第20話 ポンコツと新入り
みかんは山吹先生に連れられ、それなりに楽しそうに帰っていった。一安心だな。
で、俺はポンコツ神父と家庭訪問か。
つぐみんがセルに悪態ついてツーシーターはやめてくれって言ってたけど、この車種ってツーシーターだったかな?ってずっと考えてたんだよな。
納得。
後部座席が取り払われて物置になっている。嫌でも離れて乗れないわけだ。置いてあるのは、着替えと……ブルーシート、ゴミ袋、麻布、ロープ、ハンガーにかかった背広、トランクケース三つくらい。
空いているスペースは縦長で座布団が三つ列んでいる。いかにも人を……倒れた人を乗せます!って言ってるようにしか見えない。
「サラリーマンの車内と変わんねぇな。もっと聖水とか十字架とか……そういうんじゃねぇーのかよ」
これは文句言われてもしょうがねぇや。
「聖水なんか俺が作れるからいいのさ。トランクケースの中身だけで十分だよ。
ワゴンの方には余分に置いてあるし。
トーカ。あと、よろしくな」
セルが開けた窓の外にトーカが立っていた。
「ええ。現地に着くのは私たちが後になるでしょうね。リリスがどちらにいるか分からないけれど、用心してね」
「お互いにな。
着いたらいつも通りに行動してくれ」
「ええ。では」
トーカが踵を返し、後部車両に戻る。
俺達も発進。車は高速道路へ向かう。
「あっちの運転は大福か。つぐみんはこんな時、何をするんだ?」
「つぐみんも運転出来るから交代要員だな。大型も運転できるし結構……あ〜いや。運転するとスピード違反が多くて……最近はそれで大福に……」
「いるよな。そういうタイプ」
「あとは、歩く辞書みたいなもんだ」
「辞書?」
「宗教や歴史、オカルト文献、聖書、古文書……片っ端からインプットしてる。今じゃ魔女のトーカより詳しいかもな。真面目なんだよ」
視えない分、知識でカバーか。
興味無いって言いながら、仕事はしっかり割り切るんだからすげぇな真面目ちゃん。
「俺としては、もう少し楽にしててほしいね。ああいう人間ほど悪魔にそそのかされやすいから、心配で仕方ないよ……」
悪魔どころか男の誘いにも、のらなそうに見えるけど……そんなもんか?
「さてと、新婦の話だが……」
「あ、そうそう。みんなに説明した?
父親から連絡あったんだろ? 一体なんだって?」
「トーカにだけは伝えてある。あとはトーカの判断でメンバーに伝えさせる。不必要に家庭の内情を喋れないだろ?」
そういう所はリーダー任せか。
なにか言い難いことなのか?
「新婦は真弓さん。旧姓は『平井』。実父は平井 宏さんだ。
真弓さんが今日戻ってきてからおかしいって話なんだが……」
「絶対あれだろ! 壁に張り付いたり、黒いゲロ吐いたりするんだろ?」
あれって、いつも思うけど。なんで口からゲロ吐いたり移動したりするんだろうな?
「ははは。残念。実はその方が楽だったんだけどなぁ。
なぁ。お前煙草……ないんだったな」
「あるぜ」
俺はポケットから新品の煙草を出して、セロハンをむく。
「お、気が利くな……って、これ俺のかよ」
「トーカに聞いて、店からお前のストック持ってきたんだよ。
毎回タバコタバコいいやがって。もう、あちこち入れとけよ! いちいち誰にでも聞いてんだろ! 鬱陶しい」
「湿気るのが嫌なんだよなぁ……」
ちょっとガックリしたように、セルは煙草を咥える。
「火ぐらいはつけてやるよ。よそ見運転すんなよ?」
悪魔払いに行く途中で事故に遭うなんて、定番だからな!
「フゥ〜。ありがと。
真弓さんの今の状態だが。意識もあるし、普通に生活してるらしい。
残念ながら、悪魔がいるかは不明だ」
「不明? ふ〜ん」
「お前、緊張感無いな?」
そう言われてもなぁ。
「ん〜。俺さぁ、アカツキで悪魔を撃つことはあるけど、悪魔に憑かれた人間は見たことねぇから。ピンとこないんだよな。
人に憑いた悪魔は、俺の母親を騙した奴くらいだ。それに、その霊能者は仰け反って歩いたりしなかったぜ?」
「お前の知識偏ってるなぁ〜。
そうだな。悪魔憑きには二つ種類があるから覚えてくれ。
一つはオブセッション。人間の中に入り込めず、体外に憑き物として存在する状態。
もう一つはポゼッション。人間の精神を蝕んで、肉体を奪ってしまう状態。
お前が想像してるのは、ポゼッションだな。
人間が取り憑かれて、ラテン語喋りながら悪魔が神父を罵るやつだろう?」
そうそう。そんなイメージ。
「それを考えると、お前の過去の話の霊能者は、オブセッションだったのかもしれないな。側に憑いて回って、唆すのさ。霊感を底上げしたり、病気を治したり願いは叶える。だが、契約した条件が満たされると、命を取られる」
……あの霊能者、だから自殺したのか……?
