第3話 仙台到着!

 俺の荷物はワンルームに半分。

 もう半分は、女のところから帰って来ない親父の分だった。

 母親は随分昔に癌で死んだ。

 母親が癌だと分かった時、知り合いの占い師だかが『 気を送って治療出来る』とか言って、母親を隔離して治療行為を施した挙句、莫大な金を取られた。もちろんそいつはインチキだった。

 母親が死んで半年。そのインチキが逮捕されたころだ。

 俺はあの月の世界で、その占い師に寄生していた悪魔を見かけた。どうも次の寄生先を探してるようだった。

 悪魔だったから仕方ないなんて思わねぇ。

 騙したのは人間で、騙されたのも人間だ。


 じゃあ、その悪魔を逃がしてもいいのか?

 また誰か同じ目に合わすんだろ?

 その時、俺は初めてあの世界で『逃げる』から『戦う』に変わったんだ。


 十歳の誕生日直前だった。

未だ俺はその悪魔を探し続けている。


「だからこれから会うやつが、その程度の霊能者なら……俺、まじで帰っから」


 電話口でセルシアに伝える。

 俺だって楽してこの仕事を続けたい。でも、譲れないモンもあるんだ。


『大丈夫だよ。とにかく住所通りの場所に来るといいさ。

 それで分かる』


 一体何が分かるんだかな?

 あれからセルシアとのやり取りは始終そんな感じで、来ればわかるってニュアンスでボカされる。

 詐欺くせぇ商売してるっぽいし、なんか気が進まねぇんだよな。

 でも金は欲しい。毎回あんな報酬出んのかバチカンからは。あれか? 信者のお布施から出てんのか? それとも法王庁の管轄なら税金か?


 まぁ、俺はマジモンだから詐欺じゃねぇし、仕事は問題ねぇけどな。


 キャリーケース一つ分の荷物と貴重品だけの身なりで、俺は単身ついに仙台駅に到着した。

 東北地方の杜の都 仙台。


 うーむ……………北国だよな? 一応。

 暑い………!!

 な、なんだよこの暑さ。なんて言うか、モワッとしてる。森の気配なんてないんだけど。

 ポケットからカードを取り出す。


「え〜っと……住所なんて見ても分かんねぇな」


 そりゃそうだ、初めて来たんだから。

 そそくさと駅ビルに入り込み、お土産品コーナーで飲料水を手に取る。


 ピピッ♪ガチャ!


