第16話 俺の部屋は廃ビルであって廃ビルじゃない

 「メンバー全員一人ワンフロア。中はリフォーム済よ」


 ワンフロアって……。広いぞ結構……。


 「はぁ……数年前までここは、本当に廃ビルだったんだけれどね……」


 トーカはブラウスのリボンをギュッと締めながら、呆れたような面持ちで言葉を漏らす。


 「なんか問題でも?」


 「ここはセルが買い取ったの。だけど、見目が廃墟だと悪い連中が夜な夜な、ガラス割ったり落書きしたりするのよ。全く! どこの国も変わらないわね! まぁ、日本は治安はいいとは思いますけれど。

 でも結局、市の方から『取り壊しはしないのか、街の景観が〜』とか、連絡がしつこいのですわ!


 頭にきたから、一般人には適当な商社ビルに見えるように、術をかけたのよ!」


 じゃあ本当に鈍感な奴らは、ここが商社ビルに見える挙句に地下の店にも入れねぇって事か。


 「術をかけてるのはトーカなのか?」


 「ええ。

 セルも知識はありますでしょうけれど、聖職者が施すには御法度な術式ですわね。


 たまに方向音痴のサラリーマンやセールスが一階にいらっしゃるけれど、ビルの中には誰もいないしドアに鍵もかけてるから……不審げに帰っていきますわね。ふふふ」


 な、なるほど。霊感のバカ強い殺人鬼が来ない限り安全……か?

 リフォーム済か。ナカが綺麗なのはありがてぇな。


 「それならもう、マンションとして建てちゃえばいいのにな」


 「そうね……でもセルも、そんな金銭的余裕無いんじゃないかしら」


 クスリと笑う。

 バカにしてると言うより、親しみのある笑いって感じだな。逆算してみれば、恐らく長い付き合いのはずだ。


 「それにマンションにしたら、今度は入居の問い合わせも来そうに思えますわ」


 確かに。


 「ユーマは、荷物はこれだけですの?」


 「………ああ。思い出しそうだからさ……色々。

 何も持ってこなかった」


 あのクソ親父の顔を思い出すと台無しだ。

 自立しよう。実家は親父と愛人の荷物置き場だ。


 「そう」


 トーカは深く追求してこなかった。

 エレベーターに乗り込み、階数を見る。

 地下一階から十階、屋上の文字盤。


 「みかんは高校生だから家から通ってるのだけれど、公平に部屋を用意してるわ。彼女は主に楽器の練習に使ってるわね。

 最上階はセルの部屋ですわ」


 トーカが押したのは⑧のボタン。


 「俺、八階? 序列的な……特に決まり無いのか?」


 「ええ。つぐみんが一番神経質だから二階なのよ。二階は外の非常階段から画材も運び安いしね。

 大福も早朝から木魚を叩くからつぐみんから離して、四階にしてるのよ」


 「んん? つまり誰が何階?」


 「地下一階はBLACK MOONアジト。

 一階は倉庫。

 二階はつぐみん。

 三階は空き。

 四階に大福でしょ。

 五階は簡易的な御堂。

 六階はみかんの部屋。

 七階は教会。

 八階はユーマの部屋。

 九階が私の部屋

 十階はセルの部屋。

 覚えきれなければシールでも貼っておきましょうか?」


 ここ、うっかり間違ってエレベーターのボタン押したら……ドアがオープンしてすぐに部屋だよな……? メンバー同士は正直、オープン過ぎるほどだな。


 「シールは……うん。頼む。

 そんなことより……」


 四階、五階は分かる。仏教の大福のテリトリーだな?


 七階が教会っ!!?

 教会ってなんで。ああ、そりゃそうか。うちにゃ神父がいるもんな。

 しっかし……あいつがありがたい説教を他人に説いてる姿なんて、なんだか胡散臭そうだ。信者より女の方が集まりそうだな。


 「教会って………日曜礼拝とかあんの? ここには人、入れねぇんだよな?」


 「あら、教会の説明されてませんでしたの?

 はぁ……昔から、セルはいつも説明不足なのよね……」


 トーカはウンザリと額を撫でる。


 「じゃあ少しご覧になって?

