第14話 生け贄

 「お疲れ様」


 声をかけて来たのはトーカだ。

 顔をあげて周囲を見回す。


 「みかんもいるわ。一旦、今日は戻りましょう。

 体勢を整えたら、新婦の方へ出直すわ」


 「あ、あぁ……」


 エアコンが効いていると言っても薄手のパーカーを着ている分、中はグッショリだった。半袖のパーカーどっか作れよ…。タンクトップが汗でヒッタヒタだ。

 いや、本当は違う。

 冷や汗とか脂汗とか……多分DIVE中、すげぇうなされていたはずだ。


 トーカに見られてたか?

 それはちょっと……なっさけねぇ〜……俺。


 「ロウソクの火、消すわね?」


 この世界では確かに手元にある提灯を、トーカがソっと持ち上げる。


 「あ、うん。

 ……?」


 そのトーカの横顔になにか違和感を感じた。

 なんだろう? なにか………。

 いや、その前にここを出ないとな!


 「あぁ。ユーマ……あのね」


 「いや、一旦出るよ! 女子トイレだしさ」


 何かおかしい。

 トーカは……こんな雰囲気だったか?

 とりあえず出よう。


 モヤモヤしながら椅子を元に戻すと、鏡の中にだけ中沢さんが映っているのが見えた。


 「あ……! 中沢さん!」


 俺に憑いてんのか!

 こんなふうに見えるんだな。これホラーだよなぁ。

 森で会った時より、ずっとやつれて生気がない。地獄では本物の人のようだったのに。


 「一先ず、奪還成功ですわね」


 「良かった…!」


 蘇生してやることは出来ねぇけど、これで供養は出来る。


 コンコン!


 「トーカ?」


 そんなこと考えていたら、つぐみんがチークスペースに入ってきた。


 「ユーマは戻ったの?」


 「おー、戻ったぜ。はは、なんか久々に旅行から帰った気分」


 しかし、チークルームに来たつぐみんは俺の言葉が聞こえているのかいないのか。

 トーカを見て、唖然と立ち竦んだ。


 「あなた……またやったのねっ!?」


 威嚇する獣のように眉を吊り上げるつぐみんに、トーカはたじろいだ。

 このお高くしているトーカが、だ。

 つぐみんの怒り方は尋常じゃねぇ。

 もしかして俺、気付いてないだけで、とんでもねぇヘマしちまった!?


 「………そのっ、それは今説明を……」


 なんだ? なんの話なんだ?

 つぐみんは少し痛いくらいの力で俺の二の腕を掴みトーカから引き剥がした。


 「ユーマ、なにかあったの!? みかんはすぐに合流したのよね!?」


 なんだ? なにか言っちゃいけないことでもある感じだけど、見当がつかねぇ。


 「すぐにではねぇけど、大丈夫だぜ。セルが時計持たせてくれたし。

 いや〜でも、まさか地獄まで行くとは聞いて無かったけどな! ははっ。ちゃーんと帰ってきたぜ!」


 「聞いて……無かった……?!」


 俺の言葉に、なにか察した様にトーカを睨みつける。


 一瞬だ。

 パンっと乾いた音が響く。


 「最低女!!」


 トーカは叩かれた頬に手を添え、出ていくつぐみんを冷静に見つめて突っ立っていた。


 「だ、大丈夫か?」


 トーカは視線を落としたまま口を噤んだ。

 つぐみんは何に怒ったんだ?


 「………ぁ!」


 トーカの様子を伺おうとして、ようやく俺は違和感に気付いた。


 今日、店で会った時より……トーカは洋服がキツそう……?

 それでもまだ幼児体型のままだけど、ほんの少し身長が伸びてる。

 昼間は、立ってちょうど顔がへその辺りだったよな?

 今は二、三センチ……少し上だ。


 「な、なんで……?」


 「あの白い部屋はね。私の契約者のテリトリーですのよ。

 ユーマは、あの白い部屋で『恐怖』を感じたでしょう?」


 「恐怖……が、どうしたんだ?

 あのジジイか? 契約者ってことは、お前を子供にして寿命を奪った悪魔なんだよな?」


 「私が人間の『負のエネルギー』を貢いだら、少しだけ年齢や寿命を返してもらえる事になってるの」


 トーカは後ろめたそうに俺を見上げる。

 そうか。

 ん? でも、だったらトーカは元に戻れんのか?

 そりゃ戻りたいよな。霊視じゃ俺よりほんの少し上くらいのはずだったもんな。

 子供になったら不便だよな……。


 えと、じゃあ。俺、嵌められたって事?

 セルがみかんを呼ばなかったら、本当に死んでたかもしれないし。

 その時、俺の感じた『恐怖』が負のエネルギーだから、それを契約者に与えれば元に戻れる。

 故意に、俺に怖い思いさせたって事?


 「怒った?」


 トーカから感じるのは後悔と自責の念。好き好んでやってる訳じゃないって事かよ。


 「別に戻って来れたし……怒っちゃいねぇけどさ……」


 あぁ、でも。俺のビビり、無駄じゃなかったんだな。ビビってましたってバレてるわけだから、ちょっと恥ずかしいんですけどねぇ?

