第10話‐B面 時任秋良は一杯食わされる。
昼休み、笑美ちゃんと話していると、僕の席に加山さんと嶋野さんがやってきた。
「トキトー、昼一緒に食べねえ? あたしら学食行くんだけど」
「ごめんなさい。今日、お弁当なので」
既に笑美ちゃんが二人分のお弁当箱を持ってきてくれている。
「おー、羨ましい」
「愛妻弁当かよー」
「えっ、そんなんじゃないですよ」
「でもさー、トキトーの右手ってギプスついてるわけじゃん?」
「ってことは、誰かが食べさせてあげなきゃいけないわけじゃん?」
「それってミナミさんがすんじゃねーの?」
「す、するけど」
と笑美ちゃんが顔を赤くして頷きました。
「「ヒューッ!」」
「あの、ふたりともやめてあげてください……」
真っ赤な顔で俯いてしまった笑美ちゃんの代わりに僕はか細い声で抵抗を試みました。
「わりーわりー。じゃあトキトー、また今度一緒しような」
「あたしらが学食であーん、してやるよ!」
ふたりは思った以上にあっさりと引いてくれました。
「お、お気持ちだけで」
「あー、もう。暑くなっちゃったよ」
笑美ちゃんは手で顔をパタパタと扇いでいます。
「あはは」
「加山さんと嶋野さんって、あんな感じなんだね。知らなかったよ」
「うん」
「そういえば私、学食行ったことないや。いつもお弁当だし。アキラちゃんは?」
「一年の時は毎日学食だったから」
自分の食べる分だけ作るのはつまらないし、続かないです。少なくとも僕はそうでした。
「ご、ごめんなさいアキラちゃん」
「ううん。気にしないで」
僕の方こそ嫌な言い方をしてしまいました。
「じゃ、食べよっか」
「うん」
と、その時でした。
「アキラ! あのさ――」
瀬戸さんが声をかけてきました。
柔らかかった笑美ちゃんの雰囲気が突如獰猛な番犬のそれに変わりました。こわいよ笑美ちゃん……。
「お昼、一緒していい、かな?」
「僕はいいです……けど……」
ちら、と笑美ちゃんを見やるとかなり不満そうです。
それでも、
「アキラちゃんがいいなら、どうぞ」
と言ってくれました。
「ありがとう、笑美ちゃん」
「アキラちゃんがそうしたい、って言うからだから、勘違いしないでね瀬戸さん」
「えっ、三波さんも一緒に食べるの?」
はじめて聞いたみたいな顔をする瀬戸さん。
うわあ……。
「見たらわかるでしょ?」
「見てなかったものだから」
「はい?」
「何か?」
「ふたりともやめてください!」
一触即発のふたりの間に飛び込むのはものすごい勇気が要りました。
僕の斜め後方で、
「あっはっは。おっもしれーなあ」
レーコさんがお腹を抱えてゲラゲラ笑っていました。
僕、必死なんですよこれでも。
そして、僕の目の前にはお弁当箱が二つ並びました。
ひとつは笑美ちゃんが作ってくれたもの。
もうひとつは瀬戸さんが作ってきてくれたもの。
「えーと」
これは一体、どうすればいいのでしょうか。
「ケガさせたお詫びにもならないけど、頑張って作ってみたから、食べてくれないかな」
と言うのは瀬戸さん。よく見ると手指に絆創膏がいくつも貼ってありました。ほんとに頑張って作ってくれたのがわかりました。なんだか嬉しい気持ちになります。
「そういうの、押しつけがましいと思うよ、瀬戸さん」
と言いながら、自分の作ったお弁当をずい、と机の真ん中に押してくるのは笑美ちゃんです。
「アキラちゃん、いつものお弁当の方がいいと思うよ。急に変わったものを食べると体調悪くなっちゃうかもしれないし。そう、食あたりとか」
「衛生管理には万全の注意を払ってますけど?」
「指切った手で調理して衛生管理って、本気で言ってるの瀬戸さん。勉強はできても家事は苦手だったりするとか?」
「使い捨てのビニール手袋を常時着用してるから、そこらの飲食店よりよっぽど清潔よ。毎日料理してるのが自慢みたいだけれど、手癖で作った素人料理の方がよっぽど危ないんじゃない?」
ひいぃ。
どうしましょうこれ。
どうしたらいいと思いますレーコさん?
……駄目だ。レーコさん大爆笑してます。目の端に涙浮かべてるし、フォローは期待できそうにないです。
「あ、あの!」
僕は意を決して言いました。
「どっちのお弁当も頂きますから!」
その後、交互に「あーん」をさせられて休み時間の間ずっとお弁当を流し込まれていました。フォアグラにされるガチョウの気持ちが少しだけ分かった気がします。
限界を超えた僕に二人は、
「「明日も作ってくるから!」」
言ってくれました。
返事もできません。これは、辛い、です。
有難いのに、辛いって、どういうことですか、レーコさん? あの、いつまでも笑ってないで、なんとか言ってくださいよぉ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます