第18話 The BOOK・mia 2

 マグヌスの血で描かれた魔法陣から出てきたのは白いドレスの女性だった。ふてぶてしい態度で机に尻を乗せる。肉付き程よい美しい女性だけど、チラリと見えた足首の肌が一部腐っていた。


〈ふん。お前たち? 私を呼んだのは。でも……〉


 召喚された悪魔は心身ともにボロボロのミアと、徹夜続きでフラフラなマグヌスを一瞥して鼻で笑った。


〈マグヌス……魔術師のマグヌスじゃないか。お前が生贄になるとは……愉快な事だ〉


「あんたのは新しい身体か? そりゃ人間の死人だぞ。似合ってない。気迫ある以前の姿の方が良かった。さては新任だな」


 スルガト歴一年生……とか存在するんだもんな。なんかちょっと真面目に召喚した人間からすると騙された感あるな。最も、力は受け継いでいるんだろうけど。


〈人間風情が。お前だって死んでるじゃないか〉


「俺は蘇生魔術だよ。死んですぐ蘇生したから、死人にカウントされない」


〈屁理屈を……。それで? その薄汚い小娘と契約しろと言うんじゃあるまいな〉


 スルガトは不服そうにミアを見回す。


〈不要だ。こいつは霊力も魔力も弱いし処女でもない、三拍子じゃないか。個人的には不純な女は好きだが、この契約にメリットは無い〉


「お願い」


 ミアがスルガトのスカートの裾を力無く摘む。


「妹の悪魔を祓いたいの」


 スルガトは一旦はスカートを掴んだミアの手を強く叩き落としたが、すぐに興味を示してきた。


〈悪魔? 悪魔祓いに、悪魔の私を呼んだのか? あっはははははははははっ!! それは笑える!! あ〜おかしい奴だな。

 ふ〜ん? アレの事だな?〉


 部屋の端に寄せられたテーブルの上、簀巻きにされたメグをスルガトはどうでもよさげに見つめる。


〈あれは、ただの下位の魔獣か何かだ。アメリカ全土で強い霊媒師を探せば人間だけで足りる程の下等な悪魔だ。あんなものの為に私を呼び出し、この魔術師が私のモノになるなんて! くくっ。いいぞ。契約を飲もう小娘〉


「本当か?」


〈ああ。この娘らには興味が無いが……マグヌス、お前の魔力は惜しいからな〉


「ならば悪魔憑きを解放し、彼女を目的の教会に送り届ける。それまで契約はせん。今言った全てを達成してまでが、俺をにえにする条件だ」


〈教会……?〉


「ここから更に北へ向かう。そこの司祭に彼女を安全に引き渡す。それまでは、地獄には行かん」


〈……まぁ。いいだろう〉


 スルガトは手をメグの方へ翳す。


 ドンッ!!!


 呪文もなしに重厚なドアが出現する。メグはいっそう大きい雄叫びを上げた。


〈嫌だァ!〉


〈畜生っ!スルガトめっ〉


 スルガトはミアの前に来ると、棚にあった錆びたナイフを持つよう促した。


〈さぁ。祓うのはお前だ。ドアから霊体の世界に入り、その世界の中で悪魔を倒して来るんだ。向こうの世界なら、妹に憑いている獣が視えるはずだ〉


 お前がやるんじゃないのかよ!


「と、突然言われても……!」


〈よし! じゃあ諦めろ!〉


 ひでぇ!


「待って!! ……やるわよ!」


 恐る恐るミアはスルガトからナイフを手に取り、ドアを開ける。


「っ……! 寒い……」


 ドアの中はこの部屋によく似た空間。蝋燭の灯りが無く、人の気配の無い世界だ。冷たい空気が充満し、天井の積雪の薄い場所から、赤い月光が射し込んでいる。

 紛れもなく、スルガトのゲートの能力。

 ここはアカツキだ。


 ミアはゆっくりとあゆみを進める。アカツキに全身が入った瞬間、ドアは音もなく姿を消した。


「うぅ……」


 恐怖で歯が鳴る。怖いだろうな。大人になってからこんな経験をするのは。俺は生まれつき出入りできたけれど。


『……ミ……ミア……』


 アカツキにマグヌスやスルガトの姿はなかった。居るのはメグが居たはずの机上に群がる羽根の生えた小型の悪魔たちだった。黒い塊になった群れの、ほんの隙間からメグの霊体が見て取れた。


