第22話「102号室(3)」

第22話-A面 辻村狂介は誤解されやすい。

 あー、くそ。学校に逃げ込まれちまった。

 時任のお嬢、なんで逃げるかねえ。

 困ったもんだ。


「しゃーねえ。無断侵入してさすまた持った教師連中に追い回されるのも旨くねえし」

 そこらで時間潰すか。

 といってもパチンコ打つほど手持ちは無いときてる。

「公園でも行くか」

 ちょいと離れるが、小高い丘の上に公園がある。そこまで歩くことにした。天気もいいし、鈍った身体にはちょうどいい運動だと思うことにしよう。



 午前中の公園でも人はそこそこいた。

 散歩やらジョギングに励む連中やら子供ガキを遊ばせている奥様連中やら。


 俺は手近なベンチに腰掛ける。

 タバコを取り出しかけて、ふと手を止める。

 周囲を見回すと子供ガキが多い。

 ……タバコはやめとくか。

 

 ベンチの背もたれに身体をあずけて天を仰ぎ見る。

 雲一つない空、とはいかないまでも真っ青な空がそこにはあった。

 狭い塀の中で見上げるくすんだ空とは一味違う。

「やっぱ娑婆はいいねえ」

 

「ねーねーおじちゃん!」

「んあ?」

「なんでかみのけないのー?」

 五歳くらいの女の子がベンチによじ登って俺の頭に手を伸ばしていた。

 思わず吹き出してしまう。

 なかなかアグレッシブなガキだ。

「触ってみるか?」

 頭を傾けてやると、女の子はぺちぺちと遠慮なく俺の禿頭を叩いた。

「あはは」

「いてえよ。このアタマは気合いの表現よ」

「きあい?」

「がんばる、ってこった」

「ふーん」

 興味無しかーい。まあいい。

「おかおのきずはなーに?」

 ガキってのは遠慮が無えのがいい。

「これはくまさんとやりあった時の傷よ」

「おすもう? おすもう?」

 こんどはめっちゃ食いついてきた。

 相撲って、俺は金太郎じゃねえぞ。

「いたくないのー?」

「もう痛くねえよ」

「すごいねえ」

「ははっ。べつにすごかねーよ。ところでほっぺた引っ張るのやめてくんねーか?」

「だめー?」

「わかったよ。いいよ。ひっぱれひっぱれ」

 俺がオーケーすると女の子はきゃっきゃと笑いながら遠慮なく引っ張りはじめた。

「お嬢もこれくらいの調子で来てくれたらいいんだがなあ」

「おじょう?」

「あー、いやなんでもねえよ」


「ユイちゃん!」

「あ、ママー」

 おお、保護者が来たか。

「もう行きな」

「ええー」

「ママが待ってるだろ」

「またあそんでくれる?」

「縁がありゃあまた逢えるかもなぁ」

「じゃあ、またあそんでね!」

「あいよ」


 俺はユイちゃんとやらをベンチから降ろしてやる。すると彼女は母親のところにダッシュ&タックル。やっぱり元気だ。

 母親はこちらを睨みつけながら一礼し、ユイちゃんを抱きかかえてそそくさと去っていった。

「ばいばーい」

「知らない人に付いて行ったら駄目っていつも言ってるでしょ!」

 母親の小声の、しかし鋭い叱責が聞こえてくる。ややあってユイちゃんの泣き声。


「あらら」

 ユイちゃんには却って悪いことしたかね。

 

 やっぱり俺みたいな風貌の人間には生きにくい世の中だね。今も昔も。

 困ったもんだ。

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