第26話 エクソシストのプライド

 つぐみんを見送ってから、セルはワゴンからバケツと板を取り出した。

 トーカはあの後すぐに窓からクロツキヘ飛び込んで行った。


 「バケツ? なんに使うんだ?」


 「炙り出すのさ」


 プラスチック製のバケツで、何を炙るというのか? 俺は助手席に乗り、シートベルトをしながら渡されたバケツを抱える。

 トーカは大丈夫なのか……?


 「なぁ。トーカの戦いを見たんだけど」


 「面白いだろ?」


 「あれって、俺も出来るよな?」


 セルは車道へ車を滑らせると、再び高速道路方面へ向かった。


 「出来るとは思う。でも、トーカは一回の戦いで何種類も使うだろ?

 それだけのエクトプラズムの量を、お前が出せるかは分からない。トーカは魔女である上にアイテムも使ってる」


 「出す量を増やす練習って出来ないのか?」


 「そうだな。出来る!出来る!」


 「………?」


 え、なんで突然返事が雑になったんだよ。


 「概念的な世界だからな。出来る!と、まず思わなきゃ」


 「え〜? そんな精神論見たいなのじゃなくてさ。練習からしたいんだよ。ぶっつけ本番じゃ怖ぇし。いい方法ないかなぁ。

 トーカは近接武器も遠距離武器も、特にこだわりないんだな」


 「あいつに武器を教えこんだのはつぐみんさ。

 日本はアニメが盛んだし、いちいち武器も演出もかっこいいよな〜。お前の装飾銃だってそうじゃないか?

 アメリカ人なら自分の好きな、既製品の銃を召喚すると思うぜ?」


 日本は銃規制があるしな。本物を使うって考えが無かったかな。焔を出したのは子供の頃だし。銃の銘柄でさえ、曖昧に映画の知識で知ってるだけだ。


 「日本に来た頃、トーカはゲームの攻略本を好んで読んでた記憶がある。

 どんなにフィクションな構造でも、TheENDの使うエクトプラズムなら出来る」


 攻略本の武器一覧とか、そう言えば載ってるな。


 それより、問題は一度の戦闘に出せる量って訳だな。少し自分で模索してみるか。


 「さ、ここでいいか」


 セルは高速道路に乗る、ずっと手前で車を停めた。まだ十分も走ってないんだけど……?


 降りるよう促され、俺はバケツ片手に車の側へ立つ。何も無い田んぼのど真ん中だ。用水路の水音が心地いい。辺りはまだ暗く、虫や蛙の合唱会の真っ只中だ。


 「はい、脱げ脱げ!」


 「おわっ!? 何っ!? なんで?」


 突然パーカーとデニムを剥ぎ取られる。


 「バケツに半分でいい。蛙を集めて採ってこい」


 か………蛙…?


 「ゾロアスター教徒の弱点さ。

 さぁ、蛙!」


 この暗い田舎ん中で!? 手探りで蛙持って来いって………!?


 「ウッソだろお前! お前はっ!?」


 「俺はこの辺りをタモで掬うよ。それに農家さんに見つかったら、稲泥棒と間違われるかもしれないだろ?

 ちゃんと責任もって見張っててやるからさ」


 「くっ」


 まずは一匹だ。


 捕獲した蛙を、このポンコツの顔面に投げつけてやる!


 *************


 「生臭ぇ………」


 バケツに八割ほど。一時間以上ぬかるみを歩き回った。


 「都会っ子だな。蛙くらいすぐ集めろよ」


 無茶言うなよ。


 「あ〜、顔に付いた臭いが取れない!」


 ざまあみろ!


 聖水のポリタンク一本は、こっちのトランクに詰んできた。片方は山吹先生のところだ。

 顔面にトノサマガエルをくらったセルは、若干ローテンションだ。タオルをタンクの水で浸して顔を拭う。

 俺も足や腕を流すのに使ったけど。流したはずなのに、な〜んか臭い。


 「さぁ行くぜ」


 「はぁ………分かってるよ」


 車に乗り込み、再びバケツを抱え、板を乗せて蛙の脱獄を防ぐ。


 みょこみょこ……ガタガタ……!

