第8話 記憶遡行

「霊視をするわ。ジョルジュの視たモノを断片的に観れるだけだけれど、気のいいモノは会話をしてくれたりもするの」


「マジっすか……」


 ジョルの手を握って、一度目を閉じたトーカはゆっくり瞳を開く。虚ろげなその瞳は、白濁した死者の様な色に変貌する。生気がなくて……少し怖いくらいだ。


「……この子が霊ね。

 あ、怖がらないで。何もしないわ……」


 トーカには今まさに、その娘が視えているようだ。


「待って。悪いことをしに来たわけではないのよ ? 」


 ジョルがチラりと俺の方を伺うんだけど、俺もこういうのはやったことがない。ただただ、首を傾げてみせるだけだった。


「……はぁ……」


 トーカが一旦ジョルから手を離す。


「どどど、どうでした ? 」


「貴方、あの娘が霊だって……気付かなかったのね……」


「うぅ。スミマセン……」


「いえ。私もこれだけはっきり視えたら気付きにくいと思いますわ。貴方は視え過ぎるの。みかんもそうなのよ……。話していた相手が霊だった、なんてのがザラなの」


 ありそ〜。みかんは想像つくなぁ。

 小さくため息を付くトーカに、俺もジョルもどうしていいかわからず次の言葉を待つだけだった。


「それでも霊視で私に視えるのは、ほんのワンシーンだけ……カメラで撮影したような静止画が何枚も視える感じなの。

 そしてその静止画の世界で、霊体だけが動くのよ。人間はマネキンのように居るだけ。多分、霊体はこちらを気にするから危機を察して動いてしまうの。

 私の霊感は後から磨いた物だから。生まれつき強い人はもっと出来ることも違ってくるけれど……」


 俺は生まれつきだけど、霊とかはアカツキに行かないと視えないし、個人差の世界すぎる。


「……いまいち何を言ってるか分かんねぇな。想像がつかないっていうか……」


「今のやり方は、ジョルジュの脳の記憶にアクセスして、記憶が鮮明で強い場面だけを視たのよ」


 記憶から霊体と会話する……なんて、ちょっと何言ってるか分からないって感じだな。普通に聞いたら、なんかオカルトちゃんみたいな事だけど……プロだし。魔女だし。そう言うのが可能なんだろうな。

 でも、なんかそれって……巷の霊能者の商売と同じような事してるって言うか……。

 俺はエクソシストだ。悪魔を倒す。それ以外の何者でもない。霊視とか、予言とか聴けば聴くほど不信感に苛まれる。


「ジョルジュ。貴方、本当に視る力が強いのね。どんな霊体も見逃さない……これは戦力になるわ。これからも研鑽するべき能力だと思いますの」


「でも、でも。俺、あの女の子が霊とは気付かなかったし……」


「貴方はルシファーの目。ポテンシャルが高いのよ。それをどう使うかは、貴方自身が決められること。貴方は自由なのだから。

 今回はタチが悪かっただけですわよ。悪意もないし、色形がはっきりし過ぎていたの。

 そうね……海にある結界も、私には視えなかったのですけれど、貴方の記憶から視せて貰ったわ。アレはとても……大きいのね……」


 本当にあるのか結界。俺も視てぇ。


「それって誰が、何のために張ったんだ…… ? 」


 俺の言葉に、トーカは考え込むように話し始めた。


「震災の後ですわ。お客様にあの結界が視える人がいてね。

 東日本大震災の時、私も仙台にいたのよ。でも、その時はまだBLACK MOONのビルも傷んでなくてね……。ガラスが割れて、エレベーターも故障して……酷かったわ。

 ユーマはどこにいたの ? 」


「埼玉に転校してった友達がいてさ。たまたまその日は学校サボって遊びに行ったんだよなぁ……そこで地震がさ。すげぇビックリしたな。

 震源地から大分離れてるけど、そうとう揺れた記憶あるぜ。そいつの家で、落ちたグラスを片付けた記憶がある。テレビでもバンバン映像が流れてさ……」


「ええ。酷かったのよ。

 それで……余震も落ち着いて数ヶ月経った頃、霊の目撃情報がグンと増えてね……。タクシーの怪談からトラックのドライバー、高校生、観光地……。

 でも、いずれの場合も「襲われた」という怪談話じゃなかったの」


「へぇ〜……。それって凄く……」


「珍しいでしょう ?

