第17話 嘘と真実
「セル。ひとついいか?」
TheENDの力が欲しいならトーカが居る。
悪魔を殺すTheEND。
それが二人以上欲しいって、どういうことだ。
俺が
まさか雑用係なら、それはそれでいいけれど。
それとも悪魔祓いの生業から俺やトーカを排除したいのか?
「正直に言えよ? 変に嘘言ったら、もう何も信用しねぇ」
「あぁ……いいよ」
セルは少し気まずそうに視線をそらした。
こりゃ、嘘言おうとしてたな? 俺、その辺は勘がいいぜ?
『深く追求しない方がいい』
だからって嘘でこき使われるのはゴメンだ。
「あのマリアンヌ病院で会った時から、お前はなにか他の聖職者と違う臭いがするんだ。ナニカの気配が混じってる。
その理由を話せよ」
「………意外だな。鈍感な方かと思ってたけど、一人で生きて来ただけあるな」
見逃さねぇ。セルの『気』が揺らいだのを確かに感じた。驚いた様子はねぇけど、聞かれたくなさそうな話題のようだな。
追い込んで、吐かせる。
「それは、トーカのより直接的だ。魔力やなんかでもない。トーカの魔女のとも違う。
お前からは、悪魔の臭いがする」
セルは切れ長の冷たい眼差しで俺を見つめたまま、ゆっくりと腕を組む。
「この俺が、悪魔だと思う?」
「まさか。でも確かに悪魔の残り香だ。
お前、悪魔と会ってるんじゃないのか?
アカツキの中でか?
それともトーカに頼んでクロツキで?」
「………アカツキ」
やっぱりか。
店のショーケースも不穏な物だな。敬虔な信仰なんて、果たしてセルにはあるのかどうかも謎だ。
「ユーマ、はっきり言っておく。
お喋りはしてるが、それ以上のやり取りや、その悪魔たちに情なんかない」
「悪魔と話すなんて、危険だ。なんでそんなことをしてるんだ?」
「個人的な理由。
なぁ、お前、タバコある?」
あのなぁ……。
「俺、十八って言ったろ! 吸うわけねぇだろ」
「こないだ持ってたじゃないか。今どきの子供は悪い遊びしないよな。あぁでも代わりに薬物なんかがあるからな」
「どっちもしませんよ。
あの煙草は死んだ母親のもんだよ!」
「んなっ………なんで言わないんだよ! 俺吸っちゃったよ、クズじゃん!」
「そうだよ、吸っちゃったんだよポンコツ神父!
しかもライター以外、地獄でハルピュイアに上手いこと言われて盗られたぜ」
「いや。そりゃ、俺のせいじゃない。
人の持ち物にあれこれ言いたくはないけど、大事なところに入れておいた方がいいんじゃないか?
………じゃ、自分の吸うかぁ」
持ってんのかーーーいっ!!!
「ケホッ……! け、煙たい。窓開けてそっち行けよ!」
「生意気なガキに受動喫煙攻撃だよ」
「くそ。言いたい放題じゃねぇか」
「だって聞かれたくないことだったんだもん!」
もん!じゃねーよ。八つ当たりすんな。
「で!? 話の続きは!!」
「ハイハイ……」
セルは壁際にもたれてズルズルとしゃがみこむ。手には空き缶灰皿。見た目が完全に公園に
「俺もそうだけど、BLACK MOONに来る奴はさ、何かしらワケありだ。
トーカもアメリカで俺が拾わなかったら、追っ手に殺されてた。感謝しろとか、そういう話じゃない。
理由があって、普通に生活ができないのさ」
さっき本人も言ってたな。診断書があっても、なかなか仕事は………。うまく就けても、奇異の目で見られるだろうしな。
「見た目に分からなくても、佐藤もつぐみも、美香もだ」
佐藤……? 佐藤なんて居たか?