「あの霊能者、悪魔と契約してたかもしれないのかな?」
「可能性の一つとして考えられる。
金をとって病気治してたんだろ? そういう霊能者ってのは、実際異能力はあるから周囲は信じ込む。だが、人間の期待はどんどんエスカレートしていくんだ。傷を治す事から難病を治す事にまで。
断るのならいいが、金欲しさにさらに力が欲しくなる奴が多い」
「それで悪魔と………。でも、トーカが言う通り、召喚とかって簡単じゃないんだろ?」
「ああ。だから悪魔もわざとらしく、機会を与えるのさ。悪魔召喚の方法を目に付くところに置いてみたり、それらが書いてある本を落として見たり」
手に取って、開いたら最後。誘惑に負けて召喚するってことか。
「真弓さんの状態だが、正直見てみないことには分からない。少なくともまだゲロを吐く段階じゃないんだろうさ」
「じゃあオブセッション?」
「考えにくいね。真弓さんが信仰深い聖人なら有り得るが、だいたいの人間はポゼッションだよ。
だが、もしポゼッションの状態をとっくにすぎていたら、中に居るのは悪魔本人だ。
人のフリして生活することくらいするだろうな。
真弓さんのおかしい行動は不貞だよ。父親を熱心に誘惑しているそうだ」
「へ……?」
見境ねぇなぁ〜。悪魔ぁ。
お父さんもびっくりだろうな。まさか娘が……。
「リリス関係なく大抵の悪魔がする行動だ。ポルターガイスト現象も相まって、すぐに気付いてくれて良かったよ」
それで、病院よりエクソシストに相談か。
「その不貞行為って……まさか母親の前でもしてんの?」
「母親は数日前に懸賞で旅行を当てて、外出したっきりらしい」
今度は母親が行方不明?
「嫌な予感しかしない」
「そうだな」
真弓さんに憑いた悪魔に殺されたとか……?
「まったく、女はどの世界どの時代でも怖いよな〜。
正直、面倒そうな女とは関わりたくないよ」
お前……トーカやつぐみんの前で言ったら、睨まれるぞ絶対!
それにしても、人間の振りをして悪魔が生活してるなんて。
じゃあ、どうすればいい……? 見分ける方法は……。アカツキなら人間は来れないからわかりやすいけど、この世界となると……。
あ、わかった。
「えっと。アカツキに行けば真弓さんはいないはずだよな……。
平井家にいって、俺がDIVEした時アカツキに居るやつは迷子人間以外、人じゃない奴だ。
もしリリスが平井家にいたら、アカツキで見える!」
「そういう事。
現地に着く手前でお前を降ろす。そこからアカツキに入って、平井家に来てくれ。霊は撃てないんだし、見えたモノ全て敵だ。とりあえず撃ちまくってくれ。
俺は訪問して聴取する」
リリスが真弓さんに憑いてたら……。
好きにぶっぱなせとは気楽に言ってくれるぜ。
「いや、待てよ? ポゼッションで肉体を奪われた後だった場合……アカツキでリリスは見えるのか?
奪われた人間の魂はどうなるんだ?」
「…………。完全に奪われた後は、取り返せない」
そんな……。
式のトラブルから二年も経過してるんだろ? そんな時間が経ってたら、そういう可能性だって………。
「希望はある。
式場の怪奇現象さ。二年前から起きて、今も起きてるだろう?
真弓さんがリリスになっていたら、もう式場なんて眼中に無いはずだ」
確かに。
何故、式場で怪奇現象が続いているんだろう。中沢さんの意思でも無いし。
「大福は式場でもリリスの気配を感じていたよな? 映像にも写ってた。リリスはまだ式場にいるんじゃないのか?
あ、でもそうすると真弓さんに憑いてるのは誰なんだ……?」
「ほんと謎だよな。
まずは真弓さんを視て、それからトーカたちの心霊スポットから何が出るかだ。
俺としてはゲロ撒き散らす真弓さんを祓っておしまい、ってのは理想だったんだけどな」
俺はやだよ。なんかあれ臭そうだし。
車は東北自動車道を北へ向かう。
「どのくらいで着く?」
「二十分弱。
猫屋敷は倍の時間かかるはずだ」
俺たちの方が先か……。
猫屋敷のオレンジ色の扉の先にあるのは、リリスがこっちの世界へ通った跡のはずだよな、多分。
「なぁ。さっき俺の煙草に火つけたライターってさ」
高速道路を走り続けてから十分程して、セルが難しい顔で聞いてきた。
「例のお袋さんの遺品か?」
「そうだけど?」
「見てもいいか?」
なんでだ?
ポケットから取り出す。別に普通のライターなんだけどな。
「なんか気になることでも?」
セルは差し出されたライターを手に取り、ハンドルの上で器用に指でグルグルと回し見る。
「お前の銃って、どんな火からでも出せる?