 怪談話は一重に、皆が怖がるようにエグい話になりやすいですわ……もしくはわざと泣かせに来るような作り話ね。

 けれど、そんな話は出なかったの。怖くもない、不自然でもない……「そういう事もあるものだ」と誰もが納得するような話しよ。

 丁度その頃でしたわ。沖合いに大きな結界があるってお客様に聞いたの。

 震災直後から、宗教家……つまりお坊さんや宮司さん、セルも行ったわね。

 彷徨う人が増えないように、経をあげたり祈りを捧げたり、ボランティアをしてる方も多くいたの。

 それでも悪い霊は視なかったって」


 自然災害相手に霊は祟ったりしないのか……。むしろ、突然の自らの死に気付いてないパターンか……。


「……」


「あの海の結界は、悪霊になった霊体を戒めるものですって。浄土へ行くことを望めば、誰でもこちらへ帰って来れるらしいわ。

 誰が張った結界なのか、いつまであるのか……誰も知らないの。

 プロばかりが祈りを捧げた訳じゃないでしょうしね。

 噂を聴かないってことは野良の方で、強力な力を持った方がいるんでしょうね……」


「そうなのか……。まぁ、悪霊は数少ないとして……。

 今回のケースはどうそればいいんだろうな ? 」


 トーカが手を差し出して来る。


「そうね。次はユーマの番よ」


「お、おお」


 綺麗に装飾されたネイルの指をそっと握る。


「生霊に会ったユーマの方が厄介な気がするわね。

 二人とも、慌てないでね。ユーマ、何があっても手を離しては駄目よ ? 霊体が迷子になるわ」


 それは嫌だ。ちょっと怖いんですけど。

 あ、この恐怖もトーカには成長の糧になってんのかな ? すげ〜複雑だけど。


「俺は手を繋いでるだけでいいんだな ? 」


「目を閉じて、私に伝えたい場面とか記憶を再生するように想像してみて ? 」


「やってみる……」


 えっと……伝えたい事……。伝えたい事って何だ ? いや、深く考えすぎか。今日の出来事を思い出せばいいのか ?


 深く……意識が落ちる……。


 暗転した視界の中、風が吹いてきたのを肌で感じた。左手にはトーカの手の感触。

 だが、何か聞きなれない……何か大きな物が軋む不穏な物音がする。


 ギィィ………と言う音に混ざり、次第に唸るような地響きと揺れが足元を襲う。


 今は霊視中。

 足元なんて揺れるはずがない。

 けれど、どうしても俺はこの『概念的世界』にあがらえない。いつも視覚から感覚を想像して溺れてしまう。


 椅子に座ってるとは思えない。だって足が地面について立っている感じがする。絶対立ってる ! しかも不安定に地面が揺れて、立っているのがもう限界だった。

 次の瞬間、更に突き上げるような揺れが全身を襲ってきた。


「うわっ」


 堪らず尻もちをついて目を開けてしまった。左手の先には、同じく挙動不審なトーカの姿があった。


魅入はいった…… !!? これ、ユーマの記憶じゃないわね ?! 」


「俺じゃねぇ !!

 良かった。はぐれたかと……」


「どうしてこんな事が…… 」


 周囲は見慣れない風景だった。この土地を俺は知らない。

 小さな商店街だ……。周囲にビルやマンションはない。そして山が見えない。……って事は、ここは海が近いのか ?


 トーカと二人、手を繋いだまま逃げる街人とすれ違う。


「霊しか動かないんじゃなかったのか ? 」


「違うわ。これは記憶の世界よ……」


 記憶…… ?

 何処からか聞こえるサー……と言う地面を滑る様な音。


 記憶の世界なら、過去の出来事って事だろ ?

