第2話 誘惑を勧めるそれは勧誘(牛タンのかほり)

 炎天下の中、屋上から駐車場を見下ろす。

 熱気で全体がぐにゃぐにゃに見える。


 迷子の幼児を見つけて、下位の悪魔をぶっ倒して終わり。

 約束の金額は…………300万。

 相場より0が多いんだよなぁ〜。計算間違えじゃないのかよ? お金ないんですって言われりゃ、俺なんか三千円で請け負うこともあるってのに。俺が甘いのか? 実際そんだけふっかけてもいいのか? 意味わからん。


 まじで?

 まじで今日300万貰えんの俺……。


「ぅお〜ぉおお………暑い……………」


 にしてもなんでこんな炎天下の元、野郎と待ち合わせなんだよ…。早く来いよ俺の300万。


「待たせたな。うわっ暑いなここ!!」


 来たか。


「日本の夏はまじでやべぇんだよ。

 ぅう、あんた全身真っ黒で詰め襟なんて……見てるだけで暑いぜ」


「そりゃ申し訳ないね……。ってか本当に暑い!」


 ベンチがあったが、指で突っついただけで座るのを断念。


「じゃあ、手短に……」


 なんか話があるんだっけ?


「そうしてくれ〜」


 神父は持ってきたバッグから一枚の名刺を取り出した。


「改めて自己紹介だ。

 セルシア・ローレック。精神科医の免許はあるけど……ペーパードクターだな。

 普段は出張でエクソシストやってる」


「じゃあまじでエクソシスト〜?十字架とかでお祓いする人〜?」


「一応ね」


 バチカンって言ってたな。


「なんで日本にいんの?」


「最近は日本にも強い悪魔が多く出るんだよ。

 あとは仙台に自分の店があるから」


「なんの店?」


「う〜ん? 内緒。

 お前みたいな野良のサイキック相手の商売だよ」


「………う、胡散くせぇ〜………違法だよな?レーカンしょーほーってやつだろ!」


「いや? 聖水なんかは、あくまでミネラルウォーター扱いだし。

 俺自身、本当に神父だから詐欺じゃないさ」


 うわぁ〜やべぇ〜!


「え、カトリックだろ? 神父ってそういうのやっていいの?」


 セルシアは一瞬、ヘラっと笑い視線をそらして空を仰ぐ。


「東京ほど本部の連中に見つからなくていい。

 勝手がいい、仙台! 大好き!」


 くそ、急に腹減ってきた!

 仙台なんか牛タンのイメージしかねぇんだけど?


「おい……。

 っつーか、あの月の世界に行けるんなら、お前が今回の依頼やれば良かったんじゃねーの?」


「ああ。それな」


 セルシアは紙製のパン屋の包みを俺に突き出してきた。


「まずはこれ。現ナマで300。お疲れ様」


「うっは、まじかよ!!」


 うわぁっ!!! まじで入ってる。

 ちょっと待て。マジ間違って計算して0一つ多いんじゃねぇか?


「まじで貰うぜ?これ」


「報酬だからお構いなく。俺の金じゃないよ」


「……誰の金?」


「研究施設の経費だよ。

 ちなみにこれから話すのは仕事の依頼だけど、今回以上の報酬額だ。話だけでも聞くだろ?」


 一回の退魔で300万以上の報酬の出る仕事?

 なんか人の足元見てるようだな。


 でも別に断る必要ないかな。腕には自信あるし、まず話からってんだ。


「ま、聞くだけならいいぜ!」


 いや、待て。そんな上手い話あるか?

 何か裏がある気がする。


「けどよ。

 霊能者なんて腐るほどいるよな?

 なんで俺なんだ?」


 訝しげにしてんのは俺だけで、セルシアは妙に深刻そうに手すりから腕を垂らして下を向いていた。


「ああ。いるよ。各国それぞれに。色んなサイキッカーがね。色んなやつに会って、力を見て確かめて、ここまで来たんだ。

 日本は霊能者とか霊媒師って言うんだよな?

 その中でも、ユーマ………お前の能力は少し他人と違うんだ」


「俺、インチキとかしてねぇけど?」


 月の世界で迷子の幽体離脱さんに押し売りはしてるけどな。


「バチカンには悪魔払いを専門に研究する機関がある。今も世界中からオカルトやサイキッカーの情報が提供され続けてるんだ。最初からエクソシストを目指してくるやつもいるっちゃいるが………正直、使い物になるのはたった数人だ。

 恥ずかしい話だが、年々信仰の深い教徒は減っててね」


「募集したらいいじゃん! ハローワークみたいにさ」


 俺がケラケラ笑い飛ばしても、こいつの態度は一切乱れなかった。


「ああ。だからこうして来たんだ。

 ユーマ、お前の炎の技は悪魔にしか使えない。霊、つまりゴーストには使えないだろ、違うか?」


「そう……だけど……」


 焔の事か?

