第25話 リリスの言い分

 「さぁ、来てくれる?」


 玄関のそばにつぐみんが立って待っていた。車道のそばはウッドデッキがあって、階段を登る。床板は湿気で傷んでふにゃふにゃだ。


 「トーカ、無事でよかったわ」


 「ええ。私としたことが……突然襲って来るとは思わなくて」


 「つぐみんずっとここにいたのか?」


 つぐみんが俺に向き直る。



 「ええ。私はここで見張り番。

 中から凄い物音がしたから、GPSでトーカのマーカーを確認をしたの。消えてしまったから、アカツキに行ったと判断して待機。

 それに戦闘能力のない私じゃ足手まといだから」


 「へぇ〜。GPSが消えるのは初めて知ったな」


 いざと言う時の連絡役にもなるんだろうな。

 車も停めてるし、心霊スポットマニアが来て鉢合わせしたら、俺達は不審者だしな。特にトーカなんか来ちゃいけない年頃、場所、時間。俺たちが誘拐してきたみたいだ。通報されちゃかなわん。


 セルはワゴンから白いポリタンクを降ろす。20リットルのタンクを両手に持って、だっぽんだっぽんと歩いてきた。まさかだけどね。まさか……それ聖水か? どんな使い方する気だよ!


 「何か変わった事、あったか?」


 「セル、お連れ様が先に到着しているわ」


 連れ? みかんはも大福も帰ったのに?


 「分かった」


 「他に異常は何も。

 ねぇ。中にはまだ敵がいるの?」


 トーカは難しい顔をして、襟のリボンを締める。


 「敵……ねぇ。

 例の部屋のクローゼットが、平井家に繋がっていましたの。次元が歪んでいるのだわ。この世界にいたのに、アカツキに飛ばされて平井家に通じていましたのよ?

 心霊スポットの次元は歪みやすい。でも、あまりに出来すぎている。人工的に繋げたとしか思えない………。

 敵は二体。一体は始末済み。もう一体はまだ中ですわ。

 それより、つぐみんに確認して欲しいものがあるのよ」


 トーカが躊躇いなく玄関のドアを開ける。


 「うっ……ひでぇ臭い」


 糞尿とカビの強烈な悪臭だ。

 ドアを開けた瞬間、三匹の猫が外へ駆け出して行った。廊下にも何匹か鎮座してこちらを見ている。トーカの持った懐中電灯の光で、目が光っていた。それにしても、この悪臭……!

 いつも感情が薄いつぐみんも、これには流石に唇を歪ませていた。


 「けほっ……! 酷いわね。

 ここは飼い主が多頭飼育崩壊を起こして、夜逃げしたのよ。その時の猫ちゃんがまだいるらしいわ。

 保護団体は相次いで霊障にあって、それで噂がたったの」


 玄関の中は下駄箱とかがない。元々土足で入れるようになってる。間取りや内装も洋風だった。

 足元に絨毯があるんだとばかり思ってたけど、違った。全部抜け毛だ。床にへばりついて一枚皮のようになっている。

 あと、廊下の隅にもっこりした毛皮の置物みたいなのがあるけど、まさかだよな。見ないふり見ないふり。


 「こちらですわ」


 懐中電灯を持ったトーカを先頭に全員が続く。

 玄関から二階までの螺旋階段。一匹の猫が俺のデニムに爪を立てて登って来た!

 可愛い! 肉球! クセェ!! おいおい、ノミとか大丈夫かな。

 カーペットは剥がれ、黒い汚物がいくつもこびり付いている。


 「はぁ……はぁ……重い。ユーマ片方持ってくれ」


 「いや、俺は猫一匹乗ってるから。

 今どきローラー付きのタンク、いくらでも売ってるだろ……?」


 神は聖水に持ち運びの便利さは与えなかったようだ。


 「あら、もう一匹来たわよ」


 つぐみんが俺の肩を見た瞬間、バシっと言う衝撃とともに手摺の上から俺の脇腹に猫が降ってきた。そのまま爪を立ててよじ登る。


 パーカーに穴開いてねぇだろうな………。


 「猫よりタンク持ってくれ〜」


 「ダメよ!」


 再度嘆いてきたセルにトーカがピシャリと言い放つ。


 「戦闘員に無駄な体力使わせないでくださる?

 ユーマ、セルを甘やかしてはいけませんわよ!」


 「らしいぜ?」


 「うぅ〜」


 階段を登った先、右の廊下にそれはあった。

 大きな両開き扉だ。色はオレンジ色。

 そのそばにウェーブのかかったロングヘアの女性が腕組みをして、扉にもたれかかって居た。


 「え、山吹先生!?」


 みかんと帰ったよな?