「なっ……! お前らぁっ!! 」


 それを視た瞬間、ミアは豹変した。


「近付くな! 殺してやる! 殺してやる!! メグに触るなぁっ!!」


 ところ構わずナイフを突き立て、逃げようとする悪魔も左腕で拐うように羽交い締めにし、執拗に刺しまくる。

 逃げ場を失った悪魔が部屋の出入口から逃亡を図るが、逃がすまいとしたミアのナイフが形状を変える。


「一匹も逃がすものか!!」


 錆びたナイフは一度手の中でグニャリと形状を変える。真っ黒な球体になると、とてつもないスピードで大きく膨らみ破裂して部屋全体を覆った。まるでチューインガムの風船が弾けた様に。ミアがもう一度手を引き寄せると、部屋にある椅子や机、書物も含め、逃げようとした悪魔もへばりついて来た。そしてそのまま、全てを飲み込み圧縮する。

 数十匹の悪魔を飲み込んだ大きな球体から、搾り取られたどす黒い血液が音を立てて吹き出し壁やミアを染めた。


「ハァ……ハァ……」


 終わった。

 メグの霊体は床に横たわっている。身体は既に四肢の一部が食われていたが、大丈夫だ。このくらいなら回復するはずだ。少しずつ、爪先から小さな粒子になって身体が消えていく。本体に霊体が戻る瞬間だ。


 ず……ずずっ……ん!


 本来、無いはずのドアが再び出現する。ゆっくりとドアが開き、スルガトが顔を出した。


〈終わったね。出なさい〉


 ミアは呆然としていた。恐怖や怒りではない。初めて悪魔をTheENDした達成感と、霊力の疲労。そして少しのトランス。

 フラりと現実世界へ戻ると、そこには生気を取り戻して行く、健康的なメグの姿があった。


 **********


「早く。母さんが降りて来るわ!」


 荷物は持っていけない。メグが生還し、目撃者として村へ戻る。ミアとマグヌスは『メグの命を救うために自らが肉体を捧げた……』と、マグヌスの使い魔によってそう触れ回らせ、メグ自身も家族や村人にそう口裏を合わせた。

 こっそり屋敷に戻ったミア、マグヌスは荷造りを始めた。


「ミアお嬢様、魔導書を詰めてください。あとは貴重品もそのままで。本当に持っていきたいものを。生きていると勘づかれては困るので」


 マグヌスがミアに指示を出す。


「頃合いを見て、私が火をつけるわ」


 メグが廊下で見張りをしながら、マッチ箱を握りしめる。


「メグ、ごめんなさい」


 ミアはほつれてボサボサになった髪と、埃にまみれた黒いドレスという出で立ちで、必死で魔導書を麻布に詰める。


 ここだ。

 この瞬間だ。

 俺がトーカと初対面の時、店で透視した彼女の過去の姿。


「ミア、また会える?」


「……ええ。時間はかかるけれど、落ち着いたら連絡を取り合おうね」


 メグはマグヌスに向き直ると、少し言いにくそうに問い詰めた。


「私ね。昔……あなたの部屋で動く人形を視たわ。魔術師だったのね」


「あれはメグお嬢様でしたか。お気遣いをありがとうございました。誰かに視られたと気づいた時には、どうしたらいいかと……」


「何故この屋敷に?」


「謝罪の精神でございますね。

 私の作った人形は昔は今ほど知能も高くなく……ブラウン家の遠い親戚の方の大事な時間を、人形が邪魔をしてしまいましてね……。それからここで魔術を学びながら、屋敷に仕えるようになりました。