 手術室の一戦……見てやがったのかこいつ……。あるいは月の世界でなにかに聞いたのか? 俺に霊能者の知り合いはいねぇ。


「実はバチカンとは非公認だが、日本にもエクソシストを生業にしてる連中がいるんだ。

 そいつらと組んでみないか?」


 日本で……? バチカン公式のこいつが言う、インチキ霊能者じゃねぇやつと仕事?

 っつーか、俺より強いやついるのかよ。


「非公認ってどういうこと?」


「自分たちはバチカンのエクソシストです、と名乗ることはできない。ただし、仕事も斡旋して貰えるし、必要最低限の生活は保証できる。

 成果次第では正式に公認と認められることもある」


「だからなんで!? 俺は聖職者じゃねぇし、宗教なんて入んねぇから!

 それでもかよ?」


「ああ…………理由があるんだよ。

 少し湿っぽい話になるが……」


 セルシアは俺に向き直ると、指輪だらけの手で勝手に胸ポケットから煙草を奪う。


「お前まじかよおお!煙草なんて吸うなよおおおお!」


「たかが煙草だろ。神父だって人間だぜ」


 正直ドン引きだ。

 こいつ女も酒もやってるだろ! 勘でわかる!

 セルシアはフゥっと煙を出すこと数回。カバンからノートパソコンを取り出した。


「何観るの? カトリックってポルノはOKなの?」


「いいから見ろ」


 写ったのは四肢をベッドに拘束された十四、五歳程の少女だった。

 肌の色はどす黒く変色している。


「お前の名を言え……!」


 <名は言わんぞ! はははっっははは>


 少女は人の身体能力では不理解な角度に関節をメキメキを回す。


 <キィィィっ!!>


 拘束具を引きちぎり、神父の中の一人を引っ掻いた。人の指先の形状とは程遠い、獣のような爪。

 とんでもない怪力だ。


「ガブリエル、大丈夫か!」


「大丈夫だ。

 悪魔め! 名を言え」


 神父の吐く息が白い。暖炉が見えるが、消えている。

 どうも退魔が難航しているようだ。


 <キシャシャシャシャ!!>


 エクソシストが悪魔祓いをする時必要なのは、寄生してる悪魔の名前だ。

 だが、その名前を聞き出せずに悪戦苦闘してる。

 ここで動画は停止。

 他にも動画ファイルはあるようで、多分今のはほんの五分くらいを切り取ったもんだ。


「随分、高位の悪魔が憑きやがってたな。

 …………で、この三人のおっさん神父は何してんだ?」


「ははっ! ストレートな感想どうも。

 お前ならそう言ってくれると思ったよユーマ」


 そう言って、セルシアはパソコンを閉じた。

 なになにっ? 今ので終わり? 何か意味あったのかよ!


「なんだよ今の。古い映画みたいな儀式だな。

 ひたすら聖水かけて名前はなんですか?って聞くだけかよ。何時間かかるやらだな」


 セルシアも頭を抱えて煙草を吹かす。


「古い映画か。そうだよな。

 バチカンのエクソシストもな……未だに信仰だけで救おうとする連中が多い。

 今の方法も、伝統的で無意味ではないんだ。今までも儀式ではこうしてきた。俺たちみたいな聖職者は、信仰あっての聖職者だ。


 けれど………時代は変わるのさ。


 ユーマ。聖職者でもないのに悪魔を撃てるサイキッカー。お前は今の動画を見てどう思った?」


 言っていいのかこれ?

 いや、いいんだよな?


「今の……十八歳の俺の、少しだけ下くらいの女の子だろ? しかも妊娠中だった。

 こんな暴れて大丈夫なの?

 悪魔が寄生してる最中は、聖水で火傷もするよな?

 もし何かの拍子に死んだり、流産したらどうするんだ?」


「お前ならどうする?」


「俺は、儀式とか知識無いし。月の世界に行って、直接悪魔を殺しに行く。

 でも、その方が多分安全だ。どうしてやらないんだ?」


 セルシアはため息を付くと、落ち着いて話を始めた。


「確かにな。でもお前みたいに月の世界に行けるヤツって………少ないの知ってた?」


 そうなのか。


「まぁ、普段そんなに生きた人間に会わねぇんだから、そりゃそうか」


「その中でも、悪魔に直接攻撃できて『殺せる』やつは、俺たちが観測してる中でもお前が二人目なんだ」


「二人? 悪魔殺せるのがたった二人!?」


「ユーマ、天使と悪魔は均衡が保たれてる。

 どちらか一方を、無闇矢鱈に殺していいわけじゃないんだ。

 お前のその力は『TheEND』と呼ばれていて、退魔では禁じ手なんだよ」


「TheEND………?