 みょこみょこ! ガタタ……!


 「……こんな量の蛙。誰だって嫌だと思うぜ?」


 「はは。確かにな」


 高速道路に乗り、再び南下する。


 「真弓さん、気の毒だな。

 中沢さんもだけど、なんて言うか……母親に狙われていたなんてさ」


 「結婚するとなって急に焦ったのかもな。籍は入れた後だから、自分の手元から離れて行って……。

 でも、そのおかげでやりやすくなる」


 「何を?」


 「中沢夫妻の結婚式さ。指輪も中沢家から預かってる。

 真弓さんは平井家の人間では無くなっている。結婚による縁の結びつきってのは、まさに呪術的なのさ」


 「よくわかんないけど、つぐみんって絵馬を描くだけだろ? 指輪って必要なのか?」


 「『冥界婚』自体はかなりの種類や手法があるんだ。

 別に大福に拝んでもらうだけでもいいんだけどな。まぁ、最後の気遣いだよ」


 それだけじゃ済まねぇよ。

 だって死んだんだぞ?

 狂った継母と、見たこともねぇ化け物に憑かれてさ。

 やりきれねぇ。


 「平井 順子はゾロアスター教の地獄に堕ちるのか?」


 「普通はそうなるだろうけど、しない。

 俺がさせない。

 最も望まない場所に連れていくだけだ」


 望まない場所………?


 「あれ? 降りるの、今のインターじゃねぇの?」


 「魔女は逃げた夫を始末しようとするはずだ」


 なら旺聖高校方面に行けばいいのか?


 「大丈夫なのか? 先に平井 順子が到着してたら…………」


 「ふっ……。ないさ。あの教区は俺の認めた連中の集まりだ。

 次のパーキングエリアで着替える。その後は運転頼むな」


 「俺、ペーパードライバーなんだけど?」


 「奇遇だな。俺もペーパードクターだ。仲良くしようぜ!」


 いちいち。

 喋る度に。

 イラッとするな。


 パーキングエリアに入り、蛙のバケツを足元に置いて運転席へ移る。

 セルは何やらトランクケースのひとつを開けると、車内で着替え始める。


 「気持ちわりぃなぁ。トイレとかでやってこいよ! 外から丸見えだろ!」


 通りかかったトラックの運転手が、半裸の男が後部座席で服を脱いでるのを見かけて、ギョっとして足早に離れて行く。


 「穢れた場所で着れるもんか。正装だ」


 セルが着替えたのは緋色のケープのような服だ。


 「え、それ正装なのか!? 神父って黒いイメージしかないんだけど?」


 「キャソックな。あれは普段着さ」


 お前いつもその普段着すら、冒涜的に着崩してるよな?


 「にしても朱色はねぇーわ。

 あ、ローマ法王がテレビに出る時みたいな、純白の奴は? なにか決まりでもあるのか?」


 「くくっ。あるよ、一応な。これでもいい身分なんだぜ? これを着れるのは」


 うさんくせぇ〜。


 「で? どの辺まで行きゃいいんだ?」


 「福島県の県境まで行ってくれ。あと、近くなったらまた声かける……から………。

 ……………?」


 セルの声が一瞬、弱まって消えるような声色に変わった。


 「ん? どうかした?」


 「お前さ。バケツの蓋の上に重石か何か、したんだろうな?」


 あ!!!


 運転席に移る時に、足元に置いただけだった!


 「あ、あぁ〜。ほら。

 スニーカーやるから、これ乗せとけよ」


 「馬鹿野郎、もう遅いよ!」


 ゲコッ!!


 スピードメーターの電飾に一匹いる。


 「うわっ! 足元!! 足元全部!!

 おい! 早く到着しろ!」


 「無理言うな! うっせーな! 事故んだろ!

 仕方ねぇだろ。なんでバケツなんだよ。プラケースにしろ今度から!」


 セルは運転席に入り込まないよう、手掴みでポイポイ戻すが、蓋が空く度別の蛙が出ていく。


 「だぁあああああっ! キリがない!」


 「蛙も必死なんだよ。祈ってやれよ」


 「うるせぇ!」


 むに!


