第7話 不明瞭な状況分析

 相変わらず水の存在感はMAXだ。

 うーむ。なんか尿意が刺激される。

ロビーから一番遠い披露宴会場へ通された。


「わぁ、素晴らしいですわね」


「ありがとうございます。ここは和をテーマに作られた会場です。なんとその使用者の主な年代層が、二十代前半なんですよ。お若い夫婦程魅力を感じるようですね」


 人工滝のあるテラリウム。それを横に眺められるように客席があり、子供目線だとアクリル板越しに鯉が泳いでるのが見える。水族館の淡水魚コーナー程の設備だ。普通なら土に虫がついたり、屋内で光量が足りなかったりするもんだけど、天井はガラス張りだし苔や藻なども随分手入れされてる。何より生臭さがない。


 トーカは会場をぐるりと見渡すと、そばの小川の水をそっと掬う。水深三センチ程の小さな水の流れだ。


「これは………ふふ。いい水だわ。

魚が減っているでしょう?」


「わ、わかるんですか?減ってます」


 トーカが言ういい水、か。

 魔女は悪魔と性質が似る。つまり穢れている水だということだ。


「日にどのくらい死んでらっしゃるの?」


「毎日二匹は……でもたかだか二匹ですよね。病気だったのかも」


佐藤さんはどうでも良さそうに話を逸らした。

 たった二匹、かぁ。毎日二匹って結構な数だけど。この人、あんま生き物好きじゃねぇのか?

 あんまりだぜ! 錦鯉よ、俺が祈ってやんよ。


「『アレら』はまずペットや小さな生き物から影響を与えますのよ」


 トーカは真っ直ぐ佐藤さんを見つめる。佐藤さんは気まずそうに、溜息をつき額をポリポリとかいた。


「そうですか……あまり生き物には詳しくないので。魚が無くても仕方が無いので、今は定期的に追加してる状態です」


「例の新郎新婦は中沢様でしたか。例の夫婦もここを予約したのですか?」


「……さぁ。

 あぁ。それで……仕事中の怪奇現象の話ですが」


「………。

 そうでしたわ。例えばどんな事が起きましたの?」


聞いた質問の答えが帰ってこなかったが、トーカは落ち着いて佐藤さんを見つめる。

というか、トーカの眼力は冷ややかで全てを見抜いてくるような、そんな強い視線だ。

佐藤さんの顔色も段々と苦しくなってきてるな。


「あの、食器が卓から落ちるんですよねぇ。

 グラスも、全部。最初はテーブルクロスを誰かが引っ張ったのかと……でも、なんて言うかちょっと変なんです」


「飛距離が長く、横に突き出したように飛ぶんですね?」


「そうです!それです!」


「中沢さんのお客様が来る前から、食器が飛んだり跳ねたりしましたか?

 それとも中沢さんが亡くなってからですか?」


「トーカさん、あとはこれです!」


 またも佐藤さんはトーカの問いに耳を貸さずに、司会席の裏側に行くと数台の音響機器を指さした。


「あのっ、これなんですけど、ボタンを押せば、指定された定番音楽が流れる機械です。

 もう一台は、ご友人などが持ち込みされる音声ファイルなどを、このプレイヤーで流します」


「馴れ初めのムービーとか、友人のおめでとうムービー?」


「ええ。その音楽に雑音が入るんです。

 最近、流行しているWhite devil'sと言うカルトバンドをご存じですか?」


「知ってるわ。海外のバンドで、パフォーマンスが度を越してるものね」


「それが流れたんです。

 セットなんてされてないのに!」


「なるほど。

 他に怪現象はありましたか?」


「ええ。こちらです」


 会場のテラスを通り、小さな芝生の広場へと案内される。

 隣接されていたのはチャペルだ。さすがにここまでは水の演出はないようだ。

 絵に描いたようなレリーフの美しい小さなチャペル。

 とんがり屋根の中腹に鐘があって、そのてっぺんに避雷針のような棒がある。ありゃ何の棒だ?


