第13話 地獄のラッパ吹き(終末の音程風)

 気配だ。向かってくる!

 まさか………! こんなに強いモン相手にすんのかよ……!


 頭の中が……変だ!

 気を張ってないと、意識が持っていかれそうだ。


 自殺者の堕ちる狂犬の森。

 その支配者はどんなだ?!


 「う、うわああああっ!」


 「中沢さん!?」


 樹上にいたはずの中沢さんが慌てて降りてくる。


 「木がっ!! 木に目があるっ」


 目が?

 側にある幹を見る。確かに、樹表に血管のような筋がドクンドクンと脈打っている。さっきまで普通の枯れ木だったのに。活性化している。


 「この木………生きてるのかっ!?」


 「うん。犬に食い散らかされた後、蘇生不能になった人は養分になって根を張るの」


 「気味が悪いっ!!」


 取り乱している中沢さんに、みかんはがっしりと肩を掴み、力強く頷く。


 「中沢さんも! 最終的にここで木になります!」


 「いっ嫌だァ〜!」


 「なので、わたしが来ましたから! 大丈夫!」


 どうしよう。

 大丈夫な気がしねぇ!


 「あ。来た来た!!」


 みかんが一方を見つめた。


 「うぉっ!!」


 木々の間から凄まじい突風が流れ込んでくる。


 みかんはトランペットを手にすると、楽器ごと両手を大きく振った。


 「お久しぶりで〜す!」


 やめろ〜〜っ!

 強風云々の前に、俺は身体がすくんで動けない。

 月の世界にはこんなモノいなかった!


 大型怪鳥 ハルピュイアだ。地獄の魔物。

 本やネットでしか読んだことねぇけど……そうだ。自殺者の森には、犬の他にこいつがいるんだった!


 バサッ!!


 「うっ!」


 風圧を堪えて、体の重心を落とさないと飛ばされる!


 〈このぉぉぉっ!!〉


 顔はべっぴん、躯は鳥。人面鳥なんて可愛いもんじゃない。図体は俺の四倍ある。

 ハルピュイア一体でこの威圧感。今まで月の世界で相手してきた低級の悪魔より余程やべぇ。

 ……月の世界にも来ないような、この地獄にいる大悪魔なんかが来たら、どれだけなんだ……!


 〈またあんたか! クソ女ァァァ!〉


 またって何よ。


 〈うちの獣をっ!! タダじゃ置かないわよっ〉


 「いや、ちょっと事情があって〜」


 〈今度はその男かい? 一体なんだってんだい!!〉


 「まぁ、そう言わずに〜」


 〈あるじに説明付けるのが面倒なんだよ!〉


 主? この森の支配者は別にいるのか。

 みかんはあっけらかんとした笑顔でハルピュイアを見上げる。


 「今回は悪魔絡みだから説明楽だよ!

 うちの代表から、預かり物もあるしさ!」


 代表……って、セル?

 みかんは何度も来てるのか……。この怪鳥とも顔見知りの様子だな。

 ハルピュイアがぐりんと俺の方に顔を向けた。


 〈あらあらまあまあ〜! ちょっと待って。そこの男の子、生きてる人間じゃない?〉


 「うちの新人!」


 〈いいわぁ〜。初々しい恐怖と絶望の香りがするわぁ〜〉


 すみませんねぇビビってて!!

 知らなかっただけだから!!

 地獄まで堕とされるとか思って無かったからさぁ!


 〈ふーん……久々に生きてる人間の恐怖を頂いたわぁ。いいわぁ〜この感じ〉


 顔は美人だ。多分。ただ鳥の躰で全て台無しだよ。

 ハルピュイアが俺を左右から覗き込んでくる。

 やめてくれ……。

 ってか、焔に気付かれて逆上したりしない? 俺、武器持ってますけど? 余裕ですかね? あぁそうですか!