あぁ……大福か!!? 最早『大福』がしっくり来すぎて……。
「特につぐみは家出少女だった。実家は『ムカサリ絵馬師』の家系でね」
「む、む、サカリ?」
「ムカサリ。冥界婚ってのが、どうも東洋では盛んなんだよな。
簡単に言うと『死者の結婚』。伴侶の無い死者のために、相手を創って結婚させてやるのさ」
「それを絵馬に描くのか?」
「色々だけど、普通に紙だよ。日本では山形県の一部で伝統が残ってる。
中国やほかの東南アジアにも多い……日本とは方法も事情も違ってくるけれど。
実に興味深い」
つぐみんがいつも絵を描いてるのは、元からそういう家系に育ったのか。上手いもんな。
「あ、本業が画家ってそれの事か!」
「そう。ただご実家とは揉めてるみたいでね。勘当されて、ここに迷い込んできたんだよ」
宿、飯、アトリエ付きで少し歩けば商店街だもんな。
「腐らせるには勿体ない文化さ。俺はつぐみの考えは時代にあってると思う」
「勘当されたってことは、なんか悪いことしたのか?」
「本人のいない場所で言うのは気が引けるけれど、まぁメンバーにはお前の身の上は話してあるから………節度を持った上でな。
ムカサリ絵馬ってのは、成人前に亡くなった故人に、架空の婚約者を絵に描き、供養する物だ。
架空の人物でなければならない理由がある。お前なら分かるだろ」
「実在の人物が描かれたら……死ぬ……?」
「そう。死者に連れていかれる。
全員が全員じゃないだろうが、タブーなんだってさ。絵馬師の絵はアカツキへの出入口になるんだろうな。
ある日、いわゆる二次元キャラが大好きな少年が死んだ。数年後遺族が来て、見習いだったつぐみに仕事を任せると、つぐみは相手の嫁さんをアニメ調の二次元オリキャラを描いたらしい」
「そりゃ……ダメだろ……。
いや、どうかな? うーん………え〜?」
「つぐみの家じゃないが、過去に前例はあった」
「じゃあいいじゃん! いいのか? うーん、どっちだ?」
「問題は、依頼した遺族がどう解釈するかだよな。
それで、話をすると意見が割れたようでね」
つぐみんってバカ真面目にになんでも考えそうだしなぁ。しきたり通りに適当にこなせばいいものを、深く考え込んでしまったんだろうな。
「んじゃあ……! 霊感強いやつに、故人がどうしたいか聞いてもらったらよかったのにな〜」
俺の華麗な発想に、セルもタバコを咥えてにやける。なんだなんだ気持ちわりぃな。
「それをな。やったのさ。
何しろ東北は天然サイキッカーの宝庫だ。
死者の姿を視て、声を聞いて……それをできる僧侶がすぐ見つかった。
彼は『助けを求める者達』が群がる体質でね。
絵馬に描かれた亡者は、ご遺族とつぐみの家とでの揉め事を抑えようと必死に『霊聴』できる者を探したんだ。
そして、必然か……旅先で来ていたその僧侶に届いた」
「まさか………僧侶って……!」
「ああ。大福だ。
数日後、地元の寺を通して大福が遺族に紹介された。
結果、絵馬は修正されなかった。それが答えだよ」
うわ……俺、ちょっと考えさせられたかも。
つぐみんの考え方……か?
故人が望んでる幸せを与えるべき……? たとえ伝統的なしきたりがあっても。
いやいや。でも、御家騒動も理解出来る。
客はそんなつもりで依頼しに来たわけじゃないだろうしな。
俺も今死んで嫁が二次元とか、ちょっと勘弁だな。でも自分も二次元に描かれるからOkなのか?
「大福は本当に僧侶なのか? 坊さんにしては若くねぇ?」
「あぁ。彼も僧侶崩れ………世間ではね。
でも彼は毎日修行を欠かさないよ。食事以外はね」
「食いすぎて破門……?」
「あははは、まさか!
あいつの異能力に……どの寺も門前払いなのさ。
今は気のいい和尚に手紙で指導受けてるらしい。
電話や動画じゃダメなのさ」
トーカがそれらしい事言ってたな。
「『コトダマ』だっけか……?」
「ああ。霊能力が強すぎる上に、言ったことが本当になることがある。これがまず厄介でさ。
大福がしょっちゅう食い物を口に運んでるのは……一種の強迫観念なんじゃないかと思ってる、俺はね。うっかり、まずいことを言わないようにな。
そんな力があれば犯罪も容易いはずだ。
あいつは……自分の能力に向き合って、責任持って行動してる」
式場でカメラ持ちする時会話したけど、普通に喋ってたよなぁ。のんびり屋さんってキャラだとばかり……。
言霊………本当にそんなこと有り得んのか。
「そんな連中の集まりだから、意地でも自分で稼いでるのさ。俺の雇用なんて、必要が無い!の一点張り。
俺の持ってくる悪魔祓いをボランティアでやってくれてるし、俺もありがたいと思ってる」
「みかんは?」
「あいつはお前が直接聞けば、話してくれると思うよ」
だいたい想像つくな。
さて、本題だ。
「お前は俺が必要なんだな?」
「……………」
セルは最後に大きく煙を吸って、静かに空き缶へタバコ落とす。
「……ああ。必要だ。
倒して欲しい悪魔がいるのさ」
「本部に頼れないのか?」
「駄目だ。それは……」
「悪魔はどこにいる? クロツキか?」
「多分。だが、何層に居るのかも分からないし人間界にも出入りしてる。なのに未だに奴の名前も知らないんだ」
「アカツキで悪魔相手にお話ししてるのはそれが理由か?
なんのためにその悪魔を? 何があったんだ?」
「………お前と似たようなものさ。俺も身内がやられてる」
おっと、お仲間かよ。仇討ち希望?