「三日前、教会の十字架が落ちたんです。ここです」


 芝生の辺鄙な場所に真っ黒に焼け爛れた十字架が落ちて地面に刺さっていた。

 あの屋根の棒は支柱か。


「中もめちゃくちゃで、今は人を通せる状態では無いので……」


 トーカはハート型のポシェットからハンカチを取り出すと、十字架に付いた炭のようなものを擦りとって小袋に入れた。


「溶接部分は劣化が激しいですわね。野ざらしですし、落ちるのは珍しくはないかと。

なんでもオカルトに直結するのは宜しくありませんわ。まず、ここを建設した業者からも話を聞くべきですわね」


「えぇ? この式場はまだオープンから五年目ですよ? 欠陥工事ってことですか?!

 その落下物に当たってマネージャーが今入院中なんです……!」


佐藤さんはイラついているが、トーカはお構い無しだ。


「そうですか。怪我人が出たんですね。分かりました。

 ところで、中沢夫婦もチャペルで挙式予定でしたか?」


「執拗いわねぇ。中沢夫婦の予約は二年前なのでで、あまり関係はないかと」


 んん? 何だ?

 さっきから中沢夫婦の事になると、話がふわふわしてねぇか?


「なぁ、そいつ……!」


「………ダメよユーマ。様子を見るの」


 背後からつぐみんに言われて、ギクッとする。

 クソ〜。戦況を相談できねぇってモヤモヤすんな〜っ!

 あの佐藤って女、絶対なんかに憑かれてんだろ!


 まとめて社員も、桜の木の下も、一気に除霊した方が早くないか? 除霊は……坊さんの大福が出来んだろ?


「はぁ〜……さっさと済ませようぜ。セル呼んで来ようか?」


別にトーカが心配とかじゃねぇけど、こっちは依頼されて来てるのに妙にツッケンドンなあの佐藤って女の態度ムカつくぜ。


「ん〜。落ち着いて〜ユーマァ。

お清めはするけど、その前に桜の木の下の録画を観たいねぇ」


「まだ対処出来るほど情報が出てないわ」


 大福もつぐみんも同じ意見だ。

 いや、俺は別に困らせる気はねぇんだけどさ。随分遠回りなやり方だと思えてしょうがねぇ。


「中沢さん御夫婦はどんなご様子でしたの」


「普通よ。ねぇ、もういいでしょ? 他に知りたいことある? せっかく怪現象から離れられると思ったのに!」


「そのために参りました」


「冗談でしょ! まるで中沢さんが悪いみたいに。彼はもう他の住職様にお清めされてるから!

もっと風水とか、浮遊霊とか……他にないの?!」


だ〜めだコリャ。

罠なのかってほど、分かりやすいな。中沢夫婦に問題があったのは明確だ。


早いとこ除霊してくれ〜。

 目の前の毛糸の糸が絡まってたとしても、どうせ捨てるものならわざわざ解く必要無いじゃん。


「風水……ですか。まぁ、一理あるかもしれませんわね。

でも、それだけで怪現象が起きるようならば、住宅事情で風水を気にせないご家庭でも、わんさか怪現象が起きる事になりますわよね?」


「そこのお坊さん! この子供、なんなのっ!?」


佐藤さんがトーカをバカにするように指をさして、大福に声を荒らげる。

だが大福もトーカも生暖かい眼差しで佐藤さんに微笑むだけだ。慣れてんな。俺だけだったら口喧嘩になりそう……。


「佐藤さん」


ゾッとする声色。トーカは精巧なネイルリングの付いた指で、まるで汚物であるかのように佐藤さんの指を摘む。


「指をさすんじゃない雑魚めが。『私のあるじ』の目の前で悪事を働くな。目障りだ、そう『本体』に伝えろ。

さもなくば、『お前』を貢物にしてやる」


「くっ……!」


やるなトーカ。中身おばちゃんだもんな。あるじって契約してる悪魔か。一体何と契約したんだか……怖ぇよ。


「ふん、私はこれで。あとはご自由に内見なさってください!」


すげ〜ブチ切れたな。

 結局、そのまま俺たちだけでwedding parkを一周してロビーに戻ってきた。

 これなら口頭の説明だけで十分だったんじゃないのか?


 早くも飽き始めた俺に、視界の端でセルが手招きしている。

 今度は何だよ?


