第3話‐B面 毒島玲子は見物する。

 深夜、部屋のドアがキィ、と微かな音を立てて開いた。

 おかげで目ェ醒めちまったじゃねーかよ。

 ……誰だ? ノックもしねーで部屋に入ってくる不届き者は。


 忍び足。

 浅く、乱れた呼吸。

 激しい心音さえ今のアタシの耳には聞こえてしまう。


 ……まあ、晩飯の時からずーっと見てたもんなあ。


 アキラのバカは起きてるな? 

 ヘタクソな寝たふりしやがって。

 まあ、起きてるんならいっか。面白そーだし黙って見物といくか。


 そう広くもない六畳間を一歩一歩時間をかけて近づいてくる影。

 すぐにベッドの脇に辿り着く。


「エミちゃん……?」


 流石にアキラも狸寝入りをやめて声をかけた。

 だけど、残念だな。

 そいつエミじゃねーぞ。


「アキラァ」


 名前を呼びながら抱き着いてきたのは

 ぎゃはは! おもしれー!


「ケースケさん?」

「アキラ! アキラ!!」

「何するんですかケースケさん。ちょっ、どこ触って……!」


 うわぁー。すげぇー。

 どうなるんだこの先。アタシにゃちょいと刺激が強すぎるぜ。


「アキラァ、俺はオマエんちが火事になったって聞いて気が気じゃなかった。オマエが死んだらどうしようって。でも無事でよかった! 本当によかった!!」

「それは……、どうも、ありがとうございます」

「そんで、ウチに居候って、なんで俺が家出た後でそういうことすんだよ」

「や、それは知りませんけど……」

「しかも俺の着てた服着て、全然サイズ合ってねーし袖余りまくってるしめっちゃかわいいしなんなんだよアキラぁ」


 いや、オメーがなんなんだよ……!


「メシ食ってる時だってエロい顔しやがって」

「し、してませんよ!」


 してねーと思うぞ、アタシも。


「もう我慢できねえ。大丈夫だ。優しくするから」

「そういう問題じゃないと思うんですけど!」

「ずっと、ずっと昔から、アキラが小さい頃から好きだったんだよ。知らなかったか?」

「……はい。知りませんでした」


 つーか、知りたくなかったよな。頼りになる隣の兄貴が自分のことをそんな風に思ってなんてな。


「あのよ、アキラはどうだ? 俺のこと、嫌いか?」

「き、嫌いじゃないです! ケースケ兄さんは僕の本当のお兄さんみたいな人で、憧れで、尊敬してて、その、だから」


 あーあー……。

 やっちまったなあ。あのバカ、無自覚にケースケのこと傷つけちまってるよ。そうじゃねーんだよなー。わかってねーよなー。

 オマエの位置からじゃ見えねえと思うけど、ケースケのヤツ、今すっげえ顔してんぞ。


「アキラ……! 俺は、俺はぁ!」

「ケースケ兄さん、く、苦しいです!」

 強く抱きしめるケースケに対して、アキラは体を捩るけどまあ体格差あり過ぎてどうにもならねー。完全に押し倒されてる格好だ。


 さて、どうすっかね。

 こーゆーのは両者の合意? ってヤツがあってはじめてオッケーなんじゃね?

 つーか憐れを誘う目でこっち見てくんなバカが!


「……けて」


 あ?


「……たすけて」


 ちっ。しゃーねーな。

 アタシは頭をガリガリと掻いた後、ヘアゴムを外して髪をおろした。

 その長髪を後ろから前に全部持っていく。まあ“貞子”状態みてーな感じだな。

 そんで、アキラに取って来させておいた煎餅を取り出し、ケースケの耳元で割ってやる。


 パキッ、といい音がした。

「んっ?」

 ほれ、もう一回だ。

 パキパキッ。

「えっ?」


 どうよ、心霊現象っぽいだろ? ラップ音てゆーんだっけか?

 そんでとどめだ。


「うーらーめーしーやー」


 アタシは自分の姿をケースケに


「うわあああああっっ!?」


 入って来た時とは打って変わってドタバタ足音立てて逃げ出しやがった。

 ま、これで今日のところは安全確保できただろ。


「あークソ、実体化は疲れんだよ。煎餅も粉々になっちまったしよぉ」

「あの、ありがと。レーコさん」

「泣くなバカ」


 それとそのメス顔やめろや。


「……貸しひとつだ。また煎餅取ってこいよ?」

「うん」

「もう寝ろ。明日もガッコ行くんだろ」

「うん」

 緊張の糸が切れたのか、案外すんなりアキラは眠りに落ちた。


 その無防備な寝顔を見てると、なんつーか、まあ、アレだ。ケースケの気持ちも分からんでもない。とゆー気がしないでもねー、と思わなくもないこともねえな。知らんけど。

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