エクソシスト クロツキ

神木セイユ

第1章 BLACK MOON

第1話 院内感戦

 俺は今、郊外にある聖マリアンヌ総合病院にいる。

 お仕事で……と、言っても医者でも看護師でもねぇけどさ。


「三階の小児病棟、304号室……ここか」


 今回の被害者はこの部屋の中だ。

 面識も無いし入るわけにはいかないか……?


「小児病棟にご面会でしょうか?

 ナースステーションで面会許可証を貰ってください」


 看護師が高圧的に声をかけてきた。


「いえ、四階の大人の病棟と間違ったみたいっす〜はははっっ」


「そうですか?」


 ぅわ〜お……犯罪者を見る目だ!

 こりゃ、このまま小児病棟をウロウロ出来ない。今の俺、完全に不審者だな。結構身なりには気をつけてんだぜ。どこにでもいるオシャレな好青年ってやつよ。

 ターゲットも近くにいるとは限らねぇし、早いとこ違う階に行くか。


 一階のロビーまで戻り、ベンチに座って目を閉じる。

 午前の総合病院らしい混雑ぶりだ。


「最後尾に列んでください!」


「すみません〜内科はどう行けばいいのかねぇ?」


 ザワついて集中しにくいけど仕方ねぇ。ここから行くか。


 壁際の空いている椅子にもたれかかって、パーカーのポケットから取り出したサングラスをかける。起きてる振りだ。途中で起こされちゃまずいから。

 ゆっくり全身の力を抜いていく。

 周囲の音が一体になって、耳鳴りに変わる。

 自分の意識すら無に返った状態が頃合だ。


「………DIVE!」


 三半規管がぐらつき、頭の中がモンヤリする。

 一瞬、身体が何かから剥がれるような感覚の後、全身が宙に浮いたような足取りに変わる。


 俺と付き合いの長い別世界。

 ロビーにいたはず全ての通行人や受付嬢、全てが消えた世界。

 生きた人間は来ない世界。

 死んだ人間が通る世界。

 あの世とこの世の狭間の世界。


「………入れたぜ」


 ゆっくり目を開ける。

 幽体離脱した時……昔から朝晩問わずに、寝てるとここに来てることがあった。子供の頃はここが怖くて怖くて……。

 目覚まし時計を掛け忘れると、朝に母親が起こしに来るまで、この時の流れが止まった世界で生き延びなきゃならなかった。


 真っ暗で人の気配はない。そのくせ何かの強い視線を感じる。

 この世界に昼はなく、空には異様なほど大きい赤色の月がある。本物の月じゃないんだよな、あれ。なんなんだろうな。

 わかってんのは、あの月が欠けて新月になったら、危険って事。

 室内で仕事してて、うっかり新月を迎えちまった時にゃ……心臓に悪い体験をする羽目になる。


「今は、下弦の月。タイムリミットまでまずまずか」


 俺はロウソクに火を灯して、百均で買った提灯に入れる。懐中電灯はすぐに霊障にあって使いもんにならなくなる。ロウソクの火はほんの少し先しか見えないが、すぐ使えなくなる懐中電灯よりましだ。

 月明かりを頼りにまずは窓際の廊下を歩く。


 それにしても、幽体離脱するやつって結構いるんだよな。

 今回の依頼もそれだ。

 朝起きたら八歳の息子の意識が無かった。医者に行ったが異常はない。ここの総合病院の医者に任せると、入院して様子見になるようだ。


 けれど、その医者が霊感のバカ強い奴だったら……?

 医療とオカルトの狭間にいる者だったら……?

 その子供の中身が抜けてる事に気付いたら……?


 聖マリアンヌ総合病院から連絡があったのは今朝。

 精神科の研修医を名乗る男で、匿名だった。


 どうも幽体離脱してるようだから、向こう側に行って連れ戻して欲しい………とか。怪しさ満点だけど、報酬の300万に目が眩んだ。

 心当たり無いけど、俺がこの世界に来てるのを知ってるやつなんだろうな。

 この世界で見られたか、霊伝いに聞いたか定かではない。


 今回は簡単な仕事だ。ただの迷子なら更に。


「300万……なんに使おう…」


 外に見える、あの気味の悪い真っ赤な月。


 子供目線だとどうだろな。

 こんな異様な雰囲気だ………建物からは出てねぇんじゃねぇかな。


「お?」


 突き当たりはエレベーターだ。

 辺り一面暗闇のくせに、ここだけ妙に青緑に色味が分かる。光源はないのにぼんやり浮き出るように存在しているのだ。

 気味が悪い。


 カシッ!


