第15話‐B面 三波笑美はおでかけする。

 目が覚めた。

 スマホのアラーム設定は六時。

 五時過ぎには完全に目が覚めていた。

 アラーム設定を解除して布団から出る。

 シャワーを浴びて服を着替えてキッチンに立って時計を見るとちょうど六時。


 うーん、私はしゃぎすぎ? 遠足の日の小学生かな?


 けれど、時間があるに越したことはない。

 これからお弁当を作るのだから。

 折角アキラちゃんとお出かけするのだからちゃんとしたものを用意したい。

 それもバレないように。

 アキラちゃんはだいたい八時くらいに起きてくるだろうから約二時間。

 さあ、頑張ろう――



 どうにか朝食までにはお弁当の準備は完了した。

 すごい良い笑顔のお母さんに見守られてやりづらくて仕方なかったけど。

「おはようございまふ……」

「お、おはよう! アキラちゃん!」

 出来上がったお弁当箱をさっと隠す。

「あれ? エミちゃん、朝ごはん作ってたの?」

「え、あ、うん。そうそう! そうなの! ちょっと早起きしちゃって」

「ふぁあ」

 アキラちゃんは気だるげに欠伸をひとつ。かわいい。

「顔、洗ってきたら?」

「うん。そうしまふ……」

 覚束ない足取りで洗面所に向かうアキラちゃんの背中を見送って、深く息をつく。

「ふふっ危ないところだったわね」

「お母さん!」

 笑わないで!



 朝食の後、私は服を決めかねていた。

 昨日のうちに二択までには絞ってある。

 デニムパンツにするかワンピースにするか。

 行き先を考えれば動きやすいパンツの方がいい。

 でもワンピースの方がおでかけ感があっていい。

 さて――


 私は結局ワンピースを選んだ。かわいいし。

 玄関でパンプスを履いていると、時間通りにアキラちゃんは来てくれた。

 アキラちゃんは黒のパーカーとジーンズだった。サイズが合ってないのが逆にかわいい。よかった。ワンピースの方が並んだ時にバランスがいい。今日は髪もセットしてくれているのが嬉しい。

「お待たせ、エミちゃん」

「ううん。行こっか」

 

 お弁当を入れたトートバックを持って、アキラちゃんと並んで歩く。

 家の前の道を駅へと続くいつもの方向とは逆向きに行く。

 住宅地の合間を縫うように進む。

「この辺りも家が増えたよね」

「そうだね。僕たちが小さい頃は原っぱだったのにね」

「あの山もね」

 視線の先には、小高い丘があった。

 この丘はかつてもっと高い山だった。

 今では宅地造成が進んで、少し低くなっている。

 その頂上を目指して私は歩いていた。


 丘の上も記憶の中のそれとはすっかり様変わりしている。

 昔はまばらに木の生えていただけの空間だった。

 今は分譲住宅がずらりと並んでいて、整備された公園もあって、その端には展望台もあった。

 昔みたいに山で一番大きな木に登らなくても街を一望できるけれど、

「もうあの木は無いね……」

「そうだね」


 この場所に来ると、変わらないものはないという事実を突き付けられている気分がする。街も、人も、少しずつ、でも気が付けば驚くほどあっという間に変わっていく。

 アキラちゃんも。

 そして私も、だ。


「結構歩いたね」

 とアキラちゃんは言った。少し息が上がっていて、うっすら汗をかいていた。

 私も似たようなものだ。

 それにしても、

「小さい頃、よくこんな遠くまで来れてたよね……」

 どういう体力をしていたのだろうか、と思ってしまう。


「とりあえず……あそこのベンチに座ろっか、アキラちゃん」

「そうだね」

「お弁当作ってきたから、ちょっと早いけどお昼にしよ」

「ありがと」

「いえいえ」


 お弁当はサンドイッチ、唐揚げ、マカロニサラダ。

 お茶も水筒で持ってきた。


「わ、すごい」

「えへへ」

 アキラちゃんの素直な感嘆が嬉しくて、つい頬が緩んでしまう。

 普段はめったに笑わないアキラちゃんの笑顔。

 それを引き出せたことに幸せを感じる。


 お弁当も「おいしい」と言って笑ってくれた。

 そんなアキラちゃんに私は、こう切り出した――


「アキラちゃんは覚えてる?  ……小学校二年生の授業参観の時のこと」

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