第15話 牛タン戦争(俺はお前が食べたい)

 車の中は無言だった。

 でも、トーカはどことなく穏やかな眼差しで夕暮れの街並みを見つめていた。

 その顔を見てると、子供の顔なのに落ち着いてるって言うか、人形みたいに綺麗な顔立ちだ……。化粧っ気がないのにバランスがいいっていうか。外国人だからなのか?

 霊視で見えたトーカはすげぇ妖艶な女だったもんな。子供の頃ブスなわけが無いよな。


 セルは『可愛い子が多い』って言ってたけど、つぐみんも清楚で品のある顔つきだし、みかんも喋らなければ素朴で健康的な美人だ。


 別に女を期待して来たわけじゃないけど………みんな個性が強すぎる。

 俺の考え方がダメなんだろうな。素直に喜べばいいのに。

 初恋の子の時もだ。好きになった勢いで霊視したら、その娘はわんさか霊を背負ってて、勝手にドン引きして終了した……。


 クロツキで活動する以上、俺はこいつらをオカルト的にしか見れねぇだろう。

 あぁ、でも。なんでか全然ガッカリしねぇや。


 みかんはハルピュイアを倒さなかった。

 あれって俺にも出来んのかな?

 犬一匹、倒そうかどうかパニックになってた俺が?


 チークルームから出てきた時、俺には鏡越しにしか見えない中沢さんを、大福は裸眼の状態で簡単に視えている。


 俺ももっと……強くなりたい。

 経験も知識も足りてねぇ。こんなんで仇討ちしたいので情報ください、手伝って下さい、なんて言えるわけねぇ。


 車は元きた道を戻っているようだ。

 みかんはつぐみんと乗用車組だ。


 「トーカ〜。ユーマも来たことだし、なにか美味しいもの食べる〜? 夕食だけでも!

 撮影資料は朝イチに観れるようにしておくよ〜。

 この件が終わったら歓迎会でもしてさぁ〜」


 大福が運転席から言ってきた。

 少なくとも、歓迎されてんのはありがてぇな。

 お荷物には、思われたくねぇ。


 「そうね。でも中沢様は早くあげないといけないわ。

 ディナーくらいなら………そうね、ユーマは何が好きなの?」


 「俺は……なんでも食うからなぁ。

 みんないつも、地下のカフェで食事すんのか?」


 「ええ。セルか大福が居れば、大抵なにか作ってくださるわ。美味しいのよ。

 滅多にないけど、あの店は一般の霊能者もお客で来るから、開けておかないとならないしね。

 他で外食なさる時は自由よ。

 大福は新しい飲食店に目が無いし、つぐみんはアトリエに籠るとほぼ絶食で絵を描き続けるわ。みかんは部活が終わったらほぼ毎日来て門限まで居座ってるの」


 「みかんは高校生? 俺より下だよな?」


 「ええ、十七歳。式場の丘から海側に学校が見えたでしょう?

 そこよ。旺聖高校ですわ」


 名前だけは聞いたことある。なんだっけ? 運動部が強いんだったかな。


 「聖………って事は、ミッション系?」


 「カトリックですわ。セルが度々、ミサに呼ばれているの。あそこの教区の神父とナカがいいのよ」


 「ふーん」


 でも、みかん自身は信仰深そうなイメージはねぇな。親の方針とか、たまたま家が近いとかで入学したのか?


 「なんでもいいなら、適当に作るよ〜」


 「ええ。それにこの街も案内したいわね。しばらく退屈しなそうですわね!