 押したボタンが点灯する。

 点くのかよ。とは言っても周りに階段はなさそうだし。これで行くか。

 罠じゃなきゃいいけど。

 ドアがゆっくり閉まる。

 さてと、何階に行こう? 三階の小児病棟にもう一度行ってみるか?

 どうすっかなぁ〜。怖がって、動かずじっとしてるかもしれないもんな。気楽に行ったもん勝ちだ。


「フゥ〜〜んふ〜♪フフ〜♪ふんふん♪……………あぉ?」


 ③のボタンを押す寸前で気付く。

 全身の毛が逆立つ気配。恥ずかしくて、思わず口笛止めちゃったよ!

 このエレベーター、俺以外にも乗客いるわ。乗る時には見えなかったのに……本当にこの世界は心臓に悪い。

 振り向いてもいいですかね? 姿見を横目に見て女の霊であることは確認出来た。悪意はないようだし、そうだな!ちょうどいいから聞いてみようか。


「すんません。子供探してるんすよ。八歳の、生きてる人間の子供っす」


 振り向き、驚かせないように話しかける。

 まぁ〜すげぇべっぴんなお姉さんじゃん。

 昔流行ったんだっけ?その派手なごっついジャケット。


 お姉さんはスっとエレベーターの中の案内板を指刺す。

 二階の手術室か。なんて言うか……一番普通に考えたら、迷子になっても入り込まなそうな場所だな。

 ナニカが連れ去ったのか……? 可能性は0じゃない。


「ぅお!」


 ②のボタンを押す前に、お姉さんは俺の腕をがっちり掴んできた。

 冷てぇ〜。


「…………!」


 必死になにか伝えたいようだが、全く喋らない。

 道案内までは無理か。


「分かってるよ。お礼だろ? この火が欲しいんだな?」


 ロウソクをもう一本取り出して、足元にあった段ボールの欠片に立ててやる。

 女霊は目を丸くすると、俺の顔をじっと見つめる。安心した表情だ。

 ②のボタンを押し、女霊の様子を伺う。


「これを持ってりゃ、襲われねぇであの世に行ける。次の新月には迎えも来るぜ。ちゃんといい場所に逝ける」


 恐る恐る青白い手がロウソクを受け取る。手首がズタズタだ………。生前、自分でやったのか……。この病院に運ばれたが、そのままさ迷っちまったんだな。

 二階に着くとお姉さんはエレベーターから降りて、無言で俺に頭を下げる。長い間ここにいて……もう人の言葉を喋れねぇのかも。

 なんともなしに、俺は軽く手を振る。

 何故かこの世界で俺のつけた火は、風でも雨でも消えない。あれを持って時間を迎えりゃ、真っ当な迎えが来て見つけて貰えるだろう。


「さてと……行くか」


 ************************


「こりゃ……災難だな」


 手術室は一つ目の扉を抜けてから、書類準備や身内の待合室やらがある。その奥にようやく手術室に入るドアがいくつも並んでいる。


 ロウソクで見える範囲は本当に手の届く程の範囲で、建物の内部は本当に歩きにくい。


 でもまぁ、分かりやすく一部屋だけ………ライトが点いている部屋がある。つまり何かいる。すげぇ霊気。


「だぁ〜っ寒ぃ〜」


 いつも寒い思いすんのわかってんだけど、現実世界は真夏だからな。どうにもダウンを持ってくる気にならねぇんだよな。

 とっとと終わらせて帰るぞ。


「どーもーーー!! こんちわ!!」


 手術室のドアを蹴破る。

 デカい鎖と南京錠がガシャリと落ちる。

 この世界の特徴だ。どんなに厳ついものも、ハリボテっぽいっつーか。

 敵の力次第では見た目だけ、重そう強そうなんてザラだ。


 <はぁあああああ…………なんだ、人の子、ノコノコ……>


 つまり、建物が脆いほど、レベルの低いモノが住み着いてるって訳だ。


 <男かぉぉぉぉ男か、あああ、あ>


 こいつは低級の悪魔だな……名前も無いようなやつだ。

 コウモリに似てるが汚い土気色で、毛もなくガッサガサ。ブサ可愛いにも限度がある。こいつはペットにゃ向かねぇ。

 こんな低級でも、病院の中になんて居られるとまずい。手術中、機材トラブルや医療用具の欠品なんかの影響を受けるだろう。


 <しょっしょっ食事のじゃ、邪魔ままま>


「あ、良かったっす! その男の子を探しに来たんすよ!」


 手術台に拘束されていた男児を保護。

 気絶してる……幸か不幸かだな。

 左手の小指の先がねぇ。しゃぶってやがったな。

 元の世界に戻れば肉体は無事だが、この世界でダメージを負いすぎると、戻った時に精神に異常が出ることもある。勿論、死んだら現実でも死ぬ。睡眠中の突然死みたいな形でだ。

 俺も男児も死ぬわけにゃいかない。


 背に乗せ、いざ!