 あ、あの時はもうダメかと……」


 魔術で造られた人形とか使い魔って、なんかヘンテコリンだもんな。百合子先生の使い魔がいい例だ。


「そりゃ気の毒ね。さぁ。行きましょう」


 ミアはマグヌスの魔導書を詰めただけの麻布を小脇に抱えると、窓へ向かう。


「ミア、それだけ? 写真の一枚でも!」


「写真なんか、無くなったらバレるわよ!」


「じゃあ……」


 メグが襟元のベルベット素材で出来た赤いリボンをミアの髪に括り付ける。


「これだけでも。絶対に連絡ちょうだいね」


「メグ……ほんの少し北に行くだけよ。ダンバースだもの、すぐに会えるわよ」


「………っ……うん」


 マグヌスが屋敷を出るよう促し、窓際のカーテンを捲りミアを通す。


「メグお嬢様。ミアお嬢様は責任を持って私が」


「お願い致します」


 二人は旅立った。

 服も靴も変えることも出来ずに。教会に篭城後、メグの命と引き換えに悪魔になり、地獄へ堕ちた……と。そう言う設定で。


「早く離れましょう」


 しかし、その話を聞いた村人はブラウン一家に不信感を抱き、松明を持って塀の周りを巡回していた。まぁ、取り憑かれた奴がピンピンして帰ってきたんだ。無理もないよな。


「ええ。あとはメグが……屋敷を焼き払ってくれるはず」


 ミアは振り向かず、塀を越え北へと向かった。


 **********


 湖に沿って歩いていくと、最後の村人が道路で見張り番をしていた。


「ミアお嬢様。もし私にその髪をいただけるならば、姿を消す魔術を施しましょう」


 ミアはリボンを手首に巻くと、マグヌスに髪を使うよう承諾した。


 また、流れの緩い川があり、二人は凍てつく冬の空の下、濡れた服に苦戦する。


「ミアお嬢様、もし私にそのドレスをいただけるなら、私の皮で暖をとることができます」


 ミアはドレスを脱ぎ捨て手渡すと、マグヌスはドレスを銀のメスに変えた。そして、ゆっくりと自分の皮を剥いで行く。さながら脱皮の要領で、三十代程の見た目に思われたマグヌスの真の姿が現れる。骨と皮のヨボヨボな老人で、しゃがれた声にしわの多い顔をしていた。


「……うん。暖かくなったわ。ありがとう」


 いまいちミアの顔色が優れないのは、まぁ……その皮の見た目と感触だろうな。だってゼリー状にぶるぶるしてて、体臭も残っている。正直キモイ。でもミアも文句は言えないだろう。

 二人はマサチューセッツ州を北へ北へと進んでいく。


「あの丘の上の明かりがお見えになられますか?」


 最後に姿を現したのは、教会まで続く森の抜け道。雪が降り続ける白銀の激坂だった。


「ええ。み、見える、わ」


 魔術の使えないミアにとっては、もう身体は限界だった。村から出て一晩、この冬空を半裸で移動したのだ。

 マグヌスの脱いだ皮は確かに暖かかったはずだけど、脱いでからしばらくすると徐々に温度が下がっていった様だった。

 身体は魔術により透明になったままで、体温を上げるために擦り合わせることも出来ない。

 冷たいブリザードが坂の上から、身体の中心をすり抜けていく感覚に、ミアは気味が悪いと言う。


 正直、俺はもうこのマグヌスって魔術師が怪しく思えてしょうがない。

 教会に着いたところでミアが視えない存在だったら………? このまま彷徨っちまうんじゃないのか?


「あぁ、そんな……っ」


 ミアが激坂に一歩、足を踏み入れる。その身体の重みで、腰まで雪に埋もれてしまった。


「くっ……! うっぅ……!!」


 何とか身動みじろぎをするが、どんどん埋まっていくだけ。遂には地面に足が付くが、とても歩けるような深さじゃなかった。


「マグヌス、他に魔術はないの?」


 マグヌスは渋い顔をすると「ありません」と答えた。


「嘘ね!」


「ですが、危険な賭けで御座いますゆえ……」


 マグヌスは本当に迷っているようだった。雪に埋まったミアを見て、自身も想定外のようだった。

 つまり、あの教会にいる奴が、気を利かせて雪掻きでもしときゃ良かったんだな、うん。


「迷ってるうちに凍死するわ! あの教会まで行く約束じゃない」


「ええ。そうです。だからこそ、必要な戦いなのです」


「え?」


 雪に下半身が埋まったまま、ミアは困惑した顔で振り返る。


「ミアお嬢様。ミアお嬢様の今までの御歳を私にくださいませぬか?」


 なんだ……? 何をする気なんだ……?