 なんでここにいるんだ?


 「私を待たせるとは、このウスノロめ」


 相変わらず口悪ぃ〜。


 「セル、ショーケースの中身だが。本当に一本サービスなんだな?」


 「ああ……。はぁ、はぁ、着いた」


 「だらしのない……。おい、答えろ。 一本サービスなんだな?」


 「分かった分かった……! やむを得ない」


 「うむ。よし!」


 ああ、そういえば客なんだったな。


(なぁ、先生はいつも何を買いに来てるんだ?)


 階段の降り口で、こっそりつぐみんに耳打ちする。だが、返って来たのは思いがけない真実だった。


(彼女は魔物よ。本物のヴァンパイア。それも血統の高い一族)


 つぐみんは若干うんざりしたように肩を下げる。


(呪術にも血液は使うから貴重なのよね。

 血を集めるのに、私たちまで献血活動に駅前で立ちん坊させられるのよ! 採った血液は病院じゃなくて、お店のショーケースに並ぶの)


 あ〜あ〜、やっぱり犯罪じゃねぇか!


(売血禁止法で血液の売り買い出来ないよな?)


(あら、詳しいわね。

 そのおかげで、うちのような店はヴァンパイアへの需要が高まってるの。しかも近年は、人が襲われる事件が減っているって。

 うちの他にも、そういう商売してる店があるわ)


 人間が襲われるよりゃいいんだろうけど、素直に献血に来た人には気の毒だ。善意で来たんだろうに。

 つぐみんが俺の肩から一匹を奪って撫でくり回す。


 ゴロゴロゴロゴロ……。


(最も、山吹 百合子の血統は他人に頭を下げて恵んでもらう、なんて一族じゃないけどね。

 山吹家は西洋から日本に来た血筋のヴァンパイアでも古参なの。

 才色兼備な連中で、放っておいても自らを差し出してくる人間も居るでしょうに、わざわざ購入してね……。

 人間との共存を示唆している派閥なのよ)


 「ふふ〜ん。そういう事だ、新人君」


 「どあぁっ!!」


 いつの間にか俺の首元に先生の顔が寄せられていた。


 シャーっ!!


 猫が霊感強いの、ほんとなんだな。


 「陰口は感心せん。直接私に聞けばいい」


 ひぇーっ!

 ムスッとした声色で囁かれる。

 茶目っ気のある人なんだろうけど、出会いが出会いな分、美人女教師サイコー!って気分とは程遠い……。


 「こ、今度からそうしやーっす……。

 みかんは帰りました?」


 「ああ。ちゃんと送ったぞ?

 それよりその猫を私にも抱かせろ!」


 「思いっきり臨戦態勢っすよ?」


 「ふん。畜生如きが。可愛いじゃないか。何故私にはいつも寄ってこないのだ!」


 分かるんじゃないっすかねぇ〜諸々。

 先頭にいたトーカが一旦戻ってくる。


 「山吹先生?」


 「なんだ?」


 「電話での通り、この中にはリリスが。

 平井家の騒動に関して聴取していただけます? あなたなら操られる心配がないわ」


 「ふん。BLACK MOONは無能の集まりか?」


 「用心のためですわ。

 もしくは……これはみかんの役ですから、呼び戻しても構いませんのよ?」


 しないくせに……ってこの場にいる全員が思っただろうけど、でも山吹先生にとっての弱みはみかんなんだな。


 「いいから早く会わせろ」


 トーカが扉を開ける。


 ギィィィィ………………。


 見た目だけ仰々しくて、薄っぺらな木材の扉。

 古い蝶番が軋み、一段と気味の悪い部屋の全貌が現れる。

 トーカがサササと懐中電灯を走らせるが、部屋の中には何か光源になるものがある。全体がうっすらだが目視できた。

 その中でも、初めに目がいく場所。

 最奥にある二メートル四方の鉄の檻だ。

 中にいるのは…………。


 「ふっふふ〜ふ!」


 山吹先生が意地の悪い笑みを浮かべて、檻に近付く。


 「なぁ〜んだぁ? 生後間もない下位のリリスじゃないかぁ! 人間界デビューか? しくじったなぁ!」


 リリス……これが?