「よっこいしょ。んじゃね」


 逃げるが勝ち!!


 <待て!!渡さん! お、お、お、俺のものだ!!!>


 喚く割に近寄って止めない………このタイプはいつもあれだ。


〈ゥガァ〜〜〜!!〉


 触手をブンブン回して部屋を荒す。


〈ヌゥッ!!〉


 逃げ道のドアに医療用メスが投げつけられ突き刺さる。


 カカカカッ!!!


「うひ〜。危ねぇ〜!! 俺、死んじゃうだろ!

 子供なんて誘拐すんな! 可哀想だろ」


 まぁ話通じるほど賢くなさそうだな。


 <お前、子供、連れて行く、ならお前も食べる!>


 ジャキッ!!!!


 そうですよね〜。

 背中から触手が出てきて、再びメスやドリルを握っている。


 <死ね!>


 咄嗟に手にしたステンレス製トレーでメスを凪いだが、二発貫通。


「ちっ!」


 一旦男児を寝かせ、壁際の机を倒し盾にする。


 逃がしちゃくれねぇか。

 提灯を床に置いて、相手の出方を見る。

 見た目はコウモリだが、足にも背中にも触手があって、まるでこの部屋に根を張るように床下まで延びている。


「刃物投げたら、危ねぇっすよ」


 <子供、置いてけ! でないと、殺す!>


 どの悪魔もそうだが、触手を持つ異形は俊敏なスピードで攻撃を繰り出してくる割合が多い。

 俺の体力が無くなる前にケリをつけた方が良さそうだ。


「んじゃ殺し合いして勝ったら、この子連れてっていいって事だよな?

 後悔すんなよ?」


 手をロウソクにかざす。


 <おおお愚かな……!こここ殺す>


「炎銃 焔」


 ずっと……俺はこうして生きてきたから。


 火が俺の手に移り、そのまま銃を象る。

 銃身はセクシーなメタリックピンク、グリップの中に燃ゆる炎の煌めき。弾切れも無きゃ、暴発もしない。

 俺の最高の相棒。


 <人間、ソレ、人間、おかしい!!その炎は………>


「うるせぇ」


 踏み込み、一瞬で間合いを詰める。

 手加減無し!ゼロ距離一発、心臓にぶち込む!


 ドゥッ!


 <ぐぅっがが!!>


「待ったナシ」


 体勢を崩した悪魔に銃口を向けたまま狙いを定める。

 悪魔とは会話しねぇ方がいい。話せば話すほど引きずり込まれるからな。


 ドサッ!


 問答無用。

 倒れた悪魔の頭を目掛けてトドメに三発撃ち込む。


 ドッドッ……ドッ!!


 <むがああああ! 嫌だ! 地獄に帰してくれぇぇっ!!>


 黒い炭がジリジリと、焼けた音を立てて床に崩れ落ちる。


「終わりだ。

 5288体目さん~」


 ボゥン!


 役目を終えた焔は、セクシーなボディを再びロウソクに宿す。

 あとはこの気の毒な男児を元の世界に戻してやるだけ。


「よっこいしょ。八歳か……意外と重てぇな! 無事で良かったぜ300万の元!!」


 他の霊体に会わなきゃいいけどな。

 俺の炎は何故か悪魔には効くけど、霊には効果がない。なんなんだかな?

 まぁ。大抵の霊はロウソクを渡すと喜んで貰って行く。それでも、たまにロウソクに目もくれず追っかけてくるようなのもいる。あーゆーの怨霊とか悪霊って言うんだろうな。


 エレベーターまで来ると、一人の男が立っているのが見えた。

 誰だ?

 長身で長い金髪に、中性的な顔立ちした男。歳は二十代後半ってところか?