 嫌な予感しかしない。


「華菜様の御自宅はこの周辺でしたの ? 」


「いや、違う。もっと新興住宅地っぽいところだったぜ」


 サー……と言う音が少し近付いたか……と思った瞬間、膝上まであるような水の塊がドッと路面に飛び出してきた。


『『やっべぇ !!!!』』


 思わずトーカと声がハモる。


「ここで死んだら、現実でも…… ! ?」


「当然よ ! 」


「うおっ !! 前っ !! トーカ ! 前っ !!」


 その流れは強く、ドス黒い墨汁のような海水だった。膝上なんてほんの一瞬の感覚で、目前に迫ったそれは瓦礫や大きな鉄柱、標識までも巻き込み、巨大な粉砕機のように迫り来ていた。


 溺れるとか、そういうものじゃない。

 のまれたら、あの瓦礫の塊の中で身が裂ける。

 腰が砕けそうになるけれど、本能は逃げろとシグナルを鳴らしている。

 けれど土地勘もない俺たちは手を繋いだまま、何処かちょっとでも高い場所を探して辺りを見渡すだけ。正直、恐怖で固まっている。


「と、とりあえず ! 逃げんぞ ! 」


「いいえ ! 一度、元の世界に帰るわ ! 」


 トーカは呪文の詠唱に入る。

 そんなに長い呪文じゃないはずだ。けれど、この水の勢いは ! !


「戻るわ ! 目を閉じて !! 」


「分かっ……」


 その瞬間、俺の背に異様な負荷がかかった。


「うわっ ! なんか憑いたか !? 俺の後ろ !! 後ろっ !! 」


「なっ !? 」


 トーカは俺の背を見ると、ハッと瞳を見開き呆然としてしまった。

 急激に感じる肩に掴まった小さな手と、暖かい人の温もり。

 これ、子供だ !!


 ダレノ コドモ ?


「……俺、連れて行けない……」


「ユーマ、駄目よ !! 戻るの !! 」


 トーカが強く手を引き、空間の中にできた次元の裂け目に飛び込もうとする。

 入れば元の世界だ。

 けれど俺が帰れば、この子はここに置き去りになるんじゃ…… ?


 コノコハ シヌノ ?


「ユーマ ! ここは記憶の世界よ !! その子はもう居ないの !! でも、私たちは帰らないと死ぬのよっ !! 」


 そうだ。そうなんだけど……生理的にこの背に乗った泣き声のするモノを振り払うのは躊躇ってしまう。


「わ、分かってる……」


 オネガイ ナカナイデ。


 だが俺の足は留まったまま、トーカが引っ張り込む元の世界への裂け目をボンヤリと眺めるまま。

 なんか……ソッチに帰っちゃ行けない気がしてきて……。


 足に激痛が走る。何かが当たったんだ。

 このままじゃ死ぬ。

 コドモハ オイテイケナイ。

 この子はもう死んでいる。

 これは俺の記憶じゃない。

 戻らなきゃ死ぬ。

 コノコハ マモラナイト イケナイ。

 腹が痛い。

 身体が重い。

 息が上がって、もう走れない。

 オナカノ コニモ フタンガ カカルワ。

 ウエノコヲ オロシテモ ヒトリデハ ハシレナイ。

 ナントカ……。


「ユーマ !! しっかりして !! 戻るのよ !! 」


 頭の中が…… !! 俺じゃない誰かに占領されそうになる…… !!

 腹が……何だこの感覚……重いし、内側から破裂するような張りが…… !


「分かってる……ちょっと休んだら、スグニ

 イクワ……」


 トーカが手を握るその左腕に、突然ガシッと強り力で掴まれた。裂け目の隙間からトーカごと鷲掴みにしてきた赤い髪の男。


「アンタ !! 分かってねぇだろが !! 」


「ジョルジュ !! 貴方、なんで…… !? 」


「知らねぇケド、視えるんだよ ! 引き上げるぜ !!

 オラァ !!」


 ジョルが俺を両手で掴み、力ずくで元の世界へ連れ戻した。


 次元の裂け目が閉じるパワーに弾き飛ばされ、ジョルはトーカを庇いながら壁へ吹き飛んでった。俺も霊体が身体に戻った瞬間、椅子からひっくり返った。挙句、床にのびた俺の背に爆発四散した水晶のつぶてを全身に浴びる。


「う……くそ……」


「大丈夫か姐さん !? 」


「〜〜〜っ……姐さん言うなですわ……」


 全員無事だ……。何だったんだ今の……。これがトーカの霊視なのか ?


「はぁ〜……」


「何、今の……」


 全員、息を整えてからムクリと起き上がる。


「あ〜怖かった……」


「想定外だったわ。

 ジョルジュ、貴方全部視えていたの ? 」


「視えてた ! なんか知らないけど、俺 ! 視えてた ! 霊視が始まってから、テーブルの側に裂け目が出来て、覗いたら知らない風景の中に二人が立ってた」


「あいてて……。霊視って、こういうものなのか ? ジョルの時と違わねぇか ? 」


「引き摺り込まれたのよ。今のは華菜様の記憶。

 ユーマは霊視が得意じゃないって、前から言っていたけれど……もしかしたら、記憶遡行そこうは得意だったりするのかしら ? 」


 記憶遡行……って言うのか……。


「多分そうかも。

 透視とかすると、その場であった出来事とかが断片的に視えたり、火災現場跡地でアカツキに行ったら燃えてる真っ最中だったりとかあるな。

 これって、皆そうだと思ってた」


「立派な遡行よ。退行催眠なんかをやる人や、予知能力が強い人もこういう傾向にありますの。

 安易に霊視をすると、記憶に飲み込まれてしまうの」


「飲み込まれる ? 他人の記憶に ? 」


「今回は華菜様の記憶に飲まれたのよ。この部屋は邪視避けも出来るし、霊から干渉はされない。

 けれど、こちらが霊の世界にアクセスすれば、華菜様の生霊からもリンクしやすくなるの」


「それって……華菜さんの生霊が俺を……」


「ええ。注視してるんだと思うわ。払い屋として見られてるのだから、当然警戒されているし……本当は自分の感情を知って欲しいから必死なのよ」


 今のが被災した時の華菜さんの記憶だとしたら……。そうとう傷がデカいはずだ。


「……腹に子供がいたんだ……背負った子も走って逃げるには限界で……」


 クロツキで会った女の子は言ってた。


『手を離した』


 多分あの後、子供を背から降ろして、手を引いて逃げたはずだ。ただ、水の勢いと水位から考えると……子供の頭が出る高さとは思えない。

 実際、家どころか学校までもが水没したような未曾有の大災害だった。

 心春ちゃんが五歳だとすると……助かったのは華菜さんだけだ。


「ジョルジュは自分の意志とは無関係に、ユーマの観察の一環として視えるように出来ているのだわ。そういう契約ですものね」


「あ〜だから二人を助けれたのか。うーん、俺は別に視たくねぇんだけどなぁ。役に立ったからいいか」


 俺だって視られたくねぇわ。助かったけれども。


「トーカ、どうすればいいんだ ? 生霊の対処とか……。こういうお客さんの対応っていうか……」


 トーカは倒れた椅子を起こして座り直すと、額に手を当てて考え込んでしまった。


「生霊をねじ伏せて消すことは可能よ。魔法でいくらでも……。問題は華菜様の意識が……」


「華菜さんに『生霊出てますよ』って言っていいものなのか ? 」


「言うだけなら問題ないわよ。

 けれど、それによって失った子供がになっているとは告げるべきじゃないわ。自分の生霊と娘が一緒にいると知ってしまったら、執着心が出て逆効果になることもありますの。頭では理解して供養していても、気持ちがね……。

 でも、決して悪いことではないのよ」


「ああ、別に責めたりしねぇよ。

 でも言わないことには……」


「旦那様に生霊の件を話すか相談してみてはどうかしら。

 囚われの女児の解放方法はいくつか種類があるから、ピックアップするわね。メモしてちょうだい」


「分かった」


 俺たちは再び円卓に付くと、トーカの経験談や除霊法を余すことなく書き留めた。


「ふーん。貴方、字が綺麗なのね」


「え ? えへへへ」


 ジョルがニヤニヤと頭を搔く。

 前から思ってたけど、BLACK MOONの女性陣、ジョルに甘すぎだろ……。こいつの半分俺だからな ! なんか……それも違うけど ! 生産者「俺」だから !


「こいつはつぐみんが好きらしいぜ ? 」


「あら、男の嫉妬は見苦しいですわね」


「う……」


 トーカは鼻を鳴らして、俺を一瞥した。

 悔しくなんかない。

 悔しくなんかないから。

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