第18話「心配」

第18話-A面 三波笑美は心配する。

 あの日以来、アキラちゃんは部屋から出てこなくなった。

 ゴールデンウィークの間ずっと。

 ゴールデンウィークが明けても、ずっと。


 アキラちゃんの家の跡地では数日前から工事がはじまっている。

 何が建つのかわからないけれど、今はそんなことはどうでもいい。

 工事の様子を横目に見ながら、私は独り学校へ行く。


 私は、自身がアキラちゃんに拒絶されたことよりも、アキラちゃんが塞ぎ込んでいることの方が気になっていた。

 授業中も上の空で、アキラちゃんのことばかり考えていた。

 なんで部屋から出てこないのか。

 何を考えているのか。

 何を悩んでいるのか。


 今朝、お母さんからもうすぐアキラちゃんがうちを出ていく、と教えられた。

 ご両親を追って海外に行くわけではないらしい。

 独り暮らしをする、って。

 家に居づらいから?

 居づらくしたのは私――だと思う。


「……さん。三波さん!」

 肩を叩かれていることに気付いたのは耳元で名前を呼ばれてからだった。

 声の主は、

「瀬戸さん。……何か用かな?」

「私があなたに用があるとしたらアキラのことだけよ。わかってるでしょ」

「だよね」

「放課後、時間ある?」

 真剣な表情だった。有無を言わせない口調でもあった。

 私だけじゃどうしようもないことも、瀬戸さんならひょっとしたら。

 そんな思惑が内心をよぎる。

「……いいよ。別に用事も無いし」



 放課後。

 人気がなくなりがらんとした教室に、私と瀬戸さんだけが残っている。

 校内、校外のあちこちから部活動の音が聞こえているけれど、それは今は遥か彼方のもののようで。ふたりきりの教室は広いようでいて、どこか息苦しい。

 先に口を開いたのは瀬戸さんの方。

「アキラ、どうしたの? 何があったの?」

「わからない」

「わからない、ってそんな。同じ家に住んでいるんでしょ?」

「そうだけど、アキラちゃん部屋から出てこないし」

「なんで? アキラに何があったの?」

「わからないけど、私がアキラちゃんに告白したから、かも」

 私は正直に告げた。

「……はあ!?」

「何? 何かおかしい? 瀬戸さんだってアキラちゃんのこと、好きじゃないの?」

「いや、あの、その、それは」

 そうだけど、と瀬戸さんはもごもご呟いた。

 私はその様子に少しだけくすりとしてしまう。

「でも振られたから。安心して」

「そのことを気に病んで引きこもってるとか?」

「かもしれないし、そうじゃないかもしれない」

「そっか」

 しばらくの間、ふたりとも無言になる。

 なんとも言えない静寂が教室を満たした。

 先に沈黙を破ったのはやっぱり瀬戸さんだった。

「ねえ、三波さん」

「なに?」

「これから、三波さんの家、行ってもいい?」

「……アキラちゃんに会いに?」

 瀬戸さんは大きく頷いた。

「会えるか分からないよ?」

「それでもいいから」

「じゃ、行こう」

「ありがと」

「ううん」

 私は首を横に振った。

「こちらこそ。ありがとう、瀬戸さん」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る