 先生の背後からそっと近付いて見てみる。

 何っていうか、ガリガリで骨と皮の骸骨だ。なんとなく毛髪と骨格で女性と判る程度で。

 もっとグラマラスな美女だとばかり思ってたけれど、本体はこんなもんかよ。これが人間に憑いておっぱいばいーんなお姉さんになるんだ。そりゃ大罪だな。

 そして異様に長い指。あの動画の異形の女と同じ。動画より本物は更に酷い化け物だ。


 リリスは先生の罵声に腹を立てることも無く、縋るように俺たちを見上げる。


 〈お願いよ。ここから出して! あたし騙されたのよ!〉


 鉄格子を蜘蛛のような長い指で掴み、そう訴えてきた。ビー玉のような真っ黒な瞳から、涙がボロボロと落ちる。よく見れば体も傷だらけだ。

 檻の天井部分に魔法陣が描いてある。これが封印なんだな?


 「ふっふ〜ん。下っ端リリスが人間に騙されたぁ? そりゃ、お前の危機管理の問題じゃあないか」


 〈貴女……ヴァンパイア!?

 ねぇ、分かるでしょ!? この檻は苦しいのよ!

 お願いなんでもするわよ! ここから出して!〉


 「………ほぉ〜う」


 先生の笑みが消える。

 まるで虫を見下すように、リリスを見据える。


 「よし。言ったな?

 じゃあ、知ってることを全て話せ。ひとつでも嘘を言ったら、このロリータがTheENDでお前を吹き飛ばす。

 正直に言ったら、そこの神父様が神の国へお前を送ってくださるそうだ」


 〈……………っ!!?

 あ、あの。私を地獄に戻してくれればそれでいいわ!〉


 「馬鹿もの。それで済むと思うのか?

 人間に呼び出されて折檻を受けた恥ずかしい者を、上位のリリスが許すものか。辛い刑罰が待っているだけだ。

 まぁ、天界には行けんだろうが反省の気持ち次第では、煉獄でもいいじゃないか。

 そうだ、人間に生まれ変われ! キリスト教の地獄から足を洗えばいい! ははは! 運命はいくらでも変えられるぞ〜?」


 適当に酷いこと言ってるな……。どの道、悪魔リリスとして返さねぇって訳か。

 じゃあ、リリス死にま〜す!ってなるかよ!


 「さぁ〜どうするんだ?

 今すぐTheENDかぁ?

 悔い改め上に行くのもオススメだぞ?

 あ〜、考えるのが面倒か? そうだ、喉が渇いてるだろ? よし、セル。タンクを持ってこい。少しずつ掛水してやる。」


 〈え"!!〉


 セルと呼ばれた男の足元のポリタンクが何か、さすがに分かるだろう。その男は首にローマンカラーを巻き、磔刑の十字架を下げているのだから。


 「可愛そうになぁ〜。私もやりたくはないんだがなぁ〜。まぁ、すぐ決められないというのならなぁ〜」


 〈わ、わかったわよ!〉


 なぁ〜んか。やってる事みかんそっくり!!

 もしかして、みかんはこの先生から習ったのか?

 超適当な脅しだ。

 ただ、TheENDも手練の神父もパチモンじゃねぇからなぁ。

 この山吹先生の逆鱗がどこにあるか分からないのが、一番気味が悪いんだ。ふざけてるようで、本性は人を襲う別な生命体だ。悪魔に雑な扱いをしても驚かない気がする俺。


 〈そこに祭壇があるでしょう?

 私に命令するだけして、戻ってきたらその祭壇が置かれていたの。

 蛇の男はそこから呼び出されたのよ。あんなもの、うちの地獄じゃ見たことがないわ〉


 祭壇ってのはクローゼットのそばのあれか。

 この部屋のほんのり明るい光源だ。


 机のような台に石組みがあって、その上に杯が置いてあった。中には火が起こしてあり、そのそばに小皿がある。恐らく杯の中から取り出した灰だ。


 台に貼られた紙。描かれた絵柄は三つ。

 俺はその中のひとつに釘付けになった。


 これは俺の………ライターに描かれているのと……同じ紋様だ……。


 セルは知ってたのか? だから見たんだな?

 これはなんだ? なんの祭壇なんだ!?


 つぐみんが祭壇の前に立つ。


 「中心に火。灰の皿に、化粧用パフがあるわ。間違いないわ。

 ゾロアスター教の祭壇よ」


 ゾロアスター?

 トーカが言ってた異教ってこれのことか。


 さっき戦った蛇男は、その宗教の中の生き物なんだな?