 〈うふふ。かぁわいいわねぇ〜。

 そうねぇ………。問題なのは、そっちの死んだ方の男なのね?〉


 中沢さんがビクッとして、みかんの後ろに隠れる。


 〈ここにいるなら自殺なのよね?〉


 「それですけど、悪魔が取り憑いて自殺させられたんですよ。

 その場合、他殺じゃないですか?」


 〈訳分からん。屁理屈だわ〉


 「そんなことなくない?」


 〈神はそれを許すのかしら? 死は平等なはずよね?

 大罪に変わりないわよ。それを許してしまったら、この森の均衡も崩れる。

 分かってて言ってるとしか思えないわね。望まない苦渋の決断で自害した人間なんて腐るほどいるでしょうに〉


 「でも、時代背景とか状況によっては救いの手は差し伸べられてるから一概に言えないよ」


 自殺………か。

 確かに大罪なんだろうな。このハルピュイアが言うことは一理あるんだろう。

 みかんが言ってるのも、本当なのだとしたら交渉の余地はある。

 どうするんだ?


 「んじゃあ祈祷して、それで彼が天に上がれば『真実』って証明になる?」


 〈あんたねぇ……。

 それにしても、この子いいわね! 名前はなんて言うの?〉


 「………えっと……」


 名前って名乗っても大丈夫なのか?


 「ユーマだよ!!」


 みかーーーーーんっ!


 〈あっはははは!! 負のエネルギーがどんどん私に流れ込んでくるわぁ〉


 それ褒めてんの? やめろよ〜!!

 だんだん傷付いてきたから俺ェ!


 「はぁ、あざっす……」


 「えへへ〜」


 みかんがヘラっと俺を前に突き出す。

 オイヤメロ。


 「新人とは言ったけど、彼『TheEND』の使い手なんだよ!? やばくない!?」


 〈なっ……!!?

 これでか? とても戦えるようには見えんが?〉


 俺、早く帰りたい……。

 泣きそう。


 〈全く……あんただけだわ、私にそんな口の利き方するのは。

 そもそも人間は自殺しすぎよ! 昔は泣きながらここに堕ちてくる人間から後悔の念を貪ったけれど、今じゃ来れてよかったなんて言う奴までいるのよ?

 人間の世界はどうなってるのよ。所詮、神の模倣品なのよ。あんたたちは〉


 自殺者が多いか。それは言えてる。

 でもこの森がいいとは、そいつ痩せ我慢にも程がある。


 〈まぁいいわ。

 我が主に預かり物と言ったね? 見せなさいよ〉


 「かっしこまり〜」


 みかんは楽器ケースの内側のポケットから楽譜を取り出した。


 「まずは『White devils』って言う、有名なロックバンドがいるんだけど、メンバー全員が悪魔崇拝者なんだってさ」


 〈興味無いわ〉


 一蹴。

 人間のバンドですからね!

 そりゃそうだろうよ!


 「えぇ〜? 優秀な下僕になるかと思うんだけどなぁ。

 ボーカルが以前、うちの代表と面識があってさぁ。彼の罪状だと良くて第八層までは堕ちる予定なんだって」


 〈第八層?

 あぁクズ人間に恩を着せて、我が主の元で働かせろって言うわけね?〉


 「うん。よかったらここに誘導しようかなって。

 彼も第八層で刑罰を受けるよりは、七層にいた方が幸せだと思うんだよなぁ」


 〈パスポートはあるの? 八層まで行く人間を七層に減刑するのは容易くないぞ。逆なら簡単だが〉


 「それだけど……」


 みかんがケースから次に取り出したのは、BLACK MOONのカウンター席の横にあった、あの異質なショーケースに入っていたショットグラスだ。


 「彼の私生活で死人が出てるんだって〜。不幸に死した人達が悪さしちゃって。一度、除霊したんだけど、それがこれ」


 え、何?

 あのバンドのボーカル呪われてんの!?


 「怨霊になってて、今は復讐を約束して中にいてもらってるの。

 封印を解けば、この『彼女達』が彼を見つけ出して、ぼちぼち死に追い込むんだけど」


 だめだめだめ!!

 それ間接的に殺人じゃないの!?

 寿命返上で減刑にするってこと?!!