「ただいま。どうすりゃいいんだ?

あの佐藤って女……っ」


「くくっ! 話しても埒が明かないだろ? 電話口でもあの調子さ。俺はもう喋りたくないから任せた」


 トーカに被弾してたぜ。

 全く。


「あぁ〜イライラして支離滅裂んなってるのを見てるだけで、こっちが滅入るぜ」


トーカが俺とセルの側に来る。


「見学は無駄足だったわね。

電話で支配人からは洋風建築の会場を予約したって聞いていたのに、佐藤さんは和風会場を予約していたって言い出したのよ」


まじか。佐藤〜〜〜!


「あれは駄目だ。本人にも自覚はない。操られてるだけで、何かが憑いている訳でもないよ」


「で、どうすんだ?」


「そうねぇ。ユーマに暇つぶしをあげるわね」


トーカがにっこりと俺を見上げる。


「ここで私達は待つわ。

 洋風の方の会場に女子トイレがあったんだけれど、そこのチークルームが合わせ鏡になっているの。

そこに行ってみて?」


「女子便所に?」


「入りたくなるわよ!」


 変質者みたいに言うのはやめてくれ。


 つまり、その合わせ鏡から月の世界に入って、収穫を持って来いって事か。


「俺、鏡なんて使わなくても行けるぜ?」


だが、セルがなにか言いたげに、こっそり俺に忠告をした。


「いや、月の世界じゃない気がする。

…………気をつけろ」


 えっ!? そんな正体不明の場所に俺、初任務で行かされんのかよ!


「………え〜……」


「ははは。さっきまでの勢いどうしたお前」


「別にっびっびびってねぇしっ」


「そうだな……俺に出来ることがあれば……」


 セルは腕組みをして少し俺を見つめると、ふと思いついたように懐から腕時計を取り出した。高そうな時計だな!


「俺、時計なら持ってるぜ」


「それは目覚まし用だろ? DIVEした時に秒針が止まるはずだ。

 この時計は向こうに行っても秒針が止まらない」


 最初からくれよ〜! そーゆーアイテム〜!


「くれ!」


「欲しいなら用意させるよ。

 いいか。これで時間を見て、DIVE後二十分以内に戻ってこい。月の満ち欠け関係なくだ」


「二十分、散歩してくりゃいいんだな?」


 気楽じゃねーか?

 いざとなれば倒していいんだろ?

霊にあったら上手く言いくるめてロウソクを持たせて迎えに来る新月まで粘ろう。


「終わらせたらそれでいいのか?」


「終われればな」


 なんだ。トーカとセルは事前に見てきたのか?


「んじゃあ、お前一緒に来たらいいのに」


「クロツキは向こうの世界で、バディやパーティを組まないんだ。悪魔は幻影を魅せる。同士討ちで殉職した奴も多い。

 単独行動なら、見えるもの皆、敵で決定だろ?」


「単純な作戦だなぁ……」


「シンプルでいいんだよ」


 二十分過ぎたらどうなるんだ?

 まあ、そんときゃ自力で戻ればいいだけか。


「女子便所の鏡だな。行ってくる」


 台車の荷物置き場から、提灯とロウソクを取り出す。ライターは煙草と一緒にパーカーのポケットに入ってる。


「頼むわね」


平然と言うトーカのそばで、セルだけが不安そうに俺を見ていた。なんかヤバいことでもあるのか?


 つぐみんはまだ佐藤さんと話し込んでいる。何か文句を言われてるみてぇだけど、正直つぐみんは無の表情のままだ。最早作業だな。

 大福は録画したデータを全て抜き取って、パソコンに移さずそのままケースに入れている。ここでデータ転送なんかの作業をしたら、ノイズやショートなんかの妨害行為にあう可能性があるからか。なんにしても帰ってから確認だな。


 そういや、今日は見学って話なんだったんだよ!

 あれ? そういえば、トーカが俺に見学しろって言った時、佐藤さんの目の前だったな。


 敵の前で作戦会議するなって言っておきながら!


 くそ。

 全部予定通りなのか? もしかして!

 見学どころかパシられてんじゃねぇかよ!


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