 なんて言ったらいいんだ。


 そこへ騒がしい足音が近付いて来た。

 あ〜〜〜もうっ! 見る前から誰だか分かる!


 「やっほーい!! ユーマ! 来たよ〜。初めまして〜!」


 「みかん……」


 洋服を着てるが、手には学校指定の運動着鞄。

『旺聖高校 吹奏楽部』。

 まじか。

 あのトランペット、まじか………。部員おつかれ。


 「なんかぁ、つぐみんがめっちゃ怒って出てきたんだけど……って、うわっ!リーダー暗っ!どうしたのっ?」


 「あ〜、いや。大したことじゃねぇんだけどさ!」


 「いつもの事よ」


 俺が何とか取り持とうとすると、トーカははっきりと言い捨てるようにみかんに言葉をぶつけた。


 「あなたの時も、つぐみんの時にも、私は同じ事をしたでしょう。

 今回もユーマにやっただけよ。

 でも、私……こうでもしないと……!」


 取り乱しそうになっているのはトーカ本人だけで、みかんは何か思い出したように笑いだした。


 「あっははは!! あったねぇ、そんなこと!

 でも全然ダメだったんだよねぇ〜!

 私、天使 悪魔 悪霊 妖怪 何でも来いだからさ! 懐かしいねぇ〜」


 トーカはふと顔をあげてみかんを見ると、ため息を一つついて微笑んだ。


 「……はぁ……。

 あんたは一体、いつも何がそんなに楽しいのか、理解不能ですわ」


 「めっちゃ楽しいもん!

 学校もクロツキも、新しい人外と話できる!」


 みかんの気質だ。

 悪魔は契約者から、過剰な代償を受け取って力を貸す。だが契約した人間が死んだら、死後に自分の魂が奪われる。


 一方、天使は信仰心を代償に、救いや慈悲を与える。天使は契約なんかをしない。

 まぁ、天使に契約制度があったら……仮に、するような奴がいるとすれば……みかんみたいなやつなのかもな。

 底抜けに陽の気を持った裏表ない……いい阿呆?


 「全く……」


 トーカが一瞬にして、呆れ顔に変わる。


 負のエネルギーが貢物か。

 恐怖と絶望と、怒りも入るのか?

 見方を変えりゃ、それらを与えればトーカは元に戻れるんだよな。


 俺の深刻さをよそに、みかんはヘラヘラと笑う。


 「ユーマは全然大丈夫だったよ?

 しょうがないよリーダー。悪魔契約は解消できないもんね。

 しかも死んだら力を貰った悪魔に何されるか分かったもんじゃないし……うぅ、ゴーモンされるかもだし。

 折角なら元に戻って大人のお楽しみしたいもんね!」


 言い方悪っ。

 こいつが天使と契約出来るなんて、前言撤回だっ!


 「分かるよォ〜。ユーマもそう思うよね?

 せめて私たちくらいの年齢まで戻してあげたいよ。カラオケとかカフェとか行きたいもんね!」


 「あの、違うのみかん。

 ユーマを騙したのよ。地獄に行くのも、車で説明する決まりだったの。

 わざと地獄に堕としたの」


 「んん〜。

 でも、仲良くなってからじゃ可哀想だから、初対面でやるんだって言ってたじゃん?」


 まじか!! タチ悪ぃ!!

 あぁ。でも、う〜〜〜〜〜〜ん。

 確かにすげぇ信用しまくってからやられたら、俺泣いちゃうかも!


 「つぐみんは特に怖い思いしたから、ちょっとトラウマになってるだけだよ」


 つぐみん、地獄で何があった……。

 っと、そうだった。


 「な、なぁ。それなんだけど、俺たちは毎回地獄に行くのか?」


 「そうだよ。黒い月の世界。地獄。

 だからBLACK MOONなんだってさ」


 「赤い月の世界は……」


 「アカツキで不可能だった仕事が回ってくることが多いんだよ」


 やっぱり、これから単独であの世界で戦うのか。


 「大丈夫だよ!

 ねぇ、リーダー。ユーマの武器って凄いかっこいいんだよ! アニメの銃みたいなんだ!」


 「そ、そんなの。私も出せますのよ!」


 「え〜? ほんとに〜?」


 「本当ですわ! 多分……ゴニョ」


 みかんの武器はこの『気の質』だ。

 交渉人でもなんでもない。存在自体が武器になってる。

 喋るもの撫でるもの、全てがトモダチだ。

 相手は……うんざりしていたが……。


 俺は戦えるのか?


 「なぁ。俺がいっぱい怖い思いしたら、トーカは元に戻れんのか?」


 「……?

 あ………いいえ。もうしないから、安心してくださって結構ですわ」


 大福もみかんもつぐみんもやられて、そんでもトーカは八歳くらい。今回の俺でようやく小学生中学年かな……ってくらいだ。

 それは、悪魔と契約して魔女になって、村から逃げた時……トーカはよちよちの幼児の姿だったって事だ。

 契約はまるで呪いだ。人間にメリットなんか無い!

