもな……。今まではなんでも聞き出していたのに急に……怪しく見えるかもしれねぇし。
「ゆー兄ちゃん、大丈夫 ? 疲れた顔してるね」
セイズが俺にティーカップを差し出してくる。
「あ、ああ。なんかメンタル的に疲れててさぁ」
「仕事で ? 」
「あ〜うん。そう。仕事で」
ダメだ……どうしても警戒しちまう……。
「なぁ。このニワトリの事だけどさ。ペットもこっちに来ちゃうって……そんなことあるのか ?
ほら、今までこの庭園に来たクミコとかブライアンとか。ペットが来たりしたか ? 」
「無いよ ! 」
ガンド、即答。
「そいつ、何者 ? 」
「本当にペットなの ? 」
「え、えーと……」
セイズとガンド。どっちが偽物なんだ ? 目的はなんなんだ ?
それさえ分かれば、この二人の霊体がコキュートスにある事も、ルシファーの管理下にある事も知らせられるのに……。
もう、言ってしまおうか………。
ただ、知ったところで戻せる方法もないし、本人が戻りたいと言うかどうかも……何せ肉体はとうの昔に墓の中に入ったはずだ。
考えを変えろ ! 疑うな !
俺には助けられない ! まだなんとも言えない !
でも本当にこれでいいのか ?
「あ、あ〜んと、え〜と……。そいつ、仕事場にも連れてってるから、霊感が強いのかな ?
ほら、犬とかも何も無い所視て吠えたりしてんじゃん ? 」
「アレはまた別でしょ〜。
ふーん……でも、エクソシストの現場にニワトリ持ってくなんて……辞めた方がいいよ」
「そうなの ? 」
「術者の方法によっては、憑いてる悪魔を家畜に移して、それを殺す浄化方法もあるからね。つまり、移りやすいんだよ。
悪霊も最初に手を出すのは小動物からさ」
「まじか……」
家畜……災難だな。
まぁ、ジョルの場合はルシファーの加護があるからその心配はないけれど。
……っつーか、ブライアンとかの受け売りなのか ? 記憶が無い割に具体的な知識過ぎねぇか ?
「それより、ゆー兄ちゃん。あれからエクトプラズムの練習は上手くいってるの ? 」
「あ〜……すっかり忘れてたなぁ」
エクトプラズムに関しては、俺は少し気になっていることがある。俺は提灯の灯火から武器を生成する。それは少しエクトプラズムとは原理が違う気がする。
でも、火から銃を出すってのは錬金術でも無いから、やっぱり魔法とか霊力的なものであることは間違いない。
けれど紫薔薇王によれば、俺のBOOKは存在しない。魔法使いじゃないって事だ。
エクトプラズムが魔術じゃないとしたら、どこまでがBOOKの判断する「魔法」の線引きなのかよく分からない。
だが、セイズとガンドは紛れもなく魔術師だった。それはBOOK・Miaで確認済みだ。
紫薔薇王は言っていた。
『本人の承諾無く、BOOKを開く事は出来ない。だが必要あらば、BOOKの方から訪ねることもある。BOOKは生き物なのだ』と。
もし、二人のどちらかに了承が取れれば……二人の人間界での最後の日さえ視れれば、全て解決出来る気がする。あの日、ミアが見れなかった現実での悪魔との攻防。
「そーいえばさ、前に治癒能力のヴァンパイアの話したじゃん ? 」
どうにか話を自然に持って行きたい。
セイズは俺にパンケーキを差し出して、にこやかに頷く。
「ええ、覚えてる。治癒能力は確か白薔薇の一族よね」
「そうそう。実は職場の人の知り合いに、ドンピシャで白薔薇の偉い人がいてさ〜。
あ、パンケーキ ! 美味いな ! これ、こないだ言ってたやつか。セイズが焼いたんだな ? 」
「そうなの ! 良かったぁ。上手く焼けて」
「うん。美味いよ ! 」
「それで、その方とは関係は良好なの ? 人里で暮らしていても、気性の荒さはその方によるものだから……」
話題を変えたけど、軌道修正してきたなセイズ。
「ああ。その人、人間くさいって言うか……凄く大雑把な人でさ。結構良くして貰ってるんだ。
それでさ、ヴァンパイアの王族は薔薇の色で領土が別れてるって言ったろ ? 」
「ええ。治癒能力という事は、その方は白薔薇だったのね ? 」
「ああ。それに城にも連れてって貰ったんだ」
「ええ !? 城……って事は、王族…… ? 」
これには背を向けていたガンドも、不信げに振り向いた。
「その人、女性 ? ゆー兄ちゃん、かなり気に入られたんじゃないの ? 」
「いや、まぁ成り行きだけど……そういう類の関係じゃねぇよ。後輩っつーか、下僕っつーか、良くて弟的な ? 」
セイズとガンドは何か複雑そうな顔をしている。
「ヴァンパイアと関わるなんて……主の教えに逆らう行為だわ。だって彼らの分類は悪魔だもの」
あ、そういう感覚なんだ。
そういえば人間だった頃の記憶は悪魔憑きにあった最後だけ。カトリック教徒と言うだけで、ぼんやりとしか覚えてないって言ってたよな。実際は、魔術師なんだから熱心な信者なのかは不明だけど。
だが、そこが釣り針になればいい。
「ちょっと理由があったんだ」
「理由 ? 」
「紫薔薇王にも会って来たんだ」
「えぇっ !? ゆー兄ちゃん、エクソシストなんだよね ? マジで !? 何それズブズブじゃん ! 」
お前らに言われたくないわぁ。ガンドよ……俺はBOOK・Miaで観てるんだからな ! お前が青い狼に化けた所を ! トーカもスルガトとは切っても切れない関係だしな。
「仲間がさ……。俺に魔法使いの仲間がいてさ。事情があってその子を助けることにしたんだ」
「…… ? それはヴァンパイアと、何か関係のある話なの ? 」
「紫薔薇王の持っているアイテムに『BOOK』ってのがあるんだ。
俺が受けた説明では、魔法使いには必ず一つは存在していて、それを読めばその魔法使いの記憶や魔術の方法が観れるんだ」
「魔法使いの記録……かぁ。それで ? 」
「俺、その子のBOOKを観せて貰ったんだけど……セイズ、ガンド……お前らもいたぜ。大人の姿で」
『えぇ !? 』
さぁ、どう反応する ?
「待って…… ! 僕らの知り合いが……まだ生きてるってこと !? 」
「ああ。訳ありだけどな。
お前ら二人とも魔術師だった。BOOKは事実しか書き留めない生きたアイテムなんだ。だから、捏造なんかじゃない。
悪魔に憑かれたのも、偶然じゃなかったんだ。お前ら、立派な俺の先輩だぜ ! 」
「……私たちが……。エクソシスト…… ? 」
セイズは混乱した様子で、シロップの小瓶を持ったまま固まっている。
ガンドは……俺をじっと見据えている。少し警戒してるな。
「それで思ったんだけど、お前らがこの庭園から出れないって……何かしらの術にかかってるんだと思うんだ。ここが本当に天国なら、こんな窮屈な楽園じゃ無いはずだ。親兄弟に会えないとか、記憶が無いなんておかしいだろ ?
俺はお前たちには色々アドバイスとかも貰ってるし、助けたいんだ ! 」
「確かに……僕らは悪魔払いの最中に死んだから、そういう可能性はあるかもね。
それで ? わざわざ恩着せがましく宣言した訳じゃないでしょ ?
僕らにして欲しい事があるの ? 」
「……ああ。そのBOOKさ。
お互い了承すれば、俺はお前らのBOOKを観れる。紫薔薇王の所へ行くことにはなるけど。
真相を知ることは出来る」
「僕らはどうなるの ? 」
「そこまでは言えない。確証がないからな」
「何それ ! 」
「お前達二人、手練の魔術師だった。その時、子供を一人助けてるんだ。その子供は呪いで正常に歳をとれない。それで助けたいと思ったんだ。
その為には知識も事実確認も必要なんだ。お前達が亡くなった日、その子もその場に同席してる」
「そんな……」
セイズは信じられない面持ちで俯いた。完全に動揺している様子だ。
「じゃあ、私は子供じゃないのね ? 」
「ああ。二人とも頼り甲斐のありそうな美男美女だったぜ。それに教会で暮らしてた。アメリカ北部だ。
それからイタリアに移ったんだ。一緒にいた神父がバチカンに所属してた」
「イタリア……バチカン市国……。何か……」
「覚えてるか ? 」
セイズとガンドは一度顔を見合わせるが、首を捻る。ハッキリしない所を見ると、何かしらしこりはあるようだ。
「……まぁ。理由は分かったよ。
でも、僕はこの生活が崩れるのは嫌だな」
「……ここにいるのが正しい死後じゃなくても ? 」
「うん。セイズと二人で。何も不便無いもんなぁ」
「二人で正しい成仏すればいいじゃん。天界で過ごすって方がいいんじゃないのか ? セイズのためにもさ」
拒むガンドに続いて、セイズも渋った。
「私たち、魔術師だったんでしょ ? だったら、天国へ行けるかどうか……」
あ〜 !! そこでそんな信仰心出るっ ?
「でも、悔い改めれば、どんな罪人も天へ迎え入れられるってのが教えじゃないのか ? 」
「知らないものを、どう悔い改めたらいいのかしら ? 」
それもそうだな。
俺がBOOKを観ても、こいつらに記憶が戻るわけじゃないし。
「でも、悪魔にいいようにやられたまま……このまま黙ってられんのか ? 」
何とか焚き付けてみるものの、二人は沈黙のままパンケーキを見詰めるだけだった。
最初から飛ばしすぎたか ?
「じゃあ、二人で少し相談してみてくれよ。どうせここにはまた来るだろうしさ」
「天国に行くかって相談 ? 」
「……いや。まずは何があったのか知りたいんだ。
俺にBOOKを観る、承諾をくれ」
「……ん。考えとく」
「ああ。
セイズ、シロップかけてくれよ。それもここで作ったやつだろ ? 薔薇を煮込んでたもんな」
「え、ええ。美味しくできたの ! 」
それに、戻ってからジョルにも話を聴くのが先決だ。
〈クケケケ〉
「あ、こいつパンケーキ食べるよ ! 」
完全に鶏になってるけど……まさか、戻って記憶無かったりしねぇよな…… ?
「じゃあ、この子用にももう一つ持って来るから待ってて ! 」
セイズは真っ白なワンピースをはためかせながら、満面の笑みで庭園の一角にある納屋へと駆けて行った。
「あそこ台所なのか ? 」
「いや、ベッドしかないよ。あと棚とか。僕が作った釜戸。料理してみるって言ったから、作ってみたんだ。材料は召喚するからいいんだけど、火を起こすのは難しくてさ」
「火は召喚できないのか ? 」
「火を ? さぁね。火を召喚ってどういうこと ? って気がしない ? 」
確かに。ライターとかマッチを召喚するとか ?
「しかも火加減が難しいらしくて、僕……相当焦げパン食い続けたんだよ…… ! 」
「ははは。そりゃ災難だな ! 」
「ほんとだよ……全く。
ねぇ、ゆー兄ちゃん」
ガンドはティーカップを口元に寄せ一口含むと、そのまま視線は合わせないまま囁くように俺に言った。
「僕は『承諾』する。恐らく、ブライアンの記憶もそこにある。
お願い」
「……… !!」
「お待たせ〜 ! 」
セイズが小皿にカットしたパンケーキを乗せて戻って来る。
俺はガンドに視線を戻すと、頷いて見せた。
任せろ !
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