第13話

「それはわしのじゃ!」

あまりにも大きな叫びに周囲の観客が一斉にこっちを向く。ざわめきが周囲に伝染して次々とハルシウス達に視線が向いた。視線を気にもせず、ハルシウスは頬を膨らませたまま前へとずんずんと歩き出した。観客はハルシウスから距離を取るようにどいて、真っ直ぐな道が出来上がる。

「ハ、ハルさん⁉」

ルミオも慌てて後をついて行った。会場中から色んな声が出る。

「おい、誰だあいつ?」

「誰かの奴隷か?」

「ああ、後ろのガキが飼い主じゃないか?」

 すると、一人の屈強な男が道を塞いで来た。男はハルシウスの倍はあろうかという大きさで威圧感を放ったまま見下ろしている。

「お前じゃあいつの……グハァッ!」

ハルシウスは男の顔も見ずに殴り飛ばして進み続けた。これを見た観客達は、よりどよめき、一層距離を取った。

「……おおっと、ここで挑戦者が現れたぞ! 名前をどうぞ」

司会者が慌てて気を取り直して名前を尋ねる。

「ハルシウス! あやつを倒せば良いのじゃな?」

ハルシウスがぶんぶんと腕まくりをしながら尋ねる。しかし司会は一切見ておらずその目はダークエルフの男に注がれていた。

「勿論。凄い意気込みのレディーが現れたぞ、みんな!」

「ルールは?」

「魔法は無し、あいつを気絶させることが出来ればば勝ちだ! 早速始めよう!!」

ざわめきは再び歓声に戻った。

 ハルシウスとダークエルフが一本前に出る。数秒後、会場全体にゴングが鳴り渡った。その瞬間、ハルシウスはニッと笑って前に飛び、ダークエルフは姿勢を落としてそれを待ち受ける。二人の拳がぶつかり合うと同時に、地面に大きな亀裂が入った。ダークエルフは亀裂を見て一瞬呆気に取られるが、直ぐに距離を取る。

「……やるじゃん、面白くなってきたな!」

初めて男が口を開いた。先ほどまでの寡黙で厳しい顔は無く、そこには笑顔に満ちていた。再び二人はぶつかり合う。お互いの身体がぶつかり合う度に、会場に亀裂が入り、ぶつかり合う激しい音が響き渡る。

「……こ、これは素晴らしい試合だ! この素晴らしい選手たちにもっと応援をあげてくれ!!」

司会が興奮しながら叫ぶ。すると、一層会場全体が盛り上がった。

「はっ。お主、名前は何という。わしはハルシウスじゃ!」

「俺はルミナリスだ! 久しぶりだぜ、こんなに熱い闘いは」

試合は更に白熱する。ルミナリスは回し蹴りで足元を掬おうとするがハルシウスは飛び、そのままルミナリスの顔に逆に回し蹴りを狙う。これを両腕で防いで、更にそのまま掴もうとするがギリギリの所で交わされる。

 ハルシウスはこの闘いに懐かしさを覚えていた。

「ここで顎を狙い、交わされたら詰め寄る。……この溜めは狙ったら駄目、フェイクじゃ。……ああ、懐かしい」

 二人の動きは加速する。あちこちで亀裂が入って会場は滅茶苦茶で、もう試合は続行出来ないのではという所まで来ている。

 その瞬間、ハルシウスがルミナリスのみぞおちを捉えた。ルミナリスはその場に倒れ込み、会場全体が固唾を飲む。

「これは……そうじゃ、アリミエルとの組み手を思い出すのう。あやつもダークエルフじゃったが、それに比べればお主もまだまだじゃな!」

ハルシウスは高々と腕を掲げた。今日一番の歓声が沸き起こる。

「感動した! 皆さん、両選手に拍手を!!」

司会者も感動の余り涙が止まらない。ハルシウスはつかつかと司会者の前まで来て、右手を出した。

「では、杖を寄越して貰おう!」

「……ああ気が早いね。どうぞ!」

そのあと、二人はすぐに闘技場を後にした。

 ハルシウスとルミオの二人は、闘技場まで連れてきてくれた三人のリザードマンに道のりを聞いて帰る途中だった。

「本当に良かったですね、杖が手に入って!」

「ああ、ありがとうじゃ、ルミオ。……今まで寂しい思いをさせてすまなかったのお、わが愛機よ。これからも可愛がってやるからのお」

ハルシウスはダークネスロッドにほっぺをくっつけてすりすりとしている。

「プリシラさんに借りてた杖はどうするんですか?」

「うーむ、それなんじゃよな。実はこのダークネスロッドは闇魔法には特化しておるが、他の魔法には余り向いておらん。以前はもう一本持ってて使い分けておった。申し訳ないとは思うが出来ればまだ借りれぬか相談するつもりじゃ」

「そうなんですね……。それにしても、本当に綺麗な黒ですね」

ルミオが杖を眺めながら呟くと、ハルシウスが杖を手渡してきた。ルミオはそれを受け取ると、杖はずしりと両手に収まった。

「意外と重いんですね、これ。それに滑らかな触り心地をしています」

「じゃろう? とても希少な鉱石で出来とるからな。この重さがまた良いんじゃ」

そう言って杖を再び優しく撫でた。

 もう少しで人通りに出ようかという時に、プリシラとばったり出会った。

「あれ、二人ともどうしたの?」

「お、プリシラか。ちょっと試合をな」

シュッシュッとハルシウスが拳を打ち出す真似をする。

「もしかして地下の闘技場行ってたの?」

闘技場という単語に二人は驚いた。

「なんじゃ、ここの事を知っておったのか」

「うん。今回の依頼のためにここ数日はあそこ行ってたからね」

「じゃあわしの名試合も見とったのか?」

「いや、今日は仕事を終わらせてきた。明日から暫く暇になるからルミオの故郷探しも手伝えるよ」

「成る程、それは心強い。わしらも丁度仕事が今日終わったからちょっと探してみようと思ってた所じゃ」

「お、それじゃあ明日から一緒に探そっか。それにしてもその杖はどうしたの?」

「これか、これはダークネスロッドじゃ!」

ハルシウスは高々と杖を掲げる。

「元々ハルさんの物だったらしくて、エキシビションの報酬としてハルさんが勝って取り戻したんです」

「成る程ね。良かったね、ハル」

「うむ!」

三人は宿へ戻っていった。

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