昔はこのライターじゃないと出せなかった?」
「……なんで?」
「当たりだろ?
お袋さん譲りなんだろうな。その霊力は」
「別に霊感なんかなかったと思うぜ? 聞いたことない」
「霊力ってのは、幽霊が視えるか視えないかだけじゃないのさ。
はい、返す」
俺の母親に霊感なんて、なかったはずだ。あったらあんな悪質な霊能者に引っかかんねぇよ……。
「もしかしたら、だが。霊力をもっと鍛えれば、この世界でも銃を出せるようになると思うぜ。
トーカは出来る」
「まじで?! ってか、そもそも焔は原理すら不明だぜ? 弾とか要らねぇしさ」
「サイコプラズマだと思う。霊能力を具現化してるんだろう」
具現化? 俺の霊感が物体で出るって事?
「別名エクトプラズム。昔、それを研究した熱心な教授もいたくらいだ。
霊媒や霊視の最中に人体から出る物質だそうだ。最も武器が出たなんて報告はないが、自由に形を変えられたりしたそうだ」
別に人体からは出してねぇんだけどな。
「次第に事例が報告され続け、今の大まかなまとめとしては『霊的なエネルギーが物質化した物』って括りで考えられてる。
何故、火から銃を出すかだが、最初はそのライターだけだったとなると、お袋さんから何らかの力添えがあったのかなと思ったんだ。そのライターを通してな」
「母さんが………?」
「煙草を吸う人だった?」
「いや。見た事はねぇ。隠れて吸ってたのかも。銘柄が女もんの煙草っぽいし、何となく部屋から遺品整理の時にこれを選んだんだ。柄が独特だし
可愛いだろ?」
「………ふーん……」
焔がどんな原理かなんて、気にしないようにしてたな。
使えなくなったら困るし。まして強くなるなんて考えもしなかった。別な火種から焔を出した時は、ラッキーくらいにしか思わなかった。
「意識次第さ。『銃』って概念さえ崩せればな」
「なんで? 武器って言えば、銃が一番強いだろ? 剣とか槍なんて使えるのは訓練した奴くらいでさ?」
「まぁ、一度になんでも吸収しようとするな。
出来るかもなって話だよ」
へぇ〜。剣かぁ。そりゃ、見目もいいし使えたらかっけぇって思うけど。
そういえば同じTheEND持ちのトーカはどんな戦い方をするんだろう。身体は子供だし。小さい武器だよな? 焔は反動も少ないから、最初に銃を出せたのは運が良かったのかもな。
「はぁ〜。億劫だな〜」
セルがため息つきながら、二本目を渡せと手を出してきた。
「煙草の匂い付くからやめた方がいいぜ。印象悪い」
「………上司かよ」
上司はお前だ。しっかりしてくれ。
「何が億劫なんだ?」
「ここだけの話、操られてる系の奴と話すの大っ嫌いなんだ。
俺はあの式場の佐藤でお腹いっぱいだよ」
あれなぁ〜。
「あんたトーカに任せ切りだったろ?」
「俺は事前の聞き取り調査や電話口で、散々嘘に嘘を上塗りされたよ。本人に自覚がないから始末に負えない」
俺も苦手だな。イライラした。
「ちょっと除霊、とか出来ないの?」
「霊ならできるが、悪魔の操りの場合は三分でまた戻ってくる。本体をどうにかしないと」
「はぁ……」
でも、そういうことなら最初から式場に、悪霊や怨霊なんているわけなかったわけだ。
「リリスって悪魔は強いのか?」
「悪魔の『リリス』って生き物だと思ってくれ。個体差がある。
昔は天使が堕天して悪魔が誕生したが、今は飽和状態で会社員みたいになってるよ」
「リリスって、まさかの役職名?」
「ああ。聖書にないびっくり事実だな。代替わりしてる悪魔もいるし、任命制だったり強奪したり。それこそTheENDでそのポストが殺されたら、また就任するだけってことだよ」
「なんか、世知辛いな。悪魔もうかうか部下の前で眠れねぇ訳だ」
「みかんならリリスに何人か友達がいたはずだけど……?」
それ本当に友達か?
絶対、みかんの一方通行の友情だよ絶対そう。
賭けるわ。
「はぁ〜お前ら、本当に意味わかんねぇ………」
「言ったろ? ゆっくり吸収しないと混乱するって」
「あんたのポンコツっぷりも含めて?」
「………クソガキ…。やっぱり煙草よこせ」
「吸いすぎだ! 我慢しろよ!」
「俺はカトリックだ。
禁酒禁煙はプロテスタントの一部だろ」
「いいや。イメージの問題だ」
「うわっ、いかにも日本人って発言だな〜。
誰しも平等に人間なんだよ!」
「自制心の問題だよ。客の前に行く前に吸うなよ」
「まだ到着まで時間あるし。ほら、よこせ」
「しょーがねぇなぁ」
真弓さんが突然、ポゼッションしてゲロ巻き散らかしたら、こいつ役に立つんだろうな?
緊張感ってより、不安になってきた………。
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