 今まで普通にやってたぜ。ガキの頃から寝る度に向こうに行っちまうから。これは自己防衛のつもりだけど?」


「普通、エクソシストの退魔は悪魔を地獄に送り返すことが目的だ」


 送り返す………?

 それじゃ、また戻って来るんじゃねぇのか?

 確か悪魔祓いを生涯に何度も受ける奴が度々いるよな? 殺さねぇから戻って来んじゃねぇのか?


「いや、俺はそれ……おかしいと思うぜ。

 今の女の子見てぇな、身体に負担のかけらんねぇ被害者こそ、名前を聞き出すのに苦しめるのは危険なんじゃねぇーの? お前医者なんだろ?」


「そうさ。だから講習なんてしてるのさ。

 他宗教、他文化にも順応しなきゃいけない時代が来たんだよ。悪魔は東洋にも昔からいる。なのにキリスト教が無かった時代も祓魔はしていた。

 時代が追いついたのかもな」


「えぇ〜……神父がそんな事言っちゃう?

 じゃあ、鬼とか、妖怪とかも認めるのかよ?」


「妖怪か。まだ見てないが……詳しいやつはいるよ。日本にいるのは『BLACK MOON』って奴らだが、腕利きだ。

 それにお前の実力にも見合うやりごたえある仕事がわんさか舞い込んでくるぜ。

 この動画の少女のようなケースの時に、お前の力は役に立つだろう。


 最初に言ったように、悪魔を殺しまくったら均衡が崩れる。お前がバチカンから、難癖つけられて止められるのは……時間の問題だ。

 けれど、組織に入れば仕事も貰える。それに、霊媒も視野に入ったら今以上に稼げるだろ?」


「だから俺は霊は撃てねぇんだって!」


「いや、撃つなよ。霊は天に上げてやれよ流石に……。

 他の得意分野のサイキッカーと行動して、報酬を折半すればいい」


 真っ当に報酬が貰えんのはありがてぇけど……足引っ張られるのはごめんだ。本当に強い奴らなのか?


「どんな奴がいるんだ? 日本のメンバーっての」


「『BLACK MOON』?

 まず、可愛い子が多いよ。実力派揃いで、一度は聞いたことある家系や宗派の出身だ。キリスト教徒もいるけど、僧侶もいるよ」


「坊さん!? それって有り?」


 セルシアは閉じられたパソコンをじっと見ながら、長い金髪をシュシュで纏める。


「まぁ……国の特色ってのがあるだろ?

 いちいち構ってられないよ」


 まじか………。


「まさか神父様〜の口からそんな言葉が出るとは……」


「確かに本部はガチガチのキリスト教徒のコアみたいな感じだけどな。

 ただ、悪魔祓いや憑き物落としに関しては、常に最先端の研究をしてる。決して頭でっかちじゃない。


 他に質問は? 無いなら是非、紹介したいんだけどな」


「……さっき、可愛い子いるって言ったよな?」


「言った……けど」


「どんなよ? 何系?」


 軟派とかじゃねぇ!

 心霊マニアの痛い子ちゃんとかは勘弁して欲しいんだよ。


「うーん。会うまでのお楽しみだよ。

 俺とお前の好みは違うかもしれないだろ?

 それも聖職者の口から女性の評価なんて出来るはずない」


「なんだよ、急に紳士かよ」


 まぁ仮に可愛いとしてだ、霊媒は仲間のかわい子ちゃんがやって悪魔は俺がぶっ倒して、給料貰えて飯も食える?


 やばくねっ!?

 断る必要あんのかよ!


「え………じゃあ、いいぜ? 生活の保証あるんだよな?」


「それは問題ない。

 決まりか? なら、荷物纏めたらここに来て」


 受け取ったのはカフェのカード………って、やっぱ宮城かよ!


「なんなの……? お前、宮城の観光大使かなんかなの?」


「いや、北東北はメンバーの出身地が多いんだよ。

 あと、俺の仕事が……」


「ああ。不良神父が都会すぎても商売がバレると…….?」


「東京なんてみんな観光にくるしさぁ……危ないんだよ」


 なるほど……誰かと鉢合わせしたんだな。


「仙台もやばいぜ?」


「あの一角はまだ大丈夫……観光で来るような場所じゃないし。いざとなれば、俺は蔵王を越える。

 じゃあ、よろしくな。

 来たらすぐ入れる部屋あるから」


 そういうとセルシアは足早に戻って行った。


 話がうますぎる。

 まずはどんな奴がいるのか見てからだな。


 300万………。


 俺、今日はキャベツ以外食えんじゃね?

 寿司……いや、肉もいいな。

 っつーか、くそ………!!

 急に牛タン食いたくなってきた。でもせっかくなら仙台行ってからだよな!


 とりあえず牛丼食って冷静になってから考えるか。

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