 「え? 地獄っていっぱいあるの?」


 「そりゃそうさ。輪廻転生がない宗教も、地獄が存在しない宗派も、色々あるんだぜ。

 ただ、中沢さんみたいな死に方はキリストのクロツキに行くよ。リリスに連れていかれたわけだからな」


 リリスがセルから視線を逸らす。


 それもそうか。

 そんで? ゾロアスター教だかってのが、なんで俺のライターに……。


 「ユーマ、お前顔色悪いぜ」


 セルが気楽そうに声をかけてくる。こいつ……!


 「あんたは知ってたんだな? 俺のライターの柄が何なのか」


 「……まぁ、一応ね。

 でもお前の思ってるようなことじゃないよ。

 つぐみん、ゾロアスター教について簡単に説明してくれ」


 訳も分からず、つぐみんはコクコク頷き俺を見る。


 「コホン。

 ゾロアスター教って言うのは、世界最古の宗教とも言われていて、今も各地に信者が多い。割とメジャーな宗教だと思うわ。

 崇拝するのは『火』よ。聖地には開祖がつけた聖火が未だに残ってるほど、大切にされているの」


 「悪いもんじゃねぇってこと?」


 俺の質問につぐみんは少し考え込み、眼鏡を指でツッと上げる。


 「ええ。本来はね。

 多神教なのよ。日本と同じく。

 唯一神のキリスト教と違って、色んな神がいるの」


 「へぇ〜」


 ああ。少しほっとした。もし母さんが信徒だったとしても、悪いもんじゃねぇなら……。


 「問題はどちらを選ぶか……なの。


 トーカが言った通り、このクローゼットが平井家のアカツキに繋がってるとしたら、それは人間の能力の範疇を越えているわ。

 つまり、ここで祭壇を作ったのは魔女ってこと」


 続けて、つぐみんは台の絵柄を指差す。


 「この鳥男はゾロアスター教のシンボルみたいな物よ」


 俺のライターの紋章だ。


 「残りのふたつは崇拝対象のシジル。

 この魔法陣から呼び出されるゾロアスター教の神は、『悪神』よ。

 とても邪悪な物なの」


 「え、みんなまだ崇拝してるような宗教なんだろ? 悪い神もまだいるのか?」


 「ゾロアスターには、善の神と悪の神が存在するの。それは間違った考え方ではないけれど、普通は善の神を祀るのが当たり前よね?

 この術者は魔女よ。ゾロアスター教徒でありながら悪神を崇拝しているの。

 魔女だもの。原理は悪魔崇拝してる魔女と一緒よ」


 「一体なんのためなんだ。

 さっきの蛇男は神……?」


 トーカが頷き、口を開く。


 「あれは神ではないわ。さっき戦った蛇男はアジ・ダハーカ。悪神の一人に仕える部下ですわ。

 それでも腐っても神の使徒よ。分かりやすく言うと天使と同じ。

 TheENDで倒すのは無理だわ。今の私やユーマには強すぎる」


 「なんでそんなもの呼び出したんだろうな?」


 「あの蛇男は死を司る。破壊もね。

 そこに死体があるでしょう? 蛇男が食い散らかしたのね。この屋敷の飢えた猫達もよ。

 ゾロアスター教の埋葬は風化葬や鳥葬なの。それにリリスを檻に入れるなんて、魔女だけでは無理よ」


 ね…………………………………………こ…?


 ニャーン?


 肩で金色の目玉と視線が合う。

 うん。お前一旦降りてくれ。


 フーッ!


 しかしひでぇもんだな。

 でも、リリスが中沢さんを殺したのは間違いないんだよな?


 「そしてもうひとつの紋様。この魔法陣は悪神 ジェーのもの。

 ジェーは女の悪神よ。子供の産める若い女性の老廃物を源として、魔女に魔力を与えるのよ」


 老廃物………うえぇ……。


 「えーと、若い女ってことは、真弓さんか?

 ジェーを崇拝してて、母親を生け贄に……? なんかおかしいよな? 母親もこんな所に来ないだろ。 中沢さんも死んでる」


 俺が首を傾げると、セルがリリスの檻の前へ屈む。


 「ここに来た魔女の特徴を言え。

 ゾロアスター教徒の魔女が、なぜお前を呼び出したのかも聞かせろ」


 リリスはフッフッと涙を流しながら、縮こまった体から頭を起こす。


 〈ゾロアスター教なんか知らないわよ。

 あたし、ただ召喚されて。

 魂を奪っていいって言われたからやったのよ〉


 「悪魔だろ? お前は何か条件の上で、契約をしたはずだ」


 〈ここに来たのはババアよ!! 中年の見目の悪い、ただのババア! これでいいっ!?