 とりあえず今日は食事だけでも全員一緒に……ユーマ、遠慮なさってる? 食べたいものはなんでも言っていいのよ?」


 うん。

 俺、やっぱりここに来て良かったかな。悪い奴らじゃなさそうだし、能力は本物だ。俺以上に、それぞれが能力を思い通りに操ってる。俺はただ焔に使われてるだけだ。


 ここで勉強しよう。

 そして、アイツを……探し出し、倒す。


 「サンキュ! 店のメニューとかも見てみたいし、着いてからでいいか?」


 「おっけぇ〜ぃ」


 大福が招き猫のような笑みで答える。


 そういや、中沢さんをあの世にあげるのは坊さんの大福がやるんだよな? 夕飯の後にやるのか? あまり手の込んだものを注文しちまうのはまずいのかもしれねぇしな。何がいいか………。


 うぅ。強いて言えば、牛タンだ。

 でも、だめだ。俺は炭火で焼いた、牛タンを食いてぇの。あの店、炭とか無さそうだもんなぁ。

 俺の牛タン、アディオス。

 もうここまで来たら、何がなんでも炭火で焼きたての牛タン定食が食いてぇんだよ! テールスープ付きでだ!


 でもまぁ、大福みたいな体格の奴って何作っても美味い傾向になるよな。

 父親しかいない俺の家に、おかずを持ってきてくれた歴代のおば様たちゃ〜、全員もれなく贅にk……ふくよかだったしな!


 今までキャベツとレタスのみだったんだ。選べるだけでもサイコーに贅沢だもん、なかなか決まんねぇよ。


 ****************


 廃ビルに到着。相変わらずボロいビル。

 時刻は18:00だ。


 トーカが乗用車組に食事の件を提案している。


 「ご飯?! 食べる! 親に連絡してくる!」


 みかんはスマホ片手に離れていった。


 「歓迎会は別にやるのね? 忘れないように。

 あと、ユーマとみかんはお酒飲めないわ。ダメよ。未成年を預かってる以上、そういうことはキチンと守らないと」


 若干、煙たそうにトーカが眉を寄せる。


 「承知のうえですわ。………あまり神経質になるとお肌が荒れますわよ」


 つぐみんらしいや。几帳面そうだもんな。

 ………この二人は………仲良いんだよな?


 それを俺と大福が眺める。

 なんか、大福が一番普通の人間に感じる……。


 「俺も飲ま無いしなぁ〜。つぐみんとトーカとセルの三人だけだよ」


 「え、トーカ大丈夫なのか?」


 「当然ですわ! 私は見た目が子供なだけです

もの」


 地獄耳っ! トーかがムキになってグリンっと振り向く。

 だって、なんか絵面がやばいだろ!

 そこへ録画機材を持ったセルが店へ降りて来た。


 「ぜぇ、ぜぇ……あ〜…お前らも運べよ……。車上荒らしでとられてもいい物なんだろうな?」


「車上荒らしが触れた途端に幻覚を視る術を細工しているわ!」


なにそれ……コワイ。


 「なぁセル、こいつに……トーカに酒飲ませて大丈夫なのか!?」


 「大人だからいいのよ! 執拗いですわよ!」


 セルはトーカを見下ろして、頭を抱える。


 「うーん、トーカは『下垂体機能不全』として診断書書いて、いつでもそれを持たせてる。年齢としては法に触れないよ。

ただ、アルコールが体にいいわけが無いよ。健康のためにも暴飲はして欲しくないかな」


 「ふん! わたし、酒に酔って潰れたことなんて一度もありませんけれど、貴方はどうなのかしら?」


 トーカが嫌味ったらしくセルを睨みつけた。


 「……くっ……。俺はい、いいんだよ。俺は自室でしか泥酔しないぜ」


 「トーカに同意だわ。そんなことよくも言えるわね。目覚まし時計と着信音で起きないほど飲むのはやめて欲しいわ」


 つぐみんもうんざりとセルを一瞥する。

 なんだなんだ、ここは酔っぱらいの巣窟か?


