第17話 The BOOK・mia 1

 多分、妹だ。

 トーカは蜂蜜色の妖艶な巻き髪に黒っぽいアイメイク。

 でも、そばに居るのは瓜二つの美女だが、髪はブラウンで化粧っ気のない……賢そうな娘だ。

 対称的だが、間違いなく二人は双子だ。


「ミア、わたしクリスマスには教会に行きたくない」


 ミアと呼ばれたのは、トーカだ。ミア……って言うのか本当の名前。


「うちは仕方がないわ。それに異教の男性と交際してるなんて、父さんに知れたらさぁ〜」


 ミアは子瓶を片手に、ペースよく喉に流し込んでいく。銘柄とか詳しくないけど、ビールだよな。この頃から酒好きなんだな。なんだか、トーカのそんなところは今と同じでほっとするっつーか、呆れると言うか。今とは全然口調も違うし、やっぱり本性は普通の女って感じじゃん。


「わかってるけど。私ね。この家にいるのが嫌なの。早くお嫁に行っちゃいたいのはそれが理由だったの」


「どうでもいい。それに他信教の人なんて反対されるわ。メグ、別れなさいよ。男なんていくらでもいるわよ」


 結婚相手との宗教の違いか……。俺は実感無いけど、揉める原因なんだろうな。

 辺りを見渡すと、壁に小さなカレンダーが貼ってあった。19……35年……? 明治か大正時代くらいだよな? 正直、もっともっと昔の人間かもって思ってたんだけど、割と最近だな。


「礼拝に来ないなんて、何言われてもあたし知らないからね」


「……」


 まぁ、彼氏の一人でもいれば、聖なる夜は二人でイチャつきたいもんだよな。

 だが妹のメグは、俺の想像した事と全く別のことを口走った。


「ミアは視えないから言えるのよ!」


 視えない?『何が?』なんて、今更思う訳が無い。

 視えるんだ。この妹には、家に居たくないほどの何かが視えているんだ。


 認識。概念。そして好奇心と、持ち合わせた俺の霊力。

 視える………。

 このリビングルームには五体程の霊が存在していた。霊視は苦手だけれど、これはメグの記憶の断片なんだろう。

 紫薔薇の持たせたBOOKとは、恐らく『体験する過去』の魔法かなにかだ。


 窓際に兵隊が一人。洋服を着た男児が一人。あとは皆中年男性で、恐らく事故か事件で亡くなったような奴らだ。顔が潰れていたり、首が常人より伸びていたり。


「はんっ。またそんな話して。馬鹿みたい」


 ミアは怯えるメグに悪態をついた。そんなミアをメグは気弱そうにしながらも反発する。


「ミア、お酒が解禁になってから酔ってばかり。少しは私の話も聞いてよ!」


「聞いてんじゃん〜。だいたい、酔ったあたしが馬鹿なことするより、あんたが『家に化け物がいるぅ』とか……幻覚見てる方が余程だからね?

 それに、その男と出会ったのが『あたしが誘った酒場に居た余所者です』なんて家族にバレたら一生恨んでやる」


「私には……生まれつき視える……。別に好きで視てるんじゃないもの!」


 うわ………。少し、泣きそう。その気持ち、俺にはすげぇ分かる。

 でも肝心のトーカ……ミアには霊力が無いのか?


 コンコン……。


「マグヌスです。お茶を持ってまいりました」


「どうぞ」


 ノックで入ってきたのは執事だった。三十代前半くらいの、少し神経質そうな顔をした男だ。なんだろう、こいつからは魔力を感じる。なんだろう……俺の時代のトーカから出てる魔力と似てる……。


「マグヌス〜? メグったら、また変なこと言ってるのよ?」


「変なことじゃないわ!

