第21話 目の前に落ちてくる女の子は大抵美人か人外
高速道路を降りてしばらく国道を走り、その後ベッドタウンに入る。同じような見た目の住宅が、隙間なくみっちりと建っている。
「次の角を曲がって、左側の三軒目だ」
申し分程度に滑り台だけ設けられた公園がある。その空きスペースへ強引に駐車する。
「到着。まずトーカに連絡を入れよう」
セルはスマホをビデオ通話でコールする。
prrrrrrrprrrrrrrr
『私よ。着いたの?』
「ああ。これからユーマと二手に分かれる。
ユーマはアカツキから来てもらうよ」
トーカはセルの隣から覗き込んだ俺を、若干不安そうに見る。
『分かったわ……。
ユーマ? リボンを忘れずに結ぶのよ?』
「あ、ああ。分かった」
『こちら側は、少しまずいかもしれないわね』
なにかあったのか?
『近付くにつれて大福の頭痛が酷くなって、仕方なく近くのコンビニに置いてきたの。連れて行けない程でしたわ』
「霊障か? なにか視えたとか……聞いたか?」
『言ってないですわ。でも……』
「なんだ?」
『私は凄く気分がいいの………』
画面越しのトーカは凄く爽快そうに笑顔を見せる。大福を心配するどころか、遠足に来た小学生の顔だ。
「あまりトランスしすぎると危険だぜ」
トランス……?
坊さんの大福は苦手な霊気が、魔女にはマタタビなのか。なるほどな。
『ふふふ、大丈夫よ。そっちこそ、なんとか収穫をお願いしますわね』
「分かった」
通話を切るとセルは車から降りた。
後ろからシックな革張りのトランクケースを取り出す。
「よし俺達も行こうか。家間違えるなよ?」
「わかった。俺はここからDIVEする。周囲にいる奴は皆やっていいんだな?」
セルは車の外に出て、氷のように冷たい眼差しで俺を見下ろす。
「ああ。構わない」
***************
提灯を取り出し、底を押し上げてロウソクを立てる。
緊張感か。
ここに来て少し心臓がキュッとする感覚に捕われる。リリスがどんな悪魔か、自分が知ってる個体かも分からねぇ。一切興味無いが……でも。はっきり悪魔と会うって分かるとなんだか……。
俺は、仇に会うのが………怖いのかもしれない。
他の家はまだ明かりがついていて、公園の先の雑木林の隙間から車の行き交う国道が見える。
今の俺は、住宅地の公園に停まった車内で提灯を持ち、ぐったり横たわる男だ……。
ホラー過ぎんだろ……。誰も通りませんように!
「行くぜ〜」
考えても仕方ねぇ。
目を閉じて、全ての感覚を遮断する。
音も。
脳も。
手先の感覚も。
全てを提灯の中の確かなエネルギーに、感じるまま委ねる。
一瞬、灯火が揺らぐ。提灯の柔らかい光が弱々しく、ふわりふわりと点滅する。
「DIVE」
耳鳴り。
身体が何かに引っ張られるような感覚。シールから剥がすように全身に力を入れ立ち上がる。
入った。
目を静かに開ける。
蝋燭の火は安定した灯りを放っている。
俺はたった一人、明かりひとつ無い真っ暗な住宅地の公園で目を覚ました。DIVEする前と同じく、セルの車の中で。
ドアを開けて外へ出る。
頭上には不気味なほど赤い月。間違いなくアカツキだ。
だが月は三日月より細い……急がないと、新月だ。本来平井家にいるモノ以外にも出くわしてしまう。
車を出て、目の前の道路を左に曲がる。
三軒目だったな。
俺は火に指を当てる。そのまま横に引きずり出すように、提灯の外に移動させ、指に当たった炎に意識を集中させる。炎が大きく燃え広がるように増して、その熱いエネルギーが掌の中で銃を形成する。
いざと言う時の為だ。
何かの霊気を感じる。
「くそ、隠れてやがんな?」
随分近い。霊の気配がする。
〈あの………〉
「っうっわ!!!!!!!!!」
突然、背後から声をかけられ心臓が口から出かける。
「~~~~~~っ!! あ〜忘れてました」
中沢さん一緒かよ〜。そりゃそうだよね。俺に憑いてんだから。
「釣られたドンコになるところでした……」
〈ドンコ? あぁ、内臓が飛び出るってことか。
ごめんね。僕も好きで憑いてるわけじゃないんだ。何故か上がれなくて〉
そうだ。アカツキの世界なら俺の火を持たせれば迎えが来てくれるはずだ。
「えと。俺、今なら無事に送れると思いますけど、今上がります?」
〈ははは。軽く言うねぇ〜〉
すみませんです。でも、一応貴方『浮かばれない霊』ですからね?
〈邪魔はしない。僕が何故殺されなきゃ行けなかったのか……見届けさせてくれないかい……?〉
「………俺は構いません」
〈ありがとう! 案内するよ。さぁ、この家だ〉
中沢さんと俺は左側に並ぶ住宅の三軒目へ向かう。
大きすぎない、割と新しい家だ。
車が一台停まっていて、何も物音はしない。
「リリスって悪魔に心当たりあります?」
〈あのアニメとかに出てくる女の悪魔だろ?
まさか。真弓も僕も仏教徒だし、悪魔がどうとか詳しくないよ〉
宗教が違う。それでもリリスが中沢さんにちょっかい出したんだ。何か理由があるんだよな。
家の外観を眺めるが、なんの気配もない。
「なにか強い奴がいると、その部屋だけ電気が点いてたり、物が落ちる音がしたりするけど」
何も無いように見える。
隠れている、なんてこと有り得るのか? この世界で隠れるのは人間の方だ。悪魔や悪霊はまるで自分の家のように過ごしてる。
気付かれたのか? でも、仕事になった以上行かないわけに行かねぇしな。
玄関のドアをそっと押し開く。
ガチャリ!
家の中は暗く、開けたドアからキンキンに冷えた空気が流れ込んでくる。
あ〜〜〜っ、いつも上着忘れる! 寒すぎだろこの世界!!
「真弓さんの部屋は一階ですか?」
〈いいや、二階だよ。親が変えてなければね〉
強いていえば一階の奥に何か感じる。だが、生き物って感じじゃねぇな。
「この世界はいつ来ても気味悪ぃな」
………なにか腐敗したような臭いがする。卵が腐ったような臭いだ。
「中沢さん匂い感じます?」
〈匂い? いいや。
でも………。何故だろう……僕はこの先に行けないみたいだ……〉
「えっ?」
振り向くと、中沢さんは玄関のドア一枚隔てて中に入れずにいた。提灯でドアの周囲を照らす。
「結界か……?」
岩塩が塊で置かれている。玄関の傘立ての横、ウェルカムボードを持ったファンシーなうさぎの人形のそば、そして家の中には下駄箱と物掛けに四箇所。
セルは気付いたか?
これが中沢さんに効いてるってことは、家の中に霊は入ってこれてないはずだ。
だがこの臭いの元は確認しないと。
新月になったら、この家の中の扉やドアはもれなく、クロツキヘ出入りできるドアに変貌する。
「あ。そうだった」
忘れてたぜ。トーカに貰ったリボンを急いで焔に括りつけた。
「中沢さん! もしもの時のために、足元に俺の火を置いていきます。
あの赤い月が新月になって、何かに攻撃を受けそうになったらこの火を持って逃げてください。上がれます。
あなたを、もう堕としたくない」
また迷子になってクロツキに落ちたりしたら大変だ。最悪、その時は成仏してもらうしかない。
〈………ありがとう。
僕は……君に出会えてきっと、運がいいんだろうね。
もしもの時は、使わせてもらう。持ってればいいのかい?〉
「はい。迎えが来ます」
中沢さんは俺に微笑むと、もの悲しげに俯いた。
〈うん。
ユーマ君、君も気を付けてね〉
これが最後の会話になるかもな。
生きてる俺にとって、中沢さんの成仏を妨げる理由も、意味もない。
「はい。
家の奥に行ってきます!」
玄関を上がり、そこから真っ直ぐ続く廊下を歩く。
土足で申し訳ございません。フローリングの床がスニーカーでガツガツ鳴り、更に俺の重みでギシギシ軋む。
左側にリビングルームか。その奥にキッチン。
だが臭いがするのはもっと廊下の奥だ。
時間が無い。最初にそこを目指そう。
廊下を進むと、突き当たり右に階段へ続く昇り口。
その下。
階段の下に物置小屋がある。
ここだ。
一メートル四方くらいの小さな扉だ。
ほんの少し。
買い置きのトイレットペーパーや小さな漬け物とかを置くくらいの、僅かなスペース。
だが、違和感の元は確かにここだ。
取っ手に手をかけ、一思いに開いた!