 あたしに人間のつがいの魂をやるから、女の方の身体に自分の魂を入れてくれって言われたのよ!

 ……でも、魂を若い女に入れた途端、あいつ豹変したのよ! 正気じゃないわ!〉


 それって、つまり……。


 「真弓さんの人格が変わったのは、そういう事なんだな!?

 中身は母親だ!!? ゾロアスター教徒で、悪神ジェーを崇拝していた!

 うわぁ〜信じらんねぇ!」


 「年齢から言うと、閉経後に魔術の源が無くなり、若い肉体を望んだのですわ」


 「平井 順子は継母だ。もしかしたら、ずっとそうして、若さを保って生きてきたのかもな。魔女であるために」


 そこまでして、魔女の生活は美味なモノなのか? 謎だな。リリスの言う通り正気じゃない。

 かと言って、リリスにお咎めないってのもな。

 悔い改めて天国って行けるもんなのか?


 「なぁ、俺たちはどうすればいいんだ?」


 「私がゾロアスターのクロツキに、真弓さんを奪還に参りますわ。彼女がまだ中間界にいればいいけれど……。


 セル、ユーマは真弓さんの身体を取り戻して魔女を討伐。

 つぐみんは大福と合流して、準備をお願い」


 トーカがテキパキと指示を出して行く。


 「大丈夫なの?」


 つぐみんが眉を寄せる。

 そうだ、蛇男も神に使いだってのに、クロツキなんか行って勝ち目あんのか?


 「ゾロアスターのクロツキは四層構造。

 それに、私がゾロアスター教の地獄で死ぬ、なんてことはあるじが許しませんわ。

 楽勝ですわ」


 ポジティブっていうか、逆転の発想だな。


 あくまでキリスト教徒から魔女になったトーカにとっては、他の宗教の天国や地獄は全く無関心なモノなのか。

 そりゃそうか。自分の死後のが分かってるんだもんな。


 そんなやり取りを見ていたリリスは、黒い瞳でぼんやりとしていて、無気力そうに俺たちを見上げていた。


 〈無理だわ………たとえ若い子の方を連れてきたとしても、元の身体にはもう戻れないわ。

 魔女が入ってるのよ? 穢れた肉体は元に戻らない。生き返らないわよ?〉


 つぐみんが目を細める。


 「これでいいのよ。悪魔には分からないわ。

 彼女を彼女として弔うことに意味があるの。

 それにあなたが殺したのは人間のつがいよ。結婚式の直前だったの」


 〈知らないわよ。あたしは召喚されて命令を受けただけ。

 なのに目当てのそのふたつの魂は、蛇男に横取りされて貰えなかった!!そして檻に入れられ、嬲られて痛めつけられたの。

 このままここで閉じ込められるなんて堪えられなかった。

 誰かに気付いて欲しかったの。

 だからその男を殺した場所で、合図を出し続けた!〉


 式場の怪奇現象だ。

 ゾロアスター教の魔女の仕業だってのに、キリスト教のクロツキに堕ちたのは、式場の怪奇現象はリリスが原因だったからか。


 「いやいや………。自業自得だぜ」


 〈分かってないわね。悪魔の契約に死は付き物よ? あたしはタダ働きさせられた上に、監禁された!〉


 ふぅ〜。埒が明かないな。

 悪魔にも常識ってのがあるんだろうが、人が死んでる。それも二人も。魔女は自分の手を汚さず。


 「二人は私が婚礼の義を行って、大福と上にあげるわ」


 「じゃあ、各自準備を進めて」


 トーカはクローゼットを閉めると、窓をガタガタといじり出す。そこからクロツキヘ繋ぐつもりか。

 俺は真弓さんのとこだけど。どうすれば……?


 「俺達も出るか」


 セルは軽く返事をすると、いつの間にか足元にいた猫を手で避ける。


 「ああ。そうだな。こら、どけ……!

 というわけで、山吹先生。リリスを見張っててくれ」


 先生……セルの命令にギョッとして振り返る。


 「なんだって!?

 私に、一人ここへ残れというのか!?」


 「だって、リリスを放っておけないし。嘘を言っているかもしれないのに、逃がす訳にも行かないでしょう。

 ヴァンパイアの貴女なら、彼女の悪魔の誘惑ささやきには負けないでしょう?」


 「うぅ! あ、あんまりではないか!こんなボロ小屋に!」


 「猫もいますから。

 一本サービスですよ。

 お願いしますね」


 「………ふぐぅっ……にゃーん……………」

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