 「おい、アクセルに一匹いる! 採れ早く!」


 「狭い! 無理だ!」


 ***********


 到着したのは、旺聖大学のキャンパス。ほぼ福島県と隣合わせのような場所で、周りは山に囲まれている。


 「大学でミッション系って、あるんだな」


 「関東にだってあるだろ?

 みんながみんなキリスト教徒じゃないよ。生徒の半分以上仏教徒だ」


 まぁ、そうだろうな。

 二人で一度車から降り、助手席の蛙を集める。なんか採ってきたときより少し少ないんだけど………?


 そこへ一人の若い男が近付いてきた。さっき話した、キャソックってやつ? 黒い服にローマンカラーを通した、いかにも神父って感じの奴。


 「お久しぶりです、ローレック枢機卿すうききょう


 「ああ。久しぶり。枢機卿はやめてくれ。『元』だよ」


 「はい。ローレック元枢機卿」


 セルは意外と顔に出るよな。

 「駄目だこりゃー」って書いてあんぞ。


 「準備してきた。

 ターゲットと保護対象は?」


 「平井 宏様は大学院の方へ。あそこには悪魔避けもありますし、才堂司祭もいらっしゃいます。


 平井 順子は捕獲済みです。ここの地下の牢に。

 ガブリエル司教と共に山吹 蓮司氏がお見えになっております」


 山吹………?

 そうそういるような苗字じゃねぇし、この学校と繋がりがあるのだから………そいつは……?


 「山吹って……百合子先生の血縁か?」


 「失礼。ローレック元枢機卿、この方は?」


 若神父が俺を睨む。やな奴。

 セルは営業スマイルのまま俺を見て、一瞬だけ面白そうな顔をすると神父に言った。


 「こいつは俺の右腕さ。現役の専門家でね。こいつ無しでは、もう俺もまともに仕事にならなくてね!」


 はぁああぁっ!? ただの助手だろ?

 変な言い方すんな……!


 「そ、そうでしたか! お若いのに素晴らしい!

 さぁどうぞこちらへ」


 あっさり通される。何だよこいつの変わり身。

 だが俺が悪態をつくより早く、セルが舌打ちする方が先だった。


 「部外者なんか連れてくるかよ、ボンクラめ。あーゆーのは育たないんだ。信仰だけあっても駄目なんだよ」


 お前もお前でそこまで言うなよ! 可哀想だろ!


 「ま、まぁ。だから修行中なんだろ? 司教だか司祭だかの元で。

 車の鍵頼む。俺、バケツ持つわ」


 二人で若神父の後を追う。


 「山吹 蓮司は百合子さんの祖父だ。人間と共存共栄の示唆をし、こんな時に力を貸している。

 そして山吹 百合子の唯一の弱点が祖父だ」


 「弱点?」


 「とにかく厳しい人なんだ。お前も迂闊にチャラチャラ口を出すなよ?」


 あの百合子先生が恐れる爺さんって………ヴァンパイアの元締めみたいなことだろ?