 〈……悪いけど、魅力を感じないわ。

 別に崇拝されたいとかじゃないもの。主も私達も欲しいのは『絶望』なのよ。負のエネルギー。それも生者なら尚良。

 命乞いをしてくる奴は腐るほどいるもの〉


 「えぇ〜? じゃあ、城内で音楽家にでも。音楽は人気らしいからさ。

 ちょっと吹いてみるから聴いてて」


 楽譜を広げたみかんを見て、ハルピュイアがギョッとして身構えた。


 〈ちょっ!!! やめなさいよっ!!〉


 「演奏するから!」


 トランペットを構えたみかんから、何故かハルピュイアが俺を羽毛の中に入れる。


 〈ほら、あんたも隠れて!〉


 次の瞬間、頭が割れるほどデカい音量でベルから異音が響いた。


 バァアアアアアアアッ!! ビィィバボぉおおおおっ♪


 「おぅわぁっ!」


 こっ、これはひっでェ!!!

 失礼承知だが耳を塞ぐ。中沢さんも同じく。


 〈やめろぉっ!! ユーマが死んじゃうわよ〉


 ハルピュイアが苦しそうに地団駄を踏む。

 俺、懐かれてんの? 食われんの?


 「えぇ〜っ!!? まだイントロなのに」


 そしてみかんは何しに来たんだこいつ。

 みかんには『悪気』が感じられねぇ。

 この屈託ない陽の気質。

 これを技術でやってるとしたらとんでもねぇプロだ。もしくは底抜けのバカ。

 負のエネルギーを好む魔物のハルピュイアには、この気質はんだ。ゲームで言うとアンデッドモンスターに回復魔法をかけるみたいなもんだな。


 〈ユーマぁ。大丈夫かぁい?〉


 羽毛が生暖かい……どっちが敵か分かりゃしねぇ。


 このトランペットはなんで吹いた?!!

 何故か人間の俺も中沢さんも、ハルピュイアもみんなダメージを受けてる。

ハルピュイアの抜けた羽毛が舞う。流石に中沢さんもみかんからそっと離れた。


 「なんでそんなに嫌がるのっ!?

 ここの人達は誰も皆聞いてくれないよね!」


 あ、これガチなやつだ。

 楽器音痴の自覚ないやつ。


 〈お前のラッパは、終末の天使レベルだ!!

 二度と聞きたくないと毎回言ってる!! 今すぐ退散しろ!〉


 「やったね!」


 〈ただし、ユーマ〉


 ハルピュイアが翼で俺の胸をなぞる。


 〈そのポケットの中の煙草は『身内の形見』だね?

 見逃してやるから、それをお寄越しよ〉


 煙草は確かに。何となく一緒に持ち歩いてただけだ。

 セルに一本吸われたけど、俺には煙草吸わないから執着はない。

 奴の言う形見は、さっきみかんがジャーキーを炙ってたライターの方だ。

 煙草くらいで機嫌取れるなら、いいか。


 「煙草なら、どうぞ」


 〈ふふ。TheENDの使い手なのに、あのウィッチ·ロリータとは大違いだねぇ!気に入ったわぁ。

 次もあんたがここにおいでなさいよぉ!〉


 「え〜っわたしは?」


 〈音痴ラッパめ。お前はもうこりごりだ!!〉


 「むぅぅっ、音痴じゃないもん!

 では、このグラスを……」


 〈ふん。

 しかと受け取った。

 その男が一人、天に行こうが痛くも痒くもない!〉


 「では、交渉成立!!」


 みかんが嬉しそうに万歳したその瞬間。


 ズッ!!


 ドアだ。

 俺が白い部屋で通った鉄の、あのドアが瞬時に現れた!


 「じゃあ、帰ろうか! 中沢さんもどうぞ。霊体ですが、一度人間界に戻りましょう!」


 「あ、ああ。なんてことだ。有難い!!」


 体感八年もここにいたんだもんな。気の毒だぜ。


 三人でドアを潜る。


 「う……ん。…………ここは」


 白い部屋じゃない!

 見覚えのある合わせ鏡。

 アメニティグッズケースの設置された小綺麗な空間。


 元の世界!?


 椅子に座ったままの俺。

 戻ったのか!

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