第1話‐B面 毒島玲子は不幸にしたい。

 アタシ――毒島玲子は厄病神ってヤツをやってる。

 正確に言うなら厄病神見習いだ。


 年度末、バイクで事故って死んだアタシは生前の素行の悪さもあってまあなんつーか地獄巡りフルコース確定って感じだったんだけど、思いっきりダダこねてたら通りがかりの厄病神のじーさん(コレがアタシの師匠な)が拾ってくれたってワケだ。


 なんでも厄病神業界は空前の後継者不足らしくて、アタシみてーなのでも見習いとして修業させて一人前に育てないと全然人手が足りねーらしー。現世も地獄も世知辛れえったらねーよな。


 そんでまあ実地訓練ってーことで現世に舞い戻ってきたアタシに与えられた課題が、時任秋良このバカを不幸にすることなワケだ。



「オイコラ、アキラぁ! もっと背筋シャンと伸ばして歩けや? そんなんだと初日から舐められっぞ」

 斜め上から見下ろすアキラの背中は猫背オブ猫背。

「レーコさん、ありがとう。なるべくそうするよ」

「なってねーんだよバーカ!」

 姿勢が悪いってレベルじゃねーぞ。


 猫背のアキラはしゃっきりしねえ足取りで学校に着いた。

 まあ始業式だから人混みができて歩きにくいのはしゃーねーとしても、もうちょいシャキシャキ動けよ。

「オラ、さっさとテメーのクラスの確認しねえか。最初に舐められっとずっとパシリさせられるからな。負けんじゃねーぞ」

「進学校にそんなベタな不良はいないと思うよ」

 アタシのアドバイスに口応えたあいい度胸だ。

 けどわかってねーなあこの甘ちゃんは。

「あめーんだよアキラぁ。いいか? 最近のワルは昔みたいなヤンキースタイルじゃねーんだよ。先公の見えねーとこでわかんねーようにネチネチやってくんだよ」

「あー、うん。そうだね」

「このアタシが憑いてんだ、クソみたいなイジメに合うんじゃねーぞ?」

「でもそうやって僕が不幸になった方がレーコさんには都合がいいんじゃないの?」


 ……あ! そっか。そーだよな。何やってんだアタシ。


「バ、バーカ! そんなんで不幸になられてもアタシの実力って証明できねーだろーが! バーカバーカ!」

 何笑ってんだアキラのくせに生意気な!

 

 アキラのクラスは二組だった。

 ひっそりと教室の戸を開け目立たないように教室に入っていく。

 もうちょっと堂々と生きていけねーもんかね。

 その上、黒板の席次表を遠くから目を細めてみてやがる。一番前まで見に行けや!


「アキラちゃん!」


 と、そんなバカに声をかけてくる女がいるとはアタシもちょっと驚いた。

 にしても、アキラだあ?


「同じクラスになるの久しぶりだね! 一年間よろしくね!」

「あ、うん。よろしく」

「あのさ、三波さん」

 ちゃんづけしてくる相手にアキラの方はえらく他人行儀だな。

「なあに?」

「学校でアキラちゃん呼びはやめてくれないかな」

「え? なんでだめなの?」

「は、恥ずかしいよ」

「えぇー」

 と、不満顔の女はアキラに無茶振りをかましてきた。

「じゃあね、私のこと昔みたいに呼んでくれたらいいよ!」

 なんだ、こいつら幼馴染かなんかかよ。

「昔みたいに、っていうと」

「エミちゃん、って」

 おっとりした顔に似合わずエグいなこの女。つーか、アキラのバカのどこをそんなに気に入ってんだ?

「どうするの?」

「じゃあ、アキラちゃんでいいです……」

 日和ったかー。まあアキラならしゃーねーか。

「やったぁ! あ、私のことも昔みたいに呼んでくれていいからね!」

 そう言い残してエミとかいう女は去っていった。


「おーおー、お熱いこって」

「そんなんじゃないよ。彼女は友達のいない僕に気を遣ってくれてるだけだよ。そういう優しい子なんだよ、昔からね」

「はー、そういうもんかねえ」

 駄目だコイツ。人のココロってもんがわかっちゃいねえ。

 まあ、アタシが教えるのも変な話だしな。

 そう考えると、髪の毛を指でくるくるいじるくらいしかやることがねーやな。


 クソかったるい始業式のあと、クソだるいホームルームがあって、アタシは退屈の極みに達していた。

「もうめんどくせーから、オメーがやれや。クラス委員」

「嫌だよ。僕は図書委員とか、せめて美化委員とか」

 またそんな陰キャ専門部署みてーなとこ選びたがりやがって、

「根性無しが」

「そんなこと言われても」

 でまあ、タイムオーバーでジャンケン勝負になった。

 で、アキラが安定の負け。コレについてはアタシはノータッチだ。

 自称不幸ってのも伊達じゃねーらしい。



 始業式の日は午前だけで終わるらしい。知らんかった。アタシはそんなもんに出席してたのは中一までだったしな。

 下校の時、校門でエミとかいう女が待ってやがった。

「クラス委員がんばってね!」

「ぜ、善処します……」

「うん」

「うん……」

 しかも会話続かねー! 続けろや! 待っててくれたヤツを退屈させてんなこのバカ!


 とか思ってると、サイレンの音が聞こえた。

 警察ポリじゃねーな、火事か、救急か?

 消防車が目の前を横切っていく。つーことは火事か。

 空を見上げると煙があがっているのが見えた。

 アタシはアキラの肩を蹴って宙を飛ぶ。

 

 おーおー! よく燃えてやがんなあ、


 ……今んとこアタシ何もしてねーんだけど? こいつマジモンの不幸体質だな。


 焼け落ちた家見て魂どっかいっちまってるアキラに、エミは笑顔でこう言った。

「アキラちゃん、しばらくの間私の家に住みなよ!」

「……はい?」

 おいおい、ゴリゴリに世話焼いてくる女の家に居候とかラッキーが過ぎんだろ!

 たまにいるんだよなあ。

 こーゆー“わざわい転じて福と為す”を地で行くようなヤツが。



 アタシが厄病神になるための課題、結構大変かもしれねーなあ。

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