「あたしはどうなるのっ!?」


「一度、子供の見た目に戻るのです。そうすれば、この積雪量でも身体が沈まず歩けるでしょう。

 出来れば、私からなるべく離れてて頂きたい」


「マグヌスは? あなたが居なけりゃこんな寒い中、子供の身体で坂を登れないわよ!」


「はい。ですが、スルガトは本当にあなたと契約するとは思えません。どうにか魔術でめくらましをして辿り着く算段でしたが、この大雪では……」


 マグヌスがそこまで言った時、粉雪を巻き上げながら、白いドレスの女が現れた。


〈あっはははははははははっ! そうだ! 私のゲートの能力があれば歩かなくて済むんだけどなぁ! でも、まだ契約は完了してないから言うことを聞いてやる気は無い!〉


 スルガトはふんぞり返って高笑いをする。


〈さぁさぁ! 教会まで早く行くがいい! 早く契約しようじゃないかぁ〜〉


「くっ……!」


 ミアが何度もがいても、遂には進むことも、抜ける事も出来なくなってしまった。


「ミアお嬢様。どうか私を信じてくださいませぬか」


「あーもー。分かったわよ!」


 ミアはこの時、よく考えて承諾するべきだったんだ 。


「一旦、子供になればいいのね!? やって頂戴!」


 途端、ミアの身体はどんどん小さくなり、やっと立って歩けるかどうか程の幼児にまで幼くなってしまった。


「え……こ、こんなにっ……!?」


 一方、マグヌスは真剣な面持ちで穴の中から急いでミアを引っ張り出すと、教会へ向かって歩くよう雪上へとそっと降ろす。


「早くお逃げ下さい」


「マグヌス、あなたはっ!?」


「私にはこれがありますゆえ」


 麻布から魔導書を取り出した。

 途端、スルガトの表情が一瞬にして豹変し激昂する。


〈この老いぼれ魔術師め。私を倒そうと言うのか! 愚かな人間だ!!〉


「人間の魔術も中々のもので御座いますよ。

 新人のスルガトめ。前任者のスルガトはこんな安い契約にのるような者では無かったぞ!」


〈助けると言っているのに、何が不満だ! 悪魔祓いをしてやったではないか!〉


「祓ったのはミアだ。お前はアカツキに繋いだだけだ」


 まぁ。よく分かんねぇけど。爺ちゃん、スルガト倒して自分がスルガトになるってわけだな。

 そういやよく見りゃ、マグヌスの老人の姿はトーカの契約者の爺さんだ。ここまで来て、やっと気付いたぜ。

 ここでマグヌスはミアの寿命を魔力の原動力にして、スルガトの地位を確立したのか。老後安泰だな。

 トーカがスルガトとズブズブな訳だぜ。敵じゃなく味方に近いんだから。


 だけど、トーカ……その幼児の身体は相当大きな代償だったな。


「ハァハァ……」


 いくら歩いても、この雪深い激坂を登るのは容易ではなかった。冷たいパウダースノーを掻き分け、泳ぐ様に進む。小さな手はすぐに感覚が無くなった。


 坂の下ではマグヌスがスルガトの出したゲートの中へ消えていった。おそらくアカツキかクロツキに飛んだはずだ。

 戻ってくるのはどちらか一人……俺は未来からこれを視てるから、勝つのはマグヌスのはずだ。分かっているけどドキドキする。

 ミアの方が限界そうだ。

 既にマグヌスの魔法の皮も脱げ、ほぼ全裸で寒空の下、坂の上まで辿り着けるはずもなく……。


「誰か………助けて……! マグヌス、どこに行ったの……! 誰か!」


 更に雪は綿のように大きな結晶で降り続ける。ミアは力尽き、歩くことを諦めてしまった。身体が雪で消えていく。


 俺は、この瞬間を視ているしか出来ない。


 ほとんどミアの身体は埋まり、周囲の白い世界の一部へと同化して行った。

 助けはまだなのか?