 黒のジャケットにローマンカラー。胸元に下がる磔刑のクロスネックレス。

 職業は聞くまでもねぇ。

 神父だ。


 ………だが、なんだこの霊気。

 こいつは俺たちと同じ生きてる人間だ。

 なのに、何か……色んな生き物の臭いが混じってる。

 何より聖職者独特の聖なる力は微々たる程しか感じない。


「やあ。お疲れ様。上手くいってくれてよかったよ」


 電話口の声色だ。


「はは〜ん。あんただな? 匿名の依頼人ってのは」


「そうだ。さぁ乗って、もう有明月すぎてるよ」


 この世界の月のシステムを知ってるのか。


「あんたほんとに医者なのかよ?」


「う〜ん? ははは」


 神父はとぼけるようにすましてたが、途中でヘナっと笑う。


「ふ〜む。お前は話した感じ、物事を正直に言った方が良さそうなタイプだな」


「そーしてくれ。嘘言われんの嫌いだ」


「医者は本当だよ。ただ研修医は嘘。

 俺の本業はバチカンのエクソシスト」


 ちょ! 俺、今ずっこけそうになっちゃったんだけど!


「何言ってんの?」


「???」


「エクソシストとか、まじかよ」


 霊感強いオカルトマニアかなんかか?

 エクソシストとか、あれ霊能者と何が違うんだよ!ってか霊能者って俺以外ほぼガセじゃん?

 あ、でもここにいるってことはそこそこ霊力はあるのか。


「日本語お上手ですね〜。

 報酬額良かったし俺はいいけどさぁ。

 あんたがやれば良かったじゃん。本業なんだろ?」


 なんか気に食わねぇ。綺麗な面してんな。

 本当に神父か?


「バチカンでは毎年エクソシストを募集して講義もしてるぜ?

 無知なのはお前の方さ」


「講義!? エクソシストのっ?

 な、なんか……イメージと違う……!」


「…………ん」


「なんだよ、無視かよ」


 急に真顔んなったぞこいつ。

 ちくしょう、綺麗な顔しやがって。


「実は、お前に話があってきたんだ。

 日本人エクソシストの霧崎 悠真」


「は?」


 ポンっとエレベーターが元の階に戻った。


「話は後だな。

 さぁ、早く男児の身体の近くに行かないと」


「分かってるっつーの、押すなよ」


 病室の前まで来ると、背中の重みがフッと消えた。


 肉体に引っ張られて、男児の霊体はあるべきところに戻ったわけだ。


「戻った。

 よし! 済んだぜ!」


「じゃあ現実世界に戻ったら屋上に来い」


「はぁ……? ところであんた何しに来たんだ?」


「お前の活躍ぶりを確認したんだよ。

 ほら、報酬もそこで。な?」


 ああ……ってことは、こいつから金受け取ればいいのか。


「未払いとか無いだろうな?」


「大丈夫だよ。少し話そう。

 それにお前が気に入りそうな話を持ってきたんだ」


「俺忙しいんだけどなぁ〜。まぁ戻ったら行くわ」


 なんか嫌な予感すんぜ。

 バチカンってキリスト教徒だかの本部みてぇなとこだろ? そこで祓魔師をしてる奴か。

 なんで俺に……?

 まさか同業者狩り? 無くもねぇ話だな。

 この業界は下手にテレビに出てチャラつくと、すぐにアンチが湧く。他の宗教団体に圧力をかけられた霊能者は実際多い。

 俺、楽して食べれればそれでいいんだよな。


 俺は静まり返った暗いロビーに戻ると、現実世界と同じ場所に座って腕時計のアラーム音を出す。


 PPPPPPPPPPPPPP!!


「………う……ん」


 一瞬で視界が霞み強風が吹き付ける。

 そして、砂を飛ばすように月の世界の風景をサァッと飛ばしていく。

 途端に眩しい光が入り込み、再び人で混み合う現実世界のロビーに戻った。サングラスを外すと、強い光の刺激に思わず目を覆った。まるで何時間も寝た後のようだが、ここの時間は俺が月の世界に行った時のまま経過していない。


「パパ、注射するの?」


「外科ってどっちかなぁ?」


 元の世界。


「はぁ〜……」


 激しい疲労感が身体を襲う。

 仕事は別腹とは言え、寝る度に向こうに行くから慢性的な不眠症。

 寝てるのに寝てないっつーか。


「あいつに辞めろって言われたらどうすっかな…………?」


 義務教育のみで今、十八歳。

 十八歳になるまでずっと夜は、あの月の世界でやってきたんだ。

 今更、他の生活できるのか俺。

 せめて満足に睡眠が取れれば少し身体も楽になるんだろうけどな。

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