 マグヌス、気にしないで。

 ミア、私は本気で視えるのよ」


 マグヌスという執事は、メグの様子を見ると笑うでもなく、怒るでもなく、ただ神妙な面持ちで答えた。


「そう言った体質の方も、世の中多く居られるらしいですからね。メグ様は、そのお力を、いい方向には使えませんか?」


「いい……方向……?」


 確かに。これほどの幽霊屋敷に住んでるって事は、惹きが強いのかもしれないな。


「いい方向〜? インチキ占い師とか?」


 ミアは茶化すように言い、瓶を執事に渡した。


「やめてよ!」


「では、ごゆっくり。寝室はいつでも使用できますので」


「はぁーい。あんがとマグヌス〜」


 ミアがティーカップを齧りながら、背後のマグヌスに手をヒラヒラさせる。


「じゃあ〜。あんた、その彼と駆け落ちしちゃったら? ふふ。でもそんなことしたら、父さんは地獄の果まで探しに来ると思うけど! あははは」


 冗談にも似たミアの言葉に、メグは胸元のブラウスをキュッと握る。


「彼の元には、戻れないの……」


「な、何よ……」


 肩をガタガタと震わせ異常に怯えるメグに、遂にミア自身も戸惑ってしまった。メグは俺から観てても、どうにも尋常じゃない様子だった。


「……一体何があったわけ? 彼に何かされた?」


 メグは少しだけ胸元をはだけると、ミアにその白い肌に浮かび上がった印を見せた。

 なんてこった……悪魔の印シジルだ……。


「何……? 痣……にしては左右対称でバランスが取れてるわね。不思議。なんの傷? 」


「一晩だけ、彼の宿に会いに行ったの。でも、愛し合ったのはその晩だけ。起きたら彼は居なかった。それどころか、宿屋のオーナーも誰もそんな男見ていないって……!

 最初からが目的だったのよ!」


 ミアも、メグが何を言いたいのか分かったようだが、にわかには信じ難いようだった。


「……冗談でしょ? そんな傷……有り得ないわ。彼が悪魔だったとでも言うの? あたしも話したのよ?

 メグ、あんたもあんたよ。よくも信者の分際でそんな嘘がつけるわね!」


「本当なの……!! ミア、助けてなんて言わない。最後に、一度でも私の言ってることを信じてよっ。

 嘘じゃないの。幻覚じゃないの。この世に神が居るならば、悪魔も存在するんだわ!」


 そう言い、メグは啜り泣くだけだった。

 ミアは呆然とメグを見下ろす。


「あんたを酒場に連れていくんじゃなかった。あの男に会わせたあたしの責任みたいじゃない。

 ど、どうしよう……旅人には近付くなと父さんにも言われていたのに……」


 記憶の世界が……暗転する。

 俺の意識は一度、暗い空間で心地よい白い光を浴びる。


 トーカは元々、オカルトには無頓着だったんだな。それも、どっちかと言うと否定派。なんだか意外。


 メグの胸元の痣は間違いなく悪魔の紋様だ。だが、メグ本人には「契約した」とか「魔力を貰った」なんて発言は出てこない。


 だとしたら………。考えられるのは一つだ。


 ************


 響き渡る聖歌とオルガンの心地よい空間。

 大聖堂とまで豪勢じゃないけれど、子綺麗な教会に正装をした村人が集まっていた。

 ミアは……あのドレスだ。俺が初めにトーカを透視した時に視た黒のロングドレス。

 この日なのか?