 その時、丘の上の教会で灯りが増えるのが分かった。松明の灯りとは違う、蒼い光だ。猛スピードで近付いてくる。

 それは雪上を滑るように降下し、ミアの存在の痕跡を見つけた。

 その蒼い光りは狼の姿をしていた。魔力を感じる。獣や魔物じゃなく、人間の匂いだ。変身魔法か? 雪の上をふんふんと匂いを嗅ぎ、ある一箇所を掘り起こす。

 ミアが最後に握っていたメグのリボンだ。ほんの少しだけ、雪からリボンの端が出ていた。

 蒼い狼はミアを甘噛みで引っ張り出すと、うまい具合に背に乗せ、教会へ戻って行った。


 **********


「ご苦労さま」


 う〜ん。分かってはいたけど。なんか腹立つなセル! お前、まじでポンコツめ!

 狼はミアを降ろすと、人型に戻る。そこで俺は狼だった男を見て愕然とした。

 その男は褐色の肌に金色の髪。人懐こそうな顔は相変わらずで、年齢は十代後半ってところだ。


 俺が夢の世界で会う時より大人の……ガンドだ。

 セルの側にはセイズもいた。彼女は閉じていた瞳をゆっくりと開ける。


「坂下でマグヌスとスルガトが戦っているのが視えたわ」


 この二人、同業者だったのかよ!


「司祭、俺が手を貸しましょうか?」


「いや、彼も魔術師だ。見守ろう。この子供の安全を確保する方が先だ。

 もし、マグヌス氏が悪意のあるスルガトへと変貌したら、俺がRESETをかける」


「分かりました」


 セイズは持ってきた毛布でミアを包むと、暖炉の前へ連れていく。


「この子、意識は次元が違う。中身は大人のままだわ」


「へぇ〜。あのマグヌスってやつ、かなり使えるんだ」


 ガンドは面白いものを見るようにミアの顔を覗く。


 二人も……元々大人だったんだ。

 コキュートスで凍結していたのも、俺が出会ったのも子供の姿だ。どうなってるんだ。

 BOOK・miaに、それも書かれているのか……?


 ミアはセイズに抱っこされ、ベットへと運ばれた。体温が戻ってきた頃、ようやくミアの意識が戻り口を開いた。


「……助けて……あたし、逃げてきたの……」


 ベッドの中でセイズが微笑む。


「知ってるよ。心配しないで」


「あなたは誰?」


「私はここのシスター見習いよ。でも、本当は魔女なの。ふふ、内緒ね」


 微笑むセイズとは対称的に、ミアは不安そうにするままだった。部屋の蝋燭の明かりに手を突き出し、その小さくなった自分の指を見つめる。


「マグヌスはどうなったの?」


「彼は有名な魔術師よ。年齢は詐称してたみたいだけれど、貴女を護ったわ。今、戦ってる」


「勝てるものなの?」


「勿論よ。ガンド……私の兄も魔術師よ。『フィンの一撃』が使える唯一の退魔師なの」


「フィン……?」


「そう。指を指すだけで霊気が具現化して相手を倒す……悪魔をも消滅させる特殊な能力よ」


 それって……つまり……!


「ま、ガンドに狙われたらTheENDってわけ」


 そういう……ことかよ。じゃあ、俺の焔も魔術師の中では『フィンの一撃』ってやつなのか!?


