第6話‐B面 毒島玲子は憤慨する。

「ったく、時間かかりすぎなんだよ」

 こんな時間までガッコに居たことなんざ生きてる時にはなかったぞアタシは。

 校舎内、殆ど人残ってねーぞ。

「ごめんなさいレーコさん」

 昇降口に向かい歩きながらアキラが頭を下げる。

「あのメガネ女もむかつくしな」

「瀬戸さんですか?」

「おう」

「なにがそんなに気に入らないんです?」

 陰キャのくせに能天気なやつだなオイ。


「アキラぁ、オマエその頭ん中ちゃんと脳味噌詰まってるか? 赤味噌かなんかが発酵してんじゃねえのか?」

「なんてこと言うんですか! ちゃんと脳はありますよ! 検査したことないから多分ですけど」

 このバカも随分アタシに慣れてきたよなあ。

 最初の頃はこんなキレ方できなかたもんなー。

 あれ? アタシ、慣れられてるんじゃなくて舐められてる?


「おい、アキラ。アタシのこと舐めてんのか?」

「ええぇ、なんですかその変な言いがかり!」

「話ズラそうとしてんじゃねえぞ」

「話ズラしてきてるのレーコさんですよ」

「お? そうか?」

 そういやそうだな。

「あー、なんだ。ホレ。あのメガネ女、完っ璧にオマエのこといいように使って楽してやがんぞ。そんで手柄は独り占めときた」

「あ、そうなんですか?」

「このお花畑が」

 わかってねーのか、わかってて受け入れてんのか、どっちにしろ大バカ確定だ。

「……僕には、瀬戸さんみたいに一生懸命になれるもの、ないですから。僕みたいなのが少しでも役に立てるなら、むしろ光栄ですよ」

「オマエなあ」


 やれやれだな。

 ため息も出ねーわ。

「なんもしてねーオマエになんかがあるわけねーだろ! それ見つける前からなんもねーみてーなこと言ってんじゃねーよ、このブゥヮカが!」

「あいた!」

 つい右手だけ実体化してチョップしちまったぜ。誰かに見られたら心霊現象扱いだな。

「けどまあ、アキラの言うように、あのメガネのなりふり構わねー本気だけは大したもんだとアタシも思うぜ」

「で、ですよね!」

「そのこととオマエがダメダメなのは別の話だけどな?」

「あうう」


 昇降口に着いたアキラは自分の靴箱へ向かう。

「あ、加山さんと嶋野さん」

「んー。あー、さっきの」

「えーと、トキトーだっけ?」

「はい。先程はありがとうございました」

「いーよいーよ。こっちもあとでセンセーに呼び出されるよりは良かったし」

「ところでさ、トキトー。気をつけなよ」


「気をつける?」


「瀬戸だよ。瀬戸環。アイツの点数稼ぎの手伝いさせられないように注意しな、ってこと」

「アイツ昔っからあーだもんね。表向きはいい子ちゃんでさー」

「加山知ってる? アイツんち、まあまあ貧乏らしくてさ、だから頑張っちゃってるんだってさ」

「へー、そーなんだー。かわいそー」

 そして笑い出すふたり。なんだコイツら。ムカつくぜ。

「ま、そんなわけだからさ、トキトーも利用されないように程々にしときなよ」


「いいえ」


 お? アキラ?

「は?」

「いいえ。僕は瀬戸さんと一緒にちゃんとクラス委員をやります」

 よし、よく言った。

「なに真面目な顔で言っちゃってんの? 声震えてますけど?」

「顔真っ赤。はずかちー」


「僕のことはいいですから、頑張っている瀬戸さんの邪魔はしないであげてください」

「あぁ?」

「なんだって?」

 あーらら、アキラのバカまたやっちまったなあ。

 こいつ、無自覚に人の一番痛いところを抉っちまうトコあるよなあ。

 ま、今回ばかりは褒めてやるけどよ。


「トキトー、今の取り消せよ。そしたら見逃してやるからさ」

「じゃなきゃトキトー、アンタと瀬戸をクラス中でイジメてやんよ」

 おっと。

 そうきたか。やだやだ。暗いねえ。

「取り消せよ」

「……です」

「はあ? なんて?」

「嫌です! 取り消しません!」


 ひゅう、とアタシは口笛を鳴らした。

 言うじゃんアキラ。

 もう逆にシメちまえよそんな連中。


「んだコラ、甘くしてりゃ調子乗りやがって」

 胸倉をつかまれた。

 よし、正当防衛成立だ。やっちまえアキラ。


 ――ってーわけにはいかねーのがアキラなんだよなあ。

 ペチペチと頬を張られて涙目になって身ィ竦めてやがる。


 あーあ、もうしょうがねえなあ。


「アキラァ!」

 アタシは昇降口のグラウンド側から夕日をバックに登場した。

 ノーブランドのシャツに履き古したビンテージジーンズ姿。

 春風が金髪のポニーテールを揺らす。

 おいおい、アタシかっけえな。


「おめーら、アタシのツレに何か用かよ?」

 進学校のお嬢ちゃんなんぞアタシの一睨みで終了だわな。

 蛇に睨まれたカエル、だったっけ? なんかそんなヤツ。


 身動きを完全に止めた二人にアタシは近づき、すぐ横の靴箱に前蹴りを叩きつけた。甲高い音が鳴って、靴箱が揺れた。最近の靴箱はヤワでいけねえ。ついでに当ててもねーのに腰を抜かしたコイツらもだ。

 そんなんで不良気取ってんじゃねーぞバカどもが。

「おいオマエら!」

「「はいいっ!」」

「アキラに手ェ出したらただじゃおかねーからな。わかったな? ガッコの中だろうがなんだろうがアタシはからなぁ?」

「「はいっ!」」

「おい、アキラ。えんぞ」

「ま、待ってよレーコさん」

 待つかバカ。これ以上実体化が保たねえんだよ。校門まででギリだなこりゃ。


「あの、レーコさん。ありがとう」

「あ? あれくらいテメエでどうにかできるようになれよ」

「あ、はい」

「それとな?」

「はい?」

「実体化しすぎてマジにキツいからよ、今晩はオマエが気絶するまで。しっかり晩飯食って覚悟決めとけ」

「えっ……」

「吸い殺したりはしねーよ。厄病神は不幸を押し付けるだけだからよ。殺すのは死神の仕事だ」



 ――その日の夜。

 アタシはベッドの上でアキラに馬乗りになっていた。

「あの、レーコ……さん……あっ」

「ンだよ、今イイトコなんだ。変な声出すんじゃねーよ」

「でも、そんな……こと……あっ……言われても……んんっ」

「黙れ。口塞ぐぞ」

「うぅ……レーコさん酷いですぅ……」

 シーツを握り唇を噛みしめて、必死に声を漏らさないようにしているアキラを見てると妙な加虐心が湧いてくるな。ああ、イカンイカン。これは精気を貰ってるだけなんだから、集中を――

「ってアタシの顔ジロジロ見んなバカ!」

「んんっ……はいぃ……」

 アタシから視線を逸らしたアキラは顔どころか首まで桜色に上気していてクッソ艶めかしい。ホントそのメス顔やめろっつーの。こっちまで恥ずかしくなるだろーが!

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