「お前でダメなもの、俺に出来んのかな?」
「いつもあと一歩のところで邪魔が入って。
尻尾を掴んでは逃げられを繰り返してる。
俺にトーカが必要なのは、ゲートの能力。トーカの契約してる悪魔の使う術なら、直接行きたい地獄の階層へ行ける」
なるほど。
幼女のトーカに目を付けた理由はそれか。
「ふーん。
じゃあ最後に一つ。
お前、俺を随分ガキ扱いしてんじゃん。
年齢は?」
「………それは………勘弁してくれ。
俺は、全てが片付いたら聖職者なんか直ぐに辞める。だが、相手もかなりの手練で一人ではどうにもならない。
トーカがTheENDを使えても、倒してくるよう命じて地獄に堕とせるほど、俺はクズじゃないつもりだ。
だから他にも有能なサイキッカーが必要なのさ」
「トーカはこの話を知ってるのか?」
「ああ。長い時間、共に居て……
俺は魔女を隠蔽して、アカツキで用事を済ませてる俺をトーカも黙認している」
嘘……ではなさそうだけど。肝心の、倒したい悪魔ってのと、何があったのかまでは言わねぇか。
これが本当なら、トーカもセルに雇用されて報酬を貰えるはずだ。
まさか命を助けてやったんだから金は渡せねぇ!なんて言うんじゃねぇだろうな?
『深く追求しない方が』
トーカが言ってたのはこれのことか?
納得しておけ……と。トーカは報酬を貰ってる可能性があるな。
聞きたい気持ちが七割。だが、今はトーカを信用しておく方がいいのかもな。
活動を始めてから、一体何が起こるのか。
「ふーん。俺も仇討ちしたいし、お前も探してる悪魔がいるし……じゃあ、俺はしばらく悪魔探しをすりゃいいのか?」
「ああ。なにか手がかりになりそうなものなら、とにかくなんでもいい。
あとは簡単な雑用をしてもらう。
魔術具で必要なものがあったらなんでも言ってくれ。
俺の周りで雑用しながら悪魔を探す、見つけたら始末する。俺もお前の仇を真剣に探す。
それまで月30でどうだ?」
「ちょ、ちょっと待て!! 30〜っ!!?」
やっぱりか!!
0一つ多いと思ったぜ!
「おいっ、急にケチったな! 50にしろよ!!」
「無理無理。俺が破産しちまうよ!」
いや、こいつ多分あのショーケースの中身で相当儲けてると踏んでるぜ!
「50〜!」
「30だ」
「嘘つきじゃんかー。おー神よ! この不届き者に裁きを~。50。50! 50!」
「くっ……。よ…40……」
しょーがねぇなぁ。
「んじゃ、ポケットマネーに免じて。月収四十万だな? 確かに!」
心底ホッとしたようにセルはローマンカラーをグイグイと引き抜く。
「全くお前って奴は……!」
「きっちり書類も作れよな?」
「わかったよ。そんな心配すんな!
じゃあ決まりか?」
「いいぜ。っつーか、最初からざっくり稼げるみたいなこと言わなきゃいいのに」
「フゥ。貴重なんだよTheENDの能力者は。よく今まで誰にも嗅ぎ付けられずにやってきたよな。
まぁ、良かった。勿論、成功報酬は別個に用意するよ。これから頼むぜ」
セルは安心したように微笑み、髪のシュシュを解く。よく見たらシュシュには刺繍がしてある。六芒星だ。なにか意味があるのか?
「なぁ。トーカは、なんとかしてやれないのか?
悪魔契約って解除できないのか?」
「魔女は無理だな。それにトーカはもうズブズブだ。あいつが俺の教会に逃げてきたのは、まだ魔女狩りなんかがあった頃の話しさ」
時が止まる。
え、何言い出してるんだこいつ。
「……………話盛りすぎだろ」
「事実だよ! お前、なんか俺に冷たくない?」
「だって胡散臭いし」
「くっ…………。お外で粗相はしないから、問題ないんだ!」
認めんのかい!! ああ、そう。
でも確かに。
大人のトーカの黒いドレスは、今どきのパーティードレスとも違うし、普段着にしては現代的とは思えなかった。
つまり、その頃からセルも生きてたわけで………普通の人間じゃないってことだ。そりゃ本部になんか置いておけないよな。
セルも訳アリってことだ。
ふと、セルから笑みが消える。
「そうだな。
もしトーカが死に際に『契約者の悪魔の元へ行きたくない』と言ったら………。
悪魔を撃てるお前だけが、トーカを救えるのかもな」
「おっ、その手があったか! でもその瞬間にトーカと話せる場所にいないとダメだよな」
「うーん。難しいな」
それに、俺は百年で死ぬ普通の人間だけど、トーカは違うんだろ?
そんな機会が来るかどうか。
その時、セルの懐から着信音が響く。
「どうした…………。………ああ。いや、こっちから掛け直すと伝えてくれ。
………うん。じゃあ、会議後にすぐ向かおうか。
大福。本当に悪いが、食事をパックに詰めて車で食べれるようにしてもらえるか?
つぐみんとみかんに録画の再生準備をさせてくれ」
耳元からスマホを離したセルが、考え込むような面持ちで立ち上がる。
「緊急か?」
「…………ああ。
支配人を経由して新婦の実父から連絡があったそうだ。
式以来、新婦はずっと行方不明だったが、たった今、実家に戻ったらしい。父親の話ではなにか様子がおかしいらしいから見て欲しいって」
医者じゃなく、俺たちに連絡してくるのか。
「本体が出たのかもな」
「ああ。せっかくの夜だが、徹夜になってすまないな」
「別に。今度こそ俺の出番だな」
次はビビらねぇ!
…………………多分。
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