第27話 終結

 トーカは真弓さんの魂奪還に成功していた。俺が悪神 ジェーを討伐したことで、善神から加護があったというのだ。真弓さんの魂はゾロアスター教の善神によって無傷で連れ戻すことが出来た。


 俺とセルは猫屋敷に戻り、百合子先生を解放する。半狂乱になっていたらどうしようかと思ってたけど、百合子先生はリリスを上手く説得してくれていた。

 リリスには天界に行っても決して罰しないと約束をし、セルはリリスの額に指を添えて静かに唱えた。


 「RESET」


 光の帯が幾重にも現れ、俺の目の前でリリスは消えた。その最後の瞬間の黒い目玉は、癒しに満ち溢れた眼差しだった。今でも鮮明に覚えてる。

 これで天の国へと迎えられたらしい。


 店に戻って、セルは百合子先生へ約束通りの数の小瓶を渡した。


 「うむ。確かに受け取った」


 「あと、この一本を蓮司さんに。ユーマが世話になった」


 「そ、そーゆーのはだな。じ、自分で渡してくれ」


 蓮司氏は見た目の厳つさより、ずっと柔軟な爺さんに見えたな。あの人が立ち会ってなかったら、セルと土壇場で揉めるところだった。


 「俺から渡したいくらいなんすけど、住まいは公表してないってセルから聞いて……」


 「……まぁ、仕方あるまい。今回だけだ!」


 「あざっす!」


 ***********


 真弓さんのご遺体は病院を通し、通常の手順を踏んで葬儀が行われることになった。旺聖学園の権力なのか、不審死とされることも無くだ。おそらく、そう言う場所にも内通者がいるんだと思う。オカルトに関わる連中の存在を感じる。

 葬儀には大福が代表して参列するらしく、事情を知っている平井 宏さんや中沢家の親族に挨拶をした。


 あとは二人が上に上がる前にアカツキへ行って、別れを告げるだけ。別れ、と言うか結婚祝いだな。

 式なんて上等なことはしてやれないけれど、つぐみんの絵が出来次第、それは行われるらしい。


 一週間部屋に籠城したつぐみんが、フラフラと店へ姿を現す。


 「出来たわ。いつでも大丈夫」


 「なにか食べた方がいいよぉ」


 大福はキッチンから、絵の具だらけのつぐみんの手におしぼりを持たせる。

 椅子の上に立て掛けられた、縦六十センチ程の額縁。

 描かれているのは勿論、ドレス姿の中沢夫婦だ。


 「うわぁ〜細けぇ〜!! これ絵!? 写真みたい」


 「絵画調でもいいけれど、今回は写真で顔も確認していたしリアルにしたかったの。せっかくだから明るく華やかにしたわ」


 「で……………? これが冥界婚なのか?」


 「いいえ。二人はもう結婚してるでしょ?」


 あ、そうか。じゃあなんで絵が必要なんだ?


 「それに成人や既婚者の絵馬は書かないわ。今回は特別ね。記念写真みたいなものよ。式場で当日の撮影予定だったから、残ってないらしいの」


 「そっか………」


 これは遺影じゃない………二人が式を行ったって言う証。二人はそうであった、と言う気持ち。俺たちが持つ認識。二人に捧げる、供養。


 「では、行きますわよ。通夜の前には終わらせませんと」


 「探すようになっちゃうもんね」


 みかんは本当に毎日、店に来てた。つぐみんへの差し入れやら、ただ飯やら。


 トーカは俺たちをエレベーターへと乗せる。


 ポーン♪


 「え!?」


 扉が開いたそこは、このBLACK MOONの教会のアカツキの世界だった。トーカが繋げたのか。


 教会の中にいた二人の霊が頭を下げる。

 中沢さん夫婦だ。


 「あ、どうも」


 トーカが微笑み手をかざすと、つぐみんの描いた絵の通りの衣装を二人が纏った。エクトプラズムで召喚したものだ。


 みかんがオルガンに座り、セルは教会の中心で聖書を開いて立っていた。中沢夫婦も続く。


 月が……………満ちる。

 壁に張り付けたステンドグラス風の壁紙シールが、アカツキの世界だと月明かりが入る。紅い不気味なアカツキの光も、ステンドグラスを通すと幻想的な空間に変わる。並べられたキャンドルに、俺はライターで火を灯していった。


 「良き時も悪き時も、富める時も貧しき時も、病める時も健やかなる時も。共に歩み、他の者に依らず、死が二人を分かつまで………」


 両親も親族もいない。

 肉体もない。

 参列者は全員エクソシストって言うヘンテコな状況と、無茶苦茶怪しい異空間で行われる挙式。


 それでも中沢さん夫婦は始終笑顔だった。


 真弓さんを連れ戻せて良かった。中沢さんを森から救い出せて良かった。

 月の翳りが早い。それでも別れを惜しんではいけない。

 新月になったら正しい迎えの使徒が来る。

 彼らは中沢家に従い、仏教徒として輪廻転生の道を歩むことになるのだ。

 祝おう。


 〈皆さん、本当にありがとうございました〉


 「こんなことくらいしか出来ませんが………」


 〈母を……止めて下さりありがとうございました〉


 「お幸せにねぇ〜。次の生でもお二人に良縁が有りますようにぃ〜」


 キャンドルの火がゆらりと動く。


 新月になる時だ。


 「おめでとう」


 トーカはエレベーターに佇んだまま二人に微笑む。


 〈ありがとう、トーカちゃん〉


 二人はゆっくりと非常階段に続くドアへ向かった。


 ギィィッ!


 錆び付いた防火扉の音が教会に響く。

 先は神聖な光に満ち溢れ、導くように二人を照らす。

 中沢さんはそばにあった燭台を持つと、真弓さんを引き寄せ、行くべき場所へと歩いて行った。


 しばらくの間、全員が余韻に浸っていたけど、みかんがオルガンの椅子から降りたところでふと我に返った。


 「終わったねー」


 こいつ、やっぱりオルガンの演奏は普通に上手かったな。


 「なんかお腹減ったねぇ。ユーマぁ? 結局ずんだはいつ食べるんだい?」


 「え? 俺は牛タンって言ったよな?」


 「その話題はしばらくお預けですわよ! また喧嘩になるんだから」


 全員エレベーターに乗り込む。最後に来た大福が少し躊躇ってから乗り込んだのを全員が見て、目をそらす。


 ポーン♪


 「さぁ、ご飯にしようかぁ!」


 大福がキッチンに入り、用意していた料理を配膳する。


 「あぁ、手伝うわ」


 「つぐみん寝てなよ〜。わたしが二人分食べ……働くからさ!」


 まずヨダレを拭いてくれ。


 「うかうか寝ていられないわ」


 「信用が………出来ない感が溢れていますわ」


 現実世界での食事。皆、大人しく楽しんだ。

 供養のための食事だ。


 仙台到着直後から始まった騒動。

 あれから十日。俺の初仕事は無事、終わったのだった。

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