ギィ………!
「な、なんだ……っ?」
真っ暗な空間だ。
何も見えない。無の空間。
反射的に扉から離れる。
俺は……つい昼にもこんな光景を見ているんだよ。
だが、まさか………。
周囲を見回す。
廊下を挟んで向かい側はバスルーム。俺は曇りガラスに駆け寄り窓を開けた。
外のアカツキを見上げると、真っ赤な光に映し出された黒い物体。太陽かは不明だが、月を照らす不気味な逆光。
「新月だ! ちくしょう! タイミング悪ぃ!!」
廊下に戻って、開けてしまった物置小屋の扉を見つめる。
どうする?
どこに繋がってるかもわからねぇ。
閉めるか?
そもそも、平井家のこの場所には何があったんだ?
取っ手を持ったまま、しばらく迷う。
一旦閉めて、新月が過ぎるまでここで待機するのもありだよな? 空間の歪みが終わったら、ここにあったものが見えるはずだ。新月が終わるのはたかだか十分程だ。ここには結界があって霊は入って来れないし、悪魔は射撃OKだからな。
その方がいい。今は収穫が……情報が欲しい。
一旦閉めようとして気付いた。
この扉の壁紙、少し剥がれかけている。なんだ? 傷んでるのか?
指でその捲れた部分を摘むと、ペリっと簡単に数センチ剥けてしまった。
「やべ、剥がしちゃった」
まぁいいか現実世界で剥がれるわけじゃないしな。
「なんもしてねぇ!
くっつけくっつけ〜」
グリグリグリグリ。
焔のグリップを握ったまま、適当に壁紙を摩って戻す。
グリグリメショッ!
「あっ………」
余計な力をかけられた壁紙は、今度こそ半分以上剥がれてしまった。
半分の壁紙を失った、ずる剥けの扉の板。
そこに描かれた魔法陣が露わになる。
「なんだ…………これ?」
間違いなく魔法陣だよな。
でも、何かを召喚するようなものには見えない。
だって召喚する時って道具なんかも置くよな? 横倒しに描かれた扉の魔法陣の意味は……この物置小屋自体を人目から隠す物だったはずなんじゃないか?
「…………待つか」
本来ここに置かれたものが見たい。このまま待機だ。なにか見られたくないものを入れてたのかもな。家の間取り上、そんなに大きな空間でもないし、地下を作るにしてはおかしい場所だ。
俺はペンを取り出すと、メモ紙に扉のそれを描き移した。メンバーの誰かに聞きゃ分かるだろ。
それにしても、何も居ない住居のはずなのに何か気味が悪い。匂いもだ。温泉の卵みたいな………これって『硫黄』のにおいか?
新月はまだまだ終わらねぇ。セルの訪問の方が早く終わりそうだよなぁ。
俺が物置小屋の扉を閉めようとした時、何か物音を聞きつける。
「?」
人の声か?
〈…………! ……!〉
耳を澄ます。
「え、嘘だろ……?」
物置小屋の中からだ。
覗き込もうと扉を全開にした瞬間だった。
「ユーマ!?
避けてっ!!」
ガツッ!
俺の顔面に何かが打ち付けられた。
「うぼばぁぁっ!!!」
鼻血が飛び散る
遠のきそうになる意識を気合いで保つ。
いってぇ〜〜〜。
「~~~~~~っ痛ぅ〜〜っ!!
トーカ~~~~っ!!?」
「覗くからよ! 蹴ってごめんなさい!
それよりユーマ!! 敵が来ますわよ!」
トーカは何も無い目の前の空間に、ネイルリングの付いた綺麗な指先で文字を描く。
描かれた文字はゲル状に溶け、ニュルりと横に広がり形を成す。
ジャラリ!
とんでもねぇ! でけぇモーニングスターになったぞ!
「おいおいおいっ! こんな狭い場所で……!」
「所詮、アカツキの世界よ。
援護して! さぁ!!」
「猫屋敷に行ったんじゃなかったのか!?」
「見ての通り、異空間を通ってきたのですわ!
話は後にして!」
なんだってんだ!
物置小屋の空間に何かの気配が近付いて来る。
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