 何それ怖ァ。


 キャンパス内の倉庫に通される。入ってすぐ、何もない床に、ポカンと地下に繋がる階段が口を開けていた。

 霊気を感じる。BLACK MOONの結界と同じ物だ。

 この地下室は普通の人間には見えない。


 「失礼します。ローレック元枢機卿が到着されました」


 階段を降ると、二人の初老の男。

 一人は白い法衣の老神父。

 もう一人は……真っ黒なスーツに白いシャツ。強面で気の強そうな感じは………この人が山吹 蓮司か。なんて言うか『気』が、百合子先生にそっくりだ。


 「ローレック神父、こりゃ久しぶりに大きな仕事だねぇ」


 「ええ。今回は絡まった糸を解くのが大変でしたね」


 老神父と挨拶を交わす。


 「彼は?」


 神父が暖かい笑みで俺に目を向ける。


 「ユ、ユーマです。よろしくお願いいたします」


 「ほう………噂のTheENDの能力者ふたりめか?」


 低く太い声が飛んでくる。

 蓮司氏が俺を値踏みするように見回してくる。なんだか、視線がゾクッとしてどこを見られてるか手に取って分かるようだ。


 「そう怖がらんでいい。

 今回もTheENDを使うのか?」


 問われたセルが否定する。


 「いいえ。今回は俺がケリを付けますよ。

 早い方がいいでしょうから」


 セルは懐からウィスキーボトルを取り出し、檻の中へ入る。

 鉄格子は一部だけで、あとは四方の殆どが鉄の板だ。窓の格子だけが十字架を象ったデザインになっているが、もし昼になったら………十字架の形に写し出された陽の光を浴びることになるだろう。


 その調度、危険な場所に置かれた椅子に、平井 順子………いや、中村 真弓の身体は縛り付けられていた。

 床には何か囲むように濡れた痕跡。

 聖水か……?


 「剥離作業は?」


 セルがウィスキーボトルの聖水を中沢 真弓の身体にかけると、様子を伺う。

 気を失ってるようだ。ピクリとも動かない。


 「気をつけろよ。寝てるフリして、起きてる。噛みつかれるなよ」


 「悪魔祓いしました?」


 老神父が気まずそうに答える。


 「ええ。許可通りに。

 だが効果がないのだよ。うんともすんとも言わん。一体何が憑いているのだ?」


 「魔女です。悪質なものですが、悪魔ではありませんからね。通常の悪魔祓いでは無理でしょう」


 セルは檻から出ると、バケツを俺から受け取る。


 「どうするんだ?」


 「………見る?」


 手に握られたメスを見て、目眩がした。

 くぅ〜。俺の蛙ちゃんたち……!


 チャポ……。


 バケツ半分居た蛙も、抜き取られたらたったそんなもんか。

 再び格子の中に入ると、セルは手に付いた蛙の血で、中沢 真弓の額に十字を切る。しばらく反応は無かったが、セルの袖から生き残った運のいい一匹の蛙が魔女の顔に張り付いた。


 ゲコッ!


 〈きぃゃぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!〉


 「おはようございます、魔女のお婆さん。

 今日はその身体を返して頂きますよ?」


 〈うるさい! それを檻から出せ!〉


 ゲコッ、ゲコッ!


 蛙はマイペースに壁へとよじ登る。


 「たかが蛙ですよ。

 ユーマ、トランクケースから皿を取ってくれ」


 「あ、おう」


 皿ってより小さな乳鉢みたいな白い椀だ。


 セルはそれを受け取ると、血と聖水を混ぜる。分離してしまわないように、指でヌラヌラと動かしながら椅子のそばにしゃがみこみ、そのまま凄い勢いで魔法陣を描ききった。


 〈ああああああああっ!!

 地獄へ堕としてやる! 堕としてやるっ!!〉


 「地獄なら何度も行ってるよ。

 どうだ、蛙の血は効くだろう?」


 〈神父になど出来るものか! 私は出ていかない!〉


 「分かっとらんな。

 おい、お前」


 先程の若神父が蓮司氏に呼ばれた。


 「外に出ていろ。

 お前もだ、BLACK MOONの新入り」


 「え?」


 「ああ。彼は構いません」


 セルの一存で、俺は残された。若神父は老神父に付き添われ何とか宥められて地下を出ていった。


 魔女はセルを睨みつけたまま黙っている。

 魔法陣が相当効いてるようだけど。

 来るか?!

 そろそろ出るのか!?

 黒いゲロ!!


 セルは椅子を魔女の前に持ってくると、乱暴に座り込む。


 「老いは怖いよな。魔力がどんどん衰える。誰だって身体も交換したくなるさ。でも、本当にやる奴は、イカれてるな」


 魔女を冷たくあしらうセルの言葉に、蓮司氏は鼻で笑う。


 「全くだな。気持ちは分からんでもないな。

 だが、今回ばかりは相手が悪かったな魔女め」


 〈ふーっ、ふーっ〉


 魔女、平井 順子は足元に描かれた魔法陣を震えるように見つめ、触れないように足を上げて抵抗している。

 俺はポケットからメモを取り出すと、その図形を描き移した。『ゾロアスター教の悪神崇拝者退治のやつ』っと。いつか役に立つかも。


 〈うぅぅぅ……! お助けを……アフラ・マズダー様……!〉


 「それはちょっと調子が良すぎるだろ……。

 アフラ・マズダーは善神。

 お前の契約者は悪神ジェーだろ」


 セルは呆れたように魔女から離れる。


 「話すことは無いな。

 ユーマ、彼女を肉体から引き剥がす。そのまま天界に上げるよ」


 「ええっ!? いいのかよそんなんで!!

