第19話

「ありがとう」

プリシラは大木に突き刺さった槍を目一杯の力で引っこ抜くと、それをルミオに渡した。ルミオは受け取って一匹のファイアボアの元に座る。

「どういたしましてです。それにしてもびっくりしましたね、味方を盾にしながら突っ込むとは思いませんでした」

そのまま目の前の死体と周囲の物まで両手で集め始めた。ルミオは自分の三倍はあろうかという大きさのファイアボアを何匹も軽々と持ち上げる。

「プリシラさんを守るためとは言え、殺してしまったので出来るだけ食べてあげましょう」

プリシラは唖然としていたが、ほんの少しだけ、笑顔を見せたように見えた。

「そうだね、この子達に感謝して頂こうか」

 プリシラがファイアボアの死体を回収していると、一匹の貫通した跡に黒い炎が小さいが残っていることに気付いた。それは見つけると直ぐに消えたが、気になったプリシラはルミオに尋ねる。

「ルミオって闇魔法使えたっけ? この死体の傷口に黒い炎が残ってたんだけど」

プリシラも自分より遥かに大きい死体を持ち上げて跡を見せるが、ルミオは首をふるふると横に振る。

「いえ、僕は小さい頃に闇魔法を少しも使えた記憶はありません。そんなはずは……」

プリシラが杖から弱々しい物ではあるが黒い炎を出して見せる。

「私もただのヒトだから魔族程じゃないけどちょっとなら使えるよ。ルミオも一回だけ試してみて欲しいな」

半信半疑で指を立てて力を思いっきり込める。すると、確かに黒い炎が出た。二人とも驚くが、炎はプリシラのものよりも更に一回り小さく、一瞬で消えてしまった。

「魔力が弱すぎて気付かなかったんですかね? 固有魔法は光魔法しか使えないと聞いていたんですけど……」

プリシラはうーんと首を捻る。

「それもあり得るけど、もしかしたら無意識の内に目覚めたのかな……」

二人が首を捻っていると、どこからか遠くで急に爆発音がした。二人は突然の爆発音に静かになる。音は少し間隔を開けて再び繰り返し何度も鳴っていた。

「……今は考えても分からないし、取り敢えず帰ろっか」

 

 集落に戻ると、既にルミナリスは着いていた。横に目をやると、大人三人分はある熊の魔獣が横たわっている。明らかにルミナリスの魔獣の方が二人が捕まえた最大のものと比べても大きい。それでもルミナリスは、二人の抱えているファイアボアの数々を見て、少し感心した様だった。

「大きいのは居ないがやるじゃ無いか。……実力は認めてやる、が今回は俺の勝ちだな」

ルミナリスがルミオに手を差し出し固い握手を結んだ。それを見ていた、四人をアルミエルの元へ案内してくれた爽やかな男がハハッと笑った。

「こいつはここ出身だからな、大きいのが良く現れる場所を知ってただけだよ。気にしなくて良いからな」

「……余計な事を言うな、ここで狩りをせずとも同じものを捕まえたさ」

 集落の皆が獲物を見て色々と感想を述べていると、ドドドドと大きい音が近づいて来た。最初は見えなかった像が、音が近づくに連れてはっきりとしてくる。それは、ルミナリスの獲物の更に倍はあろうかというファイアボアを背負ったハルシウスだった。こちらの元まで来るとブレーキをかける様に急停止する。踵で勢いを殺したのだが、勢いが強過ぎて地面が盛大にえぐれている。

「ふう、どうやら間に合った様じゃの」

ドシン、と死体を横に下ろすと地面が揺れる。流石にこれには全員唖然とした。

「一体どこでこんな大きなものを……」

地元民でここら辺には詳しいはずのダークエルフ達も驚いてざわつく。ハルシウスは誇らしげな顔で喋った。

「大変じゃったぞ。山から山へ移っては探し移っては探しを繰り返しておったわ。なにせここの山には大きいのがおらぬかったからな! 果たしていくつ超えたじゃろうか」

ハルシウスが指を折って数え始める。

「さっきの凄い音はハルが戦ってた音なのかもね」

プリシラが成る程と言った顔で納得した。ハルシウスの走る音に驚いたアルミエルが遅れながらに現れ、苦笑しながら勝敗を決めた。

「ほほ。この勝負、ハルシウス様の圧勝の様じゃの。みなのもの、今日は宴を開こうではないか」

 

 夜、集落の真ん中には家々から人々が集まって料理を振る舞い合っていた。そこには今日の獲物を使った料理だけでなく、ハルシウス達の見たことの無い料理や酒が並ぶ。

「美味いの、この丸焼き! さっきまでの生臭さが嘘の様じゃ!」

「本当です! 今までに食べたことのない美味しさですね」

ルミオとハルシウスはとてつもないスピードで平らげて行く。二人の前には他の人々の倍程の空になった皿が並んでいた。

「ここの山でしか取れない山菜を使っておりますからな、他では味わえぬ一品ですぞ。……それにしてもルミオどのも良い食べっぷりですな、勇者に対する恨みが薄れてしまいそうになりますよ」

笑っているアルミエルを見たルミオがハッとなり深く頭を下げた。

「すみません、僕のご先祖様がご迷惑をおかけした様で。どう償えば良いのやら……」

ハルシウスがアルミエルの頭をゴンッ、と叩いて注意する。

「こら、アルミエルよ。余の奴隷に意地悪するでないぞ。大体お主もわしと同じくらい理解ある方の魔族じゃったろう。こやつには罪はない」

アルミエルが頭を押さえながらはっはっはと笑い飛ばす。

「そうでしたな、私とハルシウス様。それにカエルの小僧の三賢者でしたな。思い出すだけで懐かしい……」

ハルシウスとアルミエルは久しぶりの再会を懐かしむように昔話を始めた。遥か昔の魔族達の奇怪な話は現代を生きる集落中の人々を魅了した。

 そして、宴も終わろうかという寂しげな雰囲気が出始めた頃、ふとアルミエルが口を開いた。

「……ハルシウス様は何をしたいのか、決まりましたか?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る