第7話「揺れる気持ち」

第7話‐A面 三波笑美は気が気でない。

 月曜の朝、ダイニングに行くとアキラちゃんはもう朝ごはんを食べていた。

「おふぁよう、エミちゃん」

 あ、家だとエミちゃんって呼んでくれるんだ。嬉しい。

「アキラちゃん、おはよ。食べながら喋るのはマナー違反だよ」

「んぐっ……、ごめんなさい」

「いいよいいよ。気を付けようね」

「うん」


 そんな風に、いつも通りに振舞うのも結構大変だ。

 だって、金曜の夜、部屋の壁越しにアキラちゃんのを聞いてしまったから。

 お兄ちゃんのお宝コレクションでも見つけてしまったのかな。それで、その、盛り上がっちゃって独りで慰めてたんだと思うと、こう、まともに顔が見れない。土曜からアキラちゃんのことをなんとなく避けてしまっている。あんなに顔が見たいとか話したいとか思ってたのに。


「エミちゃん、どうしたの? 食べないの?」

「えっ、あ、うん。食べるよ。早く食べないと遅刻しちゃうよね」

「食欲ないなら無理しない方が……」

「そんなことないよ! えへへ」

「そう? 顔、少し赤いけど熱とかあるんじゃない?」

「だ、だだ、大丈夫! 大丈夫だから!」

 ちょっと寝不足で、アキラちゃん見てると顔が熱くなってるだけだから!

 私は自分の席に置かれた朝ごはんを急いで口に運ぶ。

「おいしー!」

 と言ってみたものの味はよくわからなかった……。


 朝ごはんを食べ終わって身支度を整えて玄関に行くと、アキラちゃんが待ってくれていた。ちょっと、ううん、すごく嬉しい。

「ありがと、アキラちゃん」

「ううん。やっぱり心配だから。調子悪いんでしょ?」

「あはは……。本当にありがとね」

 これは、絶対に理由は言えない。

 あまりにも申し訳ないから。盗み聞きしてごめんなさいアキラちゃん。


 でも、こうしてアキラちゃんと一緒に登校するなんていつ以来だろう。

 小学校の頃は毎日一緒だったけど、ね。

「えへへ」

「どうしたの?」

「一緒に学校行けるのが嬉しいだけだよ~」

「そ、そう?」

「うん!」

「で、でも、今日は無理しちゃだめだからね。調子悪いなと思ったら保健室行ってね?」

「その時はアキラちゃんが連れて行ってくれる?」

 悪戯っぽく笑って尋ねると、アキラちゃんはひとしきりあわあわした後で、

「えーと、うん。連れて行くよ。クラス委員だし」

 と言ってくれた。

 普通は保健委員が連れて行くと思うんだけど、アキラちゃんはやっぱり優しい。


 もう、金曜の夜のことはもう忘れよう。

 ――今度同じようなことがあったら、最悪、私が、その、手伝ってあげれば、いい、よね……?


「やっぱり顔赤いよ。今からでも病院行ったらどうかな」

「だだだだ大丈夫! 大丈夫だからぁ!」

 忘れるの! 忘れるのよ私!

 どれだけ忘れようとしても、私の脳内ではずっとアキラちゃんのエッチな喘ぎ声がリフレインしてる。困ったなあ。どうしよう。



 学校について、教室に入るなり、加山さんと嶋野さんがアキラちゃんの所に駆け寄って来た。

 え、何? アキラちゃんに何する気? と私が身構えるよりも早く、

「「トキトー、こないだはごめん!」」

 ふたりは頭を下げていた。

 え? 何があったの?

「あ、あの、頭上げてください。僕は大丈夫ですから」

「……マジで?」

 恐る恐る顔を上げる加山さん。完全にアキラちゃんに委縮している。一体何が。

「は、はい!」

「あの怖えねーさんは、その」

 嶋野さんも完全に怯えている。この二人をそこまでさせるって。ていうかって誰のこと? 私の知らない人?

「あ、もう気にしないでください」

「でも、いつでも見てる、って」

「あー、えーと、それくらいの気持ちでいる、ってことじゃないですかね」

「そ、そっか」

「あのさ、トキトー。こんど昼休みに学食でも奢るよ」

「そんな! 悪いですよ!」

「でもさ」

「それなら、クラス委員の仕事、時々で良いんで手伝ってください。僕と瀬戸さんの」

「瀬戸の……」

「駄目、ですか?」

「あー、いや! トキトーがそれでいいならそうするよ! いつでも声かけてな?」

「じゃ、じゃあな!」


「アキラちゃん、一体何があったの?」

「いやあ。あはは」

 アキラちゃんは困った顔で苦笑いしている。


 そこに、

「アーキーラ!」

 クラス委員の瀬戸さんがやってきて、アキラちゃんに抱き着いてきた。

「わあっ」

「おはよ。すごいねアキラ。あのふたりを完全に手懐けるなんて、どういう手品使ったの?」

「あの! 瀬戸さん!」

「ああ、おはようございます、三波さん」

「おはようございます! それよりアキラちゃんから離れてください! あと呼び捨てってなんですか!?」

「アキラには許可貰ってるけど? 抱き着くのはどうだっけ?」

「それは許可してないですぅ」

「じゃあ今許可もらえない?」

 瀬戸さんってこんな性格の人だったの? もっとお堅いイメージだったけど。

 ――そうではなくて。

 私はアキラちゃんの手を取って引っ張った。

「いいから離れてください! アキラちゃん嫌がってるじゃないですか!」

「アキラ、嫌?」

「嫌というかなんというか、苦しいです。瀬戸さん、三波さん」

 そう言われて私も瀬戸さんもアキラちゃんから手を離す。

「あの、三波さん」

「うん」

「瀬戸さんとは同じクラス委員として仲良くなったから、三波さんも瀬戸さんとは、その、仲良くしてほしいな」

「あ、うん。アキラちゃんが言うなら」

「瀬戸さんも。三波さんは僕の幼馴染なんです」

「へえー。そうなのね。よろしく、三波のことイロイロ教えてね」

「こ・ち・ら・こ・そ!」

 握手のつもりか差し出された瀬戸さんの手を思いきり握り返すと、向こうもガチで返してきた。こわばる笑顔のまま、数秒互いの手を潰れろとばかりに握り合う。


「良かったー。ふたりとも仲良くなってくれて」

 どこ見たらそんな感想になるの、アキラちゃん……。

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