第6話 怪奇現象の始まり

 支配人の佐々木さんの話だ。


「怪奇現象は二年前からです。

実に仲むずましい中沢様と言うご夫婦から、ご予約がありまして。式の前からここの食事会や見学会も積極的に来ていた方で、式の日取りも決めて、ドレスの準備も招待状の制作も全て終わって……わたくし共も、このまま良い日を迎えるのだとばかり……。


 ですが、当日。

 御実家から出発のはずの新婦の姿はありませんでした。御両親に聞くと、朝起きたら姿がなく、もう式場に向かったと思ったということでして。


 そのまま着信も繋がらず、御夫婦宅に戻った様子もなく無情にも、新婦の行方が分からないまま式の時間になってしまい、当日キャンセルと言う事になりまして。


 招待されたお客様が帰路に着く最中の出来事です。


 その中庭に大きな池がお見えになるでしょう。その側の桜の木で……あそこで、新郎の方が自害されましてね。


 それからずっと、他の方々の式の時にトラブルが起こるようになってしまって。

 あの場所は住職様にしっかりお清めさせて頂いたのですが………どうにも不審な現象はおさまらなくて。


 従業員一同、供養したい気持ちはあるものの、これ以上どうしたらいいのか。

 何せトラブルは他のお客様の式のご迷惑にもなりますので……よろしくお願い致します」


 自殺者の霊か。

 確かにあの木には誰か立ってるのが見えるな。こっちにも気付いてるはずだ。ここには大福もいる。トーカが言った通り、未成仏霊は自ら近寄って来て、何かしら干渉しようとしてくる。成仏をする事が目的だから。

 だが、彼はあそこで様子を伺ってるだけ。

少し不自然だ。理由はなんだ?

病院のエレベーターにいた女霊のように、自縛霊なら動けない可能性もあると思う。でも、その場合いわゆるポルターガイスト現象なんかを引き起こして、どうにか俺たちに気付いてもらおうとしてくるはずだ。

もしくは警戒してるのか……?


 俺の視線の向きを伺いながら、支配人は恐る恐るセルに尋ねた。


「あの……やっぱりまだ何かいますか?」


「……うーん。おかしいことでは無いですけどね。

 亡くなったばかりの方は、まだ色々な場所に霊気が飛ぶんです。残留思念、分裂状態、言い方は色々ありますけど。ごく普通のことなので、まだなんとも……」


 セルははっきりと答えなかった。


「まずは施設を一通り見学したいのですが、よろしいですか?」


「ええ。構いません」


 そういうと、支配人は案内所から一人の女性を連れてきた。


「是非、案内人に彼女を。オープニングスタッフの時から在籍していて、最近の従業員の話も聞いて覚えています」


 紹介されて出てきたのは落ち着いた感じのねぇーちゃんだ。賢い顔立ちっつーか……まぁ、キレイめな部類。

 トーカが一歩前へ出て会釈する。


「お手数お掛け致しますわ」


「職員の佐藤です。よろしくお願い致します。

 あの、一人でフロントにいるより精神的に楽です!

 こ、怖くて………。お客様の見学の予定のない時間帯は、本当に一人なので……」


 つまり、一人でいれないほど怪奇現象があるわけだな。

セルは落ち着いてソファに戻る。支配人は簡単に挨拶を済ませ、バックヤードへ下がった。

 ここからはトーカにバトンタッチって事か。


「よろしくお願い致します佐藤さん。

大福は撮影、録音をコードレスに切り替えて。つぐみんは定点カメラの設置を。

 あとは……ユーマ。今回は見学でお願いね」


「ん? いいのか? じゃあ、楽させて貰うぜ」


「ふふっ! 早く暴れたい顔に見えるけれど?」


 図星だよ。

 あーあ。結局、自害した霊が引き起こした怪奇現象ってことだろ?

 俺の焔は霊は撃てないし、暇人決定だぜ。


「ユーマ〜。

 この世界で霊の声とか、姿を見た事あるかい〜?」


 この大福ってのも、どうにものんびり屋で合わなそうだな。そりゃ、霊体験の一度や二度の体験はしてるに決まってるだろっつー……でも言ったら角が立つよな。一応、先輩だしな。


「ありますよ」


「どちらが多い?」


「なんでそんな事聞くんです?」


「あの外に見える新郎の霊。それを更に視ると……なんか違うものが見えるんだよねぇ」


 違うもの……?

 守護霊とか迎えか?

俺にはそこまでは見えない。


「とにかく感じるんだよ〜」


大福には見えるんだろうな。月の世界に行けば俺は確実に見えるけど、この世界のままあの新郎の霊以上をフィルターにかけるように霊視する力は俺にはない。

一体、何が見えてんだ?


「……どうすればいいですかね?」


 ここから見える新郎の霊体はただ立っているだけだ。怨霊とも悪霊とも違うし、ここで起きている怪奇現象があいつが原因かもまだ分からねぇ。

 なにか、なんでもいい。俺もなんか作業をくれ。


「もし視る方が強ければカメラを、聞こえる方が多ければ録音機を持ってて欲しいんだ。霊感の強い人ほど撮れやすくなる。

 なにか隠れてるかもしれない」


「なるほど!」


 そーゆーことか。すげぇ! 心霊番組のエンタメ見てぇ!

 確かに霊能者にも特化した才能ってのがある。それが霊聴と霊視ってやつ。見えないけど聞こえるやつ、見えるけど聞こえないやつ、霊のいる場所で鼻が利くやつ、色々だ。『幽霊が見える=霊感が強い』では無いからな。


「そうだなぁ。俺は見る方が多いかな」


「じゃ撮影をお願い〜。どこでもいいよ。ユーマが感じた所を気のままに撮って貰ってさぁ〜」


小型カメラを持たされる。


「わかった。オカルト雑誌で賞金が出るくらいの心霊写真撮るぜ!」


「わはははっ! そりゃいいね〜。小銭稼ぎには丁度いいや」


セルはロビーで中庭の池をニヤニヤと見つめたまま、ソファに沈んでコーヒーカップを口に運んでいた。

 つぐみんは佐藤氏がトーカを連れていくのを眺めながら、機材の一つを外の桜の木の下に向けるように一台置いた。


「セル。録画したら一旦、店に戻りたいわ。話が変わって来たから」


「まぁ、トーカに任せるよ。ここでは意味が無い」


除霊して、終わりじゃないのか?


「相手の出方次第さぁ。

 さぁユーマ、俺達も行こう」


 大福が俺の背を押し、トーカたちの元へと誘導する。


「つぐみんは早くエロ漫画描きたいだけなんだよ〜。気にしない気にしない」


「聞こえてるわよ、まん丸坊主!そんなわけないでしょ!」


 ごめんな、つぐみん。

 俺も第一印象からそういう奴にしか見えねぇんだ。

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