第2話‐B面 三波笑美は自己嫌悪する。

 私――三波笑美はアキラちゃんになかなか声をかけられずにいた。


 全焼した家を呆然と眺めながら、ブツブツと何か呟いているアキラちゃんの姿は怖いとかそういうことではなくて、大切なものを失ってしまって哀しそうにしているように思えて、なんて声をかけたらいいのか分からなかった。


「アキラちゃん、大丈夫?」

 結局無難な声掛けをしてしまった。

 大丈夫なわけなんてないのに。私は馬鹿だ。

 けれどアキラちゃんはいつものように緩く笑って、

「あ、うん。三波さんの家に延焼しなくてよかったよ」

「こんな時まで人の心配しなくていいよ!」

 なんでこうなんだろう。

 いつもそうなんだから。

 こんな時くらいは自分のことだけ考えていればいいのに。


「そ、そうだね……。あの、うちの親が、三波さんの家に世話になりなさい、って言ってて、その」

 物凄く申し訳なさそうに、俯いて両手の指を組んで途切れ途切れに喋るアキラちゃん。

 なんで私にまでそんな遠慮するの?

 もっと図々しく頼んでくれたらいいのに。

「うん! 大丈夫だよ! お母さんにも連絡あったみたい。お部屋はお兄ちゃんの使ってた部屋をそのまま使ったらいいから遠慮しないでね」

「え、でも、ケースケ兄さんはどうするの?」

「お兄ちゃん、就職して一人暮らししてるから。部屋は今使ってないの。お兄ちゃんのモノがいっぱいあるけど気にしないで」

 そのお兄ちゃんに火事のことを伝えたら、今日は実家こっちに帰る、って。

 お兄ちゃんもアキラちゃんのことが心配なんだよね。

「あ、うん」

「立ち話もアレだし、うちでお茶でも飲んで一回落ち着こうよ」

 私はアキラちゃんの手を取って家まで引っ張っていった。

 顔と耳が真っ赤になっていることに、どうか気付かれませんようにと思いながら。


 遠慮するアキラちゃんにお茶を飲んでもらって、お兄ちゃんの部屋に案内して、「何かあったら声かけてね」と伝えて私は自分の部屋に戻った。

 そのままベッドにダイブする。

 抱き枕を抱えて、顔を埋めて、足をバタバタさせてしまう。


 だって隣の部屋にアキラちゃんがいるんだよ?

 ちっちゃい頃はお互いの家に遊びに行ってお泊りもよくしていたけれど、中学に上がる前くらいからお互いの距離は徐々に離れていった。アキラちゃんの方がそれとなく私を遠ざけるようになったから。

 理由はよくわからない。

 アキラちゃんなりの考えがきっとあるんだろう、って思う。

 でも。

 今はこんなに近くにいる。

 物理的な距離だけじゃなくて、気持ちももっと近づきたい。

 アキラちゃんの考えや気持ちを聞かせて欲しい。


 けれど、今日くらいはゆっくり体を休めて欲しい。

 心からそう思うのに、一方で、今日から毎日ずっと一緒かあ、とにやけている自分もいる。アキラちゃんは家が大変なことになってるのに、私って最低だ。

 


 その日の夜、思ったより早くにお兄ちゃんが帰って来た。

「ただいまー、っと。どうしたエミ、普段より小綺麗な部屋着じゃんか。いつものスウェットはどうした?」

「おかえりお兄ちゃん! 変なこと言わないで!」

「痛い! エミ、お前グーはやめろグーは。アキラには言わないでやるからやめろって」

「……もう」

「おお、湯気が出とる湯気が」

 なんてことをやっていると、アキラちゃんも玄関口までやってきた。

 今の、聞かれてないよね!?


「よーう、アキラ! 久しぶり、ってか大変だったなあ。オマエんちが燃えたって聞いたからよ、定時で退勤して実家こっちに帰って来たんだわ」

「お久しぶりですケースケ兄さん。あの、お部屋なんですけど」

「あー、聞いてる聞いてる。好きに使えよ。晩飯食った後で秘密のお宝の隠し場所も教えてやるからな?」

「ちょっとお兄ちゃん! アキラちゃんに変なこと教えないでよ!」

 エッチな本とかDVDとかそういうのは駄目なの! そんなのアキラちゃんに見せてどうするつもりなのよ!

「へいへい。すんませんねー」

「もう!」

「ま、家の方は保険かなんかでどうにかなるんだろ? オマエが無事でよかったよ」

 ふざけたことばかり言うお兄ちゃんだけど、たまにはいいこと言うよね。

「ケースケ兄さん……」

 アキラちゃんも目をうるっとさせていた。


 可愛いなあ、アキラちゃん。

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