 悪魔の代償がこんなにキツイなんて。漫画で見た設定よりずっと、重く深刻な問題じゃねーか。


 でも、解決策がある!


 「俺、別にいいよ」


 「え?」


 「『負のエネルギー』を感じるのは、絶対あの白い部屋じゃなきゃダメなのか?」


 「い、いいえ。エネルギーはアイテムを介して吸収出来るから、それを作れば……」


 「なら、それくれよ」


 トーカは涙目だった。そして呆然と俺を見上げた。

 つぐみんがなんで怒ったのかは、何となく分かる。

 何も説明しねぇで恐怖を煽って、それを餌として自分の悪魔に献上してたわけだ。


 東京にもいたって言ってたから、トーカが日本に来たのって最近じゃねぇだろうし。

 何年もの時を俺が同じく過ごしたら……俺はもっと悪どい方法で、他人を傷付けても元に戻ろうとすると思う。


 「夜眠れる指輪をくれたろ?あれの礼だよ」


 「お礼なんて……私はあなたを……何故そんなこと……」


 違う。


 「あぁ、まぁ。次は今回ほどビビったりしねぇかもしれねぇけど。

 エネルギーを採取できれば二度美味しいじゃん」


 違うんだ。

 俺、見栄はってるだけ。


 俺にあるのは、確実な悔しさと自信の喪失感。

 そしてまた地獄に行った時、慣れるまではビビりまくる情けねぇ確証。


 こうでも言わねぇと、格好がつかねぇんだよ。


 「アイテムってすぐ作れんのか?」


 「それはすぐに………でも……成長する毎に必要とするエネルギーの量が大幅に増えるの。

 クロツキに来る前からずっとやってて、それでもまだこんな姿なの。簡単じゃないの!

 前回はつぐみんが……」


 「おれ、別にいいぜ!」


 「うわぁ〜その手があったか〜。めっちゃいいじゃん! 私もアイテム頂戴!」


 横入りすんな!


 「みかん……あなたに恐怖心があるとは思えないけれど?」


 「えぇー?

 じゃあ、一緒にお化け屋敷行こーよ! 八木山にあったっけ?」


 「ちょっ……やめてくださる!?」


 みかんが一人盛り上がるが、相反した態度でトーカは強がる。


 「………今のあなた達から生気を吸い取ったりしないわよ!

 帰るわよ!」


 トーカは涙を指でそっと拭うと、足早にチークルームを出ていってしまった。


 「怒らせちまった?」


 「そうかな? こっちがあっさり承諾したからびっくりしたんじゃないの?」


 あぁ。ツンデレ的な?

 いやいや、中身それなりの歳で更に魔女だろ。そこは狡猾に俺たちを利用すればいいのに。

 素直じゃねぇなぁ………。


 「ところでさぁ、ユーマ。

 さっき怖かったの?」


 ギクッ………!


 くそ、こいつの悪意のない疑問やめてくれ!

 なんかみかんに言われんのは癪だ。


 「まぁ。びっくりしたっつーか? 対処法を悩んだというか〜?」


 「ほぇ〜?」


 話題を変えろ俺!


 「早く俺達も行こうぜ」


 「んむ〜?」


 トーカの事はセルに間に入ってもらえば、うまく話が纏まるかもな。ただ、今はそっとしておこう。


 俺とみかんが女子トイレから出ると、全員揃ってホールに立っていた。


 「あ〜、中沢さんだねぇ。戻ったら経をあげるよ」


 大福が俺の背後に声をかける。

 そういえば、俺に取り憑いてんだった! なんか冷房効いてんなと思ったら、これ霊障かよ。悪寒がする!


 「あー……つぐみん、あのさ……?」


 「うるさいわね! 別にいいのよ同意なら!」


 おっとこっちはブチ切れモードだったな!


 「トーカ! あなたもあなただわ。アイテムで私も貢献出来るなら、もっと早くに頼るべきよ!

 仲間の欠点を補い合うのがクロツキなんでしょ!」


 思わぬつぐみんの言葉に、トーカの方が驚いていた。


 「つぐみん〜。素直じゃないんだからぁー。もっと優しく言いなよォ〜」


 「うるさいわよ真ん丸坊主!」


 つぐみんはなんか怖い思いしたんだな。俺を思ってトーカに楯突いただけだし、別にトーカと仲が悪いわけじゃないんだ。

 多分、何事も白黒はっきりさせたいタイプなんだろうな。

 うん………こんなに生真面目そうな性格なのに、エロ同人描いてんのかぁ……怖ぇ。


 「思ったより仲良く出来そうだな。

 じゃあ戻ろう。」


 セル。

 こいつは当時アメリカで。聖職者でありながら、よちよちの悪魔契約者のトーカを拾った……何が目的だったんだ?

 俺たちみたいなのの面倒見てんのも、本部の研究のためだけとは思えねぇな。うさんくせぇ。


 「お腹空いたなー」


 みかんがげっそりと腹をさすっている。


 そういや、俺。

 まだ牛タン食べてねぇ!

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