 「ユーマ。トーカは職質受けるから、飲む時はここくらいでしか飲まない。多目に見てくれよな」


 「わ、分かった。そ、その方がいいぜ!」


 強引に纏めたな……。

 っつーか、いい歳して潰れんなよ………。


 「戻ったよ〜ん。

 なんの話ししてんの〜?」


 みかんがキョロキョロとメンバーの顔を見回す。学生には関係の無い話だ。うん。


 「なんでもないよ」


 「うわ! ユーマ、隠し事っ! ふえーん!」


 「違っ………」


「んじゃ言って」


なんだ今の悪質な嘘泣き! 満面の笑みじゃねーか。

 ニヤニヤするみかんとは不釣り合いに、つぐみんは深刻そうに説明する。


 「トーカの身体でアルコールを摂取するという、健康上のリスクについての議題よ」


 真面目かよっ!

 そんな大事オオゴトではないんですけどねぇ。

 なんか……つぐみんにセクハラ発言とかは気を付けよう、一応。


 「でも、本当は悪魔絡みの術な訳だし!

 大丈夫なんじゃない?」


 でも身体が子供なのは事実だろ?

 診断書書いてんのはセルか? ある意味ほんとよく出来た組織だぜ!


 「ほらね。診断上はいいって言ってますのよ?

大福の肥満の心配もしておやりなさいな!」


「それは一歩間違えるとイジメになるもん!」


 本人がいいってんなら、止めることもないか。

 全員が納得しかける中、セルだけが不満そうだ。


 「とりあえず、俺の部屋から医療用アルコール盗むのだけはやめてくれ……。

 店にある酒飲めよ」


 「こんなもん度数がクソですわ」


 あ、そう言うレベルの話?

 そうなっちゃう? 人外的な……?

 医療用………本気で言ってる?!


 「とにかく飲むな。飲みもんじゃないだろう?」


 「わたしの勝手ですわよ」


ちょっと間に入った方がいいのか?

なんか言え、俺!!


 「でもさぁ、身体の負担もって言ってるし……俺もトーカが酒浸りになってるのは見たくねぇかなぁ!」


 俺の言葉に、トーカが一気に赤面して眉を吊り上げる。あ、やべぇ。余計なこと言っちまった!


 「あぅっ………! ……か、勝手ですわよ!」


 だよな! だよな! 余計なお世話だ。


「へぇ……ユーマ、貴方って意外だわ」


つぐみんがクスりと笑い、ニヤニヤとカウンターに腰をおろす。トーカはエアコンの前に移動すると、怒りを押さえ込んでいるのか無表情で深呼吸を繰り返している。

 ああぁ、心臓に悪い。

 さっきのつぐみんのビンタで、何がメンバーの地雷かわかったもんじゃねぇし。


 「ねぇねぇねぇ! ユーマは何食べるの?」


 みかんがメニューを持ってきてくれた。

 相変わらず空気読まねぇ〜!

 ってか、大福は普通に聞き流してんな……。


 突っ込みきれない。


 「メニュー、色々あるんだな」


 軽食が多いのかと思ったら……意外となんでもありだ。ここで毎日飯食えるなんて、俺も肥満に気を付けよう!


【炭火焼牛タン定食(ライス、テールスープ、サラダセット)】

【単品 炭火焼牛タン(ライス別)】


 「………………。えーと……」


 いや、何故お前がここで出てくる牛タンよ。

 食えんのか? 今ここで。

 だがいいのか? ここで。


 「ぎゅ………牛タンあるの?」


 俺の一言に、全員が顔をあげた。


 「牛タン? ユーマは牛タンが食べたいの?」


 初めて見たよ、みかん。

 そんな真剣な顔。


 「まぁ……名物料理ではあるけれど、実際各地で食べれるわよね牛タンって」


 つぐみんの言う通り。別に牛タンを提供する店を見た事無いわけじゃねぇ。

 ただ名物なら、せっかくだし。


 「俺の牛タンは分厚くて美味いよ〜」


 大福の見た感じからすると、量もありそうだしな!