 基本的にはメンバーの居住階以外の、御堂や教会はいつでも入っていい場所ですのよ」


 トーカが⑦のボタンを素早く押す。


 ポーーーーン♪


 ギリギリセーフだ。

 エレベーターが七階で止まる。


 「う………わぁ……」


 別世界だ。


 十字架の彫物のある長椅子が並び、正面に大きな磔刑の十字架。

 左下にシックなデザインの電子キーボードがあって、聖書の乗った壇が一台。

 深紅の絨毯にはホコリ一つない。


 トーカはスマホで何かを検索すると、俺に見せてきた。


 「この教会は『オンライン教会』なの。

 ネットで住所検索してもここの教会が出てくるわ。直接来れるわけじゃないけど、ちゃんと教区や本部バチカンにも許可は取ってあるの。

 ミサや懺悔は、セルがオンライン配信なんかで管理してるの……現役の神父と言うのは嘘じゃないですわね」


 スマホでは教会のHPで室内をプレビューすることが出来る。

『ご案内』にはセルの紹介、オンライン教会の意義、次回のミサの動画配信日、個人チャット予約などがある。


 「なんでもデジタルの時代かぁ」


 「高齢で教会まで来れない人とかが多いから。意外と成り立ってるわね。献金は振込だし、ここに人が来なければ維持費も少しで済むわ。

 二ヶ月前には銀行強盗が懺悔に……何をセルに言われたのか分からないけれど、次の日自首したわ! ふふふっ」


 「そりゃグッジョブだな」


 スマホをトーカに返して、教会の中腹まで来る。天井には美しい天使の絵画が描かれている。とんでもねぇな。シールとかじゃねぇ。本物の絵だ。

 オンラインだけで使うのは勿体ないくらいの設備な気がする。


 トーカはエレベーターから出てこない。


 「どうしたんだ?」


 「冗談でしょ。私が聖域に入れるわけが無いじゃない………」


 あぁ、そうか魔女の性質上入れないのか。


 引き返そうとしてふと、あるものに目がいく。

 楽器ケースだ。

 HPのBGMも、オルガンの伴奏にトランペットソロだった。

 でもまさか……。


 「なぁ、HPの音楽吹いてんの………みかん?」


 「そうよ。部活でもやってるらしいわ」


 冗談だよな?


 「上手いじゃん!」


 「……??? そうね。ダメなの?」


 「いや、何が何だか……」


 なんであんなに地獄では下手に聞こえた?

 わざと下手に?

 あの馬鹿正直娘がそんな器用な事しないだろ。


 ……な、謎だ……!!


 「ユーマ? 早く『閉』を押して」


 「あ、ああ。

 そうだ。部屋代とか、報酬についてだけど………聞く機会なくてさ」


 「あぁ、生活費ね」


 ぽーーーん♪


 軽快な音と共にエレベーターが到着する。


 「って、うわ…………!」


 やっぱり広いっ!! 広すぎだ。

 物が揃ってないから余計にそう見えるんだろうけど。

 台所もあるし、下手なマンションより待遇いいだろこれ。

 ただ…………………。

 エレベーター降りてすぐ、廊下もなくダダっ広い空間に、無理矢理システムキッチンと風呂場なんかの水周りをつけただけ。さすがに風呂トイレに扉はあるものの……。


 「私は三部屋にわけて使ってるの。つぐみんなんかはそのままキャンパスだらけの部屋で……皆個性が出るわよね」


 こりゃ部屋を仕切るセンスと、ある程度の家具も素材代も必要だな。床はフローリングだ。

 マジで綺麗じゃん! ラッキー!


 「でさ、家賃とか心配なんだけど……」


 トーカは一度、一礼すると俺の部屋に入る。キャリーケースを横にたおし、その上にちょこんと座る。


 「それだけれど。お家賃はないですわよ」


 「マジでっ!!?」


 「ええ。ただし、基本的には報酬もありませんの」


 え……………?


 「報酬…………仕事の報酬……無いのか?」


 「ええ。慈善団体だもの」


 ちょっと待った!!!

 話違いすぎる! セルは俺に「毎回同額かそれ以上の仕事が舞い込んでくる」ってけ言ったよな!!?


 「セルには稼げるって聞いたんだけど?