 散々やって人が死んでるのに!

 こいつ、天国に行かせるのか!?」


 「改心はさせるよ。

 お前の持つ『TheEND』と対をなす異能力がある。

 俺の持つ『RESET』。どんなものも浄化して天へあげる聖者の力だ」


 RESET?

 RESETって技を使えば、魔女がただの女性に戻り、毒が抜ける………?

 でも、それじゃ殺された中沢夫婦は……。

 いや、駄目だろ!


 「お前、名はなんと言う?」


 蓮司氏が俺を見据える。

 強面で頑固そうな人に見えるけど、この人は多分話せばわかる人だ。


 「霧崎 悠真です」


 「『TheEND』を使えるやつがまだいたとはな。

『RESET』で魔女を浄化する。なにか不味いことでもあるのか?」


 「な…………納得できませんよ!

 悪神と契約して、彼女が若さを望んだばかりに人が死んでるんですよ?

 ……あんまりじゃないっすか?」


 「ああ、なるほど。一理ある。

 い。ではアカツキへ行こうじゃないか。ローレック枢機卿が魔女を引きずり出したところを、天に行く隙を見てお前が殺せばいい。

 魔女を殺す道具を用意しよう」


 「山吹さん、何を言うんです!」


 「黙れセルシア。


 いいか? ユーマ、お前の言っていることは正しいかもしれない。そうだ。魔女を殺せ。復讐するんだよ。

 清々するだろう」


 「………………」


 清々…? するかな……?

 いや、俺は復讐がしたいわけじゃない。


 ……………じゃ、なんだ?


 TheENDで消滅させるべき?

 地獄へ堕とすべき?

 殺すべき?


 復讐ってそういうことだよな?

 俺が今、攻撃する事だよな?

 だったら復讐をしたいってのとは違うな。


 そういえば、魔女が悪魔契約する時の話したよな。悪魔はわざと誘い込むように、人間に方法を教え契約をする。


 「じゃあ、行こうか。アカツキへ」


 蓮司氏が俺の腕を握る。火傷の痕だらけのゴツイ手だ。

 違う、そうじゃない。


 「いいえ」


 魔女が浄化されたら……どうなるんだ?


 「いいえ。俺は戦います」


 セルは心底参ったように額を撫でる。


 「………?

 まともに『RESET』すれば、魂まで浄化して天へ送れる。

 それじゃダメなのか?」


 「ケリの付け方だよ。

 ゾロアスター教の善神に引き渡せば、必ず悪神は妨害工作に来る。

 セル、キリスト教の天界に送るな。

 悪神ジェーは他宗教なら諦めるかもしれねぇけど、同じ宗教内なら諦めないはずだ。

 連中にもってもんがあるだろ。人の魂の取り合いだよ」


 「断言は出来ない」


 「やるだけやろうぜ。

 俺はアカツキで悪神ジェー待ち伏せて倒す」


 セルは腕組みしたまま不機嫌そうに魔女を見つめる。

 蓮司氏は椅子から立ち上がると、セルの肩に手を置いた。


 「悪の元を断つ。観てみたい。俺は乗るぞ」


 一人でも同意を得られて、少し気が緩む。

 でもセルはゆっくりと首を横に振った。


 「いや、無理だ。

 ユーマ、お前の焔がなんなのか、もう察しが付いたろ?

