第17話

「人界の者どもが侵入して来た時点で、ハルシウス様のいなくなった魔王軍は既に崩壊していました。私とモゴルフルはそれぞれ別れて侵入を食い止めようとしましたが、虚しくもそれは叶いませんでした。やつらは私達が予想してた以上の勢力を有していたのです。それこそ勇者など使わずとも数で押せたはずですが何故かやつらは奇襲を仕掛けて来たのです」

「確かにやつらはうちに比べて統率は取れてたようじゃのに勇者一行だけで不意打ちさせてきたのう……。してその後はどうなったのじゃ」

「侵入して来た人界の者どもは、各地に代表者をおいて統治を始めました。その統治が無惨なものだったらどれほど良かったでしょうか。……しかしその統治は好意的ではないものの、非道極まる物という程でも無く反旗を翻そうという魔族は徐々に減っていきました。素直に従っておけば殺されず、聞けない程酷な要求はしない。私達魔王軍の残りでも意見が分裂、付いてくる物は徐々に減り、いつしか寿命と共に私はここに取り残されました。……ところでハルシウス様、私と一試合久しぶりにどうですか?」

アルミエルがニヤリと笑う。一方でハルシウスはアルミエルの身体を心配しているようだった。

「懐かしいのう、しかし衰えてはおらんのか?」

「はい、今日まで眠りについていたハルシウス様には負けませんぞ」

ハルシウスは思案の後、答えた。

「分かった、受けてたとうではないか!」

 二人は外に出た。他の集落の人々も集まってきて、見物する。ハルシウスは軽くジャンプをして身体の調子を確かめる。アルミエルも同様にストレッチをしているようだが、それを見てルミオがプリシラに尋ねた。

「プリシラさん、この試合ってどう見ても……」

プリシラも頷く。

「うん、絶対にハルが勝つね。アルミエルさんからは魔力も感じられないしルミナリスみたいな強者のオーラも全く無い」

「それならどうして……」

すると、横からアルミエルの家まで昨日案内してくれた男が語りかけて来た。

「恐らく長なりのけじめ、或いはあのハルシウスさんに何かを伝えたいのだろう、黙って見ててやって欲しい」

男は真剣な眼差しでアルミエルを見つめていた。

 二人とも準備が終わった様だ。ハルシウスは両拳を胸の前で合わせている。

「もう初めてよいのか? 本当に手加減せぬからな」

「……はい、いつでも大丈夫ですぞ!」

アルミエルは構える。それは熟練のものだろうが、やはり見物している人々は哀しい目でアルミエルを見ていた。

 両者じっと見つめあって隙を探す。一同がごくりと唾を飲んだ。

 その時だった。ふと、ハルシウスは何も無いはずの左の森を見る。この緊張状態の中でのハルシウスの突然の行動に、皆も視線をそちらに移さざるを得なかった。勿論アルミエルもだ。

 ハルシウスはその一瞬を見逃さなかった。一気に跳躍してアルミエルの目前に迫り、腹に一撃を喰らわせる。アルミエルは後ろの家まで吹き飛んだ。家の奥にまで飛ばされてそのまま壁にめり込む。

 観衆は唖然とし、信じられないという目が一斉にハルシウスに向く。ハルシウスは顔色を変えずにつかつかとアルミエルの元まで歩く。次の一撃の準備だろうか、既に右拳を上げて魔力を込めている。その魔力はとても黒く、ルミオ達に見せた中では最も大きいサイズだった。

 壁にめり込んでいたアルミエルがハルシウスに気づくと、必死に両手をぶんぶんと振った。

「待ってください、ハルシウス様! もう少し遠慮なりせめて誠実に戦うなり……。色々あるじゃないですか⁉」

ハルシウスは不思議そうな顔をした。

「ん? さっきお主遠慮なぞいらんと言っておらんかったか? それに不意打ちなど昔はいくらでもやっておったじゃろう」

観客は皆あきれ返っていた。

「と、とにかく、私は試合がまともに成立しなくなる程老いてしまった、それくらい時間が経ったというのをこの試合で伝えたかったのです! それなのに不意打ちを先にやってくるとは……」

それを聞いてハルシウスもあきれた。

「なんじゃ、そんなことやろうとしとったのか。もうその下りはやっておるから安心しろ! どれほどの時間が経ってようとわしは驚いたり落ち込んだりせん。言うてみよ」

アルミエルはそれを聞いて驚いた。どうやらハルシウスがこの時代に突然目覚めたという事実を受け入れさせたかったようだが杞憂だったと気づいたらしい。

「まさか、もうそのお覚悟が……。流石我が魔王、ハルシウス様ですぞ。お答えしましょう、ハルシウス様がお眠りになられてから今日まで、約二万年の月日が流れました」

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