 ミアがスルガトと出会うのは。


 ミアの側に両親。メグは少し離れた後ろの席に、存在感を消すように座っていた。


「ブラウンさんー。今夜はぜひ私の家にいらして!」


 前列にいた中年女性がミアの一家に声をかけてきた。これでトーカの名前が判明した。日本に来る前は『ミア・ブラウン』だったわけだ。


 母親は人懐こそうに返事を返した。


「嬉しいわ。いつもお誘い頂いて。

 そうだわ! 来年はみんなをうちに招待するわ。ねぇ、あなた。いいでしょう?」


 父親は少し戸惑ったが、笑顔は決して崩さなかった。


「そうだな。毎年、クリスマスには村の皆さんに招待させて頂いているしな」


 両親は、至って普通って感じ。まぁ、この聖堂の中では一番整った身嗜みしてるなと思う。家もそこそこでかい洋館だし、金持ちの部類なのかもな。

 村は全方位山に囲われていて、湖に沿って車一台分くらいの道があるだけだ。周囲に農村があるとは思えない孤立した地域で、今は雪も降っている。


『メリークリスマス。皆さん、今年もこうして集まり頂いたことは神に感謝すべき事で……』


 神父のありがたい話が始まった。

 その途端、聖堂の後ろから、獣が雄叫びを上げるような唸り声が響いてきた。

 皆がギョっとして振り返る。


〈 あああああああっ!〉


 唸り声の主は、メグだった。

 あぁ、やっぱりか。

 一夜を共にして消えた旅人。

 そいつは今、ポゼッションの状態でメグの中に入っている。

 完全なる悪魔憑きだ。


「なんだアレは!」


 メグは既に四足で歩行し、隣にいた老人を踏み付け聖堂の壁に張り付く。


〈殺す! 皆殺しだ! 見よ! 聖域でも衰えない我が力をっ!!〉


 メグは重力を無視して壁のステンドグラスを四つん這いで走り回る。

 誰もが『アレは人じゃなくなった』と認識した瞬間だった。声色も男性。人間の許容範囲外の動きをしている恐怖の存在。こう言っちゃあれだけど……こないだの俺みたい……トホホ。


〈良い! いい身体だ! さて、何をしてくれようか!〉


「メグ! やめなさい!」


 母親が気丈にも叫んだが、声などまるで届いちゃいない。高齢の女衆に見るなと言わんばかりに外に連れ出されていく。


「捕まえろ!」


 村人の男衆は燭台と暖炉側の鉄の棒を持ち、メグに狙いを定めた。


「狙え!! 憑き物だ。人と思うな!」


 また、ある者は聖書を読み上げる。


「男も女も関係なく、霊媒は許されない。ソレは封印すべきものであり、口寄せや霊視も悪魔の力である……」


 場は混乱に陥った。

 ミアだけはそれを観察し、判断を誤らなかった。

 ツカツカと逃げ惑う村人とは逆方向に向かう。


「神父様! お願い! メグには悪魔が憑いてるの!」


 ミアは教壇の下でうずくまる神父に駆け寄った。こんな時に真っ先に隠れてんじゃねぇ〜よっ!


「あたし、ずっとメグに聞いてたのに、無視したの。ずっと否定してたの!

 本当に憑かれてたんだわ。本当に視えてたんだわ!」


 だがミアに放たれた神父の一言は、非情な判断であった。


「ミア、お前は双子だ。憑依した悪魔に、次は必ずお前が狙われる。妹は諦めるんだ。

 すぐに逃げなさい!」


 神父の言う言葉に、ミアは一瞬押し黙る。


「逃げ……る? 妹は……メグはどうなるの?」


 そこへ別の司祭がミアの元へ来て、教壇に隠れた神父の腕を取り、立たせた。


「いくばかりの数ですが、この教会にも文献が。何とか救い出す努力はしましょう。

 ですが、もし上手くいかなかったら……」


「いかなかったら……?」


「救うのです。解放こそ魂の救済になる」


 それは、死ぬ……という事だ。

 駆除でも、殺人でも、解放でも、こいつらがする事は同じ事だ。人を襲う前に倒すってこと。


「そ、そんなことさせない! お願い! 悪魔を祓ってよ!」


「簡単な事ではないんだ! 聖職者の誰もが悪魔を倒せるわけじゃない!」


「そもそも時間がない。諦めなさい!」


「馬鹿なこと言わないでよ! この役立たず!!!」


 ミアと神官たちの大きな声色に、天井にへばりついて居たメグが反応して、黒い眼で走り寄って来た!


「うっうわぁあっ」


「にっ逃げろ!!」


 その場から動いた神官たちは、ミアの目の前で、メグに襲われた。メグは司祭の首の皮を食いちぎり、咀嚼している。その顔はもう陶器の肌の様なあの白い美人ではなかった。


〈くちゃくちゃ……〉


 だが、そばに佇んだミアだけは、メグは襲う様子は無かった。夢中で司祭の身体を引き裂き臓物を食す。


「お嬢様」


「マグヌス……!」


 声をかけてきたのは屋敷の執事だ。こいつ、いつからそこにいたんだ?