 ゾロアスターの火の加護である焔では、悪神ジェーは倒せない。配下の蛇ですら捕獲で精一杯だったんだろ?」


 「あ……」


 そうか……! 例え聖火でも何か……何か弱点を突かないと……。


 「やる気次第だ。倒してみろ」


 立ち止まってしまった俺に、蓮司氏が気楽に促してきた。


 「でも……」


 「俺が力を貸してやる。

 セル、蛙の血を半分寄越せ」


 「どうする気だ?」


 蓮司氏がパチンと指を鳴らす。


 「えっ!?」


 一瞬でアカツキへ飛んだ!!

 なんて力の強さだ。人じゃねぇから、簡単なのか……? いや、慣れ……?


 〈ユーマ君……〉


 ごめん中沢さん。こっちに来る度に思い出す。俺に憑いてたんだっけって。


 「なんだこいつは? 例の新郎か?」


 〈どうか僕からも、彼に力添えをお願いいたします〉


 蓮司氏は気を良くするでもなく、拒絶もせず……聞かなかったように目をそらすだけだった。


 「セル、ここが新月になったら、現実世界へ戻って魔女を『RESET』しろ。

 悪神ジェーが出てくるかは運次第だ。ジェーにとって執着するメリットのない下僕ならそれまでだ。

 その時は、ユーマ。お前も諦めろ」


 「分かりました」


 「ハイ………」


 赤い月は線のように細く、徐々にその姿を黒い星に覆われる。あの内側の球体がクロツキそのものなんだ。

 赤い月と黒い月が重なる新月の時。

 それがゲートが開く瞬間だ。


 「あと一分三十秒。セルシア、戻れ」


 「ああ。………ユーマ、無理するなよ?」


 予想以上に心配そうに見てくるセルに、少しあいつの異能力を責めた自分を反省する。


 「魔女を頼んだぜ!」


 セルは音もなく鉄格子に入る。格子の扉の先は赤い月のない現実の世界だ。フッと姿が消える。


 いよいよか。

 俺はポケットからライターを取り出し火を付けようとすると、蓮司氏にライターを取り上げられた。


 「なるほど。これを使っていたのか………。魔力や冷気は感じないが……」


 ライターを見ながらブツブツと呟く。


 「ユーマ。ゾロアスター教の信仰対象は、火の他にも風や水、自然の力そのものも多く信仰している。確かに火はメジャーではあるが」


 「………?」


 「これをやろう」


 蓮司氏が懐から取り出したのは、豆電球みたいな形のガラス瓶だ。瓶にはゾロアスター教のシンボルの鳥男が書いてある。俺のライターと同じ柄だ。


 「ゾロアスター教徒から貰った聖水のサンプルだが、お前なら使い道があるだろう。

 同じゾロアスターの力なら、この聖水からエクトプラズムを形成出来るはずだ。

 やってみろ」


 まじか。

 確かに、ライターの原理を理解した今なら。

 俺の焔がゾロアスター教の聖火だったとしたら。


 この聖水でも、武器を………作れるのか。


 パシャ………。


 集中しろ。

 水を感じるんだ。

 指に伝う感覚。

 流れる。

 形を強制されない、液状と言う自由。


 ゾロアスター教と俺の繋がりなんて知らねぇ。このライターは本当に母親のものなのかも。

 でもよ、俺は今までその力で悪魔を倒してきた。

 なら、このライターの持ち主は善神を信仰してたはずだ。


 「力を……貸してくれ!」


 手に滴る聖水が一瞬、凍てつくような温度に変化する。


 ジャキッ!!