 「せっかく牛タンが食べたいのなら、専門店に行く方がいいんじゃないのかしら」


 つぐみんが言った一言に、みかんはただならぬ様子で詰め寄る。


 「まさか、牛タン政宗とか言わないよね? 私は断然、向かいの片倉屋の方が……!」


 「片倉屋はスープにネギが入ってないし百円高いのよ!」


 「政宗は女性は烏龍茶一杯サービスだもん」


 「片倉はライス大盛り無料よ? ユーマに女性メニューの話しても仕方ないでしょ?」


 この二人、どうにかしろ。

つぐみんはキレやすいのか? アレな日か?

 それとも俺はキノコとタケノコ並の戦争の引き金を引いちまったのか?


 「おい、お前ら」


 セルが呆れた様子で割って入ってきた。

 はぁ。全く。

 揉め事は勘弁だぜ。


 「ユーマは炭火焼牛タンって、いつ言ったんだ?」


お前もか!?


 「ユーマ。牛タンならこの道沿いの角の5階に、めごちゃんって店の牛タンシチューの美味い店があってだな……」


 違う、そうじゃねぇ。

 意見をまとめろよ!


 「無いわ却下よ! 突然シチューに誘導するなんて。

 まずは牛タン定食食べてからでしょ!」


 つぐみんはちょっと落ち着け!

いやいや、どの店も別に日を改めて食うからさ。


 「ユーマ、牛タン弁当は? 仕事の時、買って持ってこうよ! 明日とか!!」


 みか〜〜〜んっ!!!

 油を注ぐな!


 「あのさ……そうだ! トーカはアメリカ生まれだろ? 牛タンってどう思う?」


 俺なに聞いてんだ?

 普通に食材だよ!


 「みかん。リーダーとしてある程度の審判をするわ。

お弁当という条件は、それは狡いのではなくて?

 出先のお昼ご飯なら、誰だって牛タン弁当を選びますわよ」


 おーい……リーダー……。

 だ〜めだ。こりゃ。聞いてねぇ!


 やっぱ男同士だよな……。


 「大福よ……」


 「うん〜?」


 「とりあえず、俺は今日お前の牛タン食いてぇぜ」


「俺はねぇ〜、ずんだ大福がオススメだよ〜?」


 うん。聞いた感じ、しばらく食べ比べに飲食店歩きは困らなそうだな。


「今日は……いいかな……」


 「分かった〜! よ〜〜〜し、どんどん作るよ〜!

 みんな、俺が料理どんどん出すから配膳お願いねぇ!」


 つぐみんがポケットからメモ帳とペンを出す。オーダー票か?


 「『俺は今日、お前の牛タンを食べたい』………と。

 うん星2ね。斬新だわ」


 何してんのこいつ。え、それネタ帳?


 「大福、精進料理も忘れないでね」


 真顔のままつぐみんが大福に言う。

 あぁ、そういうのはしっかりしてるのね!

 理解出来ねぇ………。


 精進料理……中沢さんの供養に使うやつか。そういえば俺に憑いてるんだったな。自分では自分の背後って分からないもんだな。


 「肉料理は、これを呑みますわよっ! よいしょ……!」


 トーカは椅子に登って、よろよろとカウンターから酒瓶を取っている。

 みかんとつぐみんがエプロンをつけるが……みかんのヨダレは、皿に垂れないか不安なんだけど……。


 「出来たら呼んでくれ、俺は片付けが済んだら一度部屋に戻るよ。

 あぁ、そうだった」


 セルは物置に機材を片付け、ふと思い出したかのように立ち上がる。


 「トーカ。ユーマを部屋に案内してくれ」


 セルが鍵をポケットから取り出した。

 そうだった。今日の夜から俺はこの街で眠るんだ。

 しかも快眠……!


 「そうね。今のうちに済また方がいいですわね。

 ユーマ、いいかしら?」


 「お、おお」


 そういうとトーカは店奥の薄いカーテンを開ける。

 てっきり食品の在庫棚でもあるのかと思っていたが………エレベーターだ。


 「まさか、住むのってこの廃ビル?!」


 「メンバー全員そうよ」


 まじか!!

 怖っ!!

 夜中になんか出ないだろうな!

 いや、既に俺の後ろに一体憑いてるけどさ。

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