「110円ですねぇ」


「はーい。

 あ、すんません。道聞いてもいいですか?」


 売店のおばちゃんはニコニコと頷く。


「このあたりの住所んとこに行きたいんすけど、近いですかね?」


 カフェのカードを見せる。

 ポイントカードではないが、綺麗なロゴで『BLACK MOON』と店名が書かれていて、簡単な謳い文句と住所が書いてある。


「ふむ……うん。近いわ……そこの道を歩いていけば着くと思うわよ。でも……」


「あ、そーすか」


「でも………こんな店あったかしらねぇ?」


「小さい店らしいんで。ありがとうございました」


 スマホのナビは目的地まで徒歩二十分って書いてある……。

 二十分か………交通量も多そうだし、いざとなったらそんときはタクシー使うか。


 正直、貯金とかねぇーし。

 こないだの300万もうっかり50万使っちまったしな。


 新しいスニーカーと限定パーカー。あとはスマホも新調したかったし、うん。必要経費だよな。

 自分のご褒美よ。


 駅から出て、アーケードの人混みを歩く。

 なんか……普通だな。


「………あ…」


 朱色の鳥居に商売繁盛と書かれた赤布。

 この辺りのお稲荷さんか。

 こっちに気付いてら。


 <クスクス>

 <ふふふっ>


 歓迎されてんのか、馬鹿にされてんだか。

 あんま刺激しねぇようにさっさと行こう。


*************


 結構、人気のあるような通りから外れたんだけど。アーケードを抜けて、気付いたら大通りに出た。

スマホのナビ通りに歩いてきたから、間違ってはいないはずだ。他には商業施設とよく見る会社の事務所なんか。


 でも、ここ……。


「廃ビルだよな……?」


 いくつもテナントが入っていた雑居ビルのようだが、看板も案内板も全部白い。

 外観には足場が建設されてて、それに防音ネットもボロボロ。途中で取り壊しが中断されたようだ。錆び付いた重機がそのまま置かれていて、ビルの一部も崩壊している。

 勿論BLACK MOONなんて看板も無し。


『普通の人間にはそう見える』ビルだった。


 来れば分かる………ってこれの事か。


 入口から地下へ降りる階段がある。

 階段の途中コンパネ張りになっていて、板を外さねぇと通れないように視える。


 だがこれは.….。


「結界だ………」


 とんでもない霊気や妖気を感じる。

 プロでも好きでここに足を踏み入れないだろう。禍々しい気配がある。

 コンパネに手をつくと、そのままスルリと板の中まで手が貫通して入っていく。


 魔術とか、霊能で作られたまやかしの結界だ。

 このタイプの技の最大の特徴は……霊力の強いやつしか突破できないってことだ。そして術をかける奴の技量も確かだ。


「なるほどな」


 階段を下まで来るとようやく店のロゴ看板がガラスのドアにかかっていた。

 場所は問題ないらしいが、ドアの中は黒いカーテンで覆われて中は見えねぇ。

 もし霊感が強くてここに辿り着いても、中に入りたいとは思わないだろう。


 ベルも無い。外から呼び出すか。


 スマホでセルシアに着信を入れると、通話画面にならず切られ、すぐにカーテンを開けて手招きされた。


「お邪魔しま〜す」


 重いガラスの扉を開ける。

 キャリーケースを引くのに床を見て思わず視線がそこに行く。

 床からドアの柱までびっちり何か描かれている。これも何かの術か?


「来たな。荷物それだけか?」


「ああ。余計なモン置いてきたわ」


 こっちで買えばいいし。金も入るしな。


 セルシアは首元のローマンカラーの白色があるってだけで、服装がなんっつーか神父らしくねぇ。

 完全にダーク系のロックバンド風だ。


 いや、待て。カトリック教徒じゃなければ結婚とかできるよな?


「あんた、神父じゃなくて、牧師? プロテスタント?」


「カトリックだよ? どうして?」


 どうして、じゃねぇよ。自覚がねぇ……訳じゃねぇな。

 日本で好き放題、か。

 まぁ。聖書に「少しもオシャレしてダメ」とか書いてねぇだろうしな。知らんけども。


「来れば分かるって言った意味が分かったろ?」


「ああ。ここは力が無ければ感じないし、見えない入れないだな。すげぇ」


「荷物はそこでいいよ。

 メンバーがもう来てる」


 日本のエクソシストか。

 霊媒師もいるって話だったな。


 セルシアはカーテンを再び元に戻す。陽の光など一切入れない気合いの入った遮光意識。見られちゃまずいもんでもあるのかね?


 中に入るとそこは廃墟とは思えない程、小綺麗な場所だった。

 壁にはジャンク品のサックスや絵画、ドライフラワーが下がってて、色とりどりの酒瓶に最新式のコーヒーメーカーとサイフォン。パスタが入った瓶にトマトやツナの缶詰が積み上がっていた。

 カウンターには種類豊富な酒瓶と、それ専用のグラス達。

 カフェってよりバーっぽいな。電飾もオレンジ系のじんわりしたムードでカウンターにだけ光の強い小洒落たスポットライトがある。

 グラスのほとんどは磨かれて伏せられていたが、側のガラスケースに入ったグラスには値札のシールが貼られ、何故か飲み口が羊皮紙で封がされていた。


 思わず足が止まる。

 禍々しい霊気の元はここだ。セルシアに付いた臭気もこれらが混ざりあって染み付いてるんだ。

 一体何があるんだよ……?


 聖水の入った小瓶に銀の十字架。何かの天然石、鏡、そして問題のグラスだ。

 グラスにはどれもナニカを封印する魔法陣が描かれて、中身は黒色の煙がモヤモヤと蠢いていた。


 こりゃ、不良神父どころじゃねぇかもな。

 それに封印の腕も、これらを捕獲するのも容易くは無いはずだ。


 桁違い。

 セルシア・ローレック………こいつは本物だ。

 問題は……善か悪か……。


「気になる?」


 ショーケースに寄りかかり、セルシアは隠す素振りもなく俺の顔を覗き込んできた。


「あんた、これ売ってんのか?」


「誰にでもじゃないさ。必要な人間に、だよ」


 切れ長の瞳が俺を見据える。

 グラスの中に居るのは、俺が今まで討伐してきたような悪魔や怨霊の類だ。

 割と最近まで魔術師に依頼を持ち込み呪いや殺しを生業にしてるやつがいる、とか聞いた。

 これも使いようによっては、人間に害を与える。


「買った奴はこれをどう使うんだ?」


 セルシア……こいつはバチカンの人間なんだよな。けれどバレたくねぇってことは、これは研究の一環ではないってことだ。

 …………ああ。だからコソコソしたいわけか。

 BLACK MOONを隠れ蓑にして。


「それは、実際聞いてみるといいさ。

 紹介するよ」


 そう言い、セルシアは店のすみにいた連中に手を向ける。


 オカルトには法がない。

 俺たちの中ではどんなタブーな商売でも、お巡りさんが逮捕できるわけじゃないからな。

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