 セイズがミアを引き寄せ、肩まで布団を掛け直す。


「昼までゆっくりと眠るの。今のあなたは身体が子供だから、疲労は良くないわ。……そうね明日起きたら、暖かいお風呂に入って髪を整えるの。それから、あなたの洋服を倉庫から見繕って……一番キュートなドレスをね。司祭のセルは料理が出来るのよ。パンとスープを飲んで、マグヌス氏がスルガトになったら、みんなでお祝いをしましょう!」


 ミアはもう寝息を立てていた。


 セイズはしばらくそのまま様子を見た後、そっとベッドを離れる。


 蝋燭の火を一本増やすと、それを燭台に刺して朝日が昇る直前の薄暗い階段を降りて聖堂へ向かう。


「………ミアお嬢様は………! 無事かっ………!」


 マグヌスだ。

 酷い出血量だ。セルが慌ただしく何やら道具を手に傷の手当をしている。

 だが、こっちへ戻って来れたということは……?


「スルガトは?」とは誰も聞かない。

 治療のために脱がされた老体の背に、大きな悪魔の印が浮かび上がっている。それはメグが憑き物に合ったときのスタンプでは無く、自己を誇示するための紋章だ。


 人間の魔術師、マグヌスはもう居ない。

 悪魔 スルガトの代替わりの歴史の瞬間だった。


「あの子は無事。だけど……あんた」


 セルが冷たい目で治療をしながらスルガトを見据え話した。


「随分と色々、代償魔術を使ったな? 予定では大人の女性と聞いていたけど?」


「子供じゃ不満かね?」


「はぐらかすな。取らずにいいものまで取ったな?」


 セルの問い詰めに、スルガトはため息を付き首を横に振る。


「いいや、必要だった。前任のあのスルガトと契約してしまったら、それこそあの子の命はなかった。坂の下で俺と殺されてた。

 俺が全盛期の魔力さえ手に入れれば、勝てる算段だったが……」


 言えよ。雪掻きくらいしておけって。なんで皆、セルを甘やかすかねぇ? ここに百合子先生がいたらハッ飛ばされてるぜ。


「ならこれで終わりか? 契約せずに去るのか?」


「それも出来ん。あの子の寿命は、言わば借金さ。ちゃんと元に戻る魔術だ」


「どうすれば戻るのです?」


「恐怖だ。悪魔になった俺に『恐怖値』を与える事で元に戻る」


「また厄介な……!」


「仕方がなかろう。この魔術は呪いの一種だ。

 だが信じてくれ。ミアを助けるためだったし、これからもミアを護るために契約をするのだ。契約書はお前に渡しても構わん覚悟だ」


 スルガトの言うことはわかったが、セイズは納得しきれない様子で唸る。


「ふーむ。せめてあと少し大人ならなぁ。私の年齢の二年を彼女に分け与えたいわ」


 セイズの申し出にガンドが眉を吊り上げる。


「なんでだよ! 二年もいらないだろ!? 元に戻るんだからいいじゃないか!」


「でも、今わずか二歳程だわ。せめてもう少し大きければ、私達もお世話の面でも楽になるわよ。身体は子供なんだから、食べ物やおしめも必要かもしれないじゃない」


 まぁ、確かに。


「実際、今から年齢を上乗せすることは出来るのか?」


 セルの問いにスルガトは少し焦りを見せた。


「出来ますが、せいぜいあと三時間以内に決めて頂かないと……ミアお嬢様のお体が定着してしまいます。それをすぎたら『恐怖値』以外の返済方法は無い術ですので……」


 ガンドの今の見た目から一年引いたとしても、まだ合わない。この他にセイズとガンドは寿命に関するトラブルを受けるはずだ。


「う〜〜〜〜っ。おしめ洗うのは嫌だァ〜」


 ガンドは頭を抱える。


「情けないわね」


 まぁ、赤ん坊の世話って大変だもんな。けど、中身が大人なら、何とかなる気がするけど。


「分かった。じゃあ、俺も一年出すから、セイズも一年だ!」


 ガンド……居酒屋の割り勘みたいに言ったな。


 セルはスルガト爺さんの手当をしながら、微笑ましくセイズとガンドを見ていた。


 俺は。

 セルが五年、ミアに上げればいいのにって……思った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る