 命懸けでエクソシストしながら、バイトしろってか……!」


 「それは……。セルに直接お聞きになって。

 謝礼は勿論いただくけれど、ビルの維持費や店の食費で赤字ね」


 俺、完全にニートじゃん!!

 あ、ああああ。分かった。

 つぐみんがエロ絵書いてるのも、大福が御堂を持ってるのも。フードファイター並に食う意味も……いや、それは違うか?


 「騙されたかもな。

 トーカは何かバイトとかやってんの?」


 「この姿じゃ、どこも雇ってくれないわよ。

 ネットで銀細工を売ってるわ。あとはオカルト好き相手に、パワーストーンをオークションサイトで売ったりとかね」


 あぁ。Witch Craftってやつか。効果絶大そうだな。


 「ユーマは何かありますの?」


 あるわけないじゃん! 今年卒業して、今夏だぜ? しかも就職難民。


 「俺に手に職とかあると思う?」


 嫌味で言ってる? ねぇ、嫌味で言ってる?


 しかしトーカは、な〜んともない顔で俺を見つめる。


 「ええ、勿論よ。…………きっと見つかるわ」


 断言。


 「えぇ〜?」


 そ、そんな真面目な顔で自分を肯定されるとは……。


 いやいやいやいや。

 無報酬ってなんだよ。あの300万は完全に餌だったのか!

 それとも頼めばなんか斡旋してもらえんのか? 貧乏は慣れてるけど、ここまで来て稼げないのは悩みどころだな。


 その時、下に行ったエレベーターが再び上を目指して向かってきた。

 そして八階で止まる。


 「どうだ? 住めないことないだろ?」


 セル。

 中をぐるりと見渡し、窓際にもたれる。


 「あ、セル。ちょうど良かった。あのさ……」


 「がらんとしてるけど……そうだな、トーカの部屋は上手い感じに住居になってるよ。

 俺はフロア全体をリビングとして使いたいから区切ってるのは水周りくらいだけだけど。自炊は店でするからキッチンもないんだ」


 気楽に話し始めるセルに、うまくタイミングが掴めない。

 でも、今のうちに聞いた方がいいよな?

 生活の上で大事な話だ。


 「セル、あのさ。俺がここに来る時の………その、報酬の話なんだけど……。

 ほら、どのくらい貰えるのかなぁとか、生活できるのかなぁとか、気になったって言うかさ…」


 「あぁ。そうだったな」


 セルは窓から外を眺めた。そしてその窓ガラスに映ったトーカに目配せをする。


 「……では、私は戻りますわね」


 「あ、ああ」


 トーカはキャリーケースから立ち上がると、俺のそばで静かに、一言呟いた。


(深く追求しないこと。彼と話すと、損をするわよ)


 損………?

 どういう意味だ。

 金銭的に損をする……? な、わけないよな。

 追求って、なんの事を……?


 トーカはエレベーターに乗ると、不安そうに俺たち二人を見つめながら去っていった。


 「なんだよ……別に取って食ったりしないよ」


 セルが小さく笑う。


 「確かに言ったよ、俺。300万の話だろ?」


 そうそう!! それそれ!


 「まず、ここのBLACK MOONの基本的な金の話から説明するか」


 「ああ。無報酬って本当なのか?」


 俺の問いに、セルは簡単に頷いた。


 「YES。お前たちはバチカン非公認なんだから、給料なんて出るわけが無い。

 俺ですら専業では厳しいんだぜ。昔は違ったけどな」


 まじかよ………ほぼボランティアじゃん。

 うーん、でも副業OKなんだから、家賃も光熱費もタダでここに住めるだけでも、釣りがくるほどありがてぇよな。


 でも……。


 「じゃあ、300万ってなんだったんだ?」


 セルは長い金髪を纏めながら、視線を落とす。


 「……お前は俺が直接雇用するんだ。

 俺のポケットマネーで」


 なんのために?


 「TheENDの使い手がどうしても必要でね」


 ってことは、悪魔絡みか。

 トーカは深く追求するなと言っていた。

 落ち着いて話を聞こう。

 おかしな条件には………なんか、まるで詐欺師と会話するみてぇじゃねぇか!


 俺もセルには聞きたいことがある。

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