 「なんと……素晴らしい」


 「で、出た!!」


 俺の手の中に出たのは、メタリックブルーの銃身で、銀の装飾のある銃だった。

 焔より細身で、筒が長い。

 本来、焔のグリップは宝石がハマっていて、そこから物凄い火力の火が出ていた。この青い銃はガラスのタンクのようなものがある。


 「グリップの試験管を外せるか?」


 「あ、見てみます」


 よく見ると装飾に紛れて小さなレバーが付いている。


 「取れました」


 「蛙の血を入れろ。奴らの弱点だ。

 それを撃ちこみゃ、一撃で倒せるだろう」


 心臓がバクバクする。

 緊張とかじゃない。


 焔以外の銃を召喚したって事。

 俺にとっては思いもよらない流れだった。


 「来るぞ。

 蛙を持っていると気付かれる前に撃て。迷いはないな?」


 「はい!!」


 醜悪な匂いがする。

 外に繋がる階段の上から。


 カッ…………カッ………カッ………。


 ヒール……では無い。何か石を打ち付けるような音。

 階段から足がようやく見える。


 カッ……カッ………。


 草で編み込まれた草履の踵に大理石が編み込まれているようだ。


 〈初めまして。小さなエクソシストさん〉


 人間ではないとひと目でわかる、燃え盛るような赤い髪。大きな胸には霊気を放つペンダントが。ほぼ全裸に薄布を纏っただけの妖艶な姿だ。

 ここまでの美貌を持つものは、何を着ててもさまになるものだな。体格も顔立ちも申し分ない。


 「美人だ………」


 だが、この臭気は!

 あの猫屋敷と同じ匂いだ。ありゃ猫の排泄物だけじゃねぇ。こいつの体臭も混ざってたようだ。


 〈まぁまぁ。ふふ。リリスから貴方のこと聞いたわ。私に屈服してみる?

 あなたの銃じゃ、ワタシは殺せないものぉ。

 火は地獄の象徴でもあるわ。日本の仏教だって火の責め苦は存在する。

 残念だけど。貴方じゃ勝てないの〉


 ニヤリと笑い、手を大袈裟に広げたジェーにの額に突き付ける。

 俺の新しい相棒。


 「蛙の血だ。

『TheEND』!!」


 ドッ!


 〈んぎゃああああああっ!!!〉


 額をぶち抜かれても尚、蠢き回る。


 焔と違って、直線的っていうか、経口が細い。

 この中は貫通弾だ。

 俺はもう一度構えると、ボトルの血が無くなるまでジェーを撃ち続けた。


 ザ……ザザっ……………。


 「や、やった?」


 ジェーの身体が毒を盛られたように変色し、やがて溶けだし、骨は灰に変化していく。


 「終わったな」


 ああああああああぁぁぁ〜〜〜良かった。


 「ええ。ありがとうございました蓮司さん。

 これで、自分がどう力を研鑽すればいいのか……取っ掛りになった気がします」


 「はっはっはっ! 面白い奴だ」


 蓮司氏は手を叩いて大笑いをする。

 俺、割とまともにお礼言ったつもりなんだけど……?


 「まぁ。修行中の身ならはっきり教えて置くべきだな!

 お前に渡したのはただの水だ!

 ゾロアスター教のシンボルが見えるように、蛙の血を使って幻覚を見せただけだ」


 「はぁっ!!?」


 よく見ると、聖水の入ったガラス瓶には描いてあったはずの鳥男のシンボルがない!


 「じゃあ、これは!!?」


 手の中にはまだ青くギラりと光る、攻撃的な銃身が残っている。

 俺の思い込みだったって事?


 「概念を変えるのは難しい。

 その力を上手く使うことが『TheEND』の糧になるだろう。

 ゾロアスター教が火の他にも、信仰対象があったのは事実だ」


 自分は焔しか………火種からしか武器を出せないって言う概念……。

 それを変えないと……!


 蓮司氏が再び指を鳴らす。


 目の前には床に寝せられた真弓さんのご遺体。

 老神父が祈りを捧げている。


 「終わったぜ」


 「ユーマ。倒したのか?」


 「ああ」


 真弓さんの遺体を見たら、急に何も言えなくなった。

 新しい銃のことも、ゾロアスターの聞きたいこともあったけれど。


 「戻ろう。

 大福とつぐみんとこに早く」


 「ああ。これで送ってやれるんだな」


 長かった。

 まともに休んでないもん。


 ああ。でも、中沢夫婦が離れなくて良かった。共に二人揃って送ってやれるんだ……。


 「では、俺たちは戻ります」


 老神父と蓮司氏に頭を下げる。


 「蓮司さん。勉強になりました」


 「………力を上手く使うのだぞ」


 「はい」


 俺たちは旺聖大学を後にしたのだった。

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