第12話 狂犬遊戯(聖水はこう使うのか)

「みかん、そろそろ犬が周回してくるらしいぜ?

 一旦下がろう!」


 俺がほむらを構えると、みかんはなにか珍しいカブト虫でも見つけたような顔をした。


「うわぁ〜! めっちゃかっこいい!」


 みかんは俺の焔をベタベタと触る。

 まぁ褒められんの嫌いじゃねぇ。よし、触ってくれ。


「でもぉ……そだなぁ。攻撃はいざと言う時だけでお願い。

 わたし、そのために来たからさ!

 はぁ〜二十分でここまで来るのキツかったァ!

バス停が式場の坂の下で拷問だったよぉ〜」


 二十分………!? もしかしてこの子が来る為の目安としてセルは時計を渡して来たのか?


「クロツキでは個人行動しかしないって、さっき聞いたんだけど?」


「うん。今日はユーマは見学だからね。

わたしの仕事を見せたいんだってさ。セルに言われたよ?」


 なんだよぉっ!!

 変にタイムリミットみたいなもんかと思ってビビっちまったじゃねぇかよ!

 確かに勘違いしたのは俺だけどさ!


 みかんがやってくれんの?

 何をするんだ?


 夏野 美香かぁ。名は体をあらわすって感じだ。オレンジ色のスッキリとした柑橘系の色合いと香りの明るさが、本人の言動や声のトーンとか、イメージとマッチしてる。

こいつの霊気もそうだ。

……なんだろうこれ。どう形容したらいいんだ? 嘘がない。こいつは嘘を言わない。

 素直で、その分少し不躾。この子はストレートに何もかも行動するはずだ。

 そういう奴の気は金や白、黄色とか……とにかく明るいんだ。


「で、どうするんだ?」


 みかんは落ちてきた時、革張りのトランクケースと共に落ちて来た。セルが用意した道具の中にあったものだ。

 それを手繰り寄せて、俺の目の前でケースを開ける。


「任せて! まずは犬だね!」


「それ、使うのか?」


 意外な物が一緒に入っている。

 いや、本来あるべき物のはずの物なんだろうが………なぜ今ここに必要なんだ?


 そのトランペットは……!?


 これは楽器ケースだ。ピストンの付いた金色のボディが、何やら雑貨に埋もれている。

しかしみかんはトランペットに目もくれず、取り出したのは………。


「コレコレ! ジャーキーとドッグ缶!」


「餌っ!!?」


 まさか、嘘だろっ!!?


「あんなもん、餌付けすんのかっ?! 化け物だぜ!」


「可愛いじゃん! 地獄の犬だよ。

ユーマ、火持ってる?」


「え? あぁ。ライターなら」


 混乱する俺に構わず、みかんはライターでジャーキーを直に炙り始めた。


「ユーマって犬飼ったことある?」


「小さい頃、婆ちゃん家にいたくらいかな……」


「庭先で飼ってた自分の犬が、知らない人から餌付けされてたらめっちゃ嫌でしょ?」


 つまりこの森の支配者を呼ぶための嫌がらせか。

 だが、悪魔にペットに対しての情とか、あるわけが無い。


「飼い主が出てくるとは思えねぇ。

 みかん、お前の能力ってなんなんだ?」


 遠くで犬の鳴き声がする。

 一度目は三匹だったが……今回はもっといる気がする。


「わたし、交渉人なの」


 交渉………?

 じゃあ普通にネゴシエーションするってことか?

 無理だろ。


「どうやって………?」


「え? 特に考えてないけど」


 すっごいアホな笑顔で言われた……。

 やっぱり詰みか?

 犬が来る上に、ここの支配者まで怒らせるとか……終わった。

 みかんが三つ目のフードを開けた頃、遂に犬がと茂みから飛び出してきた!

 来たっ! 六匹……!


「動かないで。大丈夫」


「……うぅ……!」


中沢さんと俺はカチカチに固まって気配を殺す。

 遠い足音がまだまだ向かって来てる。


〈ガゥッ! ふんふんふん!〉


 見た目は犬に近いが、よく見ると目はいくつもあるし、何よりライオンくらいの大きさだ。

 正直、俺怖いんだけど。

 みかんは立ち上がり、地面にジャーキーをばら蒔いていく。


「あははは! 食べて! あはは可愛い〜!」


〈ゴッゴフッ! ガウ!〉


〈オォーン、オォーン。ガッガッ!!〉


 必死だ。

 まるで何日も何も食べてないように、犬たちは地面の泥ごとかぶりついている。


「さぁ、お水もあるよ〜」


 先程自分が落ちた足跡のぬかるみに、ミネラルウォーターをトプトプと注ぐ。

 そして楽器ケースから取り出したのは、小さな小瓶だ。十字架のマークの描かれた、澄んだ水。

 聖水だ。


「おい、それって!」


 みかんは必死で水を飲む犬の真上から数滴、飲水に入れた。

 地獄のバケモンだぞ。聖水なんか飲んだら………毒なんじゃねぇのか!?


「この子達はこの森で造られた存在だから、死にはしないの」


「そうかもしれねぇけど……なんつーか。絵面と言うか字面と言うか……やばくねぇ?」


「動物じゃないから」


 あぁ。そういう事……?

 え……怖っ………! 慈悲がねぇ!


〈ガガガガ〉


〈グフッグフッ!〉


 ほら見ろ〜〜〜〜!! 死ななくても効いてんじゃねーか! プルプルしてる!!いやいいけどね!

 怒られないの!? 無事帰れるの!?


「ふっさふさ〜! さて〜君たちのご主人は来てくれるかなぁ?」


 犬のほとんどが地面に這いつくばって食べた物を吐き出そうとしているか、ぐったりとして倒れてしまった。

 さらにみかんが全身を撫でくり回す。完全に迷惑そうだ。


「…………」


 中沢さん、無言で樹上ヘ戻る。

 俺も戻りたいんだけど………この子やばい。怖い。明るいのがまた狂気を感じる……。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る