「よかった。残ってくれたのね」


「ええ。一旦、メグ様を安全に捕獲致しましょう。このまま家に帰れば、村人に焼かれてしまいます!」


「どうすれば……!」


「神官の言っていた書物と言うものを確認してみましょう。教会の外にメグ様を出すのは危険です」


「教会が安全とは限らないと思うけど」


「いいえ。ここの村人は信仰深い者が大半です。教会に火を放ったりはしないでしょうから、ここが一番安全なはずです」


「わ、わかったわ」


 ミアとマグヌスに取り押さえられたメグは、やはり俺が悪魔憑きにあった時と同じように、壇上にあった布で簀巻きにされた。


「運びましょう」


 マグヌスは神官のポケットをまさぐると、すぐに鍵の束を取り出した。教会の全ての門に鍵をし、メグを担ぎ出す。外が騒がしいが、攻撃を仕掛けてくる気配は無かった。車が走り去る音、子供を集める女性の声。村人は避難が主な対応のようだ。


「地下ってどこなの?」


「分かりません。ミア様。双子の霊力は似ます。感じ取ることは可能でしょうか?」


「はあぁっ!? そんなこと………! あたしはそんな力、無いわよ!」


 言い切ったミアだったが、マグヌスはメグを抱えたままミアを厳しく問い詰めた。


「あなたは認めたくないだけだ。視えるはず」


 ミアは……なんで視えないふりをしていたんだろう。他人ならその方がいいかなって思うけれど、メグと言う理解者がいたのに。


「………教会の裏庭の花壇……その地面に南京錠のついた扉があるわ……覚えてる。でもサイキックは関係ないわ!

 昔、イタズラでこじ開けようとして、私もメグも怒られただけ……」


 こんな時にその場所が一番にビジョン視出来ることこそが透視なんだよ。こじ開けようとしたのは何故だ? ただの倉庫では無く、何か隠し物があると見抜いたからだ。


「行きましょう」


 ************


 地下は手彫りの狭い空間だった。

 積み上がった本の山。魔術具に香辛料の入った小瓶と、違法そうな怪しい乾燥植物。

 その数多くの本の中の一冊だけ、机の上に広げられたままだった。

 マグヌスとミアはとにかく片っ端から文献や記録を読み漁り、地下に篭ってから三日が経っていた。髪はほつれ、ドレスは埃に塗れていた。

 既に人の気配はせずに、出入口の扉には雪が積もったはずだ。地下がバレる事はないだろう。

 だが二人の精神は徐々に疲弊していっているのが、見て分かる程に限界だった。


「どれも駄目。聖書の解釈本とか家の祝福の作法とか……そんなのばかり」


「右の本棚は恐らくそう言った物なのでしょう。こちらは一応、呪術的な物があります」


「使えそうなものある?」


「どれも、まじないや浄化に関する物なのばかりで、自ら悪魔に関わってエクソシズムをするような物はどこにも……。

 本来、悪魔祓いは本部に許可を取り、執行命令された神父数人が行うものですからね」


 ミアとマグヌスは机上の一冊に目を移す。


「ならやっぱり、これが一番手っ取り早いわね。

『悪魔 スルガト』……。ホノリウス三世と契約した悪魔。『鍵を解き放つ者』」


「スルガトはホノリウスの命令で、その特殊な能力を使い、サタンと何度も応戦した悪魔です。 ……その特殊な能力は、悪魔にもダメージを与えることが出来ると言います特殊な攻撃手段です」


 それってつまり………TheENDの事か。


「『契約した悪魔は人間に知恵も力も与えるが、死後の魂は悪魔のものであり、契約から開放されることは出来ない。用意するものは……」


 ミアがここまで読み、ふと顔を上げる。


「生贄……」


 この本のニュアンスだと、山羊や鶏ってニュアンスじゃないな。

 人間の生贄と、契約する術者の寿命も犠牲になるという事。もしかしたら、術者は契約して三日後に事故で死ぬかもしれない。寿命として。そんなの完全に悪魔の気分次第の条件じゃねぇーか。


「駄目だわ。他の方法を考えなきゃ」


 ミアが目を逸らすが、マグヌスは本を手に取りぐったりとして、ドス黒い肌をしたメグに向き直った。


「悪魔にもダメージを与える能力。それさえあれば、メグお嬢様をお助けできます」


「な、何言ってんの? あたし嫌よ! 生贄になるなんて」


 冷たく言い放つミアに、マグヌスが頷く。


「勿論です。私がにえになりましょう」


「な、何勝手に決めてんの! 犯罪になるわよ!」


 ミアはそう言いながらも、マグヌスの持った本を閉じようとも、奪おうともしなかった。


「私が、元々神父崩れだと言う事は話したでしょう?」


「そ、そんなの忘れてた! だってそんなこと父さんが知ったらあなたは屋敷にいられなくなるし……!」


「お優しいミアお嬢様。

 私はメグお嬢様の事もずっと気掛かりでした。こういった宗教とオカルトの世界は、存在するのですよ。出来れば良い理解者になれればよかったのですが。

 彼女は苦しんでいた。だから付け込まれたのです。後悔しかありません」


「ちょっと!! それはあたしに言ってんのっ!? メグの話に耳を貸さなかったからって! 寂しさのあまり悪魔の囁きに誘惑されたとでも言うの?」


 ミアはずっと半信半疑だった世界の話だ。メグが悪魔に憑かれて、全てにおいて後悔の念にかられる。


「いいえ。ミアお嬢様。救うのです。あなたは双子。質は違えど、必ずあなたにもメグお嬢様と同等か、それ以上の可能性があるのです」


 マグヌスは小さなナイフを腕に滑らせると、陶器の皿へ血を落としていく。


「ひぇっ」


 結構な量だ。ミアの顔を青くなる。

 ここまで来たら、方法はもう選択しようがない。

 メグを解放と称して殺すか、自分が悪魔契約をするかだ。


「メグ……ごめん! あたし、今度は信じるから! 助けるから!」


 メグはぐったりしたままだったが、一瞬だけ指先が力無くピクリと反応した。

 ミアは泣いていた。


「もし、メグお嬢様に何かがあったり、ミアお嬢様に危険が及んだらここへ」


 マグヌスが住所を書いた切れ端をミアに渡した。


「私の同期の者です。現役の神父ですが、彼ならあなたを受け入れてくださるでしょう」


「……」


「では、準備を始めましょう。ミアお嬢様は呪文を覚えてください。私は陣を描きます」


 マグヌスは杯や薬草を手にすると、テーブルに本を積み上げ、簡易祭壇を手馴れた様子で作り上げていく。


「マグヌス、聞いても?」


「なんでしょうか?」


「神父を辞めたのは何故……?」


 マグヌスにとって、答えたくなさそうな表情だった。けれどこれから、自らが生贄になる。もう秘密など持つ必要も無い。

 マグヌスは溜め息を一つつくと、なんの悪びれもない様子で言った。


「私が破門された原因は……呪術や魔術への好奇心です。人は本当に神を信じて待つのみで、救われるのでしょうか?」


「そんなの愚問よ」


「言いきれるかい? 君は神の名を宝物のように扱いながら、実際は酒に溺れ、妹は悪魔に憑かれている。

 こんな時に、神は助けてくれないのかと思わないかい?」


「………」


 ミアは答えなかった。


 燭台に刺さる三本の蝋燭だけの地下で、二人はマグヌスから抜いた血で召喚の準備を整え終えた。


「私……俺はね。魔術に関わって死ねるならば本望なんだ。俺の最後に相応しい! 蘇ってまで生きてよかった!

 俺の身体は魔術をかけて何とか生き長らえているんだ。魔法が解ければ、俺は再び骨と皮の老人に戻り、息を引き取るだろう」


 マグヌスの言葉に恐怖も見栄も無かった。

 神の信仰を捨てた男の、最後の生き様だ。こいつは元々、年齢詐称する様な魔術を使ってミアの家に居たんだ。

 でも……何故だ?


「さぁ。ミア。始めよう。メグを救うんだ」


 ミアは書物に視線